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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり
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適合

 放課後の屋上、夕焼けに染まり始めた空を眺めながら紫原(しはら) 修也(しゅうや)は思う。


 生きていることになんの意味があるのだろうか、と。


 生活に困っているわけではない。

 母親は幼い頃に亡くなったが、父親はいる。

 IT関係の会社でそこそこの地位にいるようで金のやりくりで困っている姿を見たことはない。


 家庭環境が悪いこともない。

 父親は仕事が忙しいようで朝晩の食事のときぐらいしか話すことはないが、それでもちょうどいい距離感を保っていると思う。


 学校も悪くない。

 成績は良くもなく悪くもなく、友達も多いというわけではないが普通にいる。

 そんな自身に対して歯がゆさを感じることすらもない。


 所詮はこんなものだ。

 顔がいいわけでもなく、特別スタイルがいいわけでもなく。

 そして、それらに対して何か思うことはない。


 だというのにそんな考えが浮かんだのは現状に特別不満がないからかもしれない。


 この先もずっとこうしてあり続けるのならば、自分が生きることに価値はないのではないか、と。


 だから死に興味を持ち、死を目前としたかった。

 生きている価値は見いだせずともを自分が今ここに「生きている」少なくとも「ここにいる」ということを実感したくなったのだ。


 グラウンドには部活に励む者たちの声が聞こえる。

 少し離れた特別棟からは吹奏楽部の演奏が響いていた。


 それらを耳にしながら修也はフェンスを登る。

 少々苦労しながらもどうにか登りきり、外のわずかな縁に彼は降り立った。


「ははっ、こう見ると、結構怖いな……」


 階層としては5階。すぐ真下にあるのは硬いアスファルト。

 ここから落ちればただでは済まないことなど考えるまでもない。


 恐怖と興奮がないまぜになった不気味な笑顔を浮かべ、生唾を飲んだ修也は目を閉じると大きく息を吐いた。


 本当に死にたいわけではない。

 ただ少しそういうことをしてみたかっただけだ。


 わざわざこれのためだけに図書室で課題をしてまで時間を潰していた自分に呆れながらフェンスへと向いた時のことだった。


「その命、要らないのであれば少々貸していただけませんか?」


 脳に直接送り込まれているかのような妙に耳に残る声が響く。

 反射的に向けた視線の先には地面があるかのように空中に立っている道化師がいた。


 2メートル近くの背丈と長く伸びた手足はどことなくモデルを思わせるが、赤い燕尾服に顔にはピエロの仮面と体型の良さを吹き飛ばすほどの怪しさがある。


「は? え、なん……」


 そんな存在を前に修也は叫ぶことも問いただすこともできずに戸惑いの声を漏らすのが精一杯だった。


 呆気に取られる彼へと道化師は男とも女とも取れる中性的な声で続ける。


「あなたは今そこから飛び降りようとした。つまりはその命は不要ということ……。

 で、あればその命を少々使わせていただきたいのです」


 第一声よりほんの少し付け加えられた情報を耳にすることでようやく自分が言葉を持つことを思い出した修也は詰まらせながらも返した。


「何を、言ってるんだ……? そもそもお前は、誰、だ?」


「ああ! これは申し遅れました。私の名はダイン。【影の国】の者にございます」


 ダインという名前はわかったが、それとともに出た仰々しいお辞儀からは胡散臭さが目立つ。


 もちろんこの状況ではある程度ら信じるしか修也にはないが、影の国というのもケルト神話に登場する異界の名前ということやそこから来たというのもその怪しさを加速させている。


 そのため、眉をひそめた修也へとダインは気にする様子もなく問いかける。


「答えをいただけますか?

 もし承認いただけるのであればより詳しい話を、拒否するのであれば私はこの場を去りましょう」


 正直なところ興味がないといえば嘘になる。

 だから修也は少し戸惑い、迷いながらも頷いた。


 瞬間、先ほどまでは楽しそうだった面からさながら中国の変面のように一瞬で嬉しそうな面へと変わる。


 そして、ダインは滑るように修也へと近づくと赤い燕尾服の内ポケットからあるものを取り出し、驚く彼へと差し出した。


 修也は差し出されたものを受け取り観察を始める。


 渡されたのはチョーカーだ。

 紐の部分は皮のような質感がある黒で正面とみられる場所は銀色のバックルがあるだけのシンプルな物。


「これは?」


「戦場に立ち、戦うためのあなたの力ですよ」


「戦う? なにと?」


 その質問を受けてダインの面が再び変わる。

 今度はどこか怒っているように見える面へと変えたそれは言う。


「影の国に君臨する女王【スカアハ】です。

 彼女はあなたの住む世界【陽の国】を侵略しようとしている。

 自分の力の及ぶ世界を広げる、たったそれだけの理由で」


「……あんたも影の国とやらに住んでるんだろ?

 なのになんで女王に敵対するようなことをするんだ?」


「影の国の中にも派閥があるのです。

 そして、その中には彼女の横暴さに飽き飽きしている存在もある」


 その言葉を聞いた修也が問いかけようとしたが、質問内容を悟っていたダインは人差し指を振ることで止めた。


「わかっております。

 ええ、戦うのならば反抗するものたち、私たちが行うべき、と」


「ああ、そうだ。わざわざ頼る理由がわからない」


 率直な疑問に面を悲しそうなものへと変えたダインが答える。


「私たちも本来ならばそうしていたところですが、なにぶん数も質も圧倒的に足りないのです。

 影の国の中で勢力を伸ばすのは難しい、そこで陽の国の住人であるあなた方を頼ることにしたのです。

 ここはまだ彼女の力があまり及びませんから」


「その結果、作ったのがこれ、か?」


 修也は自分の手の中にあるチョーカーへと視線を落とした。

 ダインは首肯すると面を楽しそうなものへと変えて口を開いた。


「さぁ、それを付けてみましょう。

 まずはバックルを横に引いて、そうそう。あとは首に巻いて、元に戻せば装着は完了です」


 言われるままに付けたチョーカーを修也は指でなぞる。

 今は鏡がないため確認ができないが、少々の太さがあるため、首輪のようにも見えるかもしれない。


 そんな心配を悟ってかダインは嬉しそうな面から楽しそうな面へと変化させて言う。


「ご安心を、それは普通の人間には認識できませんので周りからの視線は心配はいりませんよ」


「そう、なのか……えっと」


 チョーカーを付けたのはいいが果たしてこれからどうすればいいのか。

 そう思った修也へとダインは告げた。


「ダインスレイヴ。それが起動の言葉ございます」


 嫌な予感はした。

 ダインスレイヴ、それは北欧神話に登場する一度抜けば他者を斬り殺すまでは鞘に収めることができないと言われる魔剣の名前だ。


 そんなものがよくわらない物の起動の合図となれば不安を覚えるのは当然だろう。


 しかし、同時に興味もあった。


「……ダイン、スレイヴ」


 だから、静かにその言葉を響かせた。


 瞬間、夕焼けに染まっていた景色が白黒のコントラストへと変わった。


 同時に修也の目前からダインの姿は消え、かわりに2メートルほど前に黒い壁が現れる。


 眉をひそめた修也へとその壁は一直線に迫る。

 目を見開き、逃げようとしたが後ろにはフェンスがあり、足場は狭い。


 そんな状況でただの高校生である修也がかわせるわけもなく、彼はその黒い影と正面から激突した。


 重く水っぽいものが弾けるような音を響かせ、フェンスを破壊する派手な音を尾に引きながら彼は地面を転がる。


「ッッッ!?」


 悲鳴の声すら上げられなかった修也はフェンスを突き破り、地面を転がる。

 だが、それらの痛みがまるでなかったと思わせるほどに影と衝突した時の痛みが酷かった。


 例えるのならば巨大な何かに真正面から何かに衝突した時の痛みだろうか。


 全身の骨が砕け、肉が裂けた。

 そう感じられるほどに全身が痛みで熱く燃えているような感覚、その熱が痛みを加速させる。


「ゴホッ! ガ、ァァア……」


 うつ伏せに転がっていた修也は咳き込みながらゆっくりと地面に手を付け、立ち上がろうと力を込める。


「ゥ、ア、なん、だよ……これ」


 未だ少しおぼろげだがそれでもわかる。

 自分の手が見慣れたものと大きくかけ離れているということは。


 激しい痛みに襲われる修也が思うのは戸惑いと困惑に焦りだ。


 そんな時、修也の思考を断ち切るように拍手と声が響いた。


「おめでとうございます。あなたは見事に適合できた」


 だんだんとはっきりとした視界と和らいできた痛みの中で言葉を詰まらせながらも修也は問いかけた。


「お、前……なに、を」


 だが、ダインはそれについて答える気はないらしい。


 面を嬉しそうなものに変えるとただただどこまでも明るい口調で仰々しさを感じるほどの明るい声音で言葉を紡ぐ。


「あなたは見事に力をその手に掴んだ。

 誇って良いのです。なぜならあなたは本来ならば訪れるはずだった己の死を耐えたのです。

 その結果が、その力と姿なのです」


 そう言いながらどこからともなく取り出したのは姿鏡。

 もはや何度目かもわからない驚きを覚えた修也は食い入るようにそこにある自分であるはずの姿を見つめた。


 そこに映っていたのは人ではなかった。


 頭があり、体があり、四肢があるという点では人間と同じだが、そこに写るものは甲虫類を思わせるような質感の外骨格で覆われていた。


 全身はどこか夕焼けを連想させる暗めの橙色に白の縁取り。


 頭部は赤い目を持つ獅子で上半身の左側と下半身の右側は獣の獰猛さを表すようないかにも頑丈そうな鎧。

 対してそれぞれの反対側は女性を思わせるようなどこか丸みを帯びたしなやかな形状を取っていた。


「これが……俺?」


 あまりの変化に修也は痛みを忘れ、狼狽えながら鏡に写る自分を見つめるしかなかった。

本日より投稿を開始しました。

更新は2日に1話を予定しています。

少し長くなるかもしれませんがお付き合いのほどよろしくお願いします!



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