去るものは追わず
川村海士長は実に面倒見の良い先輩隊員であった。青野や赤村と年齢は大して変わらず、兄貴の様な存在であった。勿論、任務の際にはよく怒られたりもしたし、公私混同は一切無かった。そういうさっぱりと割り切った性格は、好感を持てたし、何よりも人間的に尊敬できた。
川村海士長は赤村、青野の一期上の世代である。高校を卒業して特に目立ってやりたい事も無かった為、とりあえず自衛隊に入った。自衛隊に入ったのは、まとまった金が欲しかったからである。たった3~4年の一任期を勤めあげるだけで、多額の退職金が手に入るのは魅力的であったし、何よりも月収やボーナスと言った待遇面でも自衛隊と言うところは非の打ち所が無かった。
SBUへの配属が決まっても、川村海士長はショックを受ける事は無かった。むしろ危険手当てが増えると喜んだ。その為、川村海士長は三曹への昇進は望んでいなかった。他に明確にやりたい事が出来たからである。
自衛隊の中には川村海士長の様に、自衛隊を次なるステージへのステップと捉える人間も少なくない。特に士長以下の所謂任期制自衛官は、そういう人間関係が多い。お金を貯める、資格を取る。そういう安易な理由で入隊し、その為にやりたくもない任務を頑張る。
防衛省、自衛隊としてもそういうスタイルで自衛官になる事を認めている様な節がある事は否めない。自衛隊としては、隊員の将来を考えるより、今現在の兵力を定期的に確保する事の方が大切であり、去るものは追わずの方針で人材のリクルートに注力しているという現実があるのは確かだ。