井口二佐の思惑
「赤村、これだけは知っておいて欲しい。これは、俺が小隊長を任される様になってから始めた伝統だ。知っての通り海上自衛隊の他の部隊にも、様々な伝統がある。それが良いか悪いかを決めるのは、幹部自衛官のやる事だ。お前達の様な新兵は、与えられた仕事を全うする事だけを考えれば良い。」
「俺が入って来た若いSBU隊員をいたぶるのは、お前らの鼻っ柱を折るためでも、嫌がらせでも、何でもない。甘っちょろい正義感で、務まる程この仕事は甘くないという事を肌で感じて欲しいから、こういうパワハラをするのである。そしてSBUとは、最前線で体を張らなければならない部隊である。今は平時だから良い。だが何時なんどきお声がかかるか分からん。何も分からない状態で頼る事が出来るのは、己の力と、仲間との絆である。」
「SBUの黒桜は伊達じゃないんだ。無論、俺達は何処の部隊よりも、強くてキツイ、鍛えているという自信はある。だからこそ、その本当の力を発揮した時というのを考えて欲しい訳である。少なくとも、憧れや、かっこよさで、務まるような部隊ではない。話が長くなったが、このような伝統にはそういう思惑が在るという事だけは伝えておく。」
「井口二佐は何でそんなに強いんですか?」
「30年近く自衛官をやってれば、このくらいにはなる。」
「皆、訓練の時は本気を出していないのでしょうか?」
「本気の奴ばかりだろ? お前はこれからもっと強くなる。」
井口二佐は、そういうとあるものを赤村に渡した。
「これは?」
「サバイバルナイフだ。」
「お前はこのナイフで人を殺せるか?」
その問いに赤村は答える事が出来なかった。
「これは宿題だ。それで敵を殺らなければならない。その状況でお前はどうするか? しっかりとした解答を期待する。」
「しっかりとした解答っても何も敵の心臓目掛けてグサリ…だろ?それしかなくね?まぁ他にもやりようはいくらでもある。命中率に自信があるなら投げても良いし、使い方はそれなりにある。と答えてもきっと不合格なんだろうな。」