自衛官の思想や信条
有事に備えると一言で言っても、事はそう単純な事ではない。何をどのようにするかという事が部隊毎に異なるからである。
SBUの場合は以外と明確にやる事は、定まっている為に準備をするという視点から考えれば、準備をし易い部隊と言えるかも知れない。最も、今後SBUの国民的認知度が上がれば、活躍するフィールドは広がって行くだろう。
国民の期待に答えなければならない自衛隊ならば、それも当然の事と言えるかも知れない。大切な事は何を目指して、何を達成しなければならないのかという事が、部隊内部で共有化されていなければならないという事である。
意志の疎通と言えば、それで済む事なのかもしれないが、価値観の全く異なる人間の集団によって形成されている自衛隊という組織にあって、それは決して簡単な事ではない。
勿論、大日本帝国海軍の様に思想や言論が著しく制限されている訳ではないし、国家の為に命をかけても構わないという人間の集まりなのだから、簡単だろう? と思うかもしれない。
しかし、だからといって全自衛官が同じ考え方をして思想や信条迄が全く同じと言う筈もない。日本国の為に、国家の未来の為にという共通性を与えなければ、彼らには充分に活躍する道義すら与えられない。イデオロギーやアイデンティティを利用してしまう事による、弊害は織り込み済みだと分かっていながらも、それらを利用しない訳には、行かないのがジレンマを生じさせる理由だろう。
軍事力の行使の為には、ある程度の犠牲を伴うと言う事を日本国民には知ってもらいたい。それすら知らず過ごしているのは、じれったいモノである。