王子! 婚約破棄がどうとか以前に誰とも婚約できないまま学園生活終わっちゃったッスよ!
「どーすんスか!!」
従者、メルバー・テトリオは叫んだ。
第二王子、テルパイロ・ウォルマキアに向かって。
卒業式の日である。冬の終わり。春の始まり。王族を初めとして数多くの貴族が通う名門・王立ウォルマキア学園の、栄えある卒業の日。すでに式は終わり、残すところはプロム――卒業生のほとんどが出席するダンスパーティがあるのみである。
にも関わらず、この主従は未だに荷物を引き払ったはずのかつての寮室でふたり、揉めていた。
その理由はと言うと、
「前代未聞ッスよ!? 王族が婚約者もいない状態で学園を卒業するなんて……。どーすんスか! あと二時間もしないうちにパーティが始まっちゃうッスよ!? ひとりで寂しく踊る気ッスか! この王族の恥さらし!!」
「落ち着け、メルバー」
従者からとてもひどいことを言われているというのに、言われた王子はまるでその理知的な相貌を崩さない。腕を組んで、長い脚を交差させて立ちながら、花の光が降り落ちる窓辺に寄りかかっている。
「なんでそんなに落ち着いてるんスか! こんな大ピンチに……まさか」
「ああ、お前の思うとおりだ」
「さ……さすが王子ッス! 秘策があるんスね!?」
ああ、と頷いたテルパイロは、いかにも高級そうな銀縁の眼鏡のブリッジを指先でチャキ、と押し上げると、
「当然。いま考えているところだ」
「ねーんじゃねえスか!!」
思わずメルバーが大声で叫んでしまうのにも理由がある。
が、その理由を説明するよりも先に、この国の全体的にイカれた制度について触れる必要がある。
恋愛結婚至上主義国家である。
その始まりは、戦乱の世を平定し頂点に立った初代女王がこの学園を創始する際に残した「好きな人と結婚するのが……いちばん幸せなことや」という言葉まで遡る。そのあとはするーっ、と現代まで何の引っかかりもなく流れていく。特にそのあいだ誰も「改めた方がいいのでは……」と言い出す人間が現れなかった。内心では結構そういうことを思っている人間はいたはずであるが、なんとなく言い出しづらかったのかもしれない。
そして王族すら、恋愛結婚の例外ではない。
案外、上手く回ってきた。王族がその青春を共にするのは大抵の場合、それなりに高位の貴族か、それでなかったら異常に優秀な平民である。なんだかんだ誰と結婚しても多少パワーバランスが揺らぐくらいのもので、周りも思い思いに好き合って結婚するのだからその程度は誤差の範囲内と言っても過言ではなかった。
けれど、王族にはひとつだけ伝統がある。
卒業後のプロムで、長い苦楽を共にしてきた学友たちに、自身の婚約者を正式に紹介するのである。
たかが学生同士の催しと侮るなかれ。結婚式は国を挙げてのパレードで行われるから、こういう身内で行う式はここ限り。そのうえ学友たちものちには王国を支える柱となるのだから、むしろ関係者限定プラチナセレモニーみたいな感じなのである。また、明文化された制度でこそないが、一定レベルを超える家柄の同級生になると、この場で合わせて婚約者を発表するというのも慣習として存在する。王族としての一生を眺めてみても上から五指に入るほどの大規模イベントなのである。
そのセレモニーまであと二時間。
第二王子テルパイロ・ウォルマキアには、びっくりするほど婚約者がいなかった。
「だから言ったんスよ!!」
メルバーが叫ぶ。彼はテルパイロがほんの幼いころから仕えている大古株の従者。学園にも同学年で入学し、以来公私ともにテルパイロを支えてきた献身者である。
ゆえに、言ってやりたいこともたくさんある。
「『大丈夫なんスか?』って何っ回も訊いたのに!! 『お前が心配することじゃない』『俺は俺で上手くやってるさ』『人の恋路まで気にするのはあまり上品じゃないな』――なんだったんスか! あの偉そうな言葉の数々は!」
「メルバー。過ぎたことを言っても仕方ないだろう」
「いーや言うッス! 言っとくッスけどその『過ぎたことを……』っていうやつ王子の悪い癖ッスからね! それで反省するならまだしも五回も六回も同じことを繰り返して、」
「あーあーあー。聞こえなーい」
「ぶっ飛ばすッスよ!?」
耳を塞いで子どもじみた態度を取り始めたテルパイロに、メルバーの怒りのボルテージが上がる。
「だからちゃんとお茶会に顔出すように言ったんスよ! みんなああいうところで相手を見つけるんスから! それを週一、月一、挙句の果ては新年会の一回だけって……。てっきり僕はお相手ができたんだと思って安心してたんスよ!?」
「メルバー。お前は馬鹿だな」
ふ、とテルパイロは端正な口元を釣り上げて、
「あんなにたくさんの人がいるところに行ったら緊張するだろう。行く前にプレッシャーで一日。行った後にそのストレスで一日は確実に潰れる。茶を飲むだけで三日潰れるんだ。そんなものに頻繁に行っていたら俺の人生が高速で終わってしまう」
「それもう王族向いてねえッスよ、王子!!」
さらに言い募ろうとしたメルバーは、しかし時計を見てハッ、と
「こ、こんなことしてる場合じゃねえッス! 一刻も早く婚約者を作らねえとッス!」
「お前、本気でそんなことできると思ってるのか? 正気を疑うな……」
「僕は十二年をだらだら潰した挙句に残り二時間になってもまだその態度取れる王子の正気を疑ってるッスよ!!」
「――――いや、待てよ?」
テルパイロが口元に手を当てた。
これは彼が閃いたときのポーズである。かつてテルパイロはこのポーズのあと、学食のおかず用食材連続失踪事件の犯人が猫であると突き止め、学食のおばちゃんから大感謝されたことがある。
ごくり、とメルバーは生唾を飲みこんだ。まさか。この絶望的な状況を一気に解決できる名案でも思い浮かんだというのか。
「いっそ仮病で休めばいいのでは……」
「勘当されっぞボケ!!!!! ッス!!!!!!」
メルバーはテルパイロの手を取ると、扉をぶち破る勢いで部屋から飛び出して行った。
@
学園中庭。
誰かひとりくらいはいるでしょう、とメルバーは言う。
「十二年も学園にいたんスから!! 誰かひとりくらい婚約者になってくれって頼んだら嫌々引き受けてくれる人が!!」
「なんだその嫌々というのは」
「僕が女の子だったら王子と婚約するのは嫌だなあと思ったらそういう言葉が付随しちゃっただけッス! 気にせんでほしいッス!」
ふむ、とテルパイロは青空に小鳥がちゅんちゅん飛んでるのを見ながら考えて、
「いるぞ、ひとり」
「えぇっ!? 奇跡!?」
「お前、俺をバカにしてないか?」
とんでもねえッス、と首をぶんぶん横に振るメルバーに、テルパイロは、
「アリア・ファーマルという令嬢だ。知っているか?」
「し、知ってるッスよ!」
メルバー大興奮。
「アリア様と言ったら、あのファーマル男爵家の御令嬢じゃないッスか! 清楚、おしとやか、読書家で優しい! もう完璧ッスよ! 家柄が地味めとかちょっと口数が少ないから外交なんかは大変かもしれないとか多少引っかかるところはないでもないッスけど、もうそんなことはどうでもいいッス! この国なら大丈夫ッス!」
メルバーのマシンガンよいしょに気をよくしたようにテルパイロは頷いた。
そして、付け加えて言うことには、
「しかもな、脈アリだぞ」
「お見事ッス! さすが王子ッス! やればできるッス! もう一生ついていくッス!」
ぱっぱっ、と紙吹雪でも撒き始めかねないメルバーの褒めっぷりにテルパイロは鼻高々。「やればできる」の言葉の裏に「普段からやれよ」という含意があることにはまるで気付いていない。
「お、噂をすればそこにファーマル嬢がいるではないか」
「な……ほんとッス! これはもう運命ッス! 王子、いますぐ誘ってきてくださいッス!」
「うむ、任せておけ」
テルパイロは、いつもどおり無闇に頼りになる態度で頷くと、これでもかというくらいに洗練された歩き方で、ベンチに座って本を取り出したアリア・ファーマルのところへ近寄っていく。その背中を見つめながらメルバーは心に浮かんだ「見た目だけはいいんだよなあ、王子……」という気持ちをぶんぶん頭を振って吹き飛ばす。ダメだダメだ。最後には結果を出したんだからいいではないか。成長したところはちゃんと褒めてやらないとグレてしまう。これ以上悪くなったらもう手に負えない。ただでさえ手に負えてないのだから。
やあ、とテルパイロがアリア・ファーマルに話しかける。
ぺこり、とアリアが戸惑ったように頭を下げる。
一緒にパーティに出てくれないか、というようなことを、おそらくテルパイロが言っている。
ぺこり、とアリアが頭を下げる。申し訳なさそうに、ぺこぺこぺこぺこ下げまくる。
テルパイロが戻ってくる。
メルバーはそれをすごい顔で迎え入れる。テルパイロの口元がふ、と笑う。
「ダメだった」
「なに普通に断られてんスか!!!!」
ええっ!?とメルバーは言う。えっ、ちょっ、えぇっ!?と驚愕する。
「アリア様めちゃくちゃ困ってたじゃねースか!」
「ああ。『あんまり話したことがない人と婚約というのはちょっと……』と言ってな」
「いや全然脈アリじゃないじゃないッスか!! はあ!!??」
思わずメルバーのリアクションも大きく、両手を縦に振って、
「何をもって脈アリと判断したんスか! 妄想!?」
「いや、俺は悪くないぞ。週一で恋愛小説を貸してもらっていたら誰だって多少はいい関係を築けてると思うだろう」
「ん、や、まあそれは確かに……」
「図書室のカウンター越しとはいえ」
「それ向こうは図書委員の業務でやってんスよ!!」
メルバーは走ってアリアのところまで向かう。
ぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこ地面に額がめり込む勢いで頭を下げまくる。うちのバカ王子が気持ち悪くてすみません。
そして戻ってきて言うことには、
「こえぇ……。こえーッスよ王子……。多少のトンチキは許せますけど、人に恐怖を与えるのはやめてくださいッス。完全にやってること妄想癖のストーカーッスからね? アリア様が王子のこと珍獣の一種だと思ってくれてなかったら本当に怯えさせてたッスよ……」
「くっ、女なんて……!」
「何を騙されたみたいな態度取ってんスか!? そのセリフ百年はえーッス!」
ハァーと頭痛をこらえるようにしながら、メルバーは懐からメモ帳を取り出して『アリア・ファーマル様』と書きつける。メモ帳の表紙には『謝罪菓子折り 送付先リスト』と書いてある。
「そんなに気を落とすな、メルバー。人類の半分は女だ。星の数ほどいる」
「いや、十二年の積み重ねの結果がついさっきのアレな人に何言われてもって感じなんスけど……。どうしてそうなっちゃったんスか。同性の友達はめちゃくちゃ多いのに……」
「わからんのか」
ふ、とテルパイロは笑う。
「女の子の目の前に立つと……、緊張して上手く喋れないからに決まっているだろう」
「人類の半分と上手くコミュニケーション取れないのに王族やってて大丈夫ッスか!?」
ハッ、とまたメルバーは時計を見た。ぐだぐだやっているうちに光陰矢の如し。どんどんパーティの開始時間が迫っている。
「ま、マズいッス! 残り九十分! 準備のことを考えたらあと三十分くらいしかないッスよ! 次のアテはないんスか、王子!!」
「あったらさっきみたいな目に遭わないだろう」
「それはそうッスけど自分のことなんだからもっと慌てろ! ッス!!」
「――――いや、待てよ?」
テルパイロが口元に手を当てた。またぞろくだらないことを言い出したら今度こそどついてやろうとメルバーは拳を握っている。
「もういっそ、誰とでも婚約してくれそうな相手のところに行くのはどうだ?」
「言ってて悲しくならねースか?」
「お前が想像する千倍は悲しくなってる」
しかし、テルパイロの言うことにはメルバーも一理あった。そういう人間がいたらとりあえず問題は解決するのである。
「でもそんな人、いるんスか?」
「ほら、聖女がいるだろう」
「な、」
なるほどッス!とメルバーは声を上げた。
聖女、マリファル・ライク。平民でありながらこの王立学園に入学した才媛。その卓越した回復魔法の腕と、誰にでも明るく優しく接する気質から、聖女とあだ名される優等生である。
「確かに……マリファルさんなら特に王子のこと何とも思ってなくても優しさと憐れみの合わせ技でとりあえず受けてくれるかもしれないッスね! でも、マリファルさんくらいになるともう別の人と婚約してるんじゃないんスか?」
「安心しろ」
とんとん、とテルパイロは自分のこめかみを細く美しい指先で叩き、
「男友達の情報網がある。……この学園の女性たちの恋人の有無は、すべてこの頭の中に記憶済みだ」
「うわあ! 気持ちわりい!」
「お前、俺が何言っても傷つかないと思ってないか?」
表情を変えないままひっそり拗ねるテルパイロに、メルバーが嘘ッス嘘ッス、王子は記憶力が良くてすごいッス。友達も多くてすごいッス。これなら学園を出てからも大活躍ッス、と慰めの言葉をかける。すると、そのとき、
「お、ライク嬢がちょうどそこに」
「えぇっ! 都合良っ! すげえなこの中庭!! ッス!!」
「こういうのは時間を置くと緊張で失禁しちゃうからな。今すぐ行ってくるぞ」
テルパイロがスッ、と歩きだして、通りがかりのマリファル・ライクに近づいていく。メルバーはそれを後ろから見ている。
やあ、とテルパイロが声をかけた。
あら、とマリファルがそれを受ける。
一緒にパーティに出てくれないか、というようなことを、おそらくテルパイロが言っている。
何事かをマリファルが返す。
すると、とことこ歩いてテルパイロがメルバーのところまで戻ってきた。
「や、やっぱりダメだったッスか……?」
「いや、相談タイムだ」
相談タイム?とメルバーが訊くと、ああ、とテルパイロは、
「婚約はしてくれると言ってるんだが、」
「えぇっ、まじッスか!! そんなんもう相談するまでもないッス! 今すぐ――」
「もうすでに五人と婚約してしまっているのは大丈夫かと訊かれている」
「断りましょう!!! ッス!!!!!」
テルパイロがマリファルのところへ再び向かう。こちらから言い出したことなのに申し訳ない、とテルパイロが頭を下げる。いえいえ、とマリファルがまさに聖女という物腰でそれに応えて、立ち去っていく。
テルパイロが戻ってくる。
「そうだよな……。おかしいよな……。あまりにも普通に言われたから一瞬俺がおかしいのかと思った……」
「いや、この件に限っては完全に向こうがおかしいッスよ。ひええ、パーティに血の雨が降るッス……」
「俺が知らなかったということは、全校生徒に隠れて上手く付き合っていたのか……。人は見かけによらないものだな……くっ! 女なんて!」
「いや今のはマリファルさん個人の問題ッス! 権力者側になるなら個人の性格と個人の属性は切り離して考えてほしいッス!!」
それもそうだな、とテルパイロは気を取り直した。こういうところは学習能力が高いんだよな、とメルバーは内心で思っている。
「――って、それどころじゃないッス! マリファルさんもダメとなったら、また別の人を探さないとッス!」
「なあ、メルバー。もういいんじゃないか」
「何を諦めてんスか! 最後の一分一秒まで悪足搔きを――」
「もうお前が女装すればそれで」
「何を言い出してんスか!!??」
えぇ!?と今日イチの驚きを見せてメルバーは飛びのく。
テルパイロは眼鏡を指で押し上げて、
「わからなかったか? ――お前が女装して俺の婚約者ということでパーティに出たらどうか、と言ったんだ」
「いやそこはわかったよ!! バカ!! 言ってる内容じゃなくてお前の頭がわからねーってんだよ!! ッス!!!!!!!」
はあ、とテルパイロは溜息を吐いて、
「もういいだろう。お前が俺と婚約する。そうすればお前ももう婚約者問題で悩まなくてもいい。そして俺もこれ以上とてつもなく不誠実な理由で女性に近づいて案の定拒絶されるという悲しみを背負わずに済む。WIN-WINの関係だ」
「いや僕がものすごい負債を被ってるッスけど!!!??? ていうか諦めないでくださいッスこのくらいで! 他の婚約者のいる生徒たちは十二年間の積み重ねで婚約者作ってんスよ!? たった一時間弱頑張ったくらいで何を挫折ヅラしてんスか!!」
「だめか?」
「だめッス!!!」
そうか、とテルパイロは穏やかに言った。
そしてそっと眼鏡を外した。それを制服の胸ポケットに入れて、思いきり、夏の朝陽を浴びる無邪気な子どものように、うん、と大きく背伸びをした。
「この学園燃やしてえ~~~!」
「いきなり狂わないでくださいッス!!!」
えぇ!?とメルバーは、
「どうしちゃったんスか王子!! 婚約のことはともかく毎日廊下で鬼ごっことかして楽しそうだったじゃないッスか!!」
「いやもう、俺この国の風習大っ嫌いなんだよ。何が婚約だよ、クソが」
「王子がこれまで口にしたこともないような汚い言葉を!!」
どうしちゃったんすか王子、とメルバーはテルパイロの制服の胸倉をつかむ。それにゆっさゆっさ揺られて頭をぐわんぐわんしながらテルパイロはやさぐれた目で、
「何が『好きな人と結婚するのが……いちばん幸せなことや』だよ色ボケばばあが。王族で同性愛者だったらどーすんだ。同性愛者ならともかくとして、無性愛者だったらどーすんだ。人を愛する機能が搭載されてるかどうかが個人の幸福や優劣を決めると本気で思ってんのか? クソが……」
「うわー!!! 王子!! 土壇場でこの国の制度の根本的な問題点に辿り着かないでほしいッス!!」
「大体王族だから卒業までに婚約者を定めなくちゃいけないってどういう了見だ? これからの人生に深く関わる決断をまだ判断能力が十分に成熟していない若者に迫って恥ずかしくないのか? 本当に愛が大切なものだと思ってるならこんな仕組み作らないだろ。しかもこんなごく個人的なことを仰々しく発表する手筈も整えられて、俺は絶滅危惧種の動物か? そんなに繁殖シーンを覗きたいのか変態性欲者が……」
「うわー!!!! もう、もうやめるッス!! もういいッス!! 仮病でも何でも使っていいッス!! 王子の心の闇に今まで気付かなくてごめんなさいッス!!」
「俺はな、恋愛になんて一ミリも興味がないんだよ!!」
「週一で恋愛小説借りててそれは無理があるだろ!! ッス!!!」
泣きながらメルバーがテルパイロの腰元に縋りつく。が、もう完全に振り切れてしまったテルパイロはその程度では止まらない。
「やめるッス!! やめるッスよ、王子!!」
「いーや燃やす!! どうせパーティでは聖女の起こした修羅場で人が刺されて千人は死ぬんだ!! ここで校舎を燃やしたからといって大した違いはない!」
「そんなには死なないっす!! せいぜい四、五人くらいッス!!」
「放せ、メルバー! お前を傷つけたくはない!!」
「誰かーっ!! 王子といつもつるんでるクソバカどもでも誰でもいいッスー!! 王子を止めてーーっ!!」
「あいつらは全員俺に隠れて婚約を済ませていたから縁を切った!! もう俺に失うものはない!!」
「うわーっ!! 限りなく悲惨なことになってるッス!!」
王子ご乱心ッス、ご乱心ッスー!!とメルバーは大声で叫びながら、ずるずるとテルパイロに引きずられていく。
ところで、この恋愛至上主義の学園には、当然と言えば当然、恋愛パワースポットというものが存在する。
たとえば、その場所で告白すると絶対に成就する大樹の下だとか。
たとえば、午前零時にその水を掬って取ると仲直りできるプールだとか。
たとえば、連弾すればいつまでも一緒にいられる音楽室のピアノだとか。
普通に歩いているだけで、運命の人と出会える中庭だとか。
「燃やしてやるーっ!! こんな学園、こんな学園ーっ!!」
「誰かーっ!! お嬢様といつもつるんでるクソバカどもでも誰でもいいですからーっ!! お嬢様を止めてーーっ!!」
「あいつらは全員わたくしに隠れて婚約を済ませていたから縁を切りましたわ!! もうわたくしに失うものはない!!」
「うわーっ!! 限りなく悲惨なことになってますーっ!!」
公爵令嬢ご乱心です、ご乱心ですーっ!
と。
叫びながら、少女が引きずられてくる。引きずっているのは、何を隠そう第二王子テルパイロ・ウォルマキアの同級生、公爵令嬢レイリア・トキソーン。杖を片手に、ものすごい形相で学園の校舎に向かっている。
そして、邂逅した。
学園の校舎に向かう過程で。
第二王子、テルパイロ・ウォルマキアと。
その従者、メルバー・テトリオと。
公爵令嬢、レイリア・トキソーンと。
その従者、マキ・オリガが。
ばちっ、と出会って。
びびっ、と視線が電撃的に交錯して。
あとのことは、大して語るべきところもないが。
強いて言うなら、一言だけ。
パーティで婚約の理由を訊かれたテルパイロ・ウォルマキアは、こう答えたそうである。
『似ている』