表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お喚びでない悪魔

作者: 若松ユウ

 悪魔は、退屈していた。

 邪教を狂信する輩も現れなければ、祓魔師もやって来ない。

 信仰心が薄れているせいか、それとも科学が幅を利かせているせいか。

 とにかく、悪魔は百年ほど誰からも召喚されないので、暇を持て余していた。

 だから、久々に聞こえてきた呪文に驚き、おっとり刀で現世へと向かった。


  *


 ウィンザーガードナー

 ヒエロムスブカヤイ

 パーマネアリッテン

 デューセラオズーヴェ


 ウィンザーガードナー

 ヒエロムスブカヤイ

 パーマネアリッテン

 デューセラオズーヴェ


  *


 一世紀以上、誰からも必要とされていなかった悪魔が喚び出された先は、甍の屋根が青々とした日本家屋だった。

 畳の上に敷かれた模造紙に書かれた召喚円に降り立つと、そこには年端もいかない少女の姿があった。

 ポカーンと口を半開きにしているが、傍らに魔導書があるので、召喚主には違いない。

 悪魔は、背後に阿弥陀如来像の視線を感じつつ、少女に問いかけた。


「神をも畏れぬ仕業を成し遂げたのは、貴様か?」

「……ちがう」

「何?」

「あたしがよびたかったのは、あんたじゃない!」


 何か手違いがあったと思った悪魔は、根気強く少女と話し合った結果、以下の事実が判明した。

 一つ。少女が召喚したかったのは、悪魔ではなく、亡くなった父親だということ。

 二つ。魔導書は、その父親の書斎の机の上にあり、付箋が貼ってあるページが気になったから試したのだということ。

 三つ。悪魔に用は無いから、さっさと帰って欲しいということ。

 

「なるほど。悪魔(devil)ではなく、父親(daddy)を喚びたかったのか」

「わかってくれた? じゃあね。バイバーイ!」

「待ちたまえ。手ブラでは帰れぬから、願いを寄こしなさい」

「たとえば?」

「そうだな。誰か、殺したいほど憎い奴は居ないか?」

「いない。おともだちは、みんなやさしいもん」

「では、食べてみたい料理や、行ってみたい場所は無いか?」

「ない。おうちでママのおりょうりをたべるのが、いちばんいい」

「ならば、大金持ちと結婚して、お姫様のような生活をしたくないか?」

「したくない。だって、たいへんそうだもの」

「ウーム」


 ことごとく提案を却下された悪魔は、しばし腕を組んで考え、チラッと背後を見た。

 その時、真新しい遺影を目にした悪魔は、ニヤリと口角を上げた。


「もし、吾輩がパパになってやろうと言ったら、どうする?」

「えーっ。ぜんぜんちがうじゃない」

「フッフッフ。まぁ、とくと見るがよい。悪魔の変身術というものをな!」


 面妖な黒い煙が立ち昇り、それが悪魔を包み込んだと思いきや、すぐさま煙が晴れ、中から遺影とそっくりの男性が姿を現した。


「わぁ……」

「どうだ? 完璧であろう?」

「あっ。しゃべると、こえがちがう」

「オッと、すまない。もっと高い声だったか?」

「うん。でも、そのままでいい。そっくりすぎると、パパが、かわいそう」

「そうか。――ところで、この姿が気に入ったのなら、早急に契約したいところなのだが」

「しょうがないなぁ。ケイヤクしてあげる」

「言質は取ったぞ。では、証として口づけを」


 悪魔が手を差し出そうとするより先に、少女は父親そっくりの姿をした悪魔に顔を近付け、軽く唇を重ねた。

 そのあと悪魔は、なぜか誇らしげにドヤ顔をしている少女に対し、言い辛そうに切り出した。


「アー、主よ。熱烈な口づけを、どうもありがとう。ただ、ひとつ言っておくが、次からは手の甲にある印紋にしてくれると助かる」

「ひょっとして、はじめてのチューだった? ヒュー、ヒュー!」


 少女が冷やかすと、悪魔は気を取り直し、小さく咳払いしてから言った。


「ゴホン。さて。吾輩は、主の父親となった訳だが、なんと呼べばよいのだ?」

「あっ、そっか。じこしょうかいするね。こばとようちえん、たんぽぽぐみ、おにづかちかです。ちかちゃんってよんでね」

「ちかちゃん、だな。了解した」


 こうして、悪魔と少女による奇妙な共同生活が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  …幼稚園? え? 呪文? キス? [一言]  お母さんの反応やいかに?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ