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私は処刑された異世界の公爵令嬢ですが、中学受験真っただ中に前世の記憶を思い出しました

作者: 杜来 リノ

気持ちを楽にして気軽にお読みください


処刑人が掲げる、燃え盛る松明。


人々の喝采の声。


わたくしは必死に顔をあげ、周囲を見渡した。

婚約者だった筈のフロスト皇太子殿下も、彼の心を奪った平民から成り上がった聖女もこの場には居ない。残念なこと。せっかく貴方がたの望んだ、処刑の場だというのに。きっと、汚らわしい罪人の流す血など見たくはないのね。


『ここに、公爵令嬢エルルーナ・ギフォードの処刑を執り行う!』


そして、死刑執行人の無情な声。


「フロスト様……」


無念さは無い。例えこの処刑が、完全なる冤罪なのだとしても。だって私は、どう頑張ってもフロスト様に愛される事は無い。聖女様に様々な嫌がらせをしたから、という罪状で断罪をされたけれど、私はただ注意をしただけ。当然ではないの。あの娘は、私という婚約者の居るフロスト様にベタベタしていたのだから。


えぇ、えぇ分かってる。あの娘は愚かで無知だったけど、たった一言、フロスト様が「節度を保った距離感を」と彼女に言いさえすれば良かっただけなのに。それを仰らなかったと言う事は、フロスト様は私の事など本当に愛してはいなかったのだ。


それでも私は、あの方を心から愛していた。未来の皇妃になりたかった訳ではない。ただ、あの方の妻になりたかった。側に居たかった。最後にフロスト様のお顔を見たくてもう一度辺りを見渡したけど、結局諦めて下を向いた。


……やはりいらっしゃらなくて良かったのだわ。あの方が私を憎しみに満ちた目で見る所を見なくて済んだのだから。あの娘と、睦まじげにしている姿を最後に見せつけられなくて良かった。


鈍く光る断頭台の刃の下に、私は首元を晒した。漸く終わる。何よりも苦しんだ、この3年間が。


「エルルーナ嬢、最後に何か言いたい事は?」


灰色の髪に単眼鏡モノクルをつけた、執行人が私に問いかけて来た。私は小さく笑う。言いたい事?そうね。


「貴方、意外と若いのね。髪が灰色だからお爺さんかと思ったわ」

「ハァ。最後の言葉がソレですか。せっかくですから、ここで大声で喚き散らしてみたらどうです?殿下にも聞こえるかもしれませんよ?」


私は無言で頭を振った。そんなみっともない真似をして、何の意味があると言うの。


執行人の小さな溜め息が聞こえたと同時に、彼が片手を上げた気配がした。


――そして私は孤独の中、16歳の命を散らし断頭台の露と消えた。



********



「はっ……!?」


夜中、激しい腹痛に苦しみ何度もトイレに行った後、漸く微睡み始めた時に唐突に蘇って来た記憶。


――私の前世はエルルーナ・ギフォード。公爵令嬢。

公爵令嬢と言っても、中世の姫君でも何でもない。異世界人だ。だって思い出した国名はガタノトア皇国。そんな国、歴史上に存在しないもの。


そんな事よりもなぜ。なぜこのタイミングで思い出したりしたの。辛く悲しいものではあったけど、正直今はどうでもいい前世の記憶を。

あぁ、きっと昨日大好きな炊き込みご飯をお腹いっぱい食べてしまって、夜中にお腹を下してしまったからだわ。


「マズい、マズいわ……最悪のタイミング……」


ただでさえ下痢で体力を奪われているのに、今更感満載な前世の記憶を唐突に取り戻してしまったせいで脳内が混乱している。


明日は日曜日。塾で6年生最後のクラス分けテストの日なのに。


そこで上位クラスに入れなければ、正直中学受験は終わったと言っても過言では無い。小学三年の頃から塾に通い、春と夏は塾の合宿に放り込まれ血反吐を吐く思いで頑張って来た。はっきり言って皇妃教育なんざよりも余程過酷で辛い。


「よし、お腹の痛いのも治ったし明日に向けて勉強しなきゃ!」


私は気合を入れてベッドから飛び降り、学習机に座る。そして、志望校の過去問集を手に取った。



――私は、己に突き刺さる屈辱的な視線に必死になって耐えていた。


受験本番間近での、最後の追い込みをかける為のクラス分け。5クラスの内、成績上位者のみを集めた1クラスのみが、アドバンストクラス・通称『Advクラス』になる。


その他のスタンダードクラスと比べて講師もテスト内容も教材も変わる、正に合格させる為のクラス。

このクラスに入れば、ほぼ第一志望に入れると言われているのだ。

更に、座る席も成績順。教卓に向かって一番前の左端がトップの子。そこから順番に並んでいって、Advの中で最下位の者は、一番後ろの右端の席。


午前中いっぱいでテストを行い、午後からは早速その成績順で並んだ席に座り、新しい教材の配布と今後の説明を受ける。


そして、私は今、その一番右端の席に座っているのだ。


(屈辱ですわ……!)


正直この席に関しては、スタンダードAクラスのトップと大差ない成績と言える。普段の私の実力ならば、少なくとも上位15番以内には入っている筈なのだ。それ故、皆は何か言いたげな顔でこちらを見、もっとあからさまにクスクス笑う者もいた。


(まさかこんな精神状態の時に、苦手な通過算と水溶液が多量に出題されるなんて……!)


夏芽なつめ、大丈夫?」

「えぇ、大丈夫ですわ」

「……何、その喋り方」

「えっ!?いやいや、ごめん大丈夫」


――自宅での両親と兄と弟とのやり取りはまぁ滞りなく出来た。だけど、塾に来てからテストが始まるまでの間、講師の先生方には今のような言葉遣いになり、同級生達に対してはつい姉の様に振舞ってしまう。『16歳のエルルーナ』の記憶が出しゃばってしまい、私は混乱の最中にテストを迎える事になったのだ。


……まぁ、混乱の一番の原因は目の前の彼女なんですが。


「うーん、でも顔色悪いなーって朝から思ってたんだよね。体調悪いんじゃないの?でもさすが夏芽だよね、それでAdvクラスちゃんと入っちゃうんだもん」

「ハハ……」


――彼女の一言で、クラスの空気が一変した。今クスクス笑っていた子は、慌てて席に戻り教材を広げている。Advクラスは、1週間に一回のスタンダードと違って3日に一度、帰り際に小テストがありその結果次第で座る席が変わる。翌日塾に行き、ライバルと席が入れ替わっている事などざらにあるのだ。


私は目の前の少女、というか同級生を見た。

サラサラの、艶のある長く美しい黒髪。紅をさしたかのような真っ赤な唇。鼻筋の通った白皙の美貌。


今泉いまいずみ 玲寧れね。席は一番前の左から4番目。つまり、このクラスで……というかこの塾に通う6年生全体のなかで4番目に頭が良いという事になる。


私の今世の最大のライバル。


そして前世でも。


前世の彼女はリザベル・メリット。類まれなる美貌と空前絶後の魔力で平民から聖女として召し上げられた娘。


私の愛する皇太子殿下を誑かした挙げ句に奪い取った、憎んでも憎み切れない女。塾校舎に入った時、声をかけられその顔を見た。再び襲い来る記憶の奔流。そして『友人が元聖女』という事実に悲鳴を上げそうになってしまった。


前世と全く顔は違うけど、それでも直ぐに分かった。言いたくないけど、前世と同じ位に美人になっているのが本当に腹立たしい。


玲寧リザベルの気転で屈辱に満ちた一時が終わった事に対して、私は感謝よりも激しい苛立ちを覚えていた。でも、私は公爵令嬢。そんな気持ちをおくびにも出さない。

身分によって威張ったり威張られたり、といった事が当たり前だった世界ぜんせと違い、日本ここは同性から反感を買うと大体詰む。大人になってもだけど、学生の時なんてもっと詰む。


「ありがとう、玲寧。ホント言うと、体調昨日の夜から最悪だったんだ。今もちょっとお腹痛い」

「えー!?どうする?先生に言う?後は教材貰うのと説明だけだし……」

「ううん、大丈夫。説明は聞いて行く。あ、そろそろ先生来るよ?」

「じゃあ私は席に戻るね?無理しないでね?」

「はーい、ありがと」


玲寧リザベルは心配そうな顔を私に向けながら、自分の席へと戻って行った。



「よし、じゃあ教材全部に名前書いたか?たくさんあるから分けて持って帰ってもいいが一応机の中に入れっぱなしにしといて良いのは明日以降3日間な。4日目からは席が変わってるかもしれないから」


サラリと言う先生の言葉に、全員の顔が強張る。何て意地悪な講師なのかしら。


「この後は、特別講義があるぞー。聞きたくないヤツは帰っても良い。けど、このクラスの大半は『星鳳せいほう』目指してるよな?今日はウチの元塾生で今は星鳳の中等部二年の男子生徒を呼んだんだ。彼に受験に対しての心構えを話して貰う。ま、聞くべきだと思うよ?ソイツずーっと一番前の左端だったから」


それを聞いた教室内が一気にざわついていく。それもそうだろう。ずっとトップをキープ出来るなんて、並大抵ではない。


「おーい、緒方おがた!入って来てー!」

「はい、先生」


――涼やかな声と共に入って来た学生服を着た男子生徒。その姿を確認した途端、私の周囲の時が止まった。


長身ではないけど小柄でもない。成長期特有の発展途上を感じさせる肢体に緩くクセのついた薄茶色の髪。大きな目に長い睫毛。小さな顔にノンフレームの眼鏡。『美貌』としか言いようのない顔立ち。


見間違えようがない。彼は、あの御方は、私の大切な――。


「こんにちは。僕は、緒方 霧人きりひとといいます。今日は、勉強を頑張っている皆に少しでも参考になればと思い、僕なりの受験対策を話したいと思います」


(フロスト様……!)


私はひたすらそのお顔を眺めていた。フロスト様のお話しになっている内容など、全く耳に入って来ない。そして即座に思った。玲寧は、リザベルはどんな顔をしているのだろう。気になった私は、椅子の位置を修正するフリをして立ち上がり玲寧の様子を窺った。席は遠いけど、対角線上の席なので顔色位は確認出来る筈だ。


(……っ!)


――まるで熱に浮かされた様な顔で、フロスト様を見つめるリザベル。私の中に、焼けつくような激しい不快感が込み上げて来た。またなの。貴女はまた、私の前に立ちはだかるというのね?


良いわ。受けて立ってやる。星鳳合格もフロスト様も、必ずこの私の手中に収めてやるんだから。

聖女とは言え、たかが平民が私に敵うなんて思わない事ね?今度こそは絶対に負けるもんですか!


決意も新たにメラメラと、ライバル心と恋心を燃やしていた私は気づかなかった。

霧人フロスト様が、私の方をじっと見つめていた事に。



塾から帰宅した時、家の前に金髪の男が座っているのが見えた。またか、と私は溜息を吐く。しかしそんな素振りは一切示さず、その金髪にきちんと挨拶をした。


「こんばんは。どうしたんですか?また鍵を失くしたんですか?」

「おー、お帰り夏芽!いーや、鍵は失くしてないよ?持って出るのを忘れただけ。で、親はまだ帰らないから待ってるトコ」


私は座ったままの金髪男を見つめた。隣家の次男、高見沢たかみざわ せい。16歳の高校1年生。着崩したブレザーに長目の金髪。長身で顔立ちは悪くないのに、耳に幾つも開いたピアスと緑のカラーコンタクトが何と言うか、ものすごく「不良っぽい」雰囲気を醸し出している。


驚いた事にこの男、星鳳の一つ下のランク「桜帝おうてい学園」に通っている。この桜帝がまた、滑り止めにするにはランクが高過ぎ、かといってナンバーワンでは無いという微妙に選択しにくい学校なのだ。


(それにしても、何てだらしない格好。これがかつての私と同い年なんて嘆かわしいわ。ガタノトアでは16歳で既に伯爵位を継いでいた者すらいたというのに)


「そうですか。では、失礼します」

「ちょっとちょっと!ソレひどくねぇ?俺、多分夜中までここで独りぼっちで待つんだぜ?」

「そう仰いましても」


――私は早く家に入ってご飯を食べて、お風呂に入って勉強をしたい。今のままでは少し厳しい星鳳に何としてでも入らなければならない理由が出来たからだ。


「夏芽?」

「あ、お母さん」


しまった。無視して家に入れば良かったのに、お母様が出て来てしまった。


「高見沢さんちのお兄さんが……」

「こんばんは聖君。また鍵失くしたの?」

「いやー……」


結局、次男さんは我が家で預かる事になった。お母様ったら信じられない。受験真っただ中の娘が居るというのに。次男は遠慮なく夕飯を共にし、おかわりまでしている。染めた金髪だから多少くすんでいるとはいえ、以前のフロスト様と同じ金髪に緑の目をしてあまり下品な事はしないで頂きたいわ。


「ご馳走様」

「あら、もういいの?」

「うん、あんまり食欲なくて」


次男は口いっぱいにご飯を頬張りながら、意地悪気な目で立ち上がった私を見た。何よ、その目つきは。


「ダイエット中?」

「違います!」

「あー聖君。この子ね、塾で最後のクラス分けの成績が悪かったらしくて落ち込んでるのよー。お昼のお弁当届けに行った時の顔ったらなかったわ。でもね、この前の塾保護者会で校長先生が仰ってたの。“女子児童は最初は良いのに急に成績が下降する時がある”って。男子児童は最初今一つで後半で加速するらしいけど」

「ちょ、お母さん!」


余計な事言わないでお母様!ほら見て。この小馬鹿にした様な顔。きっと、さっきすぐに家に入れなかった意趣返しをしているんだわ。でも私の成績下降は『女子児童あるある』ではないけどね。ただ単に思い出して混乱しただけだから。異世界の貴族令嬢だった事を。


「……俺が勉強教えてやろうか?」

「え?」

「ホント!?いいの聖君!」

「ぜんぜんいーっすよ。夕飯のお礼っす」

「いや、あの、私……」

「んじゃー上行こうぜ夏芽ちゃん。言っとくけど、俺はちょっぴりスパルタだからなー?」


そして私は抵抗虚しく次男に軽々押さえつけられ、そのまま二階に引き摺られていった。



高見沢 聖は嘘つきだった。


ちょっぴりどころではなく、物凄くスパルタだった。皇妃教育でも断罪の場でも処刑の場でも泣かなかった私が、何度も涙を流す羽目になった。


でもそのお陰で成績はグングン上がり、受験本番まで後二ヶ月という所で私の席は何と一番前の左端から二番目になった。因みに不動の一番は緒方 雨音あまね。そう、霧人フロスト様の今世での妹君だ。お兄様と同じく優秀でいらっしゃるご様子で、私は彼女の事はある意味眼中に無い。もはや『越えられない壁』だからだ。


そして私のライバルである玲寧リザベルは見事に『女子児童あるある』に陥り、現在の席順は27番目。このクラスは全部で41人だから、何と半数以下。


私は教材を広げながら、密かにほくそ笑んでいた。我ながらよろしくない性質だとは思う。思うけど、彼女との間には確執があるから仕方が無い。


そう。仕方が無いの。だって、貴女がいけないのよ?私のフロスト様に手出しなんかするから。今世でも、フロスト様に見惚れたりするから。


「ねぇ、青井あおいさん」

「え?な、何!?」


玲寧を気にしていた私は、隣の緒方さんから声をかけられた事に飛び上がって驚いた。緒方さんは一瞬眉をしかめたものの、いつものクールな表情で私を見ている。珍しいわ。彼女が話しかけて来るなんて。


「ど、どうかした?」

「うん、私は別に青井さんに用は無いんだけど、兄が」

「お兄さん……?」


何!?フロスト様が何なの!?

前のめりで聞きたい気持ちを懸命に抑え込みながら、私は心底不思議そうな表情を浮かべてみせた。


「兄が、今度の土曜に貴女を家に呼んで一緒に勉強したらどうかって。私は全く意味わかんないんだけど、まぁ、それも悪くないかなって」

「今度の土曜?」


今度の土曜は、土曜授業が無いから聖との地獄の授業が待っている。でも、せっかくフロスト様に誘われたんだし、彼との約束はキャンセルしても良いかな。


「そうそう。貴女の仲良しの今泉さん。彼女には声かけてないから内緒にしてね?」

「え?あ、うん……」

「私は彼女も呼ぼうかって言ったんだけどね?青井さん、大して仲良い訳じゃない私んちに一人で来るのは嫌だろうからって。でもお兄ちゃんが絶対にダメだって」

「え……」


私はそっと、後ろを振り返ってみた。玲寧と目が合う。彼女は微かに笑い返して来たけれど、かつての元気さは何処にも無かった。


「今泉さんトコ、私んちと同じで上のお姉さんが星鳳なんだって。って言うか、ご両親も卒業生らしくてさ、プレッシャーが半端ないんだろうね。ぜんぜん出来るコなのにどんどん成績落ちて来ちゃって」


ふぅん、そう。まぁ仕方ないんじゃない?平民にしては良く頑張ったわよ。もう、諦めて大人しく公立に行ったらどうかしら。だって貴女は、身分の差もわきまえずに、私の、あの方に。


――待って。身分。身分って何?ここは現代日本で、ガタノトアではないし私も公爵令嬢ではないじゃないの。玲寧は友達だし、良い子じゃない。『リザベル』は確かに私を陥れた。そのせいで私は処刑までされた。


でも、それが今の彼女に何の関係があるというの?


「……ごめん。私、土曜は玲寧と一緒に勉強する約束してるんだ、ウチで。隣に桜帝に通ってる高校生のお兄さんがいるんだけど、その人に夕飯の後に勉強見て貰うの」

「ふーん。そっか。じゃあお兄ちゃんにはそう言っとく」

「うん。お誘いありがとうございましたって言っておいて」


私は緒方さんに謝りをいれ、玲寧の元に向かった。そして、土曜の件を告げた。玲寧は一瞬驚いた様に目を見張り、次いでふんわりと笑って頷いてくれた。席に戻り、急いで高見沢 聖に無理矢理交換させられたアドレスに連絡を入れる。返事は即帰って来た。


<いーよ。友達二人で頑張れ>


うん。これで良い。


今の私は「青井 夏芽」であって「冤罪で処刑された哀れなエルルーナ・ギフォード」ではないし公爵令嬢でもない。「今泉 玲寧」は大切な友人で、「私を陥れた聖女リザベル・メリット」ではない。

それと同じく、「緒方 霧人」は「皇太子フロスト・ガタノトア」ではないのだ。


私は過去、いいえ前世に引きずられ、取り返しのつかない愚行を仕出かす所だった。


――そして土曜。

聖は玲寧を見て一瞬目を見張っていた。そして私にコソリと囁いた。


「お前にあんな美人の友達がいたなんてなー。小6であそこまで完成されてるとは」


私は聖の足を思い切り踏んづけてやった。



********



受験当日。


私はお父さんに送って貰い、受験会場まで行った。校門に待ち構えていた塾の先生達の激励を受けながら、入試会場へと向かう。すると校舎の入り口に、見慣れた顔を見つけた。


「聖さん。励ましに来てくれたの?」

「まーな。でもお前良かったの?星鳳受ける為に頑張って来たのに、なんで急に桜帝に鞍替えした?」

「うん、私じゃ星鳳はギリギリだったし、行きたいモチベーションも下がっちゃったし」


聖さんはふぅん、と呟き「ま。良いんじゃね」と肩を竦めた。その姿を見て、私は折を見て確認しようと思っていた事を聞いた。


「ねぇ、何で金髪と緑目にしたの?」

「はぁ?何で今そんな事聞くんだよ」

「えー、だって」


だって。貴方は元々そんなタイプじゃなかったでしょ?


()()()()()()()()()()()()()()()()?」


緑のカラーコンタクトを入れた両目がみるみるうちに見開かれていくのを見て、私は少し気分が良くなった。やった。驚かせてやった。何だか一矢報いた気分。これで清々しい気持ちで入試を迎えられる。


「……いつから気づいてたんですか?エルルーナ嬢」

「うーん、玲寧と勉強を始めた時からかな。貴方、彼女の事を物凄く警戒してたでしょ?ごめんね?貴方とは処刑の時に会っただけだったから、気づくのが遅くなったわ」

「僕はもう少し前から貴女を知ってましたけどね。彼女の事は警戒して当然でしょう。何と言っても貴女を陥れた女ですから。ところで殿下はよろしかったんですか?」

「ふふ、もう良いんだ。私はエルルーナじゃないし、彼もフロスト様じゃない。貴方も死刑執行人なんかじゃないし、玲寧はリザベルじゃない」


私はそれだけ告げると、彼の横をすり抜け昇降口へ向かった。にこやかに笑顔を向けてくれる入試手伝いの先輩達に会釈を返していると、ポケットのスマホがピロリと鳴った。上履きを履く傍ら、チラと画面の確認をする。


<無事に合格したら、僕と付き合って下さい>

<……ロリコンなの?>

<たかが4歳差でしょう。貴女の今のご両親の年齢差は9歳じゃなかったですか?お母様が今の貴女と同じ小学6年の時、お父様は20歳ですよ?>

<アハハ確かに。まぁ、合格したら考えてあげる。って言うか喋り方元に戻してよ>

<そうか。じゃあもう俺の彼女だな。お前は絶対合格するから>


スマホをしまった後、少し考え後ろを振り返ってみた。そこに居たのは、私を優しく見つめる金髪男。

私は大きく手を振り、今度こそ前を向いて入試の執り行われる教室に向かって歩みを進めた。



「玲寧!星鳳合格おめでとう!」

「ありがとー!夏芽も桜帝合格おめでとうっ!……いーなぁ、入学前から彼氏が居るなんて。しかも高等部に」


――私は無事に、第一志望の桜帝に合格し、玲寧も星鳳に受かった。塾に報告に行った時、同じく合格報告に来ていた緒方さんと出会ったけど、彼女はとっても渋い顔をしていた。


「妹が合格したってのに、ウチのお兄ちゃんぜんぜん喜んでくんないの。何かさー、青井さんが星鳳に来なかった事がショックみたいで。塾に来た時に一目惚れしたんならさぁ、そう言ってくれれば私だって青井さん逃がさなかったのに。何も言ってくれないんだから分かんないよね」


そうブツブツ文句を言う緒方さんを、私は苦笑いで見送った。恐らく前世の記憶を持っていらっしゃると思しき殿下の真意は分からないけど、殿下ももう今世の人間なのだ。精一杯今を生きて欲しいと思う。


塾を出たら、外に聖さんが制服を着て立っていた。一緒に居た玲寧は「あ、忘れ物!」と下手くそな演技をして再び校舎に戻っていった。


「お疲れ、夏芽」

「ただいま聖さん。わざわざお迎えありがとう」

「おう。じゃあ帰ろうぜ」


帰り道、聖さん――前世ではキール・トリトメウス――が教えてくれた。

あの処刑の直前で、リザベルの作り上げた数々の私への冤罪。それらが全て白日の下に晒された。殿下は急いで処刑の中止を求めたそうだけど間に合わなかった、と。


リザベルは私の処刑から二日後に、同じ断頭台にかかったらしい。


「殿下はまさか、あんなに早く処刑命令が下るとは思っていらっしゃらなかったそうです。恐らく、貴女の生家ギフォード家を陥れたい輩が居たのでしょうね。あの時大声で喚いていれば、すぐそこまで来ていた殿下に聞こえたかもしれない。そうしたら助かったかもしれないのに」

「ううん、もうそんなのどうでも良いの。そんな事よりも、喋り方!」

「はいはい」


――聖さんと並んで歩きながら、私は今回の事を考えた。よりにもよって中学受験の時に前世の記憶が甦るとか運が悪いにも程があると思ったけれど、結果的に前世なんかに振り回されなくて良かった。


玲寧には前世の記憶は全く無い。彼女は彼女で、忘れたかったのかもしれない。頬を染めて見つめていた「緒方 霧人」の事も、入試が終わったら一気にどうでも良くなったらしい。


殿下の事は……私の疑いが晴れたのは良かったけれど、それまでの3年間は私を冷遇していた訳だしやっぱりもうどうでも良い。


友情も守れて彼氏も出来た。前の世から引きずっていたモヤモヤもすっきりした。


でも、一番嬉しかったのはもちろん。


辛く長く苦しかった、中学受験が終わった事だ。




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