せんべいの小話
ワンルームマンションの一室。
私はせんべいを食べている。
しっとりしなやかな歯触り。硬めの五平餅くらいの硬さだ。
せんべいと言ってもこれはぬれせんべいという変わり種せんべいなのだ。
半分くらい食べたところでピンポン、とドアホンが鳴った。
食べかけせんべいをせんべいの袋に乗っけて玄関へ向かう。
ドアを開けると郵便マークのヘルメットを被った男がいた。
「こんにちは、田中さんでよろしかったですかね? 田中秀信さん……」
男は私の顔をじっと見る。
私は「はい、そうです」と頷く。
郵便局員とおぼしき男は頷くと1枚の紙切れを取り出すと「じゃ、ここにサインをお願いします」と言いながら何気なくドアのわき、表札のある辺りをチラリと見る。
「えっ? 田中さんじゃないじゃないですかー」男は素っ頓狂な声をあげた。
「はい、隣が田中さんです」私はキリッとした顔で答えた。
「失礼しました」男はやや不満そうな表情で隣へ向かった。
私はドアを閉じるとせんべいのある居間へ戻る。
畳に腰を下ろし、テーブルの上にある食べかけに手を伸ばす。
(むっ!?)
何者かの気配を感じ「そこかっ?」と食べかけを右へ投げる。
ガッ。せんべいは壁にヒットした。
(あれ? 誰もいない)
「どこ投げてんの? こっち」と言うので左を見る。
そこにも誰もいなかった。
「どこ見てんの! こっち!」と声の主はイラついている。
部屋の中を見回すと、背後。金色の全身タイツに身を包んだ若い女がいた。探すのに手こずったが通常の人間サイズだ。
「何やってんの……」と呆れたように言って女は食べかけを拾って差し出す。
「サンキュー」とそれを受け取る。
(10秒以内ならふーふーすればセーフだよな……)
私はせんべいの埃を吹き飛ばすと口に運ぶ。
「随分と素早いようだな」せんべいを口一杯に含みながら尋ねた。
「素早いけど、さっきのはあんたの勘が鈍いだけでしょ! 私はじっとしてました!」
女は煩わしそうに言った。
そして「ふん」と鼻をならすと自己紹介を始めた。
「私は森の戦士、シナ」と女。
「ドすけべド変態な女なの」と私は合いの手を入れる。
「この世界を支配せんがため」と女。
「心を込めて歌います」と私。
「別世界からやって来た」と女。
「でもすぐに帰ります」と私。
「いざ尋常に勝負!」と女。
「はっけよい、のこった!」と私。
「変なセリフ混ぜんな!」女はブチ切れて私の後頭部をはたいた。
女は「チッ」と舌打ちすると「今日はこのくらいにしておいてやるよ」と言って割れた大窓からベランダに出ると、そこに設置された姿見のようなものを通って消えた。次いで、姿見のようなものも消えた。
(窓……どうしよう)
私はせんべいを食べながら呆然とした。