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喫茶室なかがわ

作者: 夏の蜃気楼
掲載日:2018/09/22

 昭和の時代から続く老舗の純喫茶がある。この純喫茶は、駅の北口にあり、比較的に駅との距離は近いのだが、脇道にあり2階建てビルの2階に店舗が位置する為か、「入ってみようかな」という人たちも、素通りをしがちである。 隠れた名店というのは、そんな場所にあるものだ。知る人ぞ知る名店のひとつでもある。この街の生き字引として、『喫茶室なかがわ』は今年で45回目の夏を迎えた。

 店内は昭和時代のレトロな感じを残しており、なつかしさも楽しめる空間でもある。私はこの純喫茶に通い、30年近くになる。私が年を重ねると同時に、マスターと奥さんも、すっかり歳をとり、白髪が目立ち始めていた。私が通いだした時期には、マスターは40代、奥さんは30代。そして現在はマスターが70代、奥さんが60代の後半。現在は息子さんが跡を継ぐために、時折手伝いに来ている。

 店内の雰囲気はなんと伝えればよいのだろう。とても難しい。壁は白かったのが黄ばんで見える。ライトはオレンジライトを基調に、明るくもなく暗くもなく。ソファーはいたるところにほころびがあるが、それは愛嬌だ。私は特に気にならない。それだけ多くの人たちがこの店に足を運んだ証拠でもある。ソファーの傷は戦いの傷跡。私はそう思っている。それになんといっても、クラシック音楽が流れるおちついた雰囲気のお店。私はこの手の古いお店が好きなのだが、時代の変遷とともに、昭和の面影が次々に消えていく。そんなもの寂しさを感じながらも、昭和の情緒と風情を楽しめるこの店に足を運ぶことが、私にとっては一服の清涼剤になっていた。だがしかし、モダンなお店が好きな者たちからすれば、このお店は合わない。きっと扉を開けた瞬間に背中を向けるだろう。綺麗で華やかでなければ、大衆には受け入れられない。通勤時、駅中を通るのだが、チェーン店のカフェは連日のように満員になっている。その光景を横目に私は、『喫茶室なかがわ』へ向かう。ファンの数や人数がおおいからっといって、そこが優良店とは限らない。たしかに優良かそうでないかは、個々の感性や判断基準にゆだねられるが、私はあまり人の多いところを好まない性質なゆえに、あの手のチェーン店が苦手でもある。なぜかと申せばありふれていて安くて早い。綺麗で機械的で面白みのない、そんな風に思っている自分がいることに、嫌気もさすが、底が浅く深さもない。ただたんに薄っぺらな何かが、ぽんと乗っているだけ。それで満足できる者たちもいるのだろうが、私は満足ができない。

 そして年々『喫茶室なかがわ』の来客が減っていくことに対して、私は物寂しさも覚えていた。こんな素敵なお店なのに、なんで皆は通わないのだろうと、半ば価値観の押し付け気味ではあるが、それが私の本音でもある。

人が年を取ると皺の数が増えるのと同じように、店も年をとり皺の数が増えた。その皺が増えたぶん奥が深く味わいもふかまる。私はそんな『喫茶室なかがわ』が大好きだ。

 30年も通っていれば、いろいろと思い出もある。

 学生時代。友人たちと一緒にこの店に足を運び、学生にありがちな、哲学などの話しをしていた。ヘーゲルだのキャッテルだの同一律だの特性論だの観念論だの。そんな言葉が飛び交った。インテリぶることが格好いい。そんな時期でもあった。覚えたてのタバコをふかしながら、そんな談義をしていたものだ。 おまけにクラシックの流れるこの店は、なんだか大人になった気分にさせてくれた。だがいくら背伸びをしても大人の真似事にしかならなかった。財布の中身は小銭だらけ。だからアイスコーヒー一杯で、他愛もない会話を楽しむのが主流だった。客層も子供連れや家族連れはめったに来ない。いや皆無といってもよいだろう。どちらかというと年配の紳士淑女の憩いの場という印象を受ける。若い人もどちらかというとサラリーマン風の人やスーツを着ていたり、落ち着いた感じの大人の人たちが多い。そんな人々でたまには賑わいをみせる。

 この場所で仲間たちと楽しき思い出を作った。それだけではない、彼女とふたりで訪れて愛を分かち合い、夜想曲に抱かれふたりの夜を満喫したりもした。そして別れ話もあった。彼女の流した涙は、この店にしっかりと刻み込まれている。そんな夜はショパンの別れの曲がよく似合っていた。

常連客とも親しくなり、店内で顔を合わせるとお互いに笑顔で挨拶したりする。あの頃に過ごしたひと時は、今になって思えば、とても大切な時間であったのだと、大人になってから気づかされた。そんな思い出の欠片たちを、アイスコーヒーをすすりながら回顧していた。


── 今夜のお客は私と眼鏡をかけた40代くらいの女性のみ。

あいかわらず、クラシックの音色が店内に流れる。心地よい。心がおちつく。仕事の疲れをいやしてくれる。いつのまにか読書にふけっていた。なぜ人は喫茶やカフェで読書をするのか、なんとなく私はこの場所で学んだ気がしていた。クラシック音楽は読書に最適なのだそうだ。たしかに、そんな気がする。

 一息ついてトイレに向かう。用を足しトイレから出る。そして店内を見渡すと、もう一人の客人はすでにいなくなっていた。

 席に腰を降ろす。お客は私ひとりだけになっていた。店内に流れる夜想曲。今夜この曲は私だけのものだ。誰にも渡さない。

 素敵な夜だ。夜想曲を独り占めできる夜というのは。

 


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