第5話:11月13日 ルナ(25)とロココ(24)の場合
その日は朝から頭がすっきりせず、これからあと五分もすればヒアリングの予約客がやってくるというのに憂鬱だった。連日のヒアリング、その後すぐにバーの営業。営業中には客がいようがいまいがアルコールをちびちび飲むのだが、暇過ぎて暇疲れすればアルコールの量も増える。精神的なものもあるが、実際には時間を持て余してついつい、という方が原因なのだ。
「顔色悪いですよ? 今日はソファー席で話したらどうです? カウンター席だと落っこちたら危ないし……」
「そんなヘタレ蒼じゃあるまいし、あたしが転げ落ちる訳ないだろ。……でもまぁ、今日はカップルで来るんだっけか? それを考えたらソファーでもいいかもな。よっこらせっ……と」
「……ヘタレって……。ほんとに大丈夫ですか? 今日乗り切れば明日は定休日ですから」
「わぁーっとる。……あー、胃がもたれてるからコーヒーいらないぞ」
あたしがソファー席に沈み込むと、テーブルに添えておいた灰皿を蒼がスッと取り上げた。胃が悪い時にタバコは良くない、そう教えたのはあたしだけど……。「吸うつもりじゃないですよね?」と言いたげなジト目に、あたしもジト目で応戦する。
「今日のお客さんは電話口の声からするに若い子でしたし、大人が目の前でパカパカ吸うのもどうかと思いますよ? 具合悪いなら特に。そうでなくてもアゲハさんは、ヒアリングの最中吸い過ぎですから」
「……あたしが弱ってると強気になるんだな、お前。大人だの子供だのって、あたしだってまだ三十だぞ? 年齢的にはまだまだお姉さんだ。大人って言われると老けて聞こえるからやめろ」
「……吸い過ぎないで下さいよ? アゲハさんが途中でリタイアしちゃったら、ぼくがヒアリング変わらなきゃいけないんですから。……嫌ですからね?」
「わぁーっとるっつーの! 誰もお前になんか期待してねぇから安心しな。それにしても今日はほんとに口うるさいな。口封じがてら買い物に行ってもらおうか? 胃薬買ってきてくれ。漢方のやつな」
「漢方のでしたらまだありますけど?」
ろくに返す言葉もなく、あたしはただ蒼を見上げていた。元々十センチ程の身長差があるのに、このソファーから見上げる蒼はやたらデカく見える。態度のせいかもしれんが。
あたしを心配してくれてるのはちゃんと分かってる。酒もタバコも蒼に教えたのはあたしだから、身の丈に合った接種をしろと言ったのもまたあたしだ。教えた奴が自分の限度を超えて体調を崩してるなんて情けない。だから余計に心配されるのがうっとおしい。
「やっぱりいらん。水だけくれ」
「……はぁ」
腑に落ちない返事をしてカウンターへ入っていった。心配してくれるのはかわいいが、今日の態度はかわいげがないな。浄水器の心地いい音とは裏腹に、あたしの中はドロドロした汚染水の流れる音がしていた。
「ここでいいのかなぁ?」
浄水器の音に紛れて扉の鈴がちりりんと鳴った。見ると少しだけ開いた扉から甲高い声の女が覗いている。きょろきょろと目玉を動かし、ソファー席の方へ向いたところであたしと目が合った。
「……いらっしゃい。ヒアリングの予約ならここで合ってるよ」
「あー、良かった! 看板出てないって聞いてたけど、看板なくて分かりづらかったから……。ここで当ってるってさ! おいでおいで!」
甲高い声の女は扉の向こうに見える影に呼び掛けている。しばらくすると、半開きになった扉から二人の女が入って来た。蒼の言っていた通り、声からしても服装からしても、どう見ても高校生か大学生にしか見えない。まさか未成年と確認しないで予約受けたのか、と蒼を睨むと、あちらも困った様子で二人を眺めていた。
「来てもらって早々悪いんだが、ここは未成年同士の入店はお断りでね。電話の時に年齢確認しなくて申し訳なかったよ。もうちょっと大人になって、その時にここが必要ならまたおいで?」
「えぇー! うちら未成年じゃないですよぉ。よく間違われますけど……ね? あ、うちはルナで、こっちのかわいこちゃんがうちの彼女のロココです! よろしくお願いします!」
「……ロコ……? あ、あぁ、うん。よろしく。あたしが店主のアゲハで、あっちのバーテン服着てるのが蒼だ。好きなとこに座っていいよ」
お互いの自己紹介が終わると、二人は嬉しそうに顔を見合わせてソファー席へとやってきた。薄暗い店内だから見誤ったのかと思っていたが、近くで見てもとても成人とは思えない程幼い顔をしている。ロココという妙な名前を名乗っているし、もしかしたら年齢も偽ってるんじゃないかと疑ってしまう。
「まぁ、ご本人が未成年じゃないと言うなら信じるよ。ちなみにお二人はいくつなんだ?」
「えっと、うちが二十五で、ロココは二十四です。うちら二人で居酒屋行くと、必ず店員さんに身分証提示してくれって言われるんですよ。ねっ、ロココ」
「そうそう! いっつも若く見られるのは嬉しいんだけど、年齢云々で引き止められるとウザッ! って思うんですよねー。……あ、今は大丈夫です、今は」
二人は顔を見合わせてうんうんと頷いた。見るとソファーに置いた手は重なり合っているし、更によく見れば色違いのミニスカートとお揃いの黒ニーハイだ。悩みや愚痴があるからここへ来たんだろうが、一見幸せそうで仲のいいカップルにしか見えない。
キャッキャと嬉しそうにしている二人の前に、蒼がカチャリとコーヒーを置いた。するとまた二人は顔を見合わせて、「ごゆっくり」と立ち去ろうとする蒼を呼び止めた。
「ごめんなさい。うちらコーヒー飲めないんで……紅茶ないですか?」
「あ、失礼しました。お取り換えしますね」
ほわほわと湯気の立ち上るコーヒーからは、あたしの胃袋をむかむかさせる匂いが広がっていた。普段はそそられる香りだというのに、身体は正直なもので受け付けないと言っている。こだわりの豆を挽いてあたし好みに落としているというのに……もったいない。
あたしは自分の水を一気に飲み干し、コーヒーをお盆に乗せようとしている蒼の腕を掴んだ。
「蒼、あたしが飲むから置いといていい。お二人にはオレンジジュースでも出してさしあげな」
「……分かりました」
「悪いね、お二人さん。客用の紅茶は置いてないんだ。それより、開店まで時間が限られてるから話を聞くよ」
置いてない訳じゃない。同じくコーヒーの飲めないうちの相方の為に常備はしている。だがこの二人に飲ませるような安っぽい葉じゃない。子供は缶紅茶かオレンジジュースで充分だ。一瞬不思議そうな顔をした蒼もあたしの空気を察したのか、少し間を置いてキッチンへ戻っていった。
「あのですね、今日話したいのは……ね、ロココ」
「うん。でもルナから言って?」
「えぇー、ロココから言ってよー」
どっちでもいいよ! というイライラは、コーヒーの匂いが胃袋に沁みるからだろうか。イライラとムカムカの違いが分からなくなってきた……。
しばらくイチャイチャと押し付け合ってる光景を眺めていたが、どうにもまとまらなさそうなので、あまり気の進まないコーヒーに二・三度口を付けた。二人は蒼がオレンジジュースを置いた事すら気付いていないようだった。
「お二人さんさ、時間は限られてるんだよ。六時には通常営業するんだ、話がないなら帰ってもらって構わんよ?」
「え、あ……えっと、じゃあロココに変わってうちから話しますね。うちらレイヤーで、知り合ったのはコスイベなんですよ。きっかけはカメコに無茶なポーズを頼まれて困ってるロココを、うちがお助け参上仕った時で……」
「ちょ、ちょっとタンマ。何を言ってるのかさっぱり分からんのだが? レイヤーとかコスイベってなんだ?」
「あー、ごめんなさい。レイヤーっていうのはコスプレイヤーの略で、コスイベってのはレイヤー同士で撮影したり、カメコさんに撮ってもらったりする、コスプレイベントの略です。えっとね、例えばこんな感じの……これ! こっちがうちで、姫コスしてるのがロココですよ。かわいいでしょー!」
ルナがドヤ顔で広げたのは、なんとも非日常な服を着た奴らがわんさか映ってるアルバムだった。あたしが覗き込むと次々にルナの解説が入る。カメコだの姫コスだのという単語も意味不明だったが、この写真は○○のキャラでー、などと紹介されていくうちに、なんとなく理解出来た気がする。めんどくさいからあえて聞き返さないが……。
「……で? お二人の馴れ初めと趣味は分かったよ。まさかそれを自慢だけしに来た訳じゃないだろ?」
「あぁ、そうでした。それでですね、レイヤー仲間って結構ビアン多いんですけど、こんなにかわいいロココが取られちゃわないか心配で心配で……。うちよりイケてる男装レイヤーなんてごろごろいるし、ロココが心変わりする前に結婚したいと思ってるんです!」
「……ほう? それで、ここに来れば同性婚の情報が集まるとでも思って来たのか?」
「はい!」
バカなのか? と口走りそうになったのを必死で飲み込んだ。情報何てネットで検索すりゃある程度の事は調べられる。レズばかりの溜まり場に来れば、世間に公表されてない法の抜け道でもあると思ったのか?
それでも、きらきらと目を輝かせて質問しているルナと、照れくさそうにルナを見つめるロココの姿は純粋そのもので、なんというか……さすがのあたしでも辛口な言葉が出て来なかった。
「夢を壊すようだがな、あいにくこの国では同性婚は認められてない。裏社会の裏話みたいなもんもないんだよ。ここに来る奴はそういう情報にも敏感だが、何一つ有益な情報はない」
「えー……そうなんですかぁ……。じゃあみなさんはどうやって結ばれてるのか教えて下さい」
「結ばれてる? 何をもって結ばれてると定義するのかはそいつら次第だがな。例えば……あそこにいる蒼はさ、彼女さんがカナダに留学に行ってるんだ。帰ってくるまでは蒼は一人で日本でお留守番なんだがな、彼女さんが大学を卒業したらカナダで結婚するんだとよ? なっ、蒼」
カウンター席で頬杖をつきながら暇そうにしてる蒼を横目で見ると、ぴくりとも反応してこなかった。いつもなら彼女さんの事を茶化すとムキになるくせに……。おかしいなと思って手元を見ると、単にスマホに集中してるだけだった。なんだつまらん、とため息が出た。
「カナダで結婚ですか! 素敵ぃ! ルナルナ、うちらもカナダで結婚しようよー! 向こうならもっと色んなコス写撮れるかもだし、ずっと一緒にいられるんだよー?」
「カナダかぁ……。カナダで結婚しても、外人さんにロココ取られちゃったらうちの立場ないしなぁ……。取り返そうにも英語分かんないし、うちが捨てられちゃったらカナダに行った意味がなくなっちゃうもんな……」
「取られないよー! 捨てないよー! ルナとずっと一緒だって言ってるじゃん! 言ってるでしょ? 写真撮られて魂抜かれたとしても、心までは抜かれないよって!」
思わず吹き出しそうになって、カップで口元を隠した。ただのバカップルのようだが、根本的な間違いが一つあるので教えてやる事にしよう。
「お取込み中悪いがお二人さん、一つ肝心な事を言わせてもらうよ? 浮気する奴はどこに行っても浮気するし、別れる奴らはどこに行こうが別れる。もし本気で結婚したいと思っているなら、まず取られるだの浮気するだのっていう信頼関係の薄さをどうにかした方がいい」
「……どういう意味ですか? うちがロココを信用してないとでも言いたいんですか?」
「……そう聞こえるが? たかが写真撮られるくらいで心配してるんだろ? 経験上言わせてもらうが、ヤキモチも嫉妬も喧嘩の原因にしかならない。嫉妬されて愛情を確かめる奴もいるが、そんなのも相手を信頼してないから確かめたくなるんだ。あたしはそんなの、心から信頼してる恋人だとは思えないが?」
二人はしばらく口を噤んでいた。さっきまでキンキンと甲高い声で話していたルナは俯いて唇を噛みしめている。隣でそれを寂しそうにロココが見つめていた。
若い子に有りがちな誤解だ。嫉妬心が強いイコール愛情が大きい、という訳ではない。嫉妬される方も最初は愛情の大きさだと喜んで受け入れるかもしれないが、それが永遠に続くと窮屈で嫌気が刺してくるもんだ。燃える嫉妬なんぞ鎮火してみれば、ウザったい重石にしかならないのだから。
「あんたたちはまだ若いんだ。お揃いの服着たりコスプレしたり、今は楽しむ事だけしておいで。将来どうするかは、もっと信頼が深まってからでも遅くない。今のあんたたちを見てると、今だけの感情で将来を棒に振りそうで危なっかしい。女同士ってのは周りから祝福もされなければ認められる訳でもないんだ。高いリスクを背負ってまで一緒になりたい、その気持ちがあるのなら、もっとお互いを知って信じ合う事が大事だよ」
「……うちは……うちはロココが大事なんです。ロココがそばにいてくれないと……寂しくて寂しくて、離れたらもう戻って来ないんじゃないかと心配で……。信用してない訳じゃない、それはロココも分かってくれてるでしょ?」
「ルナさん、あんたの気持ちは分かった。……ロココさん、あんたは? ルナさんに信用されてると思うか?」
「……今の……アゲハさんの話を聞いて、ルナがヤキモチ妬いてくれてるのは間違いなんだって気付きました。もっと信用して欲しいなって……」
「だ、そうだ。一つ付け足しておくと、嫉妬やらヤキモチやらは間違い、ではない。人間だからな、好きな人を独占したい気持ちが生じるのは仕方ない事なんだ。それに同性愛ってのは悲しい事に、頑張っても頑張っても相手に振り向いてもらえない事がほとんどだ。相手がノンケだと頑張っても実る確率は無いに等しいからな。それを言うと、ルナさんのように見捨てられ不安が強くなるのは仕方ない……って今矛盾した事を言ってるが、あたしの言いたい事、少しは伝わってるかな?」
少ししゃべり過ぎたか。この幼いカップルには詰め込み切れないだろう。それならもう少しレベルを下げて一つずつ解いてやった方が良かったかもしれない。……もう遅いだろうがな。
あたしの長話を、ルナはたまに小さく頷きながら聞いていた。その頬には大粒の涙が流れている。手の甲で拭っては溢れ、また拭っては溢れる。言葉の代わりに溢れていく涙は、ルナの悔しさが形になったものに違いない。
「……ありがとうございました。帰ろう、ロココ……」
「ルナ? 泣かないで? 帰ったらちゃんと話そ?」
「ううん、もういいんだ。話し合ったってうちらの信頼関係は変わらないよ。うちはロココが好きだから妬いちゃうし、信用してない訳じゃないのに不安で不安で仕方ない……。いくら話し合ってもうちが変わらない限りうちらの信頼関係は成り立たない、そうでしょ? アゲハさん……」
やれやれとため息が出た。やっぱりお子様には難しい話だったか、と。
「いいや、あたしは一般論を教えたまでだ。どうするかはあんたたちの自由だよ。あたしの戯言を丸飲みにしなくたっていいんだ。……息苦しい世界だからね、後悔しない生き方を選びな」
「……ロココ、割り勘しよって約束だったけど、今日はうちが出すね。次に一緒に来た時はロココが出してくれる……?」
「……う、うん」
「アゲハさん、ありがとうございました。今日のお代です。……行こ、ロココ」
そう言うとルナは財布から取り出した二枚の千円札を封筒の中に入れ、それをテーブルに置いた。立ち上がったルナを見上げるロココの目にも、薄らと光るものがあった。あれほど何度も目を合わせていた二人だったが、あたしが見送った二人には、もうその合図はなかった。
扉の閉まる音と、チリリンっという鈴の音が響いた。今日の鈴はどこか寂しそうに聞こえた。
「……アゲハさん、今日はずいぶん優しかったですね。やっぱり具合悪いんですか?」
スマホをいじっていた蒼がカウンター席から語りかけてきた。本当は「バーカ! そうじゃねーよ」と反論してやりたいところだが、どうにも悪態つく気になれない。……まぁ、これがあたしらしくないと言うのなら、『具合い悪い』のかもしれないな……。
「これだからガキは嫌なんだ。あの二人、どう見ても高校生かそこらだったと思わんか?」
「……んー、そうですね。ルナさんは分かりませんがロココというのは多分コスネームでしょうし、もしかしたら年齢もぼくより下じゃないかと」
「……コスネーム? それもコスプレ用語か? 蒼、お前もコスプレやってたんじゃないだろうな。何で知ってんだよ」
「アキバでバイトしてたんですよ? それくらい知ってます。レイヤーの子はコスイベの後にツアー組んでるのかってくらい団体様でいらしてたんで。コスプレはほとんどウィッグを被るので、イベントの後はみんなウィッグでついた癖毛を隠す為に帽子被ってるからすぐレイヤーだなってわかるんですよ。それと、コスチュームを入れるカートもガラガラ引いてるから来店した時点で分かります。実年齢は分かりませんが、恰好とか話す内容からして学生が多かったと思います。テンションもあんな感じでしたし」
「ふーぅん。コスプレねぇ……何が楽しいんだかさっぱり分からんよ。変身願望なんて無駄な思考だと思わんか? こちとら素の自分だけで……」
言いかけて言葉を飲み込んだ。失言だったかもしれない。セクシャルマイノリティーの蒼には、変身願望があるはずだからだ。女の身体に生まれてきた事がコンプレックスなのだから、女以外の何かになりたい、そう思って生きているはず。変身願望と軽く口にしてしまったが、変わりたいのに変われないから願ってしまう、それは多かれ少なかれセクマイにもコスプレにも共通しているのかもしれない。
相変わらずマイナスな空気を察する能力が高い蒼は、急に口を噤んだあたしの方を見て首を傾げている。はぐらかす言葉も見つからず、少しの沈黙が走る。今日は本当に調子狂うな、そう思いながら冷めたコーヒーに口を付けた。
「……ぼくは変身願望を持ってない人はいないと思ってますよ? 子供の頃、大人になりたいって思いませんでした? 逆に大人は子供に戻りたいと思ってるでしょうし。ぼくみたいなタイプは異質ですけど、男に生まれたら良かったなぁって言ってた女の子は結構いましたし、いわゆる中二病ってやつも変身願望の一つだと思うんですよね。アゲハさんも、いいお姉さん演じてる時ありますよね? 大げさかもしれませんけど、『こうなりたい』『こうでありたい』って気持ちも変身願望から来るもんじゃないかと……」
「……お前、今日はほんっとによくしゃべるなぁ。子供のくせに大人をからかうんじゃねーよ」
「アゲハさん、そういう事を言うのは大人な証拠ですよ? さっきは大人って言うと老けて聞こえるからお姉さんがいいとか言ってたくせに……。じゃあ大人のアゲハさんにはこっちをあげますね。漢方より即効性があるので早く飲んで下さい。コーヒーダメだって言ったのに飲んじゃったアゲハさんの自業自得ですからね。お水、ここ置いときますから」
「……じょ……錠剤は……」
あたしが錠剤飲めない事を知っておきながら……ガキの揚げ足みたいな事しやがって……。まったく、回復させたいんだか悪化させたいんだか。
じろっと睨むと、蒼は隣のテーブルのオレンジジュースをテキパキと片付けだした。そして目を合わさないようにさっさとキッチンへ消えていった。ヘタレなガキのくせに、と生意気な発言を撤回させようと思ったが、どうやらこのムカムカは胃もたれの方が強いらしく調子が出ない。
あたしはしぶしぶ錠剤を水で流し込んだ。……この喉に引っかかる感じ……いくつになっても苦手だ。あたしもまだまだガキなのかもな、そう心の中で呟いた。
恋愛に年齢は関係ない。ただこれから生きていく中で、自分が絶対に後悔しない道を選んで欲しい。浅はかな考えやその場の勢いで人生を棒に振ってはもったいないと思うから。
自分の人生は自分しか責任が取れない。あたしら他人が出来る事は、道に迷った時に本当に後悔しないのかもう一度考えさせる事だけだ。
あの二人はきっとこれからもたくさん悩むだろう。だけどそうやって悩んで悩んで自分を見つめ直して欲しいと思っている。願わくば、一人でも多くのレズビアンが幸せにならん事を。