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第13話:12月21日 染まらないもの

 師走というのは実にもっともな異称で、誰もかれもが忙しく走り回る月間である。


 日本古来の年末年始行事に向けての準備はもちろん、西洋から流れてきたクリスマスパーティーとやらの準備も加わって、あげく参加したくない会社の忘年会やらにも顔を出さなくてはならないのだから忙しない。忙しないどころか無駄な金を浪費するので身も心も財布も削られる思いだ。


 くだらん……。


「蒼、相方がベビーターキーとやらを焼いてくれたぞ。掃除の前に食ったらどうだ?」


「……ベビーターキー? 何ですか、それ」


「……知らん。あいつの事だ、季節の食材か流行りの食べもんか時期的な料理だろ。黙って有り難く頂戴しろ」


「はぁ……。アゲハさんの分は? 食べないんですか?」


「あたしは……これだけでいい」


 あたしがタッパーに入ったかぼちゃの煮物を見せると、蒼はジッと覗き込んで「ずるい」と言った。こいつの場合の『ずるい』は自分も食べたいという意味ではなく、あたしが食べれない物を食べさせようとする根端についてのツッコミだ。


「しょうがないだろ、あたしは和食派なんだ。お前の分のかぼちゃも食べてやるからそっちは任せる」


「……ふぅん、またそうやって夏姫さんの手料理を口にしないつもりですか? こないだのなんとかライスっていうパクチィ乗ったアジアン料理もぼくに押し付けて、自分は下の方のご飯だけ食べてた事も夏姫さんには『食べた』って言ってましたよね? チクッてもいいんですけど……?」


 蒼は素食な上に肉料理が苦手なのだ。雇ってから二年間ずっと一緒に(まかな)いを食べてきているのだから、そんな事は嫌という程分かっている。あいつもまた、あたしが食べ慣れない洋食が苦手なのだという事を分かっている。


 小料理屋を開きたいという夏姫は定番料理も創作料理も難なく作る。どんなに疲れていても、『料理をしている時は幸せだから』と言って手を抜いた試しがない。そんな風に健気に作ってくれる夏姫の手料理を否定するつもりは全くないのだが……。


「……分かったよ、手伝ってやるからぶつぶつ言うな。これ食ったらあたしは飾り付けするから、お前も掃除終わったら飾り付け手伝えよ?」


「飾り付け……? って、クリスマスのですか? それならもっと早く飾ればよかったのに……。早いとこは十二月入ったらもうやってますよ?」


「知っとる。去年は開店記念の装飾だったからわちゃわちゃしてたが、カナの奴がもらってきたのがあってな。忘年会のビンゴで当たったとかなんとか。今時LEDのイルミネーションなんぞ当たり前になってきとるのに『珍しいし殺風景だから使ってー』って置いてったんだよ」


「へぇ……。ぼくは派手派手なの好きじゃないなぁ……」


 ボソッと呟きながら入口に置いた段ボール箱に目を移す。同じ事を考えてはいるが、報われないレズビアンたちの為にもクリスマスくらい明るい装飾にしてやってもいいか、というあたしの妥協は少しすれ違っているようだ。


「何が楽しいんですかね、クリスマスなんて。楽しそうにする人がいるから楽しめない人が憐れに感じてしまう錯覚に陥るんですよ。ぼくのいた施設でもクリスマス会なんてものがありましたけど、クラスメイトが自慢してるようなホールケーキもプレゼントもなかったんで、クリスマスって何が楽しいのか子供ながらに疑問だらけでしたね」


「ながらに、じゃなくて『だから』だろ。養護施設だって不憫な生活はさせてないだろうが、一般家庭の子供と比べりゃ妬ましい感情がない訳がなかろうよ。……だが、お前の言うように憐れなのかもという錯覚に陥る人間がいるのは事実だろうな」


「今の彼女と付き合いだしてからですかね、こんなイベントでも作らないとプレゼントする機会がないのかって気付いたのは。いざあげるとなると何をあげたらいいのか悩むけど、まぁそれもあげたい人がいるからの贅沢な悩みなんだなって分かりましたよ。もらっても嬉しくないバレンタインなんかと違って、特別な人にあげたりもらったりするのも悪くないやって……」


「お前でもかわいい事言うんじゃねぇか。それだけ分かってりゃ飾り付けなんぞあたしからのおもてなしだと気付かんか。……ほれ、皿は後で洗えばいいから先に掃除だ。さっさとしないと一番乗りが来るぞ」


 時刻は五時を過ぎたところ。もぐついてる蒼から空いている皿を取り上げてシンクへと運ぶ。チビなあたしには、背の高いツリーの飾り付けはしんどくて堪らないのだ。ここは百六十五センチ代のもやしっ子に任せるのが一番。


 カナが持ってきたままになっていた段ボールを開けると見事なツリーと装飾品が詰め込まれていた。不器用なあたしには組み立てすらも目まいがしそうな作業だというのに。掃除道具を持ち始めた蒼の横顔をチラッと見て「しょうがねぇな」とため息をついた。


「アゲハさん、上の方のはぼくがやりますから、アゲハさんは出来るとこまでやってくれればいいですよ」


「誰がチビだ、誰が。言われなくてもそのつもりだ」


「……誰も言ってませんよ」


 クールに受け流したつもりなんだろうが、奴の口元が緩んでいたのをあたしは見逃さなかった。蒼や夏姫が俄かに高いからあたしの低さが際立ってしまうというのに。……まぁさほど気にしている訳ではないのでごちゃごちゃは言わんが……。


 お互いに黙々と作業を続けた。のっぽなツリーは寝転がせて組み立て、起してからLEDライトを巻き付ける。言われた通り下の方だけ雪の代わりの綿や小さな鈴、それと赤い玉をぶら下げた。


 蒼が掃除を終える頃にはこちらも一通り仕上がっていたので、てっぺんの星と残りの装飾品を手渡した。一仕事終えてやれやれとカウンター席に座ってタバコを(くゆ)らせる。扉にリースも忘れないようにしないとな、と完成間近のツリーを見上げた。


「アゲハさん、何でクリスマスって赤と緑なんですかね」


「あぁ、確かにそれはあたしもガキの頃気になって調べた事がある。諸説あるみたいだが、赤はキリストの血、緑はモミの木やら柊やらの色を表してるんだ。針葉樹は一年中色を変えないから『永遠』って意味だとかなんとかだったような……」


「へぇ、永遠を表す緑ってだけ聞くとロマンチックなんだなって思うけど、赤の方はなんだかグロい由来なんですね。床屋さんのグルグルみたいな」


「それの方がロマンチックもくそもないがな」


 雑談をしながら最後にてっぺんの星を取り付ける。なんだかんだと飾りを終えライトのスイッチを入れると、チカチカと点滅するLEDに目を輝かせる蒼。人の手によって彩られたそれは目障りな程だが自分が手を加えたそれは別段で綺麗に見えるのだろう。


 子供っぽいな……そう思う反面、そんな純粋な目をする蒼を愛おしく思う自分もいた。


「扉のリースも付けてきますよ」


「あぁ、頼むよ」


 こんな事でクリスマス気分を楽しめるというなら、毎年やらせてやってもいいか。それと、当日は細やかなプレゼントでも用意してやろう。


 姉妹のいないあたしにとって蒼は妹か弟みたいなものなのかもしれない。たまに子供っぽ過ぎるところもあるが、気が弱い中にも真っ直ぐな芯を持っているところはあたしに少し似ている。出会ったあの日、どこか他人のような気がしなくて拾ってしまったのだ。


 彼女さんとやらを拝んだ事はないが、話を聞く限り蒼を甘くも厳しくも扱う敏腕彼女だ。その点で言うとうちの相方にも似ているし、蒼とあたしの共通点も増える事になる。


「……アゲハさん、このリースとげとげし過ぎてて指に刺さりますよ? いててて……」


 もっとも、あたしはこんなヘタレでもマヌケでもないが……。


「アホが……。まったく、鈍くさいなぁ……」


 立ち上がってしぶしぶ救急箱をあさった。ドジな従業員の為に夏姫が買い揃えておいてくれた常備薬やら応急処置セットが入っている。確かこの中にバンソーコーもあったはず……。


「あった。ほらよ、自分で貼りな。飲食業にバンソーコーは逆に不衛生だが、客が来るまでそれ貼って血止めとけ」


 救急箱の中にあったバンソーコー箱ごと投げてやると、蒼はナイスキャッチしてそれをまじまじ眺めた。


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、これくらい。……アゲハさん、これバンソーコー入れに使ってたんですか? 懐かしいですね」


「懐かしい?」


 言われてよく見ると、蒼がふりふりしていたのは黒いシガレットケースだった。その紙製のシガレットケースの右下には、赤と青のボーダーで『violet lily』の文字が印字されている。


 それはうちの店の開店記念で作ってもらった記念品だった。配布用の試作品だったが、あたしは客に(こび)を売るようで嫌だと言ってお蔵入りにしたのだ。きっと夏姫の奴がもったいないからと有効活用したのだろう。バンソーコー入れには確かにちょうどいいサイズだが。


「このしましま、さっき言ってた床屋さんのぐるぐると同じ色ですよね。このデザインを初めて見た時、何でバイオレット・リリーなのに紫にしなかったのか気になってたんですよ」


「センスねぇ奴だな。床屋と一緒にすんなっつーの。それにはちゃんとした意味があるんだよ。この店の屋号と繋がる意味がな」


 青は男を、赤は女を表す。ここに来る奴らは戸籍性別的に女が九割九分だが、中には心だけ女の奴や身体だけ女の奴もいる。どんな容姿だろうが中身だろうが、『自称レズ』ならば青も赤も関係なく入店出来る店という意味が込められている。


 性にも色にも囚われない、ここはむしろそれらが混ざった奴らの溜まり場。


 だから『バイオレット』なのだ。


「へぇ、二年以上働いてるのに知りませんでしたよ。ぼくはてっきりアゲハさんが紫が好きなのかとばかり……」


「そういった意味では嫌いじゃねぇけどな。あたしの本名は知っての通り白っぽいけど、どっちかっていうと紫や黒の方がお似合いだと思ってるし。冬生まれだからって純白の名前付けやがって……。その点お前はいいよな、青は女々しい色でもないし」


「ぼくだって一月生まれですけど夏っぽい名前じゃないですか? よく言われましたよ、夏生まれでしょって。それを言ったら夏姫さんは聞かなくても夏生まれだろうと思い込まれるでしょうね」


「あいつはその通り八月生まれだからなぁ。名の通り太陽の姫様みたいな奴だよ」


 少しのろけてしまった……。気恥ずかしくなって顔を叛けると、「へぇ……」というニヤついた相槌と視線が突き刺さった。


 咳払いをしてタバコをもみ消す。まじまじと見られていると余計に赤面しそうなのでいそいそとシンクで洗い物をし始めた。途中「ぼくがやりますよ」という声が聞こえたが、わざと水圧を上げて聞こえなかったふりをした。


「ねぇ、アゲハさん」


 蒼があたしの隣に立ち、洗いたての皿を拭きながら問い掛けてきた。


「人間はどうして二種類に分けたがるんでしょうね。赤か青か、黒か白か、暑いか寒いか、敵か味方か、善か悪か……。どちらでもないものは異質と見做される。人それぞれに『適切』があると思うのに、特に日本人はどちらかに属させようとするじゃないですか。……ぼくは高校は私服登校のとこを選びましたけど、中学はさすがにキツかったです。何で二種類の制服のどちらかを着なければならないのか、ってね。もちろん選べないし」


「適応も大事さ。だが、自分は異質だと感じても、自分が自分を理解してあげる事が大切だと思うがな。じゃなきゃ誰がお前を理解してやれるよ? 今の自分を受け入れてあげられてるから、今お前はここにいるんだろ? あたしから言わせりゃレズだって分類してる側だと思うぞ。『男は嫌だ、女がいい』と二種類の中から択一してるんだからな」


「……そうなんですかねぇ……。その意見が正論だとすると、バイの人が『一番素直な人間』って事になりますけど。否定はしませんよ? でもストンと腑に落ちる肯定って訳でもないなぁ……」


「……まぁ、こういう意見のやり取りしてても分かると思うが、否定と肯定ってのもまた真っ二つに分けられる訳ではないって事だな。あたしも分からんよ、何が正しくて何が間違っているのか。ただ、一つだけ言える事は『何色にも染まらない強さ』を持っててもいいんじゃないかって事だ。己の信じる生き方をせにゃ、ただ選択肢の通りに生きてるだけのつまらん人間になっちまう。二分割も三分割も恐れず、気の向くまま、思うがまま、感じるがまま、我がままに生きてみりゃいい」


「……それが出来たら苦労しませんよ」


「……だな」


 目が合って、あたしらは苦笑いした。でも切ないそれとは違う。今は同じ事で笑えている、同じ気持ちの仲間がいるという安心感があるからこそ笑えているのだ。


 偉そうな事を口走るあたしでさえ、現在進行形で一人の該当者なのだから。どちらにも属せない、『紫』の立場の人間なのだから。


 だが、二人で飾り付けたクリスマスツリーを眺めて思う。『永遠に色褪せない緑』ってのもあったのか、と。何色にも染まらないと言えば大抵の人間は白を連想するだろうが、色褪せないで自分を保つ事も大切だと、あたしらはきっとあのツリーを眺める度に思い出す事だろう……。



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