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五つ葉

ついに慈鴉とゼンジの関係が明らかに……。


あってはならない、五つ葉のクローバーを、慈鴉は手に入れられるのか?



そいつは、寝室のベランダに当然のよに現れた。


「……お前の匂いを辿ってきた。もう限界だろう……? 心も身体もくれそうな、良いエサじゃないか……」


ゼンジはニヤリと、奇妙な歪んだ笑みを浮かべる。


「ふざけるな! 消えろ! 俺に近寄るな! 祥悟を喰らったその口で、俺に話しかけるなって言ってるだろうがっ!!」


慌てて服を身に付けつつ、昌徳を庇うように背にする。


事態を呑み込めていないのは、彼だけだ。



祥悟は分かっていた。


ゼンジが来るかもしれないと、分かっていて、この姿の俺と暮らしてくれた……祥悟はとても頭が良くて、ゼンジの行動を先読みして、ふらりと二人で旅にでたりなんて事もした……それでも逃げ切れなかった………。


「逃げろ! 早く!! アイツは漸茲ぜんじと呼ばれてる、最悪な鬼だ! しかも、信じられないぐらい強い!」



———俺が、ここから逃げるか?! だが、アイツが俺を追ってくる保証は無い。いや、どちらかというと、昌徳を喰らう事に、快楽を覚える事だろう。それが、ヤツの〖復讐〗だ。自分が愛したあの女の裏切りと、アイツから全てを奪った俺への……〖復讐〗———



漸茲ぜんじはゆっくりと窓を開けた。


夜の匂いと、庭に咲く花の匂い……その中に、なんとも表現しがたい、慈鴉の体臭が混じる。



鬼でも、普通はこんな匂いを身体から放つ事は、皆無だ……。


慈鴉は、鬼としてはある意味では出来損ないで、そして、ある意味では恐怖の対象だった。


それ故に生まれ落ちた瞬間から、禁忌とされ、閉じこめられた。




———名前すら与えられずに———




心底楽しそうに漸茲がゆっくりと、寝台に近付いてくる。



「良い夜だな。瑠月那るきなの禁忌の子供……瑠月那が愛した人間の男を喰い殺し、瑠月那を連れ戻した時には、もうお前が腹に居た……産まれるはずの無いお前が産まれたのも、こんな綺麗な月夜だったな………己の母親の腹を喰い破って産まれて来たお前は、すでに赤子あかごではなかった。まず瀕死の瑠月那を喰い。それから見張りに付けておいた俺の親族を喰い散らかし……何とか捕らえて閉じこめられると、牢番をその匂いと、瑠月那に瓜二つの顔で、惑わせ、喰らい……人間界へ下りると、人間を喰らい続けた………お前はあり得ない、鬼でも人間でも無い、存在してはならない狂った獣の罪の証の身だ。その罪を背負って何処まで逃げ続ける……? 生まれ落ちた瞬間に与えられた罪の証を、忘れようとしているとでも言うのか?……無駄な事だ……」


慈鴉は、昌徳をチラリと振り返るが、酷く驚愕しているらしく、寝台に起き上がったまま、動けずに居る。


〘どうしたら良い? どうしたら、助けられる………?〙


頭が回らず、混乱する慈鴉に昌徳の声が聞こえた。


「慈鴉、は、人間と、鬼の間の子供なのか……?」


答えたのは慈鴉ではなく、漸茲だった。


「そうだ。力の強い鬼から稀に産まれる事がある。人間と、鬼とのあってはならない子供だ。コイツの生来の色彩は、どんな鬼も持たない色。そのこと自体が罪の証……こんな、銀の髪に藍色の瞳など、ありえん」


漸茲が動いた。


とっさに慈鴉が庇ったが、異形の姿をとった漸茲の手の爪が伸び、昌徳の肩に食い込んで、白いシーツに血が飛び散る。


「よせ!! 止めてくれっ!! 漸茲!! 俺が憎いなら、俺を殺せば済む事だろうが?!」


必死で漸茲の手を止めようとするが、並の人間程度の力しかもう持たない慈鴉にとっては、かなり無謀な行為で、慈鴉の身体にも傷が付き、血が流れる。


漸茲は何も答えない。


祥悟の時もそうだった。漸茲は何を考えているのか分からない。


愛した女を人間の男に奪われ、子まで宿し、それが愛した女の腹を食い破って産まれてきたのだ……さぞかし憎いだろう。

最初に母親を喰らうのは、禁忌の子供は母の能力の全てをも受け継ぐ為だと言われているが、本当の所は誰にも判らない……ただ、俺に喰われながら、母は微笑み、涙を流しながら漸茲に、何度も何度も言っていた。


『可愛いでしょう?……漸茲、この子をよろしくね。貴方が、頼りなの……』


俺に喰われながら、本当に嬉しそうに俺を見て微笑んでいた。

優しい人なのだろうと思ったが、喰う事に躊躇いは無かった。

周囲に居た鬼も、皆、殺して喰いたかった。

あの時、俺の中にあったのは、憎悪と嫌悪と食欲だけだった。


誰も彼もをズタズタに引き裂いて、喰らってしまいたかった。


———ただ、それだけの存在だった———


唯一そんな俺を止めて、牢へ繋いだのが漸茲だった。



……漸茲はあの時、確かに泣いていた………。




————パタタタタッ、と、慈鴉の顔面に温かな液体がかかる———


無駄な抵抗だったのだ。


まだ生来の色彩を保っていた〝りん〟でさえ、敵わなかった相手なのだから、昌徳を逃がそうだなんて、甘い夢を見てしまった……。




絶望的な気持ちの慈鴉の頬を、震える身体を、温かい液体が伝う。



漸茲の片腕が、慈鴉の身体を、いつの間にか抱く様にして捕らえていた。


逃れようとするが、血の匂いで、さらに力も抜けていくし、自分がこんな身体になって、慈鴉はやっと〝鬼〟と人間が恐れる生命体の身体能力に恐怖を感じた。



———それなのに、祥悟は笑いかけて、手を繋いでくれた……こんなに醜い、名前すら与えられなかった、最悪の〝鬼〟の俺なんかに。口で何を言っても、結局、本当は、最初に声をかけてきてくれた一言が全てだった———


『随分辛そうだね。僕のこと、喰べても良いよ?』


喰らわずに、縋り付いたその手だったけれど。

あの言葉通りのように、惜しげもなく全てをくれた、唯一人の、存在……。



四つ葉のクローバーを見つけてしまった、独りぼっちにされた夜も、今夜のような……綺麗な月夜だった……。

公園での様々な出来事を走馬燈のように思い出す……。



稟をもう見てくれないあの瞳……もう、祥悟の口は意地悪も言ってくれない……。



今さっきまで触れていた昌徳も、きっと、漸茲に喰われるのだろう。


そして、弱り切った俺も、ここで消える……。



月だけは、変わらず優しいな……祥悟……絶対に手が届かかないのに、惜しみなくこのくらい夜を照らしてくれる……闇夜には姿を消す、そんな意地悪なところもそっくりだ……だって、稟を置いて、ふらりと一人で旅に出ることさえある人だった。


行き先も告げずに……。


漸茲の手から、少しでも稟を守ろうと考えて、そうしていたのだと、今ならよく理解出来るけれど———。


その度に、捨てられたのではないかと、酷く不安で、泣きたい気持ちになった。

あの感情も、祥悟に出逢う事さえなければ、持たなかった………。


でも、そんな祥悟だったから、あれ程長く、この産まれたままの姿で、一緒に居られたのかも知れない。

祥悟は言っていた。

産まれたことに意味があるんだよ、どんな存在もね。名もない雑草なんてない、皆名前があるんだよ?

産まれたときのまま、自分らしく、その姿で堂々としてれば良いじゃないか、稟は臆病者だね?


大丈夫だよ? 人はね、守りたい者が出来ると、強くなったりもする。

それにね? 意外と、死ねない生き物なんだよ。往生際が悪いんだ。

エデンの東へ追放された、カインのようにね……。



本当にそうだった。


———決して誰も傷つけないよう。カインを殺した者には、その七倍の仕返しが訪れるという、カインの印を刻まれて、人間に避けられ……死ぬことも出来ない……月の光で、溺れそうだよ。祥悟……呼吸いきが、出来ないほど苦しいんだ———


もう、良いよね………?

許して、祥悟……。大好きな、大切な、人間。




失うのが怖いなら、あの手を、あの優しい手を離して、独りで生きて、滅びるべきだった。





もう、いい————


どんな形でも。

終われるのならば、それでいい………。





———強烈な血の匂いに頭の芯が痺れる———




血にまみれた漸茲の右手に握られているのが、人間の心臓なのだと言う事は理解出来た。


漸茲がそれを口にすると、咀嚼して、慈鴉の頭を……逃れようとする身体を捕らえてくる。



嫌な予感にゾッとして、必死で逃れようと、腕を伸ばし、暴れるが、まるで鎖で縛りつけられているかのように、片腕で易々と、胴体を抱きしめられて動けない。



漸茲が口を付けてきて、眉が寄る。



押し込まれる肉欠片に、自然と腔内も……喉までもが熱くなるが、祥悟との約束を思い出すと、絶対に、絶対に飲み込むわけには、いかない。



それなのに、漸茲はしつこかった。



堪え続けた、血肉の匂いと、口に拡がる血の味に半ば放心して、ほとんど気絶している状態の慈鴉が、それでも飲み込むまいとしているのに、漸茲は無理に舌で喉の奥へと、かみ砕かれた肉片を押し込むようにしてくると、吐こうとする慈鴉を許さず、そのまま無理矢理に飲み込ませた。

まるで親鳥が雛にエサを与えるように、昌徳の肉を咀嚼して、同じように、何度も、何度も与え続けてくる………。



そのまま意識を失い、ぐったりと腕の中で自分に身を委ねてくる鬼の少女に、漸茲の口元に喜悦に満ちた笑いが浮かび、再び肉片を呑み込ませてから、たっぷりと血の味のする小さな舌を捕らえ、口を覆うようにして、何度も角度を変え濃厚な口づけを交わす。


鬼の少女は、ぴくりとも動かないが、それでもその髪の色彩が、神々しい程の銀から、僅かにくすんだ色彩に変化している。


自分の腕の中に今、抱かれている無防備な存在———まるで、死体のような力の無い身体だったが、月の神に造られた最高傑作の人形の様に美しい〝鬼〟。


この身体も、匂いも……全てが、この存在が産まれ落ちた刹那から、漸茲の全てを決めていた。


かすかな笑い声が、肉を引き裂き咀嚼する音と重なって、月に照らされた美しい———今となっては、昌徳の血や肉片に汚れ、凄まじい臭気を放つベッドルームに響いた。






太陽を削り取ったように、灼けて熱い砂の上に寝転がった慈鴉は、強く輝く恒星に手を伸ばし、かざした。


祥悟とは、随分車であちこちに出掛けて、泊まったりもしたけれど。この惑星に、こんな場所があるなんて、知らなかった……。


青白かった慈鴉の肌は、美しく研かれた白い象牙のような色をしているが、決して太陽が焼いたわけではない。


……ここは、つい先刻、来たばかりだった。


そう漸茲が言っていた。


記憶が酷く曖昧で、断片的にしか覚えておらず、とにかく血まみれの身体やなんかを洗って、漸茲が用意していたらしい服に着替えさせられた。


 その後に、何も言われなかったので、外に出てきたのだが———。


異様な程に肌がピリピリと痛んで、心臓が苦しかった。


目を閉じると、記憶にあるのは部屋の中で、青い月が水底みなそこのように照らしていた。


あの、天窓から見えた月と、最後に漸茲の腕に支えられて見た、喰い散らかされた血にまみれた残骸………。



苦しさに目を開けると、罪の証である慈鴉の黄金の瞳に映るのは、藍とも紫とも付かない、夜明けの色の瞳が脳裏をよぎる。


———探したぞ。お前の匂いを辿って、ここまで来た———


そう言って、笑う。


その口が慈鴉に見せ付けるように、持っていた何かに、血で濡れた牙をぞぶりと突き立て、喰いちぎった。


漸茲の手が、慈鴉を捕らえて、離さなかったように思う。


苦しくて、抵抗して喘いだ様な気がする。


アレが心臓だと言うのは判る。人間の心臓だ。


終わりが、自分にもやって来たのだと思った………。


この鬼の手で、殺される日がついに来たのだと————。




だが、自分は今、生きていた……残酷なまでに、元の漆黒のからすのような虹色に輝く髪に、禁忌の子供である事を示す、黄金の瞳……。




傍らに誰かが座った気配がして、視線を送ると漸茲だった。


その指が、慈鴉の髪に触れる。


「触るな。祥悟を喰らったその手で、触るな。その口で、俺に話しかけるな。触るな……」


立ち上がり、まだフラフラする身体に、無理に力を入れて歩き出すと、漸茲が追ってくるので、睨め付けてやる。


漸茲はさもおかしそうに笑って言った。


「逃げろよ。追いかけて行くから……お前ほど、瑠月那るきなに似た存在は居ないし、瑠月那以上の、匂いがするからな。すぐにわかる……」


「……変態が……」


「ㇰッ……良い目だ……俺を憎め。この世の誰よりも……追いかけて行ってやろう……お前の愛した男を喰らった〝鬼〟だ……あの男の血と肉は俺の身体の一部になっているのも同然だ。その〝鬼〟に追われるんだ……嬉しいだろう……?」




慈鴉は漸茲を黄金の瞳を煌めかせて、睨みつけると、あてども無く歩きだしながら、祥悟の事を考えていた。



祥悟を殺された時点で、俺は漸茲をこの世の誰よりも憎んでいたが、祥悟がそれを止めたから………。



賭けに、負けてしまったから……。




……次の満月に、公園へ、行こう……見つかるはずの無い、五つ葉のクローバー。

全く違う、二つの花言葉を持つ……あの葉。


もしも見つけたのなら、俺の想う〖倖せ〗を探しても良いかな?


なぁ、祥悟……。


 


    

     〜おわり〜





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