九話 中東紛争地域
中東は小国。紛争の絶えないこの地域はDNA管理されたクローン傭兵が、オリジナルによるオリジナルによっての戦争に奔走させられていた。一部のインプラントによるクローン傭兵のアップグレード、所謂課金兵は専門の企業が独占しており、また、爆撃機のチューター、政府への大量残滅兵器の導入など、最早戦争という名のビジネスがその小国の経済を回していた。
そんな物騒極まりない地域で、フレッシュな100%オレンジジュースをガブ飲みする、筋骨隆々の大男が居た。まるで似合わない。
周囲は荒れ切った荒野が広がっており、近くには一本のアンテナと塹壕のようなものが存在する。彼は、その荒野の丘のところに立っている。
名はヴェルキン・ダイヤモンド。国連連合軍第0特殊部隊『RED CHASER』の部隊長その人だ。組織には珍しく実名で登録されている。
その理由は、本人の嘘が下手という部分にあったりするのだが。
「……………来たか」
虚空を睨みつけて彼はそう言った。
直後、何もない場所から人が出現した。それも3人だ。1人は黒髪黒目の男。
色々とヤバそうな気配があるが、パッと見では冴えないサラリーマンだ。残りは女2人。片方には見覚えがあるが、もう片方の、手に持つオレンジジュースみたいな橙色には見覚えがない。
「おう、よく来たエアロスミス。話に聞くとこによりゃあ新人が2人はいったってことだが、まさかこの2人なのか?」
「そうですよぉ。こちらの男性がアイアン・フリーズさんで、そちらの女性がキュロットさんですぅ。例の任務に就くようにロータスさんからの指示ですぅ」
どうやらこの2人で間違いにいようだと確認し、溜息をつくヴェルキン。
それもそうだろう。この組織に正式に加入するということは、もれなく存在が国家機密クラス。オカルトの結晶。科学では到達しえない前人未踏の領域。しかも片方は未成年。多感な時期である。一児の父という側面を持つ彼からすれば、子どもと同じくらいの歳の少女にこのような任務を遂行させたくはなかった。
しかし、それらオカルトの管理はマインが全ての担当を請け負っている。上司の命令もあり、部隊長権限で保護などという行動は取れないのがもどかしい。
そんな中、ノーマークの人物がヴェルキンに話しかける。
「氷室 鉄だ。お前がヴェルキン・ダイヤモンドか」
「ダイヤモンド部隊長と呼べッ! このウスノロ野郎がッ!」
いきなり現れた鉄とキュロット、そしてエアロスミスに反応して、何やら話し込んでいるヴェルキンに対して何かあると思ったのか、他の隊員が寄ってきていた。
その中でもヴェルキンに心酔してる部類の人間が、彼を呼び捨てにした鉄に向かって絡む。
「おいおい、ここの兵士はちゃんと訓練されてるのか?」
「返す言葉もないな。……………おうお前ら。人が話し込んでる傍でチョッカイ出すのはダメだなんて習ったか?」
部下の不躾な態度を謝るヴェルキン。そして、鉄に絡んだ兵士を含めその場にいる全員をギロリと睨みつけた後、そのような当たり前のことを言う。
「習わないよなぁ。普通よォ。だァってなぁ?そんなの誰だって邪魔されたらイヤな気持ちになるよなぁ?常識的に考えて。
お前らには常識がないのか?能無しなのか?俺はお前らの脳味噌まで筋肉にするほど鍛え上げた覚えはねェし、するつもりもねェ」
ジリジリと、問題の兵士に近寄るヴェルキン。体格差も相まり、蛇に睨まれた蛙どころか恐竜に目をつけられたアリのような、圧倒的な死の気配がビシビシとその兵士にぶつけられる。
「だから、貴様から銃を取り上げることを命ずる」
「あーぁー。無慈悲なのはいつも通りですねぇ」
実質その部下に解雇命令を出したヴェルキン。その兵士は、気絶寸前の体を振り絞り、冷や汗を流しながらそそくさとその場を去った。次の、ヴェルキンによる「配置に就け」の鶴の一声により、他の兵士もその場を後にする。
「……………これが部隊長権限か」
「要らんことする奴は、集団で要らん。余程の能力が無ければ排斥の対象になる。俺はそれを早めただけだ」
「なんだ、思ったよりまともそうじゃないか」
そう言って鉄はわずかに笑う。近くで成り行きを見守っていたキュロットは、鉄のその機微を感じ取ることができた。エアロスミスはふわふわしたままだ。
「さっ、案内しよう。ようこそ『RED CHASER』へ。自己紹介が遅れたが、俺がヴェルキン。ヴェルキン・ダイヤモンドだ。部隊長をしている。挨拶はひとまずこの辺にしておこう。それじゃあついて来い。セーフティールームへ行くぞ」
〜〜〜
「地下なのに、案外広いんですね」
「毒ガス対策だな。あと、衛生面の事情も加味している」
ここは『RED CHASER』の、中東仮拠点施設の一つ。その中のセーフティールームである。華美な調度品、あるいは質素な家具などというものは無縁であるような、とても無機質な部屋だ。さらに、床はコンクリート剥き出しである。白すぎる壁に囲まれて、居るだけで遠近感が狂いそうだ。
そんな部屋だが、パイプ椅子や組立式のテーブル、通信機器があることで、何もない、という印象はなかった。
「ここへ来るまでに、部屋がいくつかあったな。そこはセーフティではないのか?」
「その質問は最もだ。だが、その理由はちゃんとある。ここだけの話、この部屋だけはマインによって小さな要塞と化している。つまり特別製ってワケだ」
鉄の質問に、しっかりヴェルキンが答える。ただしかなり内容をぼかしながら。
ヴェルキンが鉄およびRED CHASER合流組を引率して来たとき、岩陰に隠れた入り口から入り、地下へと続く階段を降りて行った。ある程度まで降りたときに道は一つの通路となり、その所々に小部屋があったのだ。
廊下の壁は地層が剥き出しで、床は土で踏み固められていた。そのせいか少し埃っぽく、キュロットが時折咳をしていた。
無論、鉄は何ともなく、グラスゲートは慣れっこであり、エアロスミスはまるで影響がなかった。
「ねぇ、ヴェルキン部隊長。今回のミッションと作戦はどうなんですかぁ?」
椅子を円に置いて席に着くなり、早く任務と作戦を話せ、と圧を加えたエアロスミス。新人2人の好奇をある程度流したヴェルキンは、改まった口調で合流組に話を始めた。
「ミッションは『メタルニンジャの製造工場及び研究施設の破壊』だ。場所はここから北西へ向かっておよそ10km。海抜がゼロに近い低地だ。衛星じゃあ見つけられなかったが、戦闘機のレーダーで特定することができた。また、奴らのメタルニンジャの製造工場はこれ一つでは勿論ないだろう。分かっていると思うが、中にいる人物には極力命を奪うことはするな。これは命令だ。作戦としては、まずアイアンフリーズ、お前が斥候として潜入するんだ。合図があり次第、施設の破壊を開始しろ。残りは俺らの特殊部隊に加わり、合図と共に突撃する。グラスゲートとエアロスミスはこれには参加しない。別件だ。グラスゲートはいつも通り通信係を、エアロスミスは拠点の防衛を任せる。………………ここまでで質問はあるか?」
長く話したヴェルキンは一度息をついて、質問がないか尋ねる。
それに真っ先に反応したのがアイアンフリーズこと氷室 鉄だった。
「おいおい、俺は潜入なんてしたこともないぞ。斥候くらい、特殊部隊ならもっと他に適任はいなかったのか?」
「簡単な話だ。お前の戦闘能力がもっとも高いからだ」
「……………些か納得できん」
「本当は空爆できれば、それが一番カンタンでベストなんだがな」
そこまで言うとヴェルキンは椅子から立ち上がり、今日はこれで解散、と言った。どうやら日付は明日らしい。彼はさっさと部屋から出て行き、何処かへと行ってしまった。
「………………これ、私たちどうすればいいんでしょうか……………」
「まー、ああいうとこダイヤモンド部隊長らしいんだけどねー」
「えぇ。でもぉ、セーフティルームに誰もいなかったって何でなんですかねぇ」
「ん? いつもここには人が居るのか?」
急に放置され途方にくれるキュロット、通常運転のグラスゲート、普段と様子が違うことに疑問を感じるエアロスミス、無言だったがエアロスミスの話が気になった鉄。反応は様々である。
そして、部屋の戸(金属製)がいきなりバーンと音を立てて開け放たれる。
「敵か?」
咄嗟に動いた鉄。一瞬で扉の死角に飛び込んで、入ってくる人物を拘束する。
その者は金髪のロングヘア。華奢で身長は160弱。その肌は雪を想起させるような白であり、微かにシトラスの香りが鼻腔を突いた。
………………間違いなく女性だった。
そう思った鉄は一瞬で元の位置に戻った。この間1秒に満たない。
「あ、ありのまま今起こったことを整理するわ。そうすればきっと少しずつ現状が分かるはず。私は、ヴェルキンに呼ばれてセーフティルームに居る新人にドッキリを仕掛けようとしたら逆に仕掛けられていた。………………まるで意味がわからない。どういうこと?ねぇ!どういうことよ!アンタでしょ!」
件の女性は、今起きたことを分析することを試みたが失敗したようだ。最後の方はほとんど鉄に向かって怒鳴っている。
「氷室さん、貴方何したんですか………」
「敵だと思って拘束しかけた」
「あぁーよしよしー。アリスー、悪いの全部アイアンフリーズって奴のせいなんだー。取り敢えず落ち着けー」
「ふぇぇ、グラたんが天使」
「そこにいるヴェルキン部隊長ぉ、分かってるんで出てきてくださぁい」
「…………スマン、俺のミスだ」
最早カオスである。
(どうしてこうなった…………俺のせい………なのか?)
殺伐とした地域にそぐわない、緊張感のまるでない空間が、そこにあった。
〜〜〜
しばらくして場が落ち着いた後。
「ハァーイ。魑魅魍魎神羅仏滅カオス軍団『RED CHASER』のアイドル、アリスちゃんだぞー」
「それは流石にない」
人形のような美貌を持つ金髪美女が、色々と台無しである。ヴェルキン直々にツッコミが入るレベルだ。
「改めて、私が貴方たちの無線サポートを担当するアリスよ。よろぴく」
「いつも思うんだが、お前は何かしらふざけないと気が済まないのか」
「そうね。こんな戦地に駆り出されたか弱い女性なら気が触れても可笑しくないじゃないかにゃん?」
「嘘つけ、どこでもそのスタンス貫いてるじゃねぇか」
「おいヴェルキン。コイツ大丈夫なのか?」
挨拶のはずがいつの間にかヴェルキンとの漫才に発展していた時に、鉄から疑問の声がかかる。
確かに、鉄としてはさっき会ってからずっと、終始ふざけっぱなしなアリスを見ていたが、正直言って頼りなさそうなのだ。
そして、キャロット、グラスゲート、エアロスミス、アリスという『RED CHASER』の女性陣は、まともなヤツが1人もいないのではないかというレッテルを貼りつつあった。
「ん? あぁ、その点は心配するな。こんなナリだが、ガイドや情報収集の面でかなり優秀なヤツなんだ」
「そうですよぉ、アリスちゃんは説明が要領を得ていて分かりやすいんですぅ」
「あははー。キャロちゃんもそんな顔しないー。本当は凄いんだってー」
フォローを通り越して、最早先輩組から絶賛の嵐である。
言われたことと実際目で見たアリスとのギャップのせいで逆に胡散臭く見えてしまうキャロット。
逆に鉄は、オンオフがしっかりしている、メリハリのついた、所謂デキる女という部類の女性だろうと納得していた。
「えへへへ。褒めたって何も出ないわよ。えへへへ」
どうやらアリスは褒められるのに弱いらしい。先ほどまでキリッとした真剣な顔で真面目な雰囲気を撒き散らしていたのに、それはもう形無しだ。破顔とはこのことかと思う鉄だった。恐らくは、こっちが彼女の素の方なのだろう。
まぁ、真顔で真面目くさった雰囲気を撒き散らしながら巫山戯る辺り、演技や我慢は下手なタイプなのだろう。
「まぁ、コイツがそういうタイプだというのはよくわかった。で? 俺らを今コイツに合わせた理由はなんだ? まさか本当にドッキリだけな訳じゃないんだろ?」
「あぁ、簡単な話だ。よーく聞いて欲しいことがある。一度しか言わない」
鉄が御託を切り上げ、メインを話せとヴェルキンに言葉で迫る。
対してヴェルキンは、需要な事をこれから言うと言って、鉄を抑える。そして、鉄をしっかり見てこう言った。
「ヤツらに動きがあると監視部隊からの連絡が入った。今から行ってこい」