六話 緑とオレンジ
まだ初秋だというのに、うすら寒気のする昼下がり。
『マッドモア・スシ』とネオン看板が印象的な寿司屋の周囲には、非日常的な物々しさが漂っていた。
そこには人影があった。
数はパッと見て6。しかし、裏口にいるのを合わせて8人。いずれもがゆらりゆらりと、ヤナギステップを連想させる佇まいをしていた。
そこへ徐に寿司屋のドアを開けるものが1人。
「FLAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
狂気!恐ろしや!突然出てきたリーマンの格好をした男は、その腕をめちゃくちゃに振り回した!
「………ィァ」「………ィァ」「………ィァ」「………ィァ」「………ィァ」「………ィァ」
そして呻き声にもならない様な声をあげて倒れ込む人影。倒れ込む直前!南無阿弥陀!人影は砂となっていった!
男が叫び終わった後、そこには物々しい気配を放出する人影は全て消えていた。
早い!早過ぎる!呆気なさすぎる!人影たちは、自我のない頭でもその様な思考くらいはしていたのではないか。
☆☆☆
「誰だお前は?」
「その前に自己紹介するのが常識じゃないかなー?」
「そんなのは知らん。答えろ」
目の前には緑の少女がいる。いや、目と髪が緑色をしており、服も緑を基調としているのでそう見えるだけだが。
彼女は俺が座っていた席に腰掛け、先ほどまでキャロットと談笑していたようだ。
俺がそのような質問をしたのは当然と言えるだろう。
「キャロット。知り合いか?」
「違います、初めて会いました」
(………駄目だこいつ早くなんとかしないとヤバい。)
知らない人に話しかけられて普通に談笑していた少女の心理が分からず、呆れて物も言えない鉄であった。
そして徐に緑の女が口を開いた。
「私はグラスゲート。多分これが本名なんじゃないかなー。キャロちゃんとは何かシンパシー感じちゃってねー」
(電波の間違いだろう)
確かに異質ではある。髪質が両者ともに染めたものではない。花々によくある自然な色合いだ。
彼女達は何かしらの繋がりがあると、鉄は確信した。
「待て、グラスゲートと言ったな。お前、『深き紅』を知っているだろう。話してもらおうか」
「えっ、まさかの尋問タイム?やめてやめてー私は美味しくないよー」
(煽ってやがる、こいつ)
ただふざけているだけのグラスゲートの発言だが、煽られたと勘違いした鉄は頭に血が昇る。直様肩を掴んで揺すってやろうと手を伸ばす。ただし音速で。
彼は煽り耐性ZEROだった。そして、スシを目の前にして食べられない事で、とても、かなり、凄まじくイライラしていた。
それでも人に掴みかかる理由にはならないのだが。
「!?」
「グラスゲートちゃんが消えた!?」
しかし鉄の思い通りにはならなかった。伸ばした両手は空を切り、衝撃波がテーブル席を襲う。スシの取り皿や醤油差しなどが宙を舞うが、彼は気にした様子もない。
鉄は気配が一瞬で自分の背後に回られたことに気づく。
「お前………」
「いやだあ、おじさん。子供に手をあげようだなんて大人失格だよー」
ケラケラと楽しそうに笑うグラスゲート。そこには邪気の気配すらなかった。発言は色々とアレだが。
そして、鉄の暴挙を見て物申す人間が約一名。
「……………氷室さん?」
「何だキャロット」
「………………………怒りますよ?」
「悪かった。だから落ち着いてくれ全身が燃えてるぞ」
「キャロちゃん!熱い!熱い!」
キャロットの周りは最早ご飯を食べるような場所ではなかった。
未だにスシを頼んでいないのだが、彼女は他の人の迷惑だとかそういう事にかなり神経質なタイプだった。
その結果、キャロットは全身からこれまたオレンジ色の炎を灯している。これがかなりの熱量があるのか、周りのテーブル、シート、メニュー表、タブレット、その他調味料まで引火していた。溶けている物もある。
そして、もちろん一番近くにある彼女の服に影響が出ないわけもなく。少女特有の陶器のような白い肌が所々露わになっていた。
「あわわー!氷室さんだっけ!?あっち行っててー!」
「なっ」
慌ててグラスゲートが鉄をキャロットから遠ざけようとする。
ーーーこれが、ただ遠ざけるだけなら、世界はまた変わっていたかもしれない。ーーー
だが、彼らはそのようなことを知る由もない。
「うおおおおおおっ!」
鉄は僅かな浮遊感と共に風景がガラリと変わったこと、熱源がスッと消えたこと、さらに気配の数が変わったことに気づく。直ぐその後に、それがキャロットやグラスゲートではない事も分かった。
そして、あたりを見渡すと1人の男と目があった。
そして同時に言葉を発した。
「「誰だお前は?」」