四話 リーマン・ミーツ・ガール
「さぁ、楽しい楽しいドリンクバーの時間だぞ?」
「あの…………ここってお寿司屋さんですよね?そんなファミレス感覚でいいんですか?」
経緯は忘れたが、俺は何故か女子高生と寿司屋に来ていた。何故だったかな…………忘れてしまったのは、あまりに珍妙な体験だったからか、それとも覚えるほどでもないからか。…………うむ、きっと後者だろう。そんな風に鉄は考えていた。
「オーガニック・スシにはやはりノンシュガーの熱いグリーンティーが一番だ」
「あ、その辺はまともなんですね。安心しました」
そういって俺はマリファナの入っていない緑茶をドリンクバーから注ぐ。
(…………ノンシュガーの意味ってこれで合ってたか?)
いつも通り、常識が欠如している鉄であった。
席へと戻り(個室を勝ち取った) 、暫くすると店員が混雑による相席の許可の是非を問うてきた。
もちろんNOである。
(ゆったり食わせろ。)
相変わらず目的を忘れている鉄だった。
「氷室さん、お腹も膨れてきましたし、そろそろ話してもいいでしょうか」
「ん?あ、おお、そうだな」
(……………完全に忘れていた。そしてさっきはファインプレーだったぞ俺)
漸く思い出した鉄は、素早く聞く姿勢を整える。
キャロットは少しの間、言うのを躊躇っていたが、やがて切り出した。
「実はある人を探しているんです」
「…………そいつがウチのオフィスの何処かにいたって事か」
「核心突くの早くないですか!?」
「だらだら話すのは嫌いでな」
まるで予測出来ていたというように答える鉄。だが彼は、現在そのような人物に心当たりしかないため、どう話そうか整理するのに精一杯だった。
「…………まさか」
「違う、俺はお前と同じだ」
一瞬、誤解されそうになったので慌てて訂正する。
あんな組織と手を組むはずがないだろうに。
「同じ…………。あっ!もしかして氷室さん、アイアン・フリーズをご存知なんですか!?」
「知ってるも何も本人だ」
アイアン・フリーズ。俺としては懐かしい言葉である。直訳すると、凍り付いた鉄。脆いなんてレベルではないと思うが、これは意味が違う。俗語で意訳をすると、ピストルを機能停止させる存在。つまり、戦争における最強のジョーカーだという暗喩である。というか、そういう風に力説されたのだ。
何を隠そう、10年前まで、俺は『深き紅』の最終兵器として育てられていたのだから。
というか、お前と同じの意味がまるで伝わってなかったようだ。
「ええええええええええええええええええええええムグッ!」
流石に周りに聞こえそうだったので、個室のくせに彼女の口を塞いだ。いや、正直に言うと煩かった。
確かに、目的の人物が現在進行形で対面している人物だと知れば驚くのも無理はないが。しかしこの子はそれ以外の驚きも含まれていたように感じる。
「落ち着いたか?」
聞くと、彼女は首を縦にコクコクと振る。落ち着いたようなので手を離してやる。
「ぷはぁ、ごめんなさい。お騒がせしました」
「本当だ。この話が別の奴に聞こえたら大変だろう」
「そ、そうですね。ありがとうございます」
オレンジの少女は申し訳なさそうにする。しかし雰囲気はアイアン・フリーズに対して興味津々といった感じだった。
「で、俺に何の用なんだ?」
「端的に言います!妹を助けてください!」
「…………本気か?」
(あの組織からわざわざ抜け出す能力がありながら、俺に頼ろうとしてるのか?…………だが、そんな図々しい感じではない。必死だ。現在『深き紅』の動きがわからない以上、何も言えないが、少なくとも悪しき感情は見られない)
「本気です。貴方に聞けば、少なくとも何もできずに逃げるしかない現状よりは良いと思いました」
オレンジの少女は、しっかりと口を結んで真剣な眼差しを鉄に向けた。鉄はその眼差しに、ダイヤモンドのように気高く、何よりも鋭利なナイフのような二面性を孕んだ、黒鉄の精神を感じた。元より女子高生及び女性に免疫のない鉄は、この光景を見ることによって不思議と疑惑も消え去っていた。
暫しの沈黙の後、鉄はやがて口を開いた。
「…………承知した」
「えっ」
「ああ。あの刺客の数…………やはりお前も『同類』だと分かる。…………それに、いい大人が子供のワガママを無視するのは些か問題があるしな」
「最後の一文すっごく要らなかったです」