第6話 魔女のチョコレート 3
バレンタイン当日、たまたま教室に忘れ物を取りに帰った私が見たものは、エリアス先生が学年一の才媛と評判のフランさんからチョコを受け取る場面でした。
突然教室に現れたエリアス先生は迷うことなくフランさんを呼びとめると、とても親しげな様子でお話ししています。
それから差し出されたチョコレートを受け取るとその場でチョコを食べ、そしてーーーー彼女の頭を優しく撫でたのです。
それから心配そうな顔でフランさんに何事かを囁くと、エリアス先生は慌ただしく教室を後にしました。
そう、私には全く気付く事無く……。
「フィー? あの……大丈夫?」
「アナ……」
しばらく呆然と立ち尽くしていた私を見かねたか、アナが困った様な顔をしてこちらを見ています。
そうですよね、私、きっと今酷い顔をしているだろうなと自分でも思います。
だってフランさんは入学以来トップの成績を維持する有名人で、片や私は魔力量が低い事で有名な落ちこぼれ。
それに彼女は性格もとても気さくで親切だし、お顔も綺麗で……髪だって私みたいなありきたりとブラウンと違って、蜂蜜みたいに綺麗な金髪で……
私は手に持っていたチョコレートが入った袋を、ぎゅっと握りしめました。
「ええと、フィー? エリアス先生はとても人気のある先生だから、きっと他の生徒からもチョコレートを貰っていると思うの。でもそれは先生という立場上、ある程度は仕方ないと思うんだけど。……違うかしら」
「アナ……ええ……そうですよね」
「でも貴女はその中でも特別なんだから。ね? もっと自信を持って?」
「特別……でしょうか」
「もちろんよ! それよりほら、エリアス先生を追いかけましょう!」
「でも……」
躊躇う私を半ば強引に引っ張るように、アナは教授室へと向かいます。
ですがそこには既にエリアス先生の姿はなく、それどころかもう学校を出た後だったのです。
「あらまあ……すれ違いでしたね。マギカさん、よろしければ私がそれを預かりましょうか?」
あまりに落ち込む私の様子を見かねたのか、マリー先生が声をかけてくれました。隣にいるコーサイス先生も気遣わし気な顔をしていらっしゃいます。
でも私は頭を横に振りました。
「いいえ、いいんです。これは私が直接エリアス先生にお渡ししたかったんです……。あの、みなさんお手数をおかけしてすみませんでした」
「フィー……」
まるで痛ましい物を見るような目付きに居たたまれなくなった私は、その日はそのまま自室へと戻ったのでした。
どんな時でも良く眠れるという私の特技。今朝ほどその有難みを感じた事はありません。
爽やかな朝の光で目を覚ますと、私はぐっと背伸びをしました。
一晩ぐっすり眠ったおかげで、昨日とは一転今日は気分爽快です。
身支度を終えた私は鏡の前に立つと、全身を確認しました。
そこに映るのはいつもと変わらないありふれたブラウンの髪、そしてブラウンの瞳の私。
でも! 茶色い瞳は琥珀糖みたいで美味しそうだねって言われた事もあるし、母譲りのふわふわした髪は、自分ではお気にいりです!
私は鏡の自分に向かってにっこりと笑いました。
さあ、今日こそはエリアス先生にチョコレートを渡してみせましょう。
一日遅れたからってなんだって言うんです?
だってせっかく作った物を無駄にしたら、将来の商商売人の名が泣きますよね!
「アナ! おはようございます。昨日はご心配おかけしてすみませんでした」
「おはよう、フィー。よかったわ、すっかり元気になったみたいね」
「ええそれはもう! 安眠グッズのおかげでぐっすり眠れましたから、一晩立てばいつも通りです」
「まあ! 流石はフィーね。頼もしいわ。それで結局あのチョコレートはどうしたの?」
「ちゃんとここに持って来てますよ。今日こそちゃんと先生に渡しに行くつもりです。でも……もし、もしもの話ですけど、今日もエリアス先生に渡せなかったら、折角ですからこのチョコレートを一緒にいただきませんか?」
「うふふ、それはいい考えね。是非ご相伴にあずかりたいわ」
「それは楽しそうだな」
突然現れたエリアス先生に、教室が水を打ったようにしんと静まり返りました。
私とアナも驚いて言葉が出ません。
「フィリス・マギカ、お前にちょっと用がある。時間をもらえるか?」
「は、はいっ!」
妙に険しい表情で怒ったように話す先生に、教室のそこかしとでヒソヒソと囁く声が聞こえます。
どうしよう、私また何かしでかしてしまったんでしょうか。
慌てて席を立つと、先生の後についてドアから出ました。
カツカツと冷たい足音をたてて、エリアス先生は長い廊下を抜けて行きます。
足早に歩く先生が向かう先は、どうやら研究棟と呼ばれる一般生徒の立ち入りが禁じられた場所のようです。
入り口で私が足を踏み入れるのを躊躇している間に、気付かない先生とどんどん距離が開いてしまいます。
「エリアス先生!」
困った私が大きな声で呼びかけると、エリアス先生は驚いたような顔で振り向きました。
「フィリス? どうした?」
「あの、だってここは生徒は立ち入り禁止の場所だから……」
「何だそんな事か。私が一緒にいるのだから何も心配いらない。ほら、おいで」
「は、はい」
差し出された手におずおずと自分の手を重ねると、先生は私の手を握りました。
びっくりして顔を上げると、エリアス先生は先程までの怖い表情から一転、蕩けるような優しい笑みを浮かべています。
「うっかりしていたが、フィリスはすぐ迷子になるのだったな」
「え……だ、大丈夫です! あれは単に夢の中だけのお話で……」
「そうなのか? だが俺が心配なんだ」
先生はそう言うと私の手を更に強くぎゅっと握りました。
「それにもしこの研究棟で迷子になったら、フィリスは一人で私の部屋まで来れるのか?」
「う……そ、それは……」
「はは、じゃあこのままだ。さあ行こう」
今度はゆっくりした歩調で、私達は研究棟の廊下を並んで進みます。
階段を抜け幾つもの扉の前を通りーーーーやがて辿りついたのは一枚の真っ白なドアでした。
「ここだ。……開けるぞ?」
「え? ええ」
先生がドアを開けた途端目に入ったのは……
1話伸びてしまった! 次回完結です!