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第5話 魔女のチョコレート 2

「そういえばご存じですか? 今日はなんでもバレンタインデーらしいですよ」

「バレンタイン……? ほう、マリー教授、それは一体なんですかな」

「それが意中のお相手にチョコレートを贈る日なんですって。他国で流行り始めた風習らしいのですが、生徒達に頼まれて『魔女のチョコレート講座』というのを開催したら、それはもう大好評で……」



 一日の講義が終わって教授室に戻った俺の耳に、ふとそんな会話が流れ込んできた。

 声の主はどうやら薬草学のマリー教授と魔法史のコーサイス教授のようだ。



「当初は1回だけの予定だったんですが、受けられなかった生徒達からリクエストが殺到して、結局計3回も特別講座を開く羽目になりました」

「ははあ、それは皆熱心ですな。やはりいつの時代も生徒の関心事は恋愛ということでしょうか」

「本当に! みな普段の講義以上に真剣でしたわ。それに意外な事に講義の半数は男子生徒でしたのよ。意中の女の子に手作りのチョコレートを贈るなんて、可愛いと思いません?」

「成程、そういうものですか。では私も今日は妻にチョコレートでも買って帰りますか。ところで参考までに教えていただきたいのですが、『魔女のチョコレート』とは一体どういう物ですか? やはり薬草や特別な魔女の呪文を使用するのですか?」

「チョコレートは計3種類教えました。まずは基本の型に流すチョコレート。なにしろキッチンに入ったことすらない生徒が大多数ですからね。それから応用で中に干した果実の洋酒漬けを入れたトリュフ。そして最後が特別なレシピの生チョコレート。……強いて言えばそれが魔女のチョコレートですわね」

「ほう、特別なレシピとは実に興味深い!」

「貴重な古酒と、それから生徒達には軽い魔法、いえおまじないを教えました。それをあの子達がチョコに使用するかどうかは……本人のみぞ知る、ですわね。ふふふ」



 へえ、バレンタインね。

 一体どこの風習だかわからんが今日がそんな日だなんて初耳だ。

 よく分からんものが生徒の間では流行るんだな。……まあどちらにせよ俺には関係のない話だが。

 俺は頭を振ると、魔道具の詰まった大きな鞄を机にどさりと置いた。


 どういう訳か最近やたらと外での仕事の依頼が多い。

 魔法学園で教師をしている以上、本来こういった依頼は受けるべきではないと思うが、『氷の魔術士エリアス』と名指しされると断り難いのもまた事実。

 仕方なく本業に差し支えない範囲で引き受けては受けてはいるが、こう立て続けだと何か悪意の様な物を感じるのは俺が穿った性格をしているからだろうか。

 だがそれも仕方のない話だろう。なにせおかげでフィリスともあれ以来碌に話せていないのだから。


 俺はここまで考えてふと先程の話を思い出した。

 待てよ、チョコレート講座は生徒に大人気と言っていたな。

 フィリスはマリー教授が特に可愛がっている生徒だ。だとしたら彼女もその講座を受けている可能性は高い。という事はつまり……


 俺は席を立つと足早に教授部屋を後にした。


 授業の終わった生徒達でごった返す階段を上り、向かった先は2年生の教室だ。

 人影もまばらな閑散とした教室に顔見知りを見つけた俺は、慌ててその生徒を呼び止めた。



「ちょっと君! ええと……確かフラン、フラン・ボヌールだったか?」

「あらエリアス先生。何か御用ですか?」

「ああ。実は生徒を探しているんだ。フィリス・マギカを見かけなかったか?」

「フィリスですか? 彼女ならもうとっくに帰ったと思いますけど……」

「そうか……そうだよな。いや、大した用事じゃないんだ」

「彼女と何か約束でも?」



 怪訝そうに首を傾げる女生徒を前に、俺は我に返った。

 そうだよな、講義が終わって既に30分は経つ。そうそう都合よくここにいる訳がない。そもそも彼女と会いたいなら、先に魔法でも伝言でもいいから約束をしておくべきだったんだ。



「いや、いいんだ。君も帰る所を済まなかったな」

「いいえ、エリアス先生のお役に立てたならよかったです。あの、それと……、もしよかったらこれを受け取ってもらえませんか?」

「……これは?」



 目の前に差し出されたのはピンクの花柄の紙に包まれた平たい物だった。

 見慣れぬ物につい眉を顰めると、その生徒は慌てたように首を振った。



「ち、違うんです! あの、薬草学のマリー先生の講義で作ったチョコレートなんですけど、特に深い意味はないんです! たまたま今持っていたので……」

「ああ、例のチョコレートか。中を見ても構わないか?」

「はい! 勿論です!」



 私は包装紙を破ると、中から現れた箱の蓋を開けた。

 並んでいるのは3種類のチョコレートが2個ずつ、計6粒のチョコレートだ。

 先程のマリー教授の話だと、確か生チョコレートという奴が魔女のチョコレートだと言っていたか?



「なあ君、生チョコレートというのはどれだ」

「えっ? あ、この四角いのです」



 何故か顔を赤くした生徒が指さす先は、何の変哲もないただの四角いチョコレート。

 だがこれこそが特別な酒と軽い魔法がかけてある魔女のチョコレートの筈だ。



「このチョコレートを割ってもいいか?」

「え?」



 手に摘んでチョコを真っ二つに割ると、濃厚な甘い香りが鼻につく。掌に乗せ顔を近付けてよく観察すると、確かにうっすら魔法式らしきものが浮かび上がった。

 魔法陣までは構築されていない簡単な魔法式。しかもこれは……



「古い魔女の呪文……魅惑? それとも魅了か?」

「え? ど、どうしてわかったの……?」



 顔を上げると、真っ青な顔で今にも泣きそうな顔をしてる女生徒と目が合った。



「どうした? ああそうか、せっかくのチョコレートを割ってしまったのが不味かったのか。悪かったな。復元しておくから……ほら、これでもう元通りだ」



 俺は手の中のチョコレートを箱に戻すと、外の包装紙ごと『復元』の魔法をかけた。

 そして元通りになった箱を女生徒に渡すと、軽くその子の頭を撫でた。



「せっかくのチョコレートを借りて悪かったな。それに魔法も綺麗にかかっていた。助かったよ。気を付けて帰るんだぞ」

「は、はいっ」



 さっきまで真っ青だった顔色が今度は耳まで赤くなっている。まったく面白い生徒だな。

 俺は彼女がふらふらと教室を出るのを見送ると、踵を返して教授室へと急いだ。


 ああクソッ、この後の予定が無ければすぐにでもフィリスに会いに行くのに、全く忌々しい。

 それにしてもフィリスの奴、俺に会いもせずもう帰ってしまったのか。

 先程の話だと今日がバレンタインと言う奴なのだろう?  一体あいつは作ったチョコレートを誰に渡すつもりなんだ。しかもよりによってあんな魅惑の魔法がかかったチョコレートを!

 ……いやだが待て、フィリスがチョコレートを作ってない可能性もあるな。ふむ。そうだな……


 そんな事を考えながらわき目もふらずに歩いていた俺は、物陰から俺を見つめる二人の人影に全く気が付いていなかった。


 教室の端からフィリスとその友人が俺の事を見つめていた事をーーーー。





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