第4話 魔女のチョコレート 1
ハートの形は甘いミルクチョコレート。
コロンと丸めたトリュフには上からココアをかけて。
四角い形はちょっと大人っぽく仕上げた生チョコレート……
箱に並んだ6粒のチョコレートを前に、私は溜息を吐きました。
今日は2月15日。そう、バレンタインの翌日です。
なのにまだチョコレートがここにあるという事は……まあ、つまり、そういう事なのです。
「ねえフィー、バレンタインってご存知?」
お友達のアナから不思議な言葉を聞いたのは今から1ヶ月ほど前、彼女のお部屋でお茶を頂いてる時でした。
「バレンタイン、ですか? 一体それはなんですか?」
「あらフィーもご存知ないの? あのね、2月14日はバレンタインデーと言って、好きな方にチョコレートを贈る日なんですって」
私はふるふると首を振ります。そもそもバレンタインなんて言葉自体初めて聞きました。
「そんな日があるんですね。私、初めて聞きました」
「そう……残念だわ。お店に売ってるのはどれもありきたりで、何かいいチョコレートを知らないかフィーに相談したかったの」
という事はつまりアナは好きな人がいるって事ですよね? なんだかドキドキしてしまいます。
「ねえ、フィーは誰かチョコレートを贈りたい人はいないの?」
「えっ」
驚いた拍子に、持っていたティーカップとソーサーがカチャンと大きな音をたてました。そんな私をアナが微笑んで見ている事に気がつきました。
「ふふ、そんなに慌てなくてもいいのに」
「もう! アナは時々意地悪です! 私がエリアス先生とあれから会えていないのは、アナだって知ってるじゃないですか……!」
実は教室で倒れてしまったあの日以来、私はエリアス先生ときちんとお会いできていないのです。
お礼を伝えようと教授室へ行くと急な出張が入ったとかで出かけた後だったり、私も安眠グッズの製作を頼まれたり……。
かれこれもう1ヶ月以上、すれ違いが続いていました。
「私、時々考えてしまうんですよね。やっぱりあれは全部私の夢だったんじゃないかって」
「フィー、私はあの時側で見ていたから断言できるわ。貴女が倒れた時も、その後ずっと眠り続けていた時も、エリアス先生はそれはもう心配そうに、ずっと貴女の側にいたの」
「ずっと……ですか?」
「エリアス先生は、私やマリー先生が代わると言っても頑としてか譲らなかったの。 あれはもう単なる生徒を心配する一教師ではなく、自分の恋人を心配する男性そのものだったわ」
「そうでしょうか……」
あの後、私はマリー先生から自分が持つ特殊な力について説明を受けました。
なんでも私にはステルスという珍しい特性があるそうなのです。
そしてわたしが倒れた時は、その特性のせいで使用した魔法の特定が出来なかったため、私が魔力切れに陥ったのに気付くのが遅くなったのだとか。
「いいですか、ステルスはとても珍しく特定の魔法使いのとっては垂涎の的ですが、魔力量の低い貴女にとっては諸刃の刃です」
「諸刃の刃……つまり私にとっては危険な力という意味ですか?」
「ええ。今回の件で我々もその危険性を把握しました。今後マギカさんが授業以外で何かしらの魔法を使用する場合、必ず私に相談してください。わかりましたね?」
マリー先生には怖いくらい真剣な表情で何度も念を押されましたが、聞けば聞くほど私には役に立たない力なのでは、と思ってしまいます。
ステルスは組み合わせ次第では無限の可能性を秘める特性。ーーーーでもそれって裏を返せば、私一人だけでは大して役に立たない力という事ですよね?
そもそも安眠の魔法すらちゃんと使えない私の、一体どこをエリアス先生は気に入ってくれたのでしょう。
もしかしたらエリアス先生は、私の持つ特殊なスキルが目当てなんでしょうか……?
でも、もしそうだとしても、それで私が先生のお側にいれるなら……。
「ねえフィー、貴女だったらエリアス先生にどんなチョコレートを贈りたい?」
「えっ?」
ぐるぐると埒のあかない事を考えていた私は、アナのその一言で我に返りました。
顔を上げるとなんだか心配そうな顔で私を見つめるアナと目が合います。
そうですよね、こんな埒のあかない事を考えていてもしょうがありません。なにかこう楽しい事を考えなくては!
「ええとそうですね、チョコレートで有名なお店と言ったら、やっぱりアーロンズギンターでしょうか」
「確かに美味しいけど、有名すぎてみんな知ってるお店じゃない。私はあまり他の人が知らないようなチョコレートがいいわ」
うーん確かにそうですよね。お店の名前どころか、下手をしたらお値段まで相手に分かってしまうかもしれません。
もし私がエリアス先生にチョコを贈るとしたら、何がいいでしょう?
アナの言う通り普通のお店に売ってる物では満足できないかもしれません。私だったらどうするかしら……?
「ねえアナ、チョコレートですが、自分で手作りするというのはどうでしょう」
「えっ? 手作り?」
「ええ、それなら自分の好きなチョコレートが作れるでしょう? 他の誰も持っていないことは間違いありませんし」
「それは……でも私今まで厨房にすら入ったことないのよ。手作りなんてきっと無理よ」
確かに普通貴族のお嬢様は台所なんか入りませんよね。正直に言うと私もお料理が得意なんて、とてもじゃないけど言えないし……
私達がしょんぼりしていると、後ろに控えていたメイドさんがおずおずと声をかけてきました。
「あの……差し出がましいようですが、お話してもよろしいでしょうか」
「え? ええ勿論よ、アンナ、何かしら」
メイドのアンナさんは20代後半くらいのまだ若い方です。
「私も他のメイドから聞いた話なのですが、近々薬草学のマリー教授の特別授業を行うらしく、それがなんでも『魔女のチョコレート講座』なんだとか」
「魔女のチョコレート講座?」
「ええ。私達メイド達の間でも今バレンタインがとても話題になっているんです。ですからあの稀代の魔女と評判のマリー教授のチョコレートとあって、皆興味津々なんですよ」
私とアナは思わず顔を見合わせました。
「それですわ!」
「ええ!」