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第3話

 ここ何日か私は毎晩夢を見ます。


 いつも朝までぐっすり眠ってしまう私にとって、これはとても珍しい事なんです。

 夢の中、私はとても綺麗なお庭の中にいます。

 ご夫婦なのか恋人なのか会話をするカップル達、犬の散歩をする男の方、小さい子供と一緒に散歩されるご年配の男性……、色んな方々が楽しそうにお庭で過ごす中、そこでは私だけが一人。

 不安になって誰か知ってる人はいないかと先に進むと、やがて私は導かれるように迷路の入り口に立っているのです。

 恐る恐る足を踏み入れると、私は背の高さまである緑の生垣を何度も迷いながら、ようやく開けた場所にあるピンクの薔薇が絡まる可愛い東屋を見つけます。

 そこにある長椅子に座ると、私は溜息を吐きました。


 ……ここで待っていれば、いつか誰かが私を探しにきてくれるのかしら……。








「……ふう」



 1時限目の薬草学の講義が終わると、私は目を瞑って頭を振りました。

 連日の夢のせいかどうも疲れが抜けません。大好きなマリー先生の薬草学の授業なのに、今日はちっとも集中できませんでした。



「マギカさん、顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」

「そうよ、フィーどうしたの、何かあったの?」



 薬草学のマリー先生とアナがやって来ると、心配そうに私の顔を覗きこみます。どうやら私はお二人を心配させてしまったようですね。



「マリー先生、アナ、大丈夫です。なんだかちょっと気になる夢を見てしまって……。それよりこの間お二人に渡しした新作はいかがでしたか? よかったら是非感想を聞かせてください」

「そうそう、あれとってもよかったわ! 眠る前にお砂糖をいただくのはちょっと気が引けたんだけど、でもいつもより気持ちよく眠れたの。それに私、とってもいい夢を見たのよ」

「まあアナスタシア嬢、あなたもですか? 私もいただいた日はいつもより早く眠れて……、うふふ、そうね私もとてもいい夢を見れましたわ」



 この間アナにもらった砂糖菓子は、試行錯誤の末なんとか特製ナイトキャップになりました。

 元々が角砂糖なのでお茶に入れて飲んでもいいし、もちろんそのまま口にいれても大丈夫という、私の自信作です。

 試しに10個の砂糖菓子に安眠の魔法をかけて(といっても私の魔法はあくまでおまじない程度の物なのですが……)、仲の良い方に試作品をお渡ししていたところでした。

 そう、よく眠れるようにかけたおまじない。あれ? でも変ですね……?



「あの……、お二人とも夢を見たんですか? それはどんな夢だったかお聞きしてもいいですか?」

「うふふ、私は出張中の主人と夢の中でデートをしたんです。しばらく会えていないのでとても嬉しかったわ。……そういえば歴史学のコーサイス教授も夢の中で先日亡くなったペットに会えたとかで、とても喜んでいらっしゃいましたよ」

「まあマリー先生も? 実は私もなんです! 私は夢の中で、その、片思いの方と……」



 少し顔を赤くしたアナが照れたように頰を手で隠します。でもその様子を見たマリー先生は、少し不思議そうに首を傾げました。



「……どうもお菓子をいただいた人は皆、夢をみているようですね。マギカさん、あなたは夢を見ましたか? それにお菓子にかけた魔法は、対象者に良い夢を見させるものだったのですか?」

「夢を見る魔法? いいえ、私かけたのはよく眠れるおまじないみたいな魔法で、それに私が見た夢は……」



 マリー先生に誘われるように、私は昨日見た夢を思い出しました。

 昨日はとうとう迷路を抜けて、一人の男性が私がいる東屋にやって来たのです。

 背の高い、薄い水色の髪と瞳のとても素敵な方。あの方は……まるで……



「……エリアス先生……」









 その日、俺は学園に着くとすぐに2年生の教室へ向かった。

 夢の中の少女は間違いなくあのフィリス・マギカだった。

 フィリス・マギカ。この学園の2年生。そして特殊な特性を持っている事で、一部の教授の間では入学当時から注目の的だった生徒だ。


 彼女の持つ特性ーーーーステルス。

 魔力量は一般生徒より低いものの、彼女はその低さを生かした特性を見事開花させていた。

 ステルスの特性は、術者のかけた魔法が他者から検知されにくいという特徴を持つ。

 例えばパートナーが魔方陣を構築し彼女が発動させれば、理論上ではその魔法は検知されにくくなる。

 その気になれば完全犯罪や要人暗殺、それに戦争で使われる大規模トラップも彼女なら不可能ではないのだ。

 つまり俺のような魔方陣を構築するタイプの魔術士にとって、彼女は喉から手が出るほど欲しい存在であると言えるだろう。


 故に学園は密かに彼女を観察してきた。

 その特性や彼女の気質がどこまで伸びるのか。

 そして彼女が今後どのような将来を希望するのか。

 穏やかな人格者の教授陣が道を踏み外す事のないようさりげなくサポートし、そっと見守ってきたのだ。







「フィリス!」



 教室に着くと彼女は正に椅子から崩れ落ちようとするところだった。

 すんでのところで抱き留めると慎重に床に降ろし、彼女の状態を確かめた。

 

 ーーーー脈も呼吸音も正常。ただ眠っているだけように見えるが様子がおかしい。

 こんな騒々しい教室でも目が覚めないのは、眠りが深すぎるのではないか?



「エリアス教授、マギカさんは一体……」

「マリー教授、俺は彼女を救護室へ連れて行きます。至急この件に関わった関係者を全員集めてください」



 俺はフィリスを抱き上げると救護室へ急いだ。








 関係者から聞いた話をまとめると、今回彼女が作った物はナイトキャップと呼ばれる眠り薬の一種らしい。

 全部で10個の砂糖菓子に魔法をかけ、それを使用したのは俺とフィリス含めて8人。

 7人全員が使用後深い睡眠に入り、そして一部が共通する夢を見ている事が分かった。

 共通する項目は、見事な庭園、巨大な迷路、そしてパートナーの存在。

 だが不思議なことに全員が迷路がある事は知っていても、その中には入っていない事が分かった。


 迷路に入ったのは作成者のフィリスと俺だけ。

 ……これは一体何を意味するのだろう。


 俺はフィリスの部屋から回収した菓子を手に取った。

 小さな砂糖菓子に込められた彼女の魔力。

 恐らく眠りが深くなる魔法をかけたつもりだったのだろうが、それが思いもよらない効果を発揮して、対象者に夢を見させるという少し高度な魔術に変化した。

 現在のフィリスの状態は恐らく魔力切れだろう。

 高度な魔術を使った事とその術が相手に作用した事により、彼女の魔力量の許容を超えてしまったのだと思われる。

 単なる魔力切れなら、このまま様子を見ていればいずれは自然に目を覚ます筈だ。

 だがステルスという厄介な特性で魔法式が確認出来ない以上、確信は持てない。ーーーー不安が残る。


 残りの砂糖菓子はあと2個。これだけがフィリスを目覚めさせる手がかりだ。

 俺は砂糖菓子をひょいと口に入れた。

 そしてベッドに横たわるフィリスの小さな手を握った。



「……フィリス、お前はまた迷路で迷子にでもなってるか?」








 どうやらこの庭園はいつも晴天らしい。

 緊張感のかけらもない青空に軽く苛々しながら、俺は白い薔薇の迷路を駆けて真っ直ぐ中央に進む。早く、早くと気持ちばかりが焦り、自然と足早になった。

 そしてようやく迷路を抜けた東屋には、昨日と全く同じに座るフィリスがいた。



「フィリス! まったくお前は……!」

「エリアス先生? どうしてここに?」



 あまりにいつもと変わらない様子に、俺は思わず脱力した。

 深刻さの欠片もない笑顔を見ていると怒る気も消え失せ、かえって焦っていた自分が滑稽に思えてくるから不思議なものだ。

 俺はフィリスの隣に座ると、息を落ちつけようと深く息を吐いた。



「エリアス先生……ですよね? 先生はどうしてここに? ここがどこだかご存じなんですか?」

「……ここは恐らくお前が作り出した夢の中だ」

「私の夢?」

「ああ。……ここはいつ来ても綺麗だな。この庭はお前の知ってる場所なのか?」

「いいえ、私もこんな綺麗なお庭は初めてです。大きな迷路も私初めて見ました。まるでどこかのお城か、貴族のお屋敷みたいですよね」



 そう言って楽しげに彼女は優雅な東屋や迷路を見回した後、突然眉を下げると顔を曇らせた。



「……これは私の夢なんですね……」

「どうした?」

「……おかしいと思ってたんです。あのエリアス先生とこうやってお話しできるなんて、現実ではありえないって」

「あのエリアスって、何だそれは」

「だってエリアス先生は女子生徒の間では1、2を争う人気の先生なんですよ? とてもかっこいいし、それに国内外でも氷の魔術士として有名な方だし……」

「へえ、女子生徒の間で人気だったなんて知らなかったな」

「私にとってもエリアス先生はずっと雲の上の存在でした。1年生の時も2年生の時も、本当は先生の講義を受けたかったんです。でも私は魔力も少ないし、攻撃魔法なんてとてもじゃないけど適性がないから……。泣く泣く諦めたんですよ」

「フィリスは私の講義を希望してたのか?」

「ええ。でも無理だから、遠くから時々お顔を見られるだけで満足してたんです」



 そう言うとフィリスは手を伸ばし、おずおずと俺の頬を触った。



「だからこんな手の届くところに先生がいらっしゃるなんて……。それにこんな風に笑ったお顔が見られるなんて夢だとしてもとても信じられない……

「フィリス、お前は俺の笑った顔が見たかったのか?」

「ええ。クールなお顔も素敵だけど、いつも眉間に皺を寄せてらして……なんだか辛そうに見えたんです」



 俺が頬に触れる彼女の手を上から握ると、フィリスはぴくっと身体を震わせ頬を染めた。



「……それに俺の頬をこんな風に触りたいと思ってたのか?」

「あ、あの……」

「それともこんな風に触りたかったのか?」



 俺は彼女の手を口元に引き寄せ甲に口づけると、フィリスの顔を見てにやりと笑った。



「俺はお前を入学当時から知っていたぞ。逆にお前が俺を見ていたなんて知らなったがな」

「それは……、わ、私があまりに落ちこぼれだからですか?」

「くくっ、お前本当に面白いな。本気で俺のパートナーにしたくなってきた」

「えっ、あっ、あの、何のことですか?」

「魔術師のパートナーがどういう物なのか知らないのか? 公私に渡りお互いを支えあう大事な存在だぞ?」

「そ、それは知ってますけど、そうじゃなくて、私がエリアス先生のパートナーなんて……」

「自分を卑下するような言い方はやめろ。俺はフィリス、お前がいいんだ」



 どうやらこの子は自分の能力を全く知らされていないらしい。

 何も知らない無垢なフィリス。

 誰かがこれからもお前を庇護し守らなければならないというなら、それが俺であってもいい筈だよなーーーー?


 俺はフィリスの手をとると、さながら騎士のように恭しく口を付けた。

 そして顔を上げると、うなじまで真っ赤にして俺を見るフィリスと目が合った。 



「え、あ、あのどうしよう、私、夢の中だからってこんな大胆なことを考えてたなんて……。恥ずかしい」

「これ位で照れてもらったら困るな。この先もっと色々教えなくてはいけないのに」



 俺は彼女の赤い頬に軽く唇を付けた。本当に軽い、単なる挨拶代わりのキスだ。



「んっ!」

「こんなキス位で真っ赤になって、お前の目が覚めたらどれだけ真っ赤になるのか楽しみだ。……いいか、覚えておけ、これからは俺が直々にフィリスの指導をするからな」

「で、でも、これは夢なんでしょう? それにどうやったらここから出られるか、私……」

「ああ、そんなの簡単だ」



 俺は真っ赤になったフィリスの顎を優しく掴むと、そっと上を向かせた。



「知ってるか? 古今東西眠り姫の眠りを覚ますのは……」





「それで先生、結局迷路で迷子にならないにはどうすればいいんですか?」

「ずっと俺と手を繋いでいればいい」

「あ……はい///」


そんな後日談があったりなかったり。


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