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第2話

 最近学園内で安眠グッズなる奇妙な物が流行っている。

 女子生徒の間でじわじわと広まった『それ』は、今や我々のいる教授室でも話題に上がるほどだ。



「それでね、私も最初は半信半疑だったんだが、試しに食べてみたらその日はすぐに寝れたんだよ。あれには驚きました」

「まあ! コーサイス教授もですか? 私も最近寝苦しくてなかなか寝付けなかったんですが、あれを食べた日はすぐに眠れて……おかげで朝までぐっすりでしたわ」

「流石というべきですね。彼女の作る物はいつも面白い」

「本当に! 私の薬草学では考え付かないような物ばかりで、いつもびっくりさせられますの」


「……へえ、それは凄いものですね。でも本当に『それ』の所為なんでしょうか」



 俺が離れた場所から口を挟むと、コーサイス教授とマリー教授はわざわざこちらを振り返り、驚いた様に目を瞠った。



「まあ! エリアス教授も興味がありまして?」

「これは珍しい! 氷の魔術士と呼ばれるエリアス教授が気にされるとは、一体どういう風の吹き回しでしょうねえ」



 どうやらここ高等魔法学園の一二を争うお人好し、魔法史のコーサイス教授と薬草学のマリー教授に私の嫌味は通じなかったらしい。

 俺が興味を持ったのが嬉しいとばかりにニコニコ笑う二人に、俺は諦めの溜息を吐いた。




「……私は得体の知れない物が出回るのが気にくわないだけですよ」

「あらあらまあまあ」



 マリー教授は驚いたように声を上げ俺を見た。



「……それでは一つお試しになってみたらいかがですか? よかったらこれを差し上げましょう」



 マリー教授は私の手の上に「それ」を載せると、不思議な笑みを浮かべた。



「きっと良い事がありましてよ?」







 この世界の魔法使いは大凡二つのタイプに分類される。

 一つは自分の血を行使することで無詠唱で魔法を発動できるタイプ。代々続く魔法使いの一族や無条件に魔法が使えるエルフなど、いわゆる魔法使いのエリート達に多い。

 もう一方はいわゆる魔方陣で魔法を発動するタイプ。自分で魔方陣を構築して魔法を発動させる。こちらは後天的に魔法を使えるようになった者に多い。そして俺は後者のタイプだ。


 俺は子供の頃から魔法式を文字通り目で見ることができた。

 魔法式とは魔方陣を構築する文字の羅列の事だ。

 他人の魔方陣から式を読み取り、再構築して自分の魔方陣に組み込む。

 それが他人にはできないことなのだと気が付いてからは、俺は口を瞑り、感情を押し殺しとにかく目立たないように振る舞った。

 余りに違う才能は他者から恐れられる。孤児院で育った私が己が身で得た教訓だ。

 しかし感情を押し殺し無表情になったおかげか、俺はいつしか『氷の魔術士エリアス』などとおかしな名で呼ばれるようになった。

 だがその呼び名のおかげで26歳と魔術師としては若造の俺が、こんな有名な魔法学園で教師の職を得ているのだから、世の中はどう転ぶかわからない。







「……これは無駄足だったようだな」



 自分の部屋に戻った俺は、机の上に置いた『それ』を前に溜息を吐いた。

 何度見ても普通の砂糖菓子。珍しい点を挙げるとすれば、非常に凝った薔薇の花がついている事位か。

 念のためもう一度掌に乗せて魔術の残滓を探してみるが、やはりとりたてて変わった所はないようだ。

 件の生徒の作る話題の物が一体どんな物か興味があったが……、まあ何らかの効果があったとしてもこれは薬草学の範疇なのだろう。



「良く眠れる……ね、まあ俺には関係ない話だな」



 だがあれだけマリー教授が勧めるのであれば、何か体にいい薬草でも含まれているのかもしれない。

 そう思った俺は『それ』を口に放り込むとベッドに向かったのだった。



 そしてその日、俺は不思議な夢を見た。







「……ここはどこだ?」



 眩しい日差しに目を顰めると、辺りが漸く見えてくる。どうやら私は見事な庭園の中にいるようだった。

 抜けるような青空の下、足元の芝生は一糸乱れぬ様子で揃えられ、優雅な曲線を描く小径の両側には見事に刈り込まれた木々が立つ。

 楽しそうな様子の家族連れや恋人達が思い思いの場所で寛ぐ中、彼等の背後にある常緑樹の生垣には誰も近寄らない事が気になった。



「俺はこんな場所は知らないぞ……? これは単なる夢なのか……?」



 導かれるように生垣へと足を進めたは俺は、その内側は白い薔薇のアーチと生垣が続く広い迷路である事に気がついた。



「……もしこれが罠だとしたら、きっとこの先に何かがあるんだろうな」



 俺はフッと笑うと、迷うことなく迷路の中へと足を踏み入れた。

 面白い、誰かが俺を陥れようと仕掛けた術なのか、それとも単なる夢なのか、どちらにせよそこに迷路があるなら攻略するまでだ。


 慎重に歩を進めると、人の背の高さほどの生垣が続く迷路は単純な造りで、まるで俺を奥へと誘っているかのように思える。

 迷うことなく最深部に到達した俺は、そこにピンクの薔薇がからまる白い瀟洒な東屋が建っているのを見つけた。ーーーーそして中の長椅子に少し俯いた女の子が座っているのも。


 ……こんな場所に女の子? この術を仕掛けたのはこの子なのか?



「……君は誰だ?」



 慎重に東屋に近づき声をかけると、女の子は驚いた様に顔を上げてこちらを見た。



「あら! よくここまで来れましたね!」



 屈託の無い声で女の子は嬉しそうに笑う。

 ふわふわした茶色い髪と茶色い瞳。だがどういう訳か顔がはっきり認識できない。輪郭は分かるものの、その表情はぼんやりと滲んだように霞んでいる。



「あなたもここに休憩に来たの?」

「俺はーーーそうだな、何をしに来たんだろうな、ここに」



 会話を続けながら俺は辺りの様子を伺った。だが特に怪しい気配や魔力は感じられない。

 これはどうやら単なる夢のようだと思った俺は、身体から力を抜いた。


 表情は分からないもののその姿からすると、どうやらこの子は学園の生徒と同じくらいの歳だろうか。

 少し首を傾げたその様子からは、まるで警戒心が見られない。



「君の方こそどうしてここにいるんだい?」

「私はーーー私もよくわからないの。気が付いたらここにいて……それで疲れてしまったからこの椅子に座っていたの」

「迷子にでもなったのか?」

「迷子……なのかしら。ねえ、あなたは疲れていませんの? あの迷路を抜けてここまで来るのは大変だったでしょう? よかったら座ってくださいな」



 女の子は楽しそうにくすくす笑うと身体をずらし自分の横を空けた。

 その屈託の無い様子に俺も思わずつられて笑うと、勧められるまま隣に腰を降ろした。

 ……そういえばこんな風に人前で笑うのは随分久しぶりの事だ。だがまあこれは夢なんだから、そんな事を気にする必要もないだろう。それにしても不思議な子だ……

 俺は真横からその顔をよく観察した。不思議な事にじっとその顔を見ていると、だんだん目鼻立ちがわかってくるようだ。



「どうして俺が疲れていると思ったんだ?」

「そうですね……もしかしたら私と同じじゃないかって思ったんです。だってお庭でお見かけした人は、皆さんお相手がいらっしゃるの。恋人だったり、お子さんと一緒だったり……。でもあなたは一人でここに来たでしょう? だからあなたは私みたいに誰かを探してこの迷路に来たんじゃないかって。それにこの迷路は広くて複雑だから、途中で迷って大変だったんじゃないかって思って」

「生憎だけど俺は迷路で迷子になったことはないな。迷路を抜けるにはコツがあるんだ。それさえ守っていれば絶対に迷わない」

「まあ、本当ですか?」

「知らないのかい?」

「ええ。だって私ここの迷路では何回も迷っているんですよ? 気が付くと朝になっているくらい!」

「ははっ、それは大変だ」



 この庭園にある迷路は基本的に人を迷わす造りになっていない。2、3箇所注意する箇所がある位で、簡単に中央の東屋まで辿りつける。

 こんな簡単な迷路で迷う人がいるのかと俺が思わず噴き出すと、彼女は怒ったように眉を顰めた。



「まあ! 笑うなんでひどい! 私はこれでも一生懸命迷路の道を覚えようとしているのに!」



 うっすら顔を赤くして本気で悔しがる様子がなんとも可愛らしい。その顔をもっとはっきり見てみたくて俺が顔を近づけると、女の子は顔を赤くして急に顔を背けてしまった。



「くくっ、悪い悪い。では迷路の道順を教えてあげるから、聞き逃さないようにもっと近くにおいで」



 そう言ってわざと頬を触って俺の方に向かせると、彼女はびくっと身体を震わせ、瞳を大きくして固まってしまった。

 


「あ、あの……」

「教えてあげよう。迷路では……」



 顎を軽く掴み上を向かせたところでーーーー、俺はようやくこの子が誰だかわかった。



「……フィリス・マギカ、お前か!」



 そこで突然目が覚めた俺は、朝の眩しい光に包まれたベッドの上で、自分の身体が今までにない爽快感に満たされている事に気が付いた。






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