家に帰ろう 2 見捨てる事なく
兄さん夫婦に暴露されまくって1カ月、仕事は増えたが、結構痛みを伴う決断だった。何てったって、リスナーさんからのからかいが半端ない。ヤリ◯◯とか、ビッ○とか、セクハラな気もしないでもない。そして、この際はっきり言うがウチは海一筋だ、決してヤリ◯◯とかビッ○では無い。
「また君とここに来たいな」
「──康祐くん……うん、また海に行こうね」
「はい、カット! オッケーです」
「ありがとうございましたー」
「お疲れ、ナッチャン。メシ行く?」
「良いですよ、ウチが満足出来なかったら全額奢りで」
「凄いよねナッチャンは……」
「ちょっとでも酒入ると酔っ払って、周りも苦笑いしてる自覚が無いからですよ」
今やっている恋愛アニメの共演者、草刈大地さんは、ルックスに負けないイケメンボイスで、ヒーロー役も多い人だが、酒を飲むとスキーの大回転並みにトークが滑りまくり、冬は鬱陶しがられる残念な人だ。そんな草刈さんを、ウチはこっそり扇風機と呼んでいる。トークが空回りして夏に重宝されるところが、丁度ぴったりだから。
そういう訳で、ジュースで乾杯したウチらは、恋バナをし始めた。
「っていうか彼氏教えてくれよ、同期だろー」
第一線でやっている声優で事務所の同期なのは、草刈さん位だ、ちなみに、同期でも割と敬語なのは、彼が年上だからと言うのが一番の理由だ。
「あーそう言えば教えて無かったですね、メイクした状態なら良いですよ……これです」
「……! ナッチャン、レズビアンだったのか……!?」
「女装した彼氏です、可愛いと思いません?」
あえて海の高校生時代の女装を見せる辺り、ウチも結構酷い気もしないでも無い。ちなみにゴスロリファッションで、これを見た孝志おじさんは、ネットに晒したという……海の周りにはウチも含め、鬼がズラゾロいる。
「カワイイけど……本人は女装好きなの?」
「進んでやるタイプでは無いですね、本人はサドマゾなんで、時々女装ネタで虐めてます」
「そんな特殊な人なの!?」
「でも、ウチもサドマゾですよ」
「まさにベストカップル!?」
球審をやった後、審判の中で1番辛いのにまたやりたいと思うらしく、審判はほぼマゾ気質があるという。澪は狡猾な父親の血も入っているのもあって、結構腹黒でサド気質もあるのでそんな感じ。ちなみにウチは、澪の影響で目覚めたクチだ。濃い家族の中で溜まった不満が、いちいち明後日の方向に発散されているけど……迷惑はかけてませんよ?
「でも、料理が上手くて綺麗な彼女を持って、彼氏さんも幸せだ〜」
「料理が上手いのは海も同じですよ、彼本当は絵もプロ級で、歌もウチとデュエットしても負けないんで、夢が無かったら同じ芸能界に入ってますね」
「海……やっぱり女の子なの?」
「医学的にも、本人的にも男の子です。願かけらしいですよ、病弱だったから強くなれる様に、女の子の服まで着させる徹底ぶりです」
「どんだけ心配してたんだ……」
そう、それだけメグおばさんは心配してたんだろう。自分の家系的には病弱の人が多く、メグおばさんの親戚は早死にが多かったそうだ。迷信に縋る程、海や玄姉さんに生きて欲しいのが伝わってくる。
「特に海は小さい頃は体が弱くて、結構病院にお世話になってましたね。海は双子の姉がいますけど、2人揃って夢はプロ野球選手、澪は夢破れてしまいましたけどね」
悲しいが、欲しかった野球の才能は全て玄姉さんに持って行かれたのは明らかだった。1年目から父親からレギュラーを奪って引退に追い込み、3年目には3割30盗塁を決め、両親の良いところを全部受け継いだ選手、それが玄姉さんだ。……まあ、芸術面は全部澪に持って行かれたけど。清々しい程音程を外し、特徴を捉えているが地獄絵図しか描けないのも両親から受け継がれている。
「海は新しい夢を追いかけて、順調に成功してますから、決してダメ男では無いですよ」
「いや、そんな事……」
「ウチの方が収入高くても、将来主夫半確定でもダメ男じゃ無いですよ」
「いやだから……」
「ストレス溜めて人形に話している事があっても、制服の臭いを嗅がされる事ががあっても──」
「止めろぉぉ! 愛してるならそれ以上言うなぁぁあ!」
……てへっ、うっかり口が滑っちゃった。まあ、お互い夜に言い合っているから良いか。
「ナッチャン……そんなボロクソ言ってるけど、出会ったキッカケは?」
「もしかして、週刊誌に売るつもりですか?」
他人には分からない差だが、一瞬ピクリと手が震えたのが分かった。小さい時に人間観察をさせられたのがここでも役に立ってる。その他にも、モノマネや、交友を広げる時の距離の取り方にと大活躍している。
「……良いですよ。海の手前、話せない所はあるけど、それで良いなら話しますよ。海の名前を教えなければ」
草刈さんも、付き合っている彼女がいるがまだ撮られては無い。それでも、万が一の時に見逃してもらえる様、知り合いを売って自分は見逃してしてもらえる様に裏工作したいんたろうね。その方法も聞いた事があるし、海が苦労しなければそれで良い。……ここで恩に感じれば後で役に立つだろうし、悪く書かれても制裁を与える準備はしてある。
「……そうですね、何で付き合う事になったか教えましょうか。ウチの兄さん知ってますよね、ラジオでバラしてるし、キングオブラジコンカーで調べればすぐ出ますよ」
そう言ったら草刈さんはググり、少し驚いていた。
「9歳で世界大会優勝で、そこから10連覇!?」
「一旦お休みして再開してから、1回も負けて無いんですよ。1年目から三冠王とトリプルスリー取る位の怪物ぶりですね」
その当時、ラジコンカーの神様と言われた広坂和幸さんが言った事を今でも覚えている。
「才能という言葉は逃げだと思っていた。でも、彼は努力だけで手に入れる事の出来ない域に小学生で到達している。彼の凄さを見て、ラジコンを始める人と、挫折していく人、両方現れるだろう」
そんな神様に認められた兄が、付き合うキッカケになるのだ。
「海と付き合いたいと意識してた時に、海が友達と一緒に我が家にやってきて、ご飯食べた時に、兄さんに聞かれたらしいんですよ。ウチの事が好きなのかと」
「うん、それで?」
「照れながら好きと答えたらしくて、皿を洗ってたウチを連れて来て、海が好きだって言うのを暴露したんですよ」
「……いきなり!?」
「正確には暴露して、今すぐ告白してと迫ったんですけど」
「更に追い討ちが……」
そう、あの海が顔を真っ赤にしてあたふたしていた。そりゃそうだろう、なんの準備もせずに好きな人の前で、自分の想いをバラされたんだから。
「で、告白してくれて、ウチが言おうとする前に、ウチの好意も暴露したんです」
「ナッチャンの兄さん、メチャクチャだな……」
「散々暴露して、告白が成功したら、皿洗いしてくるって言って、本当にキッチンに行きましたからね」
呆然としている草刈さんは、立ち直った後、力無く呟いた。
「……ナッチャンがマトモじゃないのは、環境なんだな」
……そんな哀れむような眼をして言わないで下さい、自分が惨めになりますから。
「……こんな感じで良いですか? もうネタは無いですから」
本当はまだまだある、だが、大売りしても得は無い。こっそり同期を売ろうとしていた人だ、情報を垂れ流しにしないとは考えない方が良いだろう。名前を教えたのが少し迂闊だったけど、週刊誌を調べれば、ある程度足がつく程度には、海が彼氏とは人に言ってない。流す様な人は限られているからね。
「……本当に済まないな、騙したのを分かっててしゃべらせるんだから」
「気にしないでください、ウチもそうしていたでしょうし、こればっかりはお互い様ですよ」
バツが悪そうな顔をしている草刈さんに、ウチは一言付け加えた。
「今度なにかあった時に、お礼してくれれば良いんで、それで良いじゃないですか」
「ナッチャン……本当恩にきるよ」
草刈さんは頭を下げ、ウチに感謝していた。まあ、意識したキッカケはちゃんとあるんだけどね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お前って変な声してるな、変声女ー!」
小学生の後半からだんだんとそんな事を言われる様になって、自分の声が嫌になった事もある。その時は兄さんが世界大会で連覇していて注目の的だったから、余計に自分に自信が無かった。
「……バカみたいな声してるよね」
「親の七光りに縋るしか出来ないくせにね……」
からかいがやがてイジメになり、勉強はするが学校には休みがちになった。そんな中で中学生になると、イジメはかなりエスカレートになる。
「お前こっちくるんじゃねえよ!」
「可愛いとでも思ってるの? ウケるわー」
直接的な暴言は当たり前、バケツで水をかけられるわ、着替えはズタズタにされるわ、ベタなイジメは一通り受けた時に、我慢の限界が来た。
「おい、こっち来るな!」
「アンタマジウザい」
いつもの様に罵声を浴びながら、ウチはカバンから大量のロケット花火を出して、火を付けた。
「……!?」
「やべー逃げろ!」
教室は当然パニックになり、慌てていじめっ子は逃げ出した。
そしてこれだけではなく、いじめっ子全員の持ち物を消火栓で汚し、駆けつけた教師に、竹刀でむこうずねを力一杯叩いて盛大に暴れた。
これだけやってタダで済むわけは無く、出席停止になり、両親に呼び出された。
「千榎〜! こんな事しちゃダメ!」
母さんの間延びする声にイライラした、自分の子供がイジメに遭ってたのに、やり返す事のなにがダメだと。
「千榎〜!」
そして言ってはならない酷い罵声を、親に浴びせてしまった。
「うるさいっくそビッ○が! ウチは父さんとは違う別の男の子供なんでしょ? 浮気しておいて親ヅラするな!」
「千榎っ……!」
父さんが怒りの表情を見せたその時、後ろに振り向かされ、一発キツいビンタを浴びた。
「……!」
「千榎、とりあえずうちに来て」
有無を言わさず、海の家まで連れて行かれると、ハーブティーを渡された。
「……ごめん、イジメに気づかなくて」
「いきなり殴ってなによ、謝るのはそれなの?」
「いくらでも気がすむまで殴って良いよ、いきなり叩いた事も、虐められて苦しかった分も全部」
そんな言葉をかけた海は、とても悔しそうな、悲しそうな顔をしていて、殴る気も無くなっていた。
「良いよ、海を殴ってもつまらないから」
「……そっか、なら話そうよ。全部吐き出したら楽にられるよ」
さっき殴ったとは思えない穏やさで、海はウチの話を全部聞いてくれた。
「親は頼りない、兄さんには相談したくない。でもむざむざと逃げたく無かった」
「うん、千榎は凄いよ。立ち向かう勇気を出せたのは難しいからね」
「先生なんて信用出来ないし、頼れる同級生なんて小学生からいなかった」
「……それでも戦った、今はそれで良いんだよ。──もし、今度何かあった時には、僕が一番早く助けるから」
怒られた方が楽だった、海はウチを全部肯定してくれた。それもただのイエスマンでは無く、時にはキツい一言も言う。
「怒りをぶつけないと、分からない時があるから怒ればいい。だけど、ひさぎおばさんにあんな事言っちゃダメ」
「だけど……!」
「椿おじさんが殴る寸前だった、普段怒らないおじさんが怒ると手がつけられないし、そんな事態にさせたく無かった。そんな事になったら、本当に家族がバラバラになっちゃうから」
……バカだ、自分が嫌な役を進んでやるなんて……。
「アホだよね、なんでそんなに優しいのっ……」
どんなにいじめられても泣かなかったのに、涙が溢れて仕方なかった。
「大事にしたいのに、理由が無かったらダメ?」
「アホ、バカッ、たわけっ……!」
そんな事があって、この人は最後まで見捨ててくれないと、心の底から信頼するようになった。そして、そんな海の夢も応援すると決意して、ウチがずっと側に居ようと思った。