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落ちこぼれ二世の逆襲  作者: 竜胆千歳
第一章 働く事は難しい
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帰ろうお家へ 1 サービス残業終わって

マイクを使用する時は、緊張する。千榎がそんな状況なら著しく不安を覚えるが実際は全く動じないという……大物だね、千榎。

僕も仕事で使う時がある。ただし、ハッキリ言って使いたくない代物だ、なぜなら微妙な判定時の観客説明だからだ。僕は一応1回した事があるけど、2万人近くいる観客が注目している中で、自分の判定を説明するのはかなり緊張する。ちゃんと言えたけど、中には緊張し過ぎてテンパった先輩方もいる、球審と言うべき所を、『判事の〇〇です』と言って爆笑された、哀れな先輩がいたらしい。何か気になる事件でもあったのか、離婚率が高めな職業なので、離婚裁判でもあったのだろうか……。

いずれにしろ、人前で話すのが苦手な人もいるのに、自分の判定をしっかり説明するのに多少の拙さは勘弁して欲しいと切に願う。僕はまだしも、他の人は……ね?

そんな事態が起こったのは、千榎がカミングアウトして話題になっていた頃だった。ちなみに千榎がラジオで話した後、大学生の赤ちゃんを甘えさせていたので、柊君と小夜さんには優しくしてあげてよと、思っていた。そして、千榎が甘えるのが嬉しいと、それ以上に思っていた。

……話を戻して、状況は5月の初め、ベイパーク横浜での広島ダブルシックス対横浜バイキングス戦。5回まで4対6とお互いボッコボコのノーガード戦という審判とっては非常に有難くない試合を担当した僕は、お互いのピッチャー頑張れ! と祈っていた時だった。

6回表、ワンアウト1、2塁で5番池村。1打逆転もあるチャンスでまた逆転? ため息を吐きそうになるのを必死に堪えて、2塁の牽制球を見た後の3球目、池村が甘いスライダーを振り抜いた。

レフトに大きい打球が伸びていく、しかし、入るか入らないか際どい……入った?

「ホームラン!」

ワァァァァッ!

本日3回目の逆転かと一瞬思ったが、バイキングスセンター、藤田が必死にアピールしている。もしや……。

バイキングスの神田監督がベンチから出てきて、三塁審の田原さんに抗議していた。

「あれ、ファンが外野で捕ってないか? ビデオ判定してくれ」

ビデオ判定を要求した神田監督に応えて、ビデオ判定をする事になり、球審と塁審がテレビに集まった、僕も判定に参加する。

焦点はファンがグラウンドで捕ったか、スタンドで捕ったか? フェンスに当たるボールをお客さんが捕ってしまうとホームランじゃなくなる、明らかに越える打球を先に捕るなら問題ないんだけど……。

──という訳で確認です…………ゆっくり進めると……あっ、どちらかというと、捕ろうとして捕った感じではなくて、ぶつかった感じかな? だけど、打球的にはフェンスにぶつかる方向だ。

「これは、二塁打になりますか?」

「……そうだな、池村の足と打球処理を考えて、二塁打だな──田原、自分で説明するか?」

「は……はい!」

田原さんはマイクを渡され、説明をする事になった。……田原さん、ボソボソ喋る人だけど、大丈夫だろうか……?

「……塁審の田原です……しの判定で……だと判断しましたが……に当たった結果……ンスに当たる打球が……入ったので……二塁打として……を再開します!」

こちらもかなり際どいところだ、テレビ的には解説もあるから分かるだろうが、お客さんが分かるかどうか、非常に微妙だ。二塁打位しか分からないのじゃないかな……。

「何言ってんのか分からねーぞ!」

ああっ、やっぱり……頑張れば聞き取れるという事は、普通に聞いていると聞こえない時があると解釈も出来る。ちゃんとした説明でも納得出来ない人もいるのに、これではマズイ!

「球審の赤坂です、くり返し説明します、ただいまのホームラン判定は、観客がフェンスに当たる打球に触れた事によって、観客席に入りましたので、二塁打とし、ワンアウト二三塁の状態で試合を再開します」

何とか球審の赤坂さんが場を収め、喜びと落胆の声が球場に響いた。昔だったら珍プレーに晒されているところだが、孝志さんやひさぎおばさんが球界を代表する選手になった頃から、審判の威厳を高めるために、なるべく馬鹿にする映像はやめて下さいと、協会が掛け合ってくれたので、何とか言われないはずだ。……ネットは晒すかも知れないけど、知らぬが仏だ。

試合は再開され、その後も両者ノーガードで試合が進んで、8対8の同点でようやく9回……って、同点だったら延長戦だ! デイゲームだったのに、照明が点いている時間だよ! まだやるのかな……。

そう思っていたら、またもや5番池村がやってのけた。ランナー三塁、ここまでくると好きにしてくれと言いたくなる。ここで打っても抑えられても、終電は大丈夫だしね……。

「打てー池村!」

その声援を受けて、池村は初球を振り抜いた。──大きい! レフトスタンドへの完璧な当たりをレフトは見送った。

ワァァァァ!!

「ホームラン!」

ピッチャー川内が項垂れていた。ここでのホームランはトドメに近い、僕の予想は当たり、試合は池村が波乱を巻き起こし、池村がトドメを刺した。やれやれ……。

報告書を作成して、帰る頃にはナイターが始まる時間位になっていた。

「ただいまー」

「お帰りなさい、ご飯にする?」

「うん、でも──」

「きゃっ!」

酒を飲んだ訳でも無いのに、何だか無性に千榎に甘えたくなって、抱き締めていた。

「ちょ、海!? どうしたの?」

「本当に、千榎には苦労させているよね……土日は昼間から仕事、試合が無い日すら移動日があったりして、誕生日も毎年祝えない。その上甲斐性無しなのに、千榎をどうしようもなく抱き締めたくなるんだ」

「澪……」

疲れていると、本音が出てしまうものかも知れない。恥ずかしいけど、口に出たからそのまま言ってしまおう。

「愛してる、ヒモって陰口叩かれる様な、最終的に千榎がメインで稼いで家事は僕中心っていうスタイルになると思うけど、これからもずっと愛してくれますか?」

「……それは無理」

……ひどい。

「──だって、これ以上愛したら1つになっちゃうもん」

──あーもうっ!

「千榎っ……!」

「んっ……海っ……」

その一言で、僕の理性が外れてしまった。深い深い口づけを、千榎が胸を叩くまで続けた。

「ねえ……場所変えよ?」

「……うん」


                    ☆☆☆☆☆☆



「海って、結構嫉妬するよね」

ベッドの上で千榎が寝転びながら、僕にそう言ってきた。

「そうかな?」

「うん、強いってよりは起こりやすいかな。苦しくは無いけど」

みっともないけど、素直に言える時に、心の不安を全部を出し切るのが、僕のやり方だ。

「それは千榎が向日葵で僕は月見草みたいなものだから、すぐに離れてしまいそうで怖いんだ」

その言葉に、千榎が僕の事をそっと抱き締めてくれた。

「千榎……?」

「ウチだって脇役に徹する月見草だよ、父さん、母さん、更に兄さんの太陽の元では輝けない花。──だから、そばにいるよ。ずっとそばにいる。疲れて12球団のマスコット人形に話しかけてても、酒が弱くてすぐに戯れても、ウチより体力が無くても」

……そう言われると、僕ってかなりの不良物件だよね、特に人形の所が。

「それに、ウチだって赤ちゃん言葉になったり、汚い言葉で架空の人物を罵ったり、18な乙女もギャルもやったりしてるから、かなりの不良物件だしね」

「そんな励まし方しなくて良いよ!?」

千榎の凄いところは、なりふり構わない強さだ。成功すると決めた事に対して、何を言われようがやり遂げる力がある。現にネットで過去の作品についてあれこれ言われようが、ヘコむが怒らない。正確には怒らなくなったかな? やられっぱなしで終わらないのが、千榎の個性だけどね。

「まあ、あれこれ海に言ったけど、海の事を凄く尊敬してる。ウチはまだ叩かれる事はあっても、支持してくれる人が多くいる。でも海の仕事は100人中99人が批判するお仕事。給料も安いし、常に完璧而帰な事をして当たり前って言われるのに、夢を追いかけてなるのって中々出来ないから」

鏡なんて見なくても顔が赤くなっているのが分かる程、頬が火照った。苦労をかけているのに、ここまで言ってくれる人はなかなかいないよ。

「じゃあ、僕が引退したら、千榎の事を精一杯サポートするから。お互い頑張ろう」

「なら、さっさと目標達成しないとね」

まだ先の事は分からないけど、たとえ夢破れても、また夢を見つけられる事を知っているから、僕は怖くない。それでも、千榎には精一杯頑張って、夢を叶える事が出来るといいな。そう思って、ご飯を一緒に食べるために千榎と一緒にリビングに向かった。



☆☆☆☆☆☆



「ミーさんただいま」

「海おかえり。ご飯美味しかったよ」

ミーさんは読んでいた本から目線を向けると、また本を読んでいた。本のタイトルを覗くと、今日は割とレトロなアメリカの安楽椅子探偵の本を読んでいるみたいだ。ミーさん曰く、『出しゃばらないスマートな探偵、流れは一緒でも、唸らせる力がある隠れた名作だよ。何処ぞのへっぽこ作家志望も見習って欲しいね』とのこと。……おそらく、へっぽこ作家志望とはリンド……いや、これ以上は言わないでおこう。

「夏場の長時間、お疲れ様。今日は肉じゃがだよ」

「ずいぶん前に帰ってきたのに、ウソは止めなよ。聞こえてたよ〜」

「うっ……」

こちらに顔を向けずに、ニタニタ笑っているミーさんの言葉に、僕たちは顔を赤くするしかなかった。

「まあ、千榎も今日の肉じゃがも美味しく食べれば良いんじゃ無い?」

「……海、カバン貸して」

何をするのか察して、それを全面協力しようと、カバンの中からあるものを取り出した。

「さすが海。……美伶さん良い加減にしなさいよ!」

「……うひゃ!?」

「はい、逃げないでねー」

僕が長時間履いていた靴下を、千榎はミーさんの顔に押し付けて攻撃する。もちろん僕もミーさんをがっちり押さえ、逃がさない様にして援護射撃をする。

「ガッツリ運動した後の靴下を、ちゃんと嗅いで下さいね!」

「|んー! ふが、ふがががぶががぶ(ひー! ごめ、すいませんでした)!」

「謝っても後5分はお仕置きですから」

5分後、ミーさんは屍と化し、3ヶ月間はからかわなくなった。これだけやってもまたイジってくる辺り、相当な根性してるミーさんには苦笑いするしかなかった。

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