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落ちこぼれ二世の逆襲  作者: 竜胆千歳
第一章 働く事は難しい
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哀しみの連鎖

ハアハァ……この病院だね、計算していた時間よりも少し早く入口に着けた、千榎はどこかな……。

そう思って探していると、千榎と穂鷹と芝蘭が駆け寄って来た。

「海……海ぃぃぃ!」

「千榎、大丈夫!?」

「ウチがチケットを渡さなかったら……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」

今まで我慢していたのか千榎はその場で泣き崩れてしまった、穂鷹と芝蘭がいる手前、今まで泣けなかったのだろうけど、僕が来て耐えきれなくなったのだろう。

「千榎が悪い訳じゃないよ、試合観戦の後に誰が事故に遭うと思う?」

「ごめんなさい……」

動揺し過ぎて今は話が全く聞ける状況じゃないみたいだ、自分の事は簡単に割り切れても、人の事には割り切るのは難しいみたいで、僕が宥めてもなかなか落ち着く事が出来なかった。

「だいじょうぶ?」

穂鷹が千榎の事を心配そうに見ている、芝蘭も千榎を見て泣きそうになっていた。……そうだね、不安だよね。

「穂鷹、千榎お姉ちゃんはちょっとびっくりしてるけど、心配しないでね」

「ほんと?」

「うん、もう少ししたら落ち着くから」

そんな保証ないけど、今はそう答えるしかない。とりあえず、ここにすぐ来れる人に連絡して2人の面倒を見てもらえそうな人に頼まないと。さすがに3人をあやすのはキツい。

「海君~……」

そう思ってたら、ひさぎおばさんがこちらに駆け寄ってきた、穂鷹と芝蘭を送って行ったと早織母さんが話していたから、穂鷹と芝蘭を連れてすぐにここに来れたのだろう。この状況でも間延びした声だが、明らかに力のなさを感じ取れる。

「ひさぎおばさん、今の状況は?」

「意識が戻らなくて、必死に集中治療室で頑張ってもらってるの~……今玄ちゃんが治療室にいるから、海君も行ってあげて~……」

ひさぎおばさんに教えてもらった病室に向かうと、ちょうど玄がお医者さん達と一緒に、病室から出て来た時だった。

「海……」

「早織母さんの容体は……」

どうなのと言おうとする前に、玄の目から光るものがこぼれ落ちた。ああ、そうか……。

「何でよ……何で早織母さんも父さんを置いて……っ」

声にならない玄の声は、悲しく響く。僕に泣く権利はないけど、玄は沢山悲しんで欲しい、そうして早織母さんを送り出して欲しいから。

「……事務処理とかは僕がやるから、早織母さんの側にいてあげて」

そっとしておこうとその場を離れようとすると、僕はもの凄い勢いで胸倉を掴まれた

「……何でよ、何で海はそんな冷静にいれるのよ」

「……僕に人が死んで悲しむ権利なんてもうないんだよ」

「だからって早織母さんは家族なのよ!」

「……僕を家族として見てたかな、あの人は」

その言葉を言った直後、強烈な右フックを喰らい僕は吹っ飛び地面に叩きつけられた。

「いい加減にしなよ、その口黙るまで殴ろうか?」

「いつも……いつも高みから見下ろすなあぁぁ!」

今度は僕が右頬をフックで殴りつけた、お互いに血が上った姉弟ゲンカは誰もいない中、殴り合い蹴り合いの大ゲンカになった。

「僕だって野球の才能が欲しかった! 誰も家族で僕の事なんて見向きもしてないだろ、スポーツ一家の中で病弱のモヤシになんか!」

「こっちだって海の才能が欲しかった! それなのにそれを使おうともせず才能のない審判なんかやってさ、ワタシへの当てつけか!」

「チケットだってどうせ玄目当てで来てた、ペーペーの審判なんか見に来る人がいるわけ無いだろ!」

「そのチケットのせいで早織母さんは死んだのよ、あんたのせいで!」

「何だと……!」

お互い殴り疲れ、口ゲンカに少し入ったが、この言葉でまた殴り合いに発展した。

「2人ともいい加減にするんだ!」

僕達を思いっきり引き離したのは椿おじさんだった、普段朗らかに笑っている感じの背の高い幼馴染の父親だが、今は静かに毅然とした表情を見せていた。

「早織さんが大変だってのにこんな所でケンカなんてしてる場合じゃないでしょ!」

「早織母さんはこいつのせいで死んだのよ!」

「えっ……」

早織母さんの死を聞いた椿おじさんはどう声をかけて良いのか分からないと言った顔で、僕達を見ていた。

「……もう良いよ、僕が殺したって事にしておけば……っ」

そのまま捨てゼリフを吐いて去ろうとしたけど、体が動かなくなっていた。

「そんな体で無茶するからだよ! 玄ちゃん、看護師さんを呼んで」

「なんでこいつなんかに……」

「先輩の命令を無視するつもり?」

いつものほのぼのとした椿おじさんしか知らない人からしたら、あまりにも重く、冷たい口調で玄に命令した。

「……分かりましたよ」

さすがに大先輩には逆らえなかったのか、玄は急ぎ足で看護師さんを呼びに行った。

「この野球バカ! こんな状況でケンカして、その上大ケガするなんて。オマケに家族とはいえ選手と審判が殴り合いだなんて、あとでお互い処分の方を覚悟しなよ!」

「ぐっ……」

「今度こういう事をしたら、マスコミにリークして審判を辞めさせるからね!」

体は動かないし、喋る力も無くなっているので反撃も反論も出来ない。お医者さんと看護師さんが来るまで僕は椿おじさんの説教を聞かされ続けた。

「大丈夫ですか」

「血が止まりにくいのに、姉弟ゲンカで大乱闘しちゃったので、内出血とかで調子が悪くなっちゃいまして」

玄がいなかったけど、看護師さんを呼びに行った後治療を受けていたらしい。口が切れていて、最初の攻撃の時に青あざが出来たという事で、ナースセンターが騒然となったと看護師さんが教えてくれた。

「薬は使ってる?」

「注射療法を」

「そんな体でケンカしちゃダメだって、脳出血したらどうするの」

お医者さんにも説教を喰らいながらも治療を受けた、今日明日は安静という事だったけど、基本球審の翌日は試合に出場はしないので、仕事は何とかなりそうだった。

「千榎が心配する様な行動は出来るだけしないで欲しいな、ただでさえ早織さんの事で動揺してるのに」

「……人に言えた義理無いですよね」

この人だって、結構無茶苦茶な事を良い方向にも、悪い方向にもやらかす。そういうニュアンスで言ってもちゃんと伝わる保証はほぼ無いんだけど。

「どんな人だって棚にあげる時はあげるし、事実だから別にいいでしょ?」

そうだけど……そうだけど! この人に説教しても本当に効かないし聞かないな!

治療が終わると虚ろな目をした千榎がやって来て、僕のまえで頭を下げた。

「……ごめんなさい」

大分要らない責任を感じている様なので、僕はあえて厳しい言葉を千榎に浴びせる。

「もう良いってそんなの、自分の行動で早織母さんを殺したって、調子に乗るのも大概にしなよ」

「っ……!」

「海君……!?」

「そう思うなら勝手にしても良いけど、そんな無責任な責任感じてるなら会いたくない。早織母さんは誰彼構わずやつあたりする人じゃないし、逆恨みをする人でもないよ。それでも責任感じるなら別れよう」

本当は別れたくないのはこちらだけど、負い目を感じながら付き合っても結局は破綻する。千榎には乗り越えてもらわないと困るし、ダメなら幸せを祈って別れるしかない。

「……まだ気持ちの整理が出来てないから、一旦実家で落ち着かせて」

「……うん、分かった。椿おじさん、僕はホテルに戻ります。シーズンだから、葬儀とか通夜は行けないけど」

「……難儀な仕事だね」

酷い子供かもしれない、でも審判は休めない。休んだら代わりに誰か出て来て、すぐにクビになる世界なのだから。……本当に続けて良いのかな、病気を隠して、周りに心配させて好きな事をしてる。これが自分の望んだ事だろうか?

ホテルへ向かう途中、自問自答しながらいつもより寂しい街を歩いて行った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



色んな悲しみが昨日襲って来た、早織さんの死、海と玄姉さんの姉弟ゲンカ、海との溝……どうしてこうなったんだろう。

「誰も悪くはないんだ、でも、誰も彼も間違った。それだけじゃない?」

こういう時に父さんのアドバイスを聞こうとしてしまう程、追い込まれていた。父さんのアドバイスは正論過ぎて劇薬でもあるのに。

「どうして父さんはそんな冷静なの」

「……今は悲しみが来てないだけだよ、大切な人が亡くなった時に、すぐに悲しむ余裕なんて無いんだ。身近な人ほどね」

普段のほほんとしてる父さんが、やけに大人に見えた、悲しみはまだ来てないのは、ショックが大きいからなのかもしれない。それでもウチのために声をかけてくれる優しさが、少し身にしみた。

「ありがと、父さん」

「気にしないで、僕はこれからレイ君の家に行くから……いるだけでも違うからさ」

父さんが行ってしまうと、入れ替わりで母さんが芝蘭ちゃんを抱えて穂鷹君と一緒にリビングにやって来た。

「千榎~わたしもレイ君の所に行くから、2人の面倒を見てくれない~?」

「うん、でも孝志おじさんの所に送って行かなくて良いの?」

「……メグさんが亡くなった時もかなりショックで荒れていた、あの状態で幼い子供を合わせたくない」

間延びのしない、スイッチが入って凛とした声の母さんを見て、ウチはハッとした。現役の時の臨戦状態になる程緊張感が漂う空気になるのに、子供を連れて行きたくないのは無理もない事かもしれない。

「母さん、私はどうしたら良いと思う……?」

「そうね……こういうやり方がある」

 母さんが取り出したのは、何の変哲もない100円玉。それを上に弾いて手の甲に器用に載せる、100円と大きく書かれた裏が出た。

「うん、今日は魚料理にしよう。千榎頼むね」

「ちょっと待って、説明してよ」

 いきなりコイントスをして何の説明もなしに料理を決められるって、そんな突拍子もない事を黙って良しとはしないよ母さん。

「人はどの選択をしてもしっかり悩んでいるなら、結局は同じ結果になる事が多い、なら自分のしたい方に舵を切れば1番だけど、なかなか決心はつきにくい」

「うん、どんな着地点になるのは分からないけど、続きをどうぞ」

「選択肢がいくつかあるから悩む、ただどちらにせよ変わらない、それなら思い切って運に任せればいい」

「それがコイントス?」

 確かに本当に運任せですぐに解消するかもしれないけど、それで良いのだろうか。

「例えば今日、魚料理か肉料理どちらにしようか悩んでいる」

「他になかったのか」

 ウチのツッコミを無視して、母さんはなおも話を進める。

「そこで、コイントスをして決めた。ただ出た目は本心じゃない、後は自分で考えて、行ってくる」

 お、教えてよー! そういう間もなく本当に母さんはさっさと行ってしまった。したい方を決めるのに、出た目は本心じゃない……。

 試しにコインを財布から取り出してトスをしてみる、当然答えは出ない。しばらく考えていると、穂鷹君がぐずり出してきた。

「ねえごはんー!」

「あっ、ごめんね今作るから」

 あんなイっちゃった両親でも、家事はなぜか出来る。だから冷蔵庫を漁れば料理に使えるものが置いてある……けど、離乳食とかどうしよう、それに芝蘭ちゃんとかまだ乳離れ出来てたっけ……?

「……おっぱい」

「ごめん、出ない……」

 スタイルが良くてありがたい事に砂時計体型だけど、体の傷があるからグラビアとかやれないし、出産してないから赤ちゃんの食事に貢献出来ない。……そう思うと役に立たんなウチの胸!

というわけで、まさかここで役に立つとは予想もしなかった、粉ミルクの登場だ。体が弱かった海に対して、粉ミルクをアレンジ料理にしてメグおばさんは作っていたそうで、今でも栄養価と少しでも線を太くして威厳をつけたい理由で、飲んだりプリンにして食べている。ウチも一緒に食べたりしているので、一応粉ミルクはあるのだ。

とりあえず、穂鷹君の離乳食はレシピを見て作れそうだったし、芝蘭ちゃんのミルク問題も切り抜け、朝のご飯は何とかなりそうだけど、すぐ無くなりそうだから買い物行かないとね。

「ねえねえ、ままは?」

「あっ……」

穂鷹君の言葉に、ウチはハッとなる。そうだ、この2人は母親の顔を覚えずに育つ事になる。ウチはどうすれば、どう償えば良いのだろう……。

「……ゴメンね、早織さんは遠くに行っちゃったの」

「ぼくもそこにいける?」

「うん、だけど皺くちゃのお爺ちゃんになるまでは行けないから」

その言葉を聞いた時に、穂鷹君は目から雫が流れ出した。

「……ままは、ままにはもう会えないの?」

ああ……この子は賢い、もうこの歳で死を理解しようとしている。だけど、理解するのはもう少し遅かったら良かったのに……。

「ままにあいたい……ままにあいたいよぅ……」

「……ゴメンね、穂鷹君。ゴメンね……」

悪くないけど間違えた、沢山後悔したくなるけど、今は沢山後悔するより悲しみたい、それがウチのせめてもの償いなのだろうから。

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