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落ちこぼれ二世の逆襲  作者: 竜胆千歳
第一章 働く事は難しい
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取扱注意彼氏

 千榎が無事意識を取り戻し、退院も間近という頃、僕に知らない番号の電話がかかってきた。

「もしもし?」

「あっ海さんですか? わたしマユミって言うんですけど、玄ちゃんと最近友達になって、海さんに挨拶したくって電話をかけちゃいました」

「そうですか、わざわざご丁寧にありがとう」

 そうしてしばらく話をしながら、調べものをしていると、マユミさんからあるお誘いがあった。

「それで、玄ちゃんと話しててちょっときて欲しいんですけど、来れますか?」

 あはは、彼女とんだ大バカ者だよね。玄に電話番号を一切教えてないのに、どうして僕のアドレスを知ってるのとか、審判と選手が私生活では会わない様にしているとか、すぐ分かるのに気付かずに電話かけてるんだから。

「申し訳無いけど、ちょっと忙しくて来れないかな。ゴメンね」

「そうですか、じゃあまたね」

 電話を切って、ため息を出さずにはいられなかった。ハニートラップって初めて体験したけど、こんなボンクラ2世より、もっと良い獲物は沢山あるだろうに……仕方ない、ちょっとお灸をすえるかな。

 タブレットから、とあるデータを引っ張り出してきて、添付して知り合いにメールでお願いをして送った。さて、病院食でひもじい思いをしている千榎を甘えさせに行こうっと。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「普通のご飯のありがたみって、こういう時に改めて実感するよね」

「普通のご飯何だから、文句言わない方が良いよ」

「それでも、海の料理に慣れちゃうともう……」

 それは料理人冥利に尽きるけど、年に1ヶ月程度しか、仕事の都合で作れて無いから、僕の料理って言うより自分の手料理に慣れてないかな……?

「そうそう、ハニートラップに初めて遭遇してさ、ちょっと分かりやすかったな」

「海にハニートラップって……ご飯にチョコレートをかけて、コーラでお茶漬け風にする位バカな事をしてるよ」

 どんな例えだろう……少なくとも甘党なら何とかなるのかな? でも大抵の人なら、ドン引きするレベルのヤバさではあるか。

「海、まさかその人に対して廃人にする様な事を……」

「何でもかんでも廃人になんてしないよ、メンドくさいし、たかだか嘘記事狙いの罠とも言えない罠位じゃあ……」

「そうだよねー、じゃあちょっとテレビでも観ようかな」

 千榎がテレビを付けると、ちょうどニュースが流れていて、アナウンサーが少し慌てた様子で報道していた。

「今朝インターネットで、週刊誌のスキャンダル記事が、公開されているのが分かりました。記事には週刊誌が手にしている情報や、記者が不倫をしている写真、会社のお金を使った証拠となる帳簿、ハニートラップを使っている週刊誌とその女性の実名と顔写真などが載ってあり、各社出版元は対応に追われています……」

 千榎がこちらを、疑いの眼差しで見ている……ベツニナニモシテナイヨ?

「そりゃ廃人にするとか、暗殺するよりは良いけど……社会的に抹殺するのもどうよ」

「何のことかな? 僕はただの彼女を溺愛しているだけの、一市民だよ」

「どの口がほざくんだか……」

 呆れた様子でため息をこぼした千榎を見て、持ってきたお菓子を出してあげた。せいぜいマスコミに不満を持っている友人に情報を教えてあげた程度で、騒ぐ事のものでも無いと思うんだけどね?

「千榎お姉ちゃーん」

 隼人君が軽い感じで病室に入ってきて、そのまま千榎の胸元に飛び込んできた。

「こんにちは、千榎お姉ちゃん」

「なんだか部位に挨拶してない?」

「えへへー千榎お姉ちゃんの柔らかいっ!?」

「隼人君、楽に死ぬのが良いか、じわじわ死ぬのが良いか選ばせてあげるけど、どうする」

 首根っこを思いっきり引っ張って、夕食をどんな料理にするかという雰囲気の、落ち着いたトーンで隼人君に選択肢を与えてあげた。

「1回何でも言う事聞くから殺さない方向でっ!」

 エロガキから言質を取った所で、偶然ポケットに入っていた袋からわさびを鼻に詰めておいた。

「おえええっ!」

「鬼……」

「当然の制裁だと思うけど」

 中学生にもなって胸に甘えるのは犯罪だ、本人が良くても、僕は許さないよ。

「とりあえず、ウチは何も聞いてないし、何も知らない」

「うん、それが良いよ。千榎の手はいつまでも綺麗なままで」

「海兄の腹は黒を超えて闇そのものだ……」

 何だかバカにされた気がするので、別のポケットに入れてあった一味唐辛子を思いっきり口の中にぶち込んだ。

「おげええええっ!」

「なんでそんなにポケットから色んな調味料が出てくるの?」

「お仕置き用にいつも常備してあるんだ、賞味期限切れてあるヤツだから食材を無駄にしていないし」

「色んな方向で鬼だよね海!」

 そんな何度も鬼鬼って……まるで自分がやられないと思っているから、酷い事を言えると勘違いしてないかな?

「そんなに僕に何言っても大丈夫だと思ってる?」

「いやいや!? ワサビやトウガラシをお仕置きで鼻にぶち込むって体罰だって!」

「軽い罰にしかわさびや一味唐辛子は使わないけど」

「ジャブがそれって厳しすぎる!」

「千榎、ケガ人が叫ばない」

 個室とはいえ病院内で少し騒ぎすぎた千榎を注意した後、千榎に僕はある事を伝える。

「そうそう、家に帰ったら、千榎に退院祝いを贈ってあげるよ」

「えっ!? 本当に?」

「うん、だから早く治してね」

「もちろん、頑張って早く治すね」

 屈託のない笑顔を見せた千榎を見て、僕はとても安らかな気持ちになった。

「ヒューヒューお熱いねえー!」

 わさびと唐辛子のダメージから立ち直ってまた調子に乗ったエロガキに、僕はもう一段階上のお仕置きとお説教を喰らわせて、黙らせた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 あれから2日という驚異的な回復力で千榎は退院し、色々とお祝いをしてあげた。胃に優しくかつ満足してもらえる位のしっかりした料理に、入院している間にもらってきた仕事、女装して潜入した時の格好、千榎と僕のイラストもプレゼントしたし、イチャイチャできるちょっとしたものまで、公私ともに満足してしてもらえる様な内容のものになり、千榎は凄く喜んでくれた。

「嬉しい……ありがとう! でも、これは?」

「手錠だね、腕が痛くならない様に中がフワフワしたやつ」

「こっちは?」

「ロウソクだね、あまりロウが熱くならない様にしてあるタイプの」

それらを見た千榎の顔から汗がびっしょりと出てきて、何かを察してくれたみたいだ。

「そっかー、じゃあちょっと美伶さんの様子を見に、マンションまで行ってくるね」

全力の瞬発力で逃げようとした千榎の肩を掴み、少し強引に口づけを奪った。

「ふぁ……」

「せっかく千榎が見たかったから女装してあげたのに、僕もご褒美が欲しいな」

「あっ……まっ……」

「ダーメ、そうしたら千榎は逃げちゃうでしょ? 僕も1人の男の子だからね──愛してるよ」

その後の事はご想像に任せる事にしよう、ただ、翌日千榎に鬼畜とか悪魔とか涙目で言われたとだけ言っておくよ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



もうそろそろ、キャンプインの準備をしないといけないと思っていた頃、千榎にあるお願いをされた。

「ラジオ出演?」

「うん、もうそろそろキャンプインだし、ラジオとしても、野球熱を上げて行こうってなってて、野球関係者を出そうってなったんだけど、いかんせん野球選手ってギャラが高くなりがちなんだよね……」

つまりギャラが安くても済み、かつ意外性があって面白い事情を知ってる人が欲しいと。そんな都合の良い人なんて……。

「自分を棚に上げてない?」

「何で?」

「プロ野球の審判で、父親と姉は1流捕手、そこらの週刊誌より人脈と情報網を駆使して、自分の意のままに人を生かしもするし抹殺もする。オマケにウチの彼氏でギャラ交渉もしやすい、こんなナノメートルの歪みもない条件にピッタリな人は、海以外いないから!」

くっ、バレたか。せっかくキャンプに備えてちゃんと休もうと思ってたのに……でも、連盟が許可をくれるのだろうか?

「僕は良いよ、ただ、連盟が許可をくれないだろうけどね」

すると、千榎が書類を僕の目の前に突きつけた。

「ジャーン! 海の出演許可証、会長のサイン付きだよー!」

「千榎……!」

僕が即座にその許可証を捨て去ろうとすると、読まれていたのかサッと避けられた。くっ、こういう勝負になったら僕はまず勝てない。女子のサウスポーでほとんど練習してないのに130後半が出る身体能力の千榎と、同じ左だけど、男子で100キロ出すのがやっとの僕では、モトクロスバイクに乗っているプロ選手と、三輪車の保育園児が勝負するのと変わりはしない、余程の不正がない限りまず勝てないだろう。

「千榎、夜は注意してね」

「や、野球発展に寄与出来るんだから、この程度の謀は許してよ!」

うっ……そう言われると、野球に関してはオタクと言われる位には、野球愛がある身としては、その言葉は納得せざるを得ない。

「分かったよ、出演してあげる。ただし、ちゃんと審判の公平性についても言及してね」

「海……ありがとう!」

「でも、僕を謀った事については今からじっくりお礼してあげるね」

前にプレゼントした手錠を千榎の腕にはめて、僕は千榎をドナドナした。

「えっ? 出演してあげるねって……」

「許すって誰が言ったの、僕は分かったよって言っただけで、謀をした千榎を許すとは言ってないよね?」

「そ、それは……」

「大丈夫、死なせる事はしないから。凄く痛くて嬉しくなっちゃうだけだからね」

「比べる対象がそれ!?」

寝室にまで千榎を連れてきて、僕は最終宣告を下した。

「さあ、新しい世界を見せてあげる」

「だっ、誰か……」

その後千榎はベースやボイトレをキツイ時程嬉々としてやる様になり、瞬く間に虎太郎おじさんの腕を超えたのはまた別の話だけど、とりあえず、僕はラジオに出る事になった。どんな話をするのかな?



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



ラジオ局って結構大きいし、しっかりしている。白を基調としたロビーも綺麗にしてあって、セキュリティも最新の物を使っている、ハッキングでもしない限り、小手先の変装ではすぐに警備員が束になって襲ってくるだろう。ただ、僕の知り合いにやろうと思えば、某強国とドンパチしようが年単位でも負けはしない、ヤバいお兄さんお姉さん方がいるんだけど……今回は許可をもらってあるので、堂々と門をくぐって案内された楽屋に行くと、プロデューサーさんに会った。

「いやいやーよく来てくださいましたね」

「千榎に嵌められましたから、今日はよろしくお願いします」

「千榎って言うとなっちゃんの事?」

「ええ、芸名に自分の名前をしれっとつけてるんですよね。夏木千尋って、私はどうすれば良いのか常に自分で問いかけるって意味でつけたんですよ」

逆から字を追うと、千榎を尋ねると読めるからと言葉遊びでつけた名前だけど、普通にいそうな名前だから、柊君との不倫報道が出たのかな……なぜちゃんと調べなかったのか謎だけど。

「なるほどー実はそんな裏話を交えながら、野球の裏話も話して欲しいんです。プロ野球選手のみんな知らない顔とか、アマチュアとプロの違う所を是非聞かせてもらえたらと」

「もちろんです、今日はよろしくお願いします」

そうしてあったプロデューサーさんに大体この話をこの位の時間でしてくださいと言われて、プロデューサーさんが出て行くと、入れ違いで千榎がやって来た。

「海、おはよう」

「あっ、何だか芸能人っぽいね」

からかってみると、「干されてるけどね」と自虐で返して来て思わず笑ってしまった、言ってる本人も笑いながらだったので、特に問題はないだろう。

「ゴメンね、せっかくの休みなのに」

「良いよ、ハグ禁止令が出てるのに抱き潰しているし……1つだけ、メグさんに会いに行けなかったけど、オープン戦で会いに行くよ」

千榎がハッとなってしょんぼりしてしまった、オフの恒例行事だったんだけど、天国の扉開けかけ事件で機会を逃してしまったから、その事で気に病んでいるのだろう、僕も言わなきゃ良かったんだけどね。

「それでも、千榎と一緒にお参りしたいから行かなかったんだよ。結婚報告と、千榎を助けてくれてありがとうって言いたかったから」

これは嘘偽りのない本音だ、今年は特に、千榎が20歳になって声優挑戦の条件の期限。人生で何度もない大事な年に、一緒に行かないなんて考えられなかった。

「ありがと、でも、やっぱりキャンプ前に報告したいから、強行軍で行こうね」

「たった3つしか違わないのに、この体力の差が羨ましい!」

しんみりも、騒がしいのも、全部ひっくるめて僕たちらしさを感じながら、本番まで素敵なトークを楽しんでいた。

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