ピンチのウラもまたピンチ
……どうせだったら、羽目を外した事は覚えていない方が、周りはともかく本人には良い。お酒の席でワイルドな酔っ払い方をして、覚えていると翌日が色んな意味で地獄になる。
何が言いたいかと言うと……蛍や雪、おまけに宗介君にまで幼稚帰りがバレちゃったよーーーーっ!
もちろん、ラジオでバラされたよ、でも! ネタ的な何かもあったし、誰も信じてないと思うじゃん! 男子の幼稚帰りはたまにあるけど、ウチは女の子だもん! 誰もそう思わないじゃん!
「もうやだぁー! しばらく引きこもるー!」
「今日仕事でしょ、仕事納めにそんな事言わないで」
「海のオニー!」
「はいはい、鬼だろうが魔王だろうが仕事には連れて行くからね」
いつの間にか体力をつけた海に、布団から引き離され、服を着替えさせられ、車に乗せられて会場近くまで連れられた。
今日は今年最後の仕事であるゲームのトークイベントがあり、声優仲間と一緒に、会場を盛り上げる事になっている。その中でもウチが1番後輩で、遅刻やバックレる事があってはいけないのではあるけれど、もうしばらく人に会いたくない……。
「ほら行くよ、千榎」
「行ってらっしゃい」
「……あまり手を煩わせると、赤ちゃん言葉の19歳の動画をマスコミとネットに公開するよ」
「行ってきますー!」
神様も海も無慈悲にウチをイジメるんだ、もうこうなったら、ちゃんとやり切ってやりますよ、ええ、やれば良いんだろこのヤロー! ケッ。
「おはようナッちゃ……」
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
みんながいるから密度の高くて、少し狭く感じる控え室に入り、悪態をついてしまったけど、仕事は仕事として切り替えないといけないので、ちゃんと挨拶、ニッコリ笑顔。1人の芸能人の前に1人の社会人!
「おはようナッ……ひぃ!」
「? どうしました?」
「い、いやなんでもないよ。今日はよろしくね」
なぜか皆さん、ウチを見て引きつった顔をして挨拶をしてくれたんだけど……おかしい、ちゃんと挨拶して、笑顔も口角を上げてにこやかにしたのに。
「ナッちゃん、笑顔が怖いよ。どうしたの?」
「あっ、スピカ先輩おはようございます。……そこまで怖いですか?」
以前所属していた事務所の先輩で、今も可愛がってもらってる、今中スピカさんに心配されてしまった。申し訳無いです、スピカ先輩。
「いや、秘密がバレるとしばらく凹みません? オタク仲間に送るはずだったメールを、クラスの友達に送ってオタク発覚とか」
「……友達になんかばれちったか」
「はい……壊れた姿を見られました」
みんながそうと聞いて肩を叩いてくれた、本当にすいません、そしてそんな目でウチを見ないでください……。
優しい先輩に慰められ、かろうじて立ち直って先輩達と他愛のない会話をしていると、スピカ先輩がちょっと疲れている様に見えたので、ちょっと悩みを聞く事にした。
「スピカ先輩、ちょっと体調悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「え? いや大丈夫だよ、そんなわたし軟に見える?」
「見えないからその様子がおかしいんです、これでも口は堅い方ですよ。内密にするんで相談してくれませんか?」
スピカ先輩はしばらく黙ったのち、観念したのか話始めてくれた。
「……実は、タチの悪い脅迫状が届いてね。これなんだけど」
見せてもらった紙には、いわれのない中傷と、頭の悪そうな文章が書いてあり、特に気にしてたら仕方ない内容の脅迫状だ。ただ、ウチの父さんや母さんが特殊な人で、割と脅迫状が毎日届いていたからそう言えるのであって、普通脅迫状が来たらビビるよね……。
もちろん声優という仕事柄、脅迫状が全くない訳でも無い。だけど、人気のあって脅迫状が届きにくいタイプのスピカ先輩の所にそういう物が来るという事は、嫌な恨みをもらった感じはあるし、ウチが見てきた中でメンタルはかなりタフな先輩がちょっと参っているとなると、おそらくは……。
「どのくらい続いたんですか?」
「一回って言わなかったけど、どうして分かったの?」
「先輩が一発でへこたれるメンタルしてないのは分かってるんで、多分それなりの量とヤバいなって感じる出来事があったんでしょう。この手合いは加減が分からずに捕まるまで暴走しますよ」
「……実は今日この手紙が届いたの、消印が押されずに直接ポストに入ってた」
素直に出せば良いのに、先輩風を無理に吹かせようとするんじゃない──って言いたいのを美味しくいただいいて、手紙を見せてもらった。
──貴様の命は今日のイベントで終わる、俺より才能のない奴が調子に乗った末路を見るのを楽しみにして待ってるぞ。
「少なくとも、お前よりは才能あるから、こうしてコンスタントに仕事もらってるんだって言いたいですけどね」
「バッサリ切り捨てるんだ……」
「才能って言っていいのは、ちゃんと努力して24時間その事ばっかり考えてる人しか言っちゃダメですよ。半端な覚悟と、大した事のない努力しかもてない程度の小物にあれこれ言われてもね。子供の屁理屈の方がまだ可愛げがある分、この人はミソッカスですよ」
「ちょっと毒吐きまくってない!?」
「ナーンノコトデスカー」
スピカ先輩に驚かれつつも、ウチは先輩を安心させるために約束を交わす。
「それより、年末が終末にならないように先輩を守りますんで、堂々とイベントを盛り上げてくださいね。その横でウチはテキトーな物まねをして盛り上げるんで」
「ちゃんと頑張って!」
ツッコミが出て元気になってもらったところで、時間になったのでイベント会場に行く。結構人気のあるアプリゲームなので、お客さんの入りも上々だし、広い会場にざっと1000人位はいるかな。
ここまでくるとこちらも迷惑なお客さんに来られたら対応しにくい、あっちも動きにくそうだから、簡単には実行しないだろうけど……。
「平常心を持って油断しない事、いつの時代も強者が負けるのは油断した時」
……竜姫師匠、分かりました、警戒はちゃんとします!
剣術と護身術の師匠の教えを思い出して気を引き締め、トークでは笑いを取ったり、仲間の凄い所を紹介したりして盛り上げる中、警戒を怠らずに周りに気を配った。
すると、背筋が凍り付く嫌な気配がしたので、周りを見渡すと、近くの観客席にいた嫌な笑い方をした男が手に刃物を持って、スピカ先輩の方に向けた。
ヤバい、あれスペツナズナイフだ! ばねの力でブレードが飛ぶ特殊部隊御用達だった旧式ナイフ。かつては効果が疑問視されていたけど、今は改良されて十分殺傷能力が上がったシロモノだ。おまけにボタンをワンプッシュでぶっ飛んでいくから時間がない、このままじゃアレを止められない……。
「死ね! メギツネ!」
「危ない!」
飛んでくる刃、一瞬固まる観客、スピカ先輩を筆頭に唖然とする演者さん。そしてウチは──。
「ナッちゃん……?」
「はははっ……ポーさんの占い、当たりす……ぎ……」
「ナッちゃんーーー!」
鉄の匂いのする嫌なぬめりけのある脇腹を押え、ポーさんの警告メールを思い出しながら、徐々に意識を手放していった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
千榎を送って、休日が重なったジェネラルサックのフロントマン、牧田斐文君と一緒に紅茶を飲んで一息ついていた。
「全く、こんなノロケ野郎とじゃなくて、まどかとお茶をしたかったのに」
「ルナちゃんはバイトでしょ、おまけにここのウェイトレス。──全く、人の事を言ってる割に自分も彼女に甘々だよね」
東京にいる数少ない、名古屋に居た頃からの友達にチクリと言った直後、テレビの速報が流れた。
「ただいま入って来たニュースです、人気ゲーム『グリム・ユニゾン・パラベラム」のイベントに出演していた夏木千尋さんが、男に刃物で刺され倒れたと消防に119番通報がありました。男は取り押さえられ──」
千榎が刺されて意識がない。
「なっ……千榎ちゃんが……って海!」
僕はその知らせを聞いて急いで病院に駆け付けた、病院には早くもマスコミの皆さん方が出入り口付近で情報を取ろうと待っている。直接行ったら騒がれる上にすぐに行けないだろう、どうにかしないと……。
すると、窓ガラスをノックする音が聞こえた。
「やあ海」
「ツバメ姉……」
ツバメ姉は車に乗り込むと、メイク道具を取り出し黙って僕の顔の下地作りをしだした。
「服も持ってきたから着替えて、今日はスピード最優先にしたからさっさといけ」
メイクが完成し、それだけ言うとツバメ姉は車から降りて報道関係者の所へと行ってしまった。どうやら陽動を買って出てくれるらしい、後でお礼をしないとね……要求の内容を想像すると、はっきり言うと怖いけど。
「あっ、上島燕だ!」
「すいません、夏木千尋さんの容態はどうなってるんですか?」
マスコミの皆さんがツバメ姉に注目している内に、こそこそと病院に入って行った。
「こんにちは、どうされました?」
「石井千榎の面会をお願いしたいんですが……」
「石井千榎様はただいま家族の方を除いて、面会謝絶となっています」
「……じゃあ、問題無いよ。僕の親戚だから……ね、小夜」
「はい、千榎ちゃんに可愛がってもらってた遠縁の子です」
独特の吃音に気がつき、後ろを振り向くと、柊君と小夜ちゃんが立っていた、2人の口添えのおかげで、無事に面会を許され、急いで集中治療室に入った。
「千榎……」
部屋に入ると、物々しい機械が沢山置いてあり、呼吸器をつけられ、点滴を打たれている千榎が静かに横になっていた。
「これって……大丈夫なんですか」
「……分からないけど、結構危ないと思う」
「そんな事──」
「石井さんのご家族の方ですか?」
2人に思わず食いかかろうと入ろうとした時、お医者さんが入ってきた。
「千榎の状況はどうなんですか!」
お医者さんに詰め寄ると、少し暗い顔をして容体を語ってくれた。
「……このまま長く意識がないと危険です。1週間経ってしまうともう望みは薄い、後はもう若さに頼るしか……」
「そんな……!」
目の前が暗くなって足に力が入らなくなり倒れかける、小夜ちゃんが支えてくれたおかげで倒れずに済んだけど、その後のお医者さんの言葉は入ってこなかった。
「……大丈夫ですか、海くん」
気が付くとお医者さんと柊君がいなくなり、僕はソファーに座らされていた。小夜ちゃんが側にいてくれたみたいだ、面会の件共々お礼を言わないと。
「ありがとう、面会の時も機転を利かせて通させてもらったし、肝心な時に頼りにならなくて」
「ううん、逆の立場でもそうしていたし、そうなっていたと思いますから」
小夜ちゃんの慰めに感謝の気持ちが湧いてくるが、それでも心は重いままだ。
心が晴れないまま俯いていると、柊君が部屋に入って来た。
「……父さんと母さんもリニアでこっちに向かってる、仕事があって多少遅れてるから……」
「そうか……それは仕方ないね」
「……それと、すぐに来てくれてありがとう……これからも千榎を大事にしてあげてね」
その言葉にハッとした、柊君は千榎が助かる事をそれなのに僕は動揺し過ぎて……。
「こっちこそありがとう、励まさなきゃいけないのに、慰められてばかりでゴメン」
「……あそこまで不運と強運が同居している人を見た事がないから、油断はできないけど……大丈夫って信じてる……海も信じてあげて」
血の繋がっている家族である柊君が1番不安だろう、いや、よく見てみると手が震えている、不安に違いない。それなのに僕を励ましてくれるんだから──頑張ろう、できる事は少ないかもしれないけど、それでも千榎の側にいよう。
「もちろん、信じるから。千榎が目を覚ますまでずっと」
僕は千榎の手をそっと握り、ずっと側にいると誓った。
「申し訳ありません、面会時間終了です」
看護師さんに言われ、後ろ髪を引かれる思いで退出すると、椿おじさんとひさぎおばさんがこちらにきた。
「海くん、千榎の様子は!」
「……このまま意識が戻らないと危ないと」
「そんな~……」
やはり2人共相当驚いていた。……ひさぎおばさんの間延びした声は、子供の頃からずっとらしいのでそこには触れないでね。
ある程度状況を話したら、椿おじさんにお礼を言われた。
「ありがとね、そんな恰好までして駆けつけてくれて」
「……あっ」
しまった、女装していたのを忘れていた。身バレしないようにって措置だったから仕方ないとはいえ、今更ながら恥ずかしさがこみ上げてきた、ううっ……。
「もし容体が安定して普通病棟に戻ったら、普通に来ても大丈夫だけど、それまでは──」
「それまでは?」
「その綺麗なお嬢様スタイルで病院に来てね!」
……そうだよね、この格好で身内って事にしたんだから、仕方ないね……はぁー……色んな意味で早く元気になってね千榎。




