男女逆転デート 後編
千榎は厳しいけど愛情深い。僕の体についてお茶を濁す事も出来たのに、堂々と持たないかもしれないと簡単には言えない。
確かに最初の頃からは技術は上がったけど、身体的にはボロボロに近い。どこがという訳ではないけど、全体的に以前より動いてくれなくなっている。……そんな事を言ったら先輩方にどつかれるのは分かってる、若いのに何言ってるんだと。
今はシーズンオフなので、のんびりデートするチャンスが多い。今年は千榎が特訓で減っているけど、それでも1年で数少ないチャンスを楽しめるのは良いことだ……たとえ女装して相手が男装をしていても。
「美味しいです。ウミも食べますか?」
「あ、あーん……美味しい」
ちょっと恥ずかしかったけど、抹茶大福の濃厚で優しい苦味がとても美味しかった。
「タツヤ、ちょっと」
「なんっ……!」
千榎にサッとスプーンを口に突っ込ませて、少し強引に食べさせた。
「美味しい?」
「あ、はい……」
ちょっと反撃が出来たので、僕としては嬉しい。それに、食べさせてもらったのに、こっちもあげないなんて悪いしね。
そうやってシーズンに入るとなかなか出来ない貴重な時間でリア充気分を満喫していると、あの人がやって来た。
「なにやってるの、おふたりさん」
こんな姿をまた見られてしまった……この人、絶対に弄るしね!
そして、なんのイジメかランジェリーショップに来てしまった……男ってバレたらどうしよう、オネエさんに見られる? それとも変態に見られる?
とはいえ、千榎に似合うものを見繕うのもアリかな。それに絵の師匠でもある柊君なら、ここぞとばかりに資料として記憶するだろうし。
「……それでお金をもらうなら、どんなものでも描ける様にならないと……都会だけじゃなく、牧歌的な所、近未来……人だと老若男女問わず年齢ごとに描き分けられる事……そのためには常に観察するクセをつけなきゃダメだよ、普段なかなか行けない所は特に観察する事……」
……だそうで、その言葉の通りに練習してみたら、確かに描き分けが上手くなった。それで時々、漫画も描く事がある椿おじさんから助っ人を頼まれる事がある。ベタとトーン、背景に小物演出などとりあえず全部やらされ……依頼され、ヘソクリが結構ある。それ以外にも副業があるけど、それはまた別の時に。
などと思っていたら、ふと千榎がちょっとだけ目に留めた商品を見つけた。そのヘソクリで買ってあげよう。少し干されても前向きに修行している千榎へのご褒美だ。もちろんクリスマスプレゼントも用意してある。腕と足もほぐせる少し高級なマッサージチェアだ。ついでに自分もガッチリ使う用だけど……。
「──お姫様、この中で好きな下着の種類はどれです?」
「えっ……!?」
千榎……昨日何があったか知らないけど、なんか捨て身で僕をイジメに来てないかな?
僕が切り返すとミーさんも面白がって味方についてくれた。
「へぇ〜ピンク好きなんだ……千榎ちゃん?」
ミーさんは調子に乗り過ぎて思いっきり頰っぺたを引っ張られてたけど、千榎も見事に玉砕したな……買ってあげようか、自暴自棄になってきてるから、ちょっとは嬉しい事がないとね。
お店を出るとすぐに、ミーさんが嘘くさいどころか分かりやすい嘘をついて、どこかへ行ってしまった。お節介か、はたまた……真意は後で分かるだろうから、とりあえず2人きりのデートを楽しませてもらおう。
そういう事で公園に来て休んでいると、子供たちが楽しく遊んでいた。とても微笑ましく、千榎も和んでいたので、ちょっとイジってみる。
「タツヤ……まさかロリコンだったなんて……!」
「そっちじゃない!」
こんな他愛のない冗談を言い合った後、将来の事を語り合った。もうすぐ約束の20歳が迫っている、無茶苦茶な条件だったけど、僕のノルマは達成出来た。……だけど、千榎の条件は寸前で達成が際どくなってきた。リミットまで半年とちょっとあるけど、ここから巻き返すのは大分キツい。
もちろん念のために僕も手を打って、期間延長を認めてもらった。……その時に28で引退するって言ったけど、もっと早くなりそうなのが、悔しくもあり、今思うと……いや、全力でやれる時までやらせてもらおう。
でも、これだけはちゃんと確認しないといけない。
「そうね……あなた次第な所は大きいわ、そもそもわたしと結婚したい?」
本当に僕で良いのか、収入も安定しない、遺伝病的な爆弾も抱えている、おまけに千榎の職場は芸能界、千榎が望めば僕より好条件の男子は沢山いるだろう。
「……不安がらせてしまったのですね」
気づけばふわりとした、グリーンティーの匂いに包まれていた。千榎が好きな爽やかな香水の匂い。ニオイに敏感な家族が多い石井家では珍しく許可された香水、その香りは僕を安心させてくれる。
「……1番苦しい時に、側にいて、汚れ役を買って出て助ける人をどうして嫌いになる?」
「千榎……」
「そんな人海しかいない、いくら運動神経が抜群で頭が良くても、いざ大変な時に見捨てる人と一緒になりたくない。それに、収入がウチより低くても、家事スキルが高くて、イラストが上手、歌もドラムも動画サイトで人気、審判だって、爆弾を除けば若手ナンバーワン何だから自信持って大丈夫だよ」
……ああ、本当に……千榎が愛しい。スポーツ一家の劣等生と呼ばれ続けた僕を、小さい頃からずっと慕ってくれた人、それだけでどれだけ頑張れただろう……。
千榎の温もりが心地よく感じている時、不意に違和感を感じた。
寒いのにサッカーをしている子供、ジョギング中の奥さん、その中でただ立っている男性がニヤリと嫌な笑い方をした。
「千榎、ヤバい……あそこに居る男の人から危険な雰囲気がする……!」
千榎もそれに気づいた様で、僕たちは目を合わさない様にそっとその場を離れようとした。
「おじさんボール取ってー!」
だが、さっきのサッカー少年が警戒している男性の方にボールを転がしてしまった。
男性はナイフを取り出して、サッカーボールをズタズタにし、予想外の事に呆然としている少年にニヤリと笑い、少年に向かって突進する。マズイ! 体力も無い上に、靴も慣れてない女性物。間に合うか?
「ちょっとお兄さんーご退場してくださいよっ!」
僕たちより速く男性に接近し、素早くナイフを落としてホールドしたのは、さっき別れたはずだったミーさんだった。
「この野郎、離せ! 離せよっ!」
「ナイフ持ってた人に言われたくないよね〜、カメラも無いからドラマ撮影でしたってオチも無さそうだし」
いつものノリで締め上げていくミーさんに、僕の不安は杞憂に終わった。
「あっ、ウミちゃん。警察呼んでおいて、流石にずっとこの体勢は面倒いから」
持っていたスマホで通報しようとすると、千榎が電話ですでに知らせていた。
「──はい、公園で刃物を持った男が現れました。なるべく速くお願いします」
取り敢えず僕は全く役に立たず、警察が現れ男性は逮捕、僕たちも事情聴取を受ける事になった。
「……失礼ですが、貴方は女性ですか? 男性ですか?」
「彼女に女装させられた男子です……」
結局女装がバレて、とても恥ずかしい思いをした……千榎、後でたっぷりシバいてあげるからねっ……!
そして事情聴取が終わり、疲れ切った僕たちはミーさんを置いて家に戻ってきた。マスコミの人が駆けつけて、話を聞こうとしていたので、捕まえた本人に任せて、女装がバレない様に撤退を選択したからだ。
「……本当に嫌だったんだね」
「うん、その分部屋でたっぷりお説教してあげるからね」
「あっ、ちょっとお菓子買い忘れたから、出かけて来るね」
「そんな言い訳通用しないよ」
「ひっ……!?」
着替えてすぐに、今日のお礼をたっぷりした後、ゲッソリした千榎を引きずりながら、車で信頼しているマッサージ店に向かった。
「お願いします」
「はい、今日はお二人様ですね、ではこちらに」
受付を済ませ、いつものマッサージを受けた。千榎には鍼灸も追加しておいたので、明日からまた言い訳せずに、楽器やボイトレをやってもらおう。
「ありがとうございましたー」
くっ……なかなか高いな。流石に2人分だと値が張る、しかし千榎は体が軽くなったと言って先ほどより元気そうなので、払った価値はあったけど。
「ありがとう海、高かったでしょ?」
「払った価値はあったから良いよ、それより、練習頑張ってよ、歌も声優も」
「まあね、海に奢ってもらったからには、復活出来る様にするよ」
お互い笑いながら家路に着く頃には、とっぷり日も暮れて、ご飯を食べたらすぐに2人で寝てしまった。
後日、この界隈に男の娘が現れたと噂になったので、某アホ女中にお説教を入れたのは別の話。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
女装デートから3日経ち、契約更改もちゃんとしてもらい、講習会も無いオフを楽しんでいると電話が鳴った。
「もしもし海?」
「千榎、どうしたの」
「大学に来て、凄い人見つけたから!」
千榎の大学はそこまで遠くない、車で5分もあれば着く所だ。
早速車に乗って、千榎が指定した所で待つ。高卒ですぐに審判になったから、大学なんてテレビのドラマしか見た事無かったけど、やっぱり大きいし広々としている。噴水や、手入れされた木々もあり、春になったらとても綺麗な光景になるだろう。
そう辺りを見回していたら、2人組の女の子から声をかけられた。
「あの……俳優さんですか?」
「ええっ!?」
「いえ、違ったらすいません。何だかとっても綺麗な顔してるので……」
「ありがたいけど、違います。彼女は声優さんだけどね」
「えっ、誰ですか!?」
「お待たせー!」
千榎が男の子を連れてやって来た……まさか、新しい男が出来たって言わないよね?
「千榎見てみて、カッコ良い男子がいるんだけど!」
「そうだね、蛍。だってウチの彼氏だもん」
「えっ! この人が噂の海さん!?」
あーもしかしてこの子が元気印の蛍ちゃんか、確かにアグレッシブで社交性高そうだ。そうなると消去法で少し大人しい感じが雪ちゃんと……蛍雪の功って言葉を思い出すな。双子じゃないよね?
そんな事を考えていると、蛍雪コンビから質問攻めにされて、少し困った。馴れ初めとかどんな所が好きなのとか聞かれるのはともかく、何処となく千榎の彼氏に相応しいか値踏みされている気がして……。
「ところで千榎、その男子は新しい男じゃないよね?」
「いーえ、白昼堂々間男を紹介しません」
「彼女いるから、手は出しません。いくら千榎嬢が妙齢の女性でも」
「それは綺麗なって意味かな、それともオバさんって意味かな?」
「ベッピンさんって意味で」
なかなか言葉のチョイスが独特だな、この子。ベッピンさんって僕らくらいの歳でなかなか聞かない言葉だ……。
「……まあともかく、この人は保科宗介君。この人、凄いからとにかく来て」
「何が凄いの?」
「来てみれば分かるから!」
千榎に引っ張られて、大学の中に入っていく。建物も最近リノベーションしたのか、汚れやキズもなく、千榎は楽しいキャンパスライフを過ごせていそうだ。
そして連れてこられたのは、軽音部と書かれた紙が貼ってある部屋で、その中に入るとギターケースにアンプ、ドラムセットや、キーボードも置いてあった。そこそこ広い部屋だけど、沢山物が置いてある分狭く感じた。
「ここに来たって事は、宗介君は楽器経験者かな?」
「まあ、ギターならカッコつけて弾いてる人より弾けますけど」
……という事は、セッションしたいって事かな?
千榎に目を向けると、親指を立てて頷いてきた。……そうですか、多分この中で1番下手なのに、恥かきそう……。
「という訳でスティックとスネアにキック用意してあるから、すぐにやろうよ」
「用意良いねコンチクショウー」
ここまでされちゃうと断れないので、諦めてイスに座ってチューニングをする事にする。ストレス発散になるから、全く嫌って訳じゃないけどね。
「こっちは準備万端です」
「じゃあ、カウントよろしく海曲は『まいまいつぶろに聞いてみろ』ね」
「はいはい……ワン、ツー、ワンツースリーフォー」
クラッシュシンバルの音からスタートして、ギターの音が鳴り響く。上手い、基本に忠実かつ遊び心を持った演奏。よっぽど自信と実力がないとこうはいかない。
千榎のベースも、目立ち過ぎない程度に目立っている。バランスが考えられているし、基本のリズムもしっかり取れている。
おまけに、2人とも狭い部屋でとても動き回っている、それでいてあれだけ弾けるなんて──本当に自分が1番下手だ……。
ちょっと落ち込みながら、歌に入る。「地声が高くてクリアだけど突き放す様に歌えるよね、優しくも出来るけど」と千榎に言われた事がある。
そんな声だけど、ポップだけでなく本格的なロックもやってとお願いされ、シーズンオフにせがまれる、それで今こうしている訳だけど。
曲が終わると、蛍雪コンビだけかと思ってた拍手が、明らかに沢山鳴り響いた。よく見てみると、部屋の外にもギャラリーの皆さんが沢山いた。……って、こっちを撮ろうとしてる!?
「ストップー! 写真や動画はダメ!」
雪ちゃんが慌てて、近くにあったスコアブックで隠してくれた。手遅れかも知れないけど、とりあえずありがとう。
「どうさ、ワシのギターを聞いてみて」
「1人であの厚みのあるギターを弾けるのは凄いね……あと1人称はワシなんだね」
「おばあちゃん子で、一緒に観てた任侠映画の言葉遣いで覚えちゃったんで、多少グチャグチャな言葉遣いじゃ」
……多少かな? まあ、こうやってまた千榎にせがまれるのだろうなぁ、宗介君も含めて。
後日、演奏していた動画がアップされ、千榎の演奏スタイルが凄いと、話題になったのも別の話。




