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落ちこぼれ二世の逆襲  作者: 竜胆千歳
第一章 働く事は難しい
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血は争えない

仕事の制限が入ると、目標もかなりキツくなってくる。幸い、ラジオやゲーム、配信サイトのナレーションは問題ないのでやらせてもらっているが、それでも生活は苦しいし、干されたというレッテルは消されない。

「どれだけ腐らずにやれるかで、今後10年全く違ってくるぞ、キッドの事は何とかしてやる。どうせ辞めさせられるからとサボってたら、腕をを吹っ飛ばす位楽器の練習させてやるからな」

というありがたい話を、鬼すら逃げ出したくなる程のベース練習の合間に聞かせてもらった。……でも、これでもまだ厳しくないんですか虎太郎おじさん! 口は動かせるからって言って、声優、ボーカル、コーラス用に分けたボイストレーニングを並行してやりながら、かれこれ朝の8時から始まって、現在の時刻夜の10時……ご飯の時間を除いても12時間は軽く超える練習量、量少なめの日でも学業と仕事をやった上で8時間はやる。東京まで来てもらっているので家には帰れるけど、正直、海に構う余裕がない。

その代わり、やたらと演奏技術は上がった。それもあってサポートメンバーや、バックバンドの仕事もさせてもらう機会も出てきたので嫌ではないけど、とにかく眠い! 体力はそこらのスポーツ選手よりはあるけど、体のメンテナンスをした直後にはもう布団に入って寝てる日が続く、雪や蛍にメールする余裕すらない。

今日も練習が終わると、メールも見ないでさっさとねる。明日はラジオの仕事だ……神様、お願いです。干される前より体がしんどいこの状況を少し改善してくださいよぉ〜!



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



ラジオ局に入る前、道を歩いていたらちょっとしたトラブルに出くわした。

「ねえ、ちょっとお茶でもしない?」

「これから仕事なんで……」

「良いじゃん休めば、休憩も大事だよ」

なんとも面倒なお兄さんに絡まれた。結構粘ってくるタイプの様で、歩きながらでもずっとまとわりついてくる。

路地裏に入って叩きのめそうかと、疲れていて危険な考えを決行しそうとした時に、小さなヒーローが現れた。

「お姉ちゃん!」

「んっ? なんだよお前」

ウチをお姉ちゃんと呼んだのは、中学位の男の子で、あどけなく見えるのに、どこか油断のならない雰囲気を持っている美少年だ。

「今日は僕の好きなカレー作ってくれるって言ったじゃん、早くー!」

「ごめんね隼人、じゃあ今日はビーフカレーだよ!」

「やったー!」

「ガキが……邪魔なんだよ!」

うやむやにする事が出来ず、男の子はナンパ男に殴り飛ばされてしまった。

「なあ、ちょっと来いよ!」

ウチの手を無理やり掴んで、連れて行こうとするナンパ男に心の中で十字を切った。

「お兄さん、女性に優しくって習わなかったの?」

「あっ? あんだっ……!?」

男が全てを言い切る前に、男の子はウチを掴んでいた手を引き離し、目にも留まらぬ速さで鳩尾と顎を殴りつけ、男をノックアウトした。

「さあトンズラこくよー!」

男子とはいえ、中学生に置いて行かれそうにならないので精一杯の状況に、内心苦笑いしか浮かばない。

なんとか問題になる前にその場を離れると、男の子はウチの胸に飛び込んで揉んできた。

「チンピラから助けた報酬ー!」

「あっ、コラ! セクハラしない!」

赤ちゃん気分が抜けきれないのか、ただ単にエロガキなのか分からないけど、この子が虎太郎おじさんの次男で、音楽と古武術の兄弟子である隼人はやと君。お兄さんである亀鑑君が、両親の頭脳と優しさを受け継いでいるなら、隼人君は身体能力と嫌われ役を引き受ける強さを持っている。どちらも美男美女の両親がいると分かる位にはルックスが良いけど、海程じゃないかな。

「それ以上胸に揉んでると、海をけしかけるよ」

その言葉にぴたりと動きが止まり、ありがとうございましたとお礼を言ってウチから少し離れた。

「海兄ちゃんが本気で怒ると、勝てないもん。えげつない上に捨て身でくるから怖い」

……謝らない点に関してはため息がこぼれそうになるけど、とりあえず、隼人君の評価は間違ってない。普段あまり怒らないのもあるけど、キレたら精神的にズタボロにした上に跡形も無く潰すタイプだ。腕っ節なんて一切役に立たないのを知っているから、この手が1番役に立つ。

「今日はラジオの仕事だっけ? 送って行くよ」

「……その前に、どうして東京にいるの?」

隼人君の実家は名古屋だ、リニアを使えば30分程で来れるけど、それでも料金は安くないし、名古屋に比べると治安も悪い。どうしてだろう。

「父から、『千榎の指導して来い』って言われて、楽器一式とスタジオ1部屋何ヶ月か貸し切りにしたんだ。学校しばらく休む事にしたし良いよね」

「いや、学校行こうよ!?」

いくら義務教育で留年する可能性が低いとはいえ、友達を作るのは大事じゃないかな?

「友達いないし、それに千榎お姉ちゃんも人の事言えるの?」

「ぐっ……!」

子供ってこういう痛い所を突いてくるよね、でも、認めちゃうと説教が出来なくなるのも事実。こういう時は……。

「でも、寄り添ってくれる人がいると、心強いから」

「へえ……僕の本性知っても、仲良くしてくれる中学生っているの?」

大人でもこんなに冷たい目を出せるのだろうかと思う程、隼人君は時に恐ろしい。さっきの場面も、自分より体も年齢も大きいガラの悪い男に平然としていたし、躊躇なく急所を狙う人はなかなかいない。そう沢山いても困るけど。

「……燕姉様に聞けばいるかも」

「まともな人はいなさそうだね」

この前まで小学生だった子にタジタジになっている自分に、涙がこぼれそうになるけど、バンドで良く使うギター、ベース、ドラム、キーボードを、プロが裸足で逃げ出す程の腕前で演奏出来る神童だけど、それ以上にぶっ飛び方はウチの両親に負けてない。

何とか気持ちを立て直して、歩きながら、隼人君としゃべっていると、また見知った人に会った。

「あら、千榎ちゃん隼人ちゃん、こんな所で会うとは思われへんかったわ」

「こんばんは、飛鳥さん。今日はよろしくお願いします」

「あっ、ロックスターがやって来た!」

いきなり隼人君がからかった人は、若手ナンバーワンといわれている、ジェネラル・サックのギタリスト、野呂飛鳥さん。クールビューティな容姿に優しい関西弁を使うけど、嫌いな相手に気づかれない様、毒を吐くのが趣味という結構屈折した所がある人だ。まあ屈折してたり、カッとなりやすい人もいるが、メンバー全員、裏方さんや頑張っている後輩に凄く優しいからまだ良いんだろうけど。

「嫌やわーそんな茶化して、あちきがロックスターなら、隼人ちゃんは何になってしまうんやろ?」

「神様かな!」

もの凄く適当に言っている感じが半端ないので、ウチら2人で白い目をして隼人君を見ると、さすがにマズイと感じたのか、隼人君から話題を変える。

「……まあ冗談は置いといて、今日はアス姉も出演するんだっけ。交際報道が出て初めてのメディアだね」

そう、飛鳥さんに熱愛報道が出た相手はウチの1つ上のキーボーディスト、松永宙まつながそらさん……という報道だ。

飛鳥さんとは、義姉さんのバンド仲間という理由と、師匠が同じという事もあって仲が良い。報道では知られていない事も知っているし、信頼されているからこそ、出演してもらえた。

「まあ、その辺もちゃんと打ち合わせしてもらいましょか」

「当然ですね、──隼人君、打ち合わせに参加しても良いけど口外無用だから」

「年上の妹弟子の恋路を邪魔する程、野暮じゃないから」

嘘をついている様には見えなかったので、打ち合わせに参加させる事にする。プロデューサーさんに電話で事情を説明して了解をもらい、放送局に3人で入る時に、少人数ながら芸能記者さんが待機していたのが見えた。ウチと歳が近そうな人や、親と同じかなと思う歳の人がいたので、おそらく師匠と弟子かなと推測する。

「わざわざ、あちきごときに申し訳ないなぁ」

「宙君が有名だから、っていうのもありますけどね。若手ヒットメーカーでもありますし」

一応話を合わせたけど、謝っておきながら実際には、こっち来るなこの野郎という悪態が内装されているのが分かる。慣れたけど、隼人君がそれで苦笑いしているのを見ると、言葉の裏が分かっている様だ……むしろそっちに驚くよ!

楽屋に着くと、音楽プレーヤーを持ってきた器具にセットして、大音量で流し始めた。

「……で、彼氏とはどうなんですか」

「それが……なかなか一歩踏み込むのが怖くてなぁ」

「親が昼ドラ並みのドロ沼不倫してたらねー」

盗聴なんてしないだろうけど、それでも念のために音量を上げた音楽をかけた上で、何とか聞こえる程度の声で話す。それでも、ドッキリでカメラが回っている場合もある、だから禁止ワードを設けてある。

「あの人は待てると思うけど、それでも早い所勇気を振り絞った方が良いですよ」

「……やっぱりそうやろか?」

「石橋を叩いて確認すぐ渡る、いけると思ったらで良いよ、お互い一緒に居たいと思ったら、段階踏んでやれると思うからさ」

「……理屈は分かるけど、中学生に諭されるって何やろね」

うん、自分より10歳も違う人にアドバイスをもらうって結構大変だ、年下のアドバイスなんてなかなか耳を傾けられない。

「ちなみに彼女いない歴何年?」

「年齢と同じだよ!」

「ここまで説得力のないアドバイスあるんだ……」

逆にここまで堂々としていると、腹芸が得意そうで色々と聞いてみたくなる。

「何でアドバイスしようと思ったん?」

「マンさんのテクニックとか心得を受け売りしただけだけど、一気に燃え上がらせて、何事もなかった感じに火消しをする人だから、多少は参考になるよ。1年で彼女が20人付き合って別れた人だから。経験値カンスト?」

「それが世界でも指折りの名ドラマーで、愛妻家だからね。……なかなか大変そうだけど」

名ドラマーの家庭の事情は、省かせてもらうけど、隼人君がそんな話題を教えてもらうのは、5年早い。じっくり大人になって、健全に成長して欲しい。

「ともかく、飛鳥さんは多少誤解されても問題無いんですよね?」

「宙ちゃんにはちゃんと話をしてるけど、まあ、あまりやり過ぎない様にって言っとったなぁ。同じ事務所だとその辺連携取りやすいし」

宙君がそう言うなら、気持ち慎重にやれば良いかな。知らない仲じゃ無いし、後でフォローも入れやすい。

「……じゃあ禁止ワードを確認するね」

ウチが禁止ワードを耳打ち再確認すると、2人とも頷いてくれた。これは後で説明しよう。

とりあえず、付き合っている状況、結婚の可能性、飛鳥さんが不快にならない程度のネタの確認をしてスタジオに入った。

「夏木千尋の七色変化球!」

いつもの様に、タイトルコールを入れてスタートしたラジオ、隼人君は時間の都合上で、見学のみだ。警察に私や放送局が怒られるから……。

「今回のゲストを紹介しましょう、人気ロックバンド、ジェネラル・サックのギター兼コーラス、野呂飛鳥さんです!」

「よろしゅう頼みます」

パチパチとスタッフさんが拍手し終わってから、ちょっと熱愛報道についてイジってみる。

「今日は美女2人で華やかってね、オタ姫ちゃんとデューさんが盛り上がってましたよ。それだけじゃなくて恋話が聞けるっていつもよりやる気が全然違いますねー」

「いや照れるなぁ、だけど、千榎ちゃんと言えども全部は話せんよ」

若手スタッフさんも楽しみにしている今夜の放送は、コーナーを短縮して放送する。まずはありきたりな質問からしよう。

「いつ頃から付き合い始めたんですか?」

「報道では最近とか言われとるけど、2年前に告白されてなぁ、そこから仲良くしてるんよ」

……つき合っているのは知ってたけど、2年もお預け喰らってるのかあの人は……かわいそうだけど、ウチと海もそんな感じだったか。

「でも、幸せオーラが出てますよね」

「そう?」

「最初に会った時なんてもう……優しい感じなのに、それ以上近づくなって感じなんですよ!」

「あーそうやなぁ、かなり心がささくれた時期やね。大人ってしょうもないものなんやなぁって、心が冷え切ってしまったから、なるべく誰にも踏み込ませない様にしとったんよ。メンバーとも最初は、挨拶して練習して、休憩の時は1人でトイレの個室に入って時間潰してたからなぁ」

うわぁ、バンドって個性のぶつかり合いと調和でより良くなっていくのに、ぶつからせてもくれないし、来てもくれないんだ……相当メンバーも師匠の虎太郎おじさんも苦労しただろうな。

と、話が続いていくけど、長すぎるから続きは次の次くらいにしておこう。海、バトンタッチ!

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