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落ちこぼれ二世の逆襲  作者: 竜胆千歳
第一章 働く事は難しい
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それでも夢は捨てられない

千榎の相談に乗った後、僕は椿おじさんに連絡を入れた。

「もしもし」

「パスワードをお願いします」

「人はわたしを騙さない、わたしがわたしを騙すのだ」

「はい、ありがとう。どちら様ですか?」

椿おじさんにパスワードを伝えて、ようやく画面が映り、会話がスタート出来る体制になった。いつも思うんだけど、知り合いがパスワード忘れたり、誰かに教えちゃったりしたらどうするんだろう?

「海です、あの、千榎の話でお願いしたい事があるんですけど」

僕は千榎が干されて、契約を全う出来ない可能性がある事を伝え、期限の延長を求めた。

「あーそうなんだ。じゃあ千榎も澪君も名古屋に帰って来てくれるね」

「しかし……」

「ダメ! 契約変更はしないよ。4年以上は時間を与えて、部屋代も出したのにそんな簡単に契約変更したら甘えちゃうでしよ?」

違う、千榎はもっと甘えても良いんだ、時々赤ちゃんになるのは、忙しい上にのほほんとした、おじさんおばさんに甘えられない状況でしっかりした反動なんだ。

「ですが、千榎にはこれ以上挫折を知って欲しく無いんです!」

「ボクは知ってほしい、苦難を何度も味わって無いのに、社会人として渡り歩いて欲しく無い──それに、海君にはこのまま失敗して審判辞めて欲しいし」

「なっ……何でですか!?」

僕が思わず叫ぶと、椿おじさんから予想外の答えが来た。

「海君の血が止まりにくいのは知ってるんだよ、治療していてマスクをつけてるとはいえ、頭にボールが来たら危なくなるのに、正直審判はやって欲しく無い。義理の父親として義息子の心配しちゃダメ?」

ぐっ、割と痛い所を突いてきた。血が止まりにくいのは連盟にも報告して無いので、バレたらクビになるかもしれない。高校時代に1回腕を切って救急車を呼んだのが印象に残っているのかな。

「……もう少しだけやらせてください、もし途中でケガしたら引退します。それもダメなら千榎の夢だけは応援してください」

しばらく沈黙が流れ、ため息を吐きながら椿おじさんは頭をかいた。

「……本当に千榎は幸せものだなぁ、海君の特性とか差し引いてもね──良いよ、大学卒業まで延長してあげる」

「椿おじさん……!」

「ただし、それ以上は無理だし、海君はケガしたら引退する事。千榎を悲しませないでね、もし悲しませたら女装で市中引き回しの刑だからね」

「さらりと恐ろしい事を言わないでください……」

そんな事知り合いに知られたら、生き恥ものだ、特に鬼の様な友達がわんさかいるんだから、拡散しまくる事だろう。

「とにかく、千榎を頼んだよ。じゃあね」

テレビ電話を切った後、なんだかんだで椿おじさんも、娘に愛情を持っているのは分かった、ただ、結構スパルタな所はあるけど。

それはそうとして、血が止まりにくいのは千榎も知っている。こういった点、幼馴染みと付き合っていると理解があるのは助かる。時々止まりやすくするために、注射を手伝ってもらったりする手つきも、新米看護師さんより上手くなった様な気がしてならない。……本当に頑張って見捨てられない様にしないとね。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



今日から秋季リーグの試合だ、若手の実戦や、両リーグの上位3チームがクライマックスシリーズに備えて感覚を忘れないための場でもあり、数週間前よりピリピリして無いけど、それでもなかなか気が抜けない試合が続く。

そして悲しい事に開催地は宮崎で、千榎となかなか逢えない日が続く。たかだか1ヶ月だって? 1ヶ月も逢えないんだよ! 会ってデートしたいよ! いつ千榎が取られるか心配で仕方ないんだから!

「どうしたんだ、海?」

「……すいません、何でも無いです」

先輩に不審がられ、慌ててポーカーフェイスをして準備を始める。延長無しなどの若手の経験を積む特別ルールがあるので、うっかりいつもの感覚でやっていたら怒られてしまう、集中集中っと。

「プレーボール!」

僕は若手の方だけど、1軍経験も多く、責任審判や球審も自信はある。もちろん、油断は出来ないけどね。

そしてそんな球審担当の日に、よりによって福岡アイアンファルコンズ対中吉ワイバーンズの試合を担当する事になってしまった。ワイバーンズがBクラスならまだ良い、今年2位でクライマックスシリーズに進出してるのだ。つまり……。

「ねえ、姉ストライクとか無いの?」

「無いです」

「じゃあ打席の時の姉ボールは」

「……無いです」

「じゃあ……」

「玄、セコい真似しないで戦ってください! 敵にも味方にもなりませんから!」

投球練習中にキャッチしながら、僕と話す玄はさすがだと思うけど、そんな事出来る訳無いでしょ! 身内でも無理なのは無理だからね!

「ちぇ、前はそこらの女子よりも優しげな美少女だったのに。いつから生意気になったんだろうなー!」

……絶対ワザとだ、こんなベンチに聞こえる大声で僕の黒歴史を暴露するなんて。

「……それ以上関係無い事しゃべったら、慶さんと付き合ってるのを孝志さんにバラすよ」

途端に顔を青くして黙り込んだ玄に、内心ホッとした。彼氏がホストと分かったら、孝志さんは多少なりとも、玄さんをシバくと思う。まあ、居酒屋で知り合って、付き合った後に職業が分かったというから、人柄から好きになったんだろうし、客として入れ込んでいる訳じゃ無さそうだから、僕は反対してないけどね、黙らせる材料にはするけど。

「プレイ!」

そうして、始まった試合はお互いに程よく点を取り合う白熱した試合だった。玄と甲斐の若手組が特に躍動して、4対2でワイバーンズが勝利した。調整の側面が強いから勝敗はそこまで関係無いけど、それでも連携や作戦の指示はしっかり果たせていた様に見えた。

「絶対に慶との事は秘密だからね、バラしたら千榎ちゃんとのいちゃいちゃ動画流すからね!」

「そっちがしないなら、こっちも中立に判定しますよ、安心してフェアプレーをして下さい」

ちょっとアタフタしながら帰って行く玄をボケーっと見送ると、今日も無事に出来た事を嬉しく思った。明日も頑張ろう、夜は千榎と電話で話そう。もう少しでシーズンオフだから、千榎と過ごせる数少ない時期をゆっくり過ごそう。

七難八苦の状況に置かれている千榎を、支えられる様に明日も頑張ろうと、なかなか眠れないけどホテルで体を休めた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



全日程が終わってホテルに帰ろうとすると、意外な人から声をかけられた。

「海兄さん、こんにちは」

「亀鑑君!? 学校はどうしたの?」

「5日間だけお休みもらって、色んな人に挨拶しに行こうと思って」

西郷亀鑑さいごうきかん、虎太郎おじさんの長男で、僕の事を慕ったりイジったりする中学生で、色白で喉仏が見えづらく、すらりとしている上に胸が小さい女子位にある男の娘というやつだ。……でも、可愛い見た目とは裏腹に、要領良くイタズラをかますので、僕も負けじと応戦していたけど。

「飛び級でイギリスの大学に入るんだっけ?」

「父よりは1年位遅いんですけど、あの人は化け物ですから」

虎太郎おじさんはコネと実力を駆使して、中学に入ってすぐ位に飛び級で入ったと聞いている。虎太郎おじさんのいとこは、世界で知らない者はいないといわれる程有名な総合企業、歳徳グループの社長で、虎太郎おじさんも祖父が先代社長という関係で、私立大が名を馳せているイギリスでは、簡単にノーと言えなかったとか。

「寂しくなるね、隼人君も寂しがってただろう?」

「『自活しないと、バカ舌になるから気をつけてね』って変顔しながら言われたんで、あんまり寂しいとは思ってないと思いますよ。それより、わたしと隼人を比べる方々が、更にあーだこーだ言うのが業腹です」

弟にイジられながらも、気にかけてる仲の良い兄弟にちょっとほっこりする。玄には気にかけてもらえた時もあったが、基本はパシリだったり、肩をもまされたり、お年玉を一部巻き上げられた。その後巻き上げられたのが孝志さんにバレて、巻き上げられた分に色を付けて返してもらったけど。

「それで、ちょっと相談がありまして」

「何かな?」

血は繋がってないとはいえ、兄弟に近いものを感じている亀鑑君の相談なら、ちゃんと聞いてあげたい。

「……海兄さんってサドですか?」

……頭の中でヤバい相談だと警報機が鳴り響いている! えーとここは……。

「まあそういう所が無いとはいえないね」

「……今付き合ってる彼女に、言葉で虐められるのがちょっと心地いいんです、もしかしたらマゾかもしれないって思って、海兄さんに相談したいなと」

目覚めちゃうのって、亀鑑君は大丈夫なの!? それに虎太郎おじさんも大丈夫なんですか!?

「えっとね、人に迷惑をかけない位だったら言葉だろうが、ムチやロウソクだろうが自由にしても良いと思うけど」

「あと、反撃して相手が動揺している時に気持ちよく思うのってサドもあると思うんですけど、それっておかしいですか?」

「まさかの二刀流!?」

僕とタイプが似ているとは……でも、まだ大人の扉を開けてないよね?

「いえいえ! ちゃんとプラトニックで中学生らしいお付き合いをしてますよ、勉強会をして学力テスト対策したり、遊園地で清掃活動して、もらったお礼でお化け屋敷を一緒に見に行ったり。父のライブに内緒でスタッフとして紛れて、売店でバイトしたお金で彼女にプレゼントしたりしてるんですよ」

「純愛かも知れないけど、一部法的にアウトだからね!」

中学生なのに、勝手に働いてたら怒られるのは分かっているだろうに……。

「それに、髪切ったのに、女の子に間違われるのも悩みです」

「そっか……でも、苦労を知った人はその痛みの分だけ優しく出来るから」

亀鑑君はそれが出来る子だ、人の痛みに寄り添える、愛情深い母親みたいな優しさがあるから。

「母みたいな人を救える医師になれますか?」

「少なくとも。努力すれば大抵の所まで行けるよ、僕なんか病弱で、ちょっとのケガで救急車呼ばないといけないのに体力と精神的に過酷な審判をやってるんだから」

笑顔で亀鑑君の肩を叩くと、肩の力を抜けた亀鑑君の笑顔がこぼれた。うん、大丈夫かな。

「ありがと、海兄さん。……だけど、体を大事にしてください、ちゃんと休めてないみたいだから」

「……どうしてそう思ったの?」

「爪がボロボロです、半月部分が全くないですし、色も少し白いです。早めに休まないと試合中に倒れますよ」

「一応休んでいるんだけどね」

「一応じゃダメです!」

やれやれ、本当に母親化してるね……中学生に説教もらってるのにやけに母さんと呼んでもしっくりきそうなのが特に。

「まあ、明日からシーズンオフだから1日位はぐっすり眠るよ」

「あと他にもありますよ、例えば……」

しばらく話をした後、亀鑑君を激励して帰りの新幹線に乗った。頑張れ亀鑑君、7割は話聞いてなかったけど、亀鑑君の事を応援してるからね。

ふと、先ほど指摘された自分の爪を見てみる。確かに先の白い所が無く、真ん中は逆に白い。眠れないから疲れが溜まっているんだと思う、今のうちだけでも寝ておこうかな。


☆ ☆ ☆


気がついたらもう東京駅だ、リニアから降りて電車に乗り換え、歩いて数分で自宅に着いた。

「ただいまー」

「おかえり、海! お疲れ様」

ニコニコ笑いながら出迎えてくれた千榎に、僕は安心して抱きついた。特におかしい所は無いし、千榎の補充を済ませてリビングにいたミーさんにもあいさつしておく。

「ただいま」

「あっお疲れ様ー、お土産ある?」

「マンゴーのB級品、高級な宮崎のブランド品のやつだから美味しいよ」

形の歪なマンゴーを袋から取り出して、ミーさんに渡した。こっそり観察眼の鋭さは僕とタメを張るミーさんに、耳打ちで千榎に隠し事があるか聞いてみた。

「いや、特に襲われたとか弱味をとか、そういった類の後ろ暗さは感じないけど」

「ありがとう、マンゴー1個あげるよ」

協力してくれたお礼に、僕の分のマンゴーを追加であげておく。最初から千榎にはマンゴー2個に、日向夏を模したデザートを買ってある、おそらく不満は無いはずだ。

「今日隼人君に指導してもらったら、上手くなってるって褒められたんだ」

「良かったね! 割とあの子スパルタだからね」

千榎が楽しそうに報告をしてくれるのに、安らかな気持ちになって聞いていた。

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