合わせ鏡 3 両サイド
「──そんな感じで、無理の無い自然な個性を見つけてあげるのが大切ですね、作った個性はアッサリ剥がれますから」
虎太郎さんの話は的を射ている、長くやっていくための構想をちゃんと練って、その場しのぎの事は絶対にやらない、だから下準備をじっくりやる。失敗が少ないのはそのためかな。
「最近では、元アイドルからバンド転向して成功したジェネラル・サックもいますけど、そのノウハウは生かされたんですか?」
「あの子達は売れない地獄では無くて、売ってもらえない地獄を味わってましたね、もちろん、ちゃんと観察してって順序は踏みましたが、アヤの足は踊れるどころか、日常ですらも普通に歩けないレベルでしたし、アスやレオはダンスの動きが悪かった。ダンスボーカルユニットではまともに戦えないと判断して、私の得意分野で鍛える事に決めました」
「かなり激しいモデルチェンジだと思うんですが、皆さんに抵抗は無かったんですか?」
ウチは率直な疑問を虎太郎さんに投げかける、その改革は、サッカー辞めてラグビーやれといっているものだ、音楽は音楽でも、全く内容が違う。アイドルになりたくて芸能界に入ったのに、失格の烙印を押されて不満は無かったのだろうか?
「不満は多少なりともあったと思いますよ、でもあの子達はチャンスに飢えていた、途中脱落した子もいましたけど、結果的には厳しい練習を乗り越えて一人前になりました。まだまだ1流と認めてませんが」
脱落したのはウチの義姉さんだ、正確には自殺したフリをして『川口さくら』としての人生を終え、『藤堂小夜』の人生を歩んでいる。これには虎太郎さんも美伶さんも深く関わっているけど、それは割愛しておくね。
「そんなチャンスを死に物狂いで掴んだ4人を見た印象って白虎さんはどう映りました?」
「実はボロクソに言いまくったのは、レオとサヨだけです。あの2人は叩かれても立ち向かう力がありましたから」
「斐文さんと飛鳥さんには言わなかったんですか?」
虎太郎さんは悲しい顔をして、ウチに理由を教えてくれた。
「あの2人は愛情を知らない、愛情を知らないのに厳しくしてもダメなんです。だから、あの2人には、優しさと愛情を多めにしました。その代わり、リズム隊に不満があると思うので、サヨとレオには事情を話して理解して欲しいとお願いはしましたけど」
それはウチも感じていた。大物だろうとダメな音楽やダンスだったら、吠えて嚙みつく斐文さんに対する反感も多い。しかし、それはちゃんと向き合って欲しいという音楽愛と、天才と言われていた中で再起不能になった斐文さんの、このままではダメという忠告に他ならない。口が悪いのは澪が教えてくれた。
「不倫で出来た子供で父親に捨てられ、母親からはほったらかされて、才能のあった歌と踊りで売り出そうとした矢先にケガをして、母親がお金がないからと手術させなかった。愛情を知らないで生きているんだ、寂しい、愛されたいっていう裏返しな気がするよ」
そして飛鳥さんもそうだ、義姉さんと3人で女子会をした時に話してくれた。
「あきちはな、両親の仲が悪うて構ってもらえへんかったし、芸能界に入った時に、歌を歌いたいって頼んだら『オマエと契約したのは歌わせるためじゃない、グラビアのためだ』っていわれて、えろうきつかった。体だけかいって、大人はなんて醜い心もっとるんやろってな、そこから基本人をアテにはしてへん、あちきから人のためにする事はあるけど、そんな期待しても虚しいだけやからなあ」
そんな2人を虎太郎さんは見抜いていた、だからこそ無理にはやらずに、本人のやる気に任せたのだろう。斐文さんと飛鳥さんの努力は、義姉さんも認めていたし、そこも見た上であえて言わない選択を虎太郎さんは取った。
「──もちろん、ここが勝負所とは言いました。努力しなさい、2人とも才能はあるから、努力すれば後は俺が何とかするからと、これはリズム隊にも言いましたが」
自分が出来る事をやってもダメなら、しっかり責任を取る。だから厳しい練習にもついて行けたんじゃないだろうか、この人ならついて行けるというリーダーシップを、虎太郎さんには強く感じるし。
リーダーの形を1つ分かった所で時間になり、エンドコールをする。
「本日はご清聴ありがとうございました、お聞きになった『夏木千尋の七色変化球』は6対4でファンの勝利です、勝利チーム、スタッフファン一同、敗戦チーム、なし。進行は夏木千尋がお送りしました、またのお越しをお待ちしています」
ウグイス嬢風にエンドコールを言った所で番組は終了し、虎太郎さんにお礼を言った。
「今日はありがとうございました」
「今度名古屋に帰って来たら必ず寄っていけ、タツの料理たらふく食べさせてやるから」
「ありがとうございます!」
虎太郎さんの奥さんで、ウチの武術の師匠でもある竜姫さんは料理が凄く美味くて、優しくて綺麗で強くてしっかり者で……虎太郎さんの家に生まれたかったっ………!!
「そうそう、これから予定あるか?」
「後は家に帰るだけですけど」
親しい人にはかなり上からものを言う虎太郎さんに手渡されたのは、普通の大きな封筒だった。
「それを指定した場所に持って行ってくれ、帰りのルートの近くにあるから。場所は──」
虎太郎さんに教えてもらうと、帰宅のついでにその道を寄る事にした。
目的地に行く途中、若いにいちゃん達がコーヒーを飲んで談笑していた。
「おまえ最近頑張ってるな」
「先輩のおかげで、少しこの仕事が慣れて来ましたよ」
以降賑やかなのはなく、辺りは電灯が少なく、暗いのでお化けか変な人か、何かしら良くないものが出そうな感じがあった。……ええっと、竜姫さんから聞いたのが、お化けは塩を投げて、暴漢は口を塞ぐから折れる位噛みちぎれだった。相手が大ケガして訴えてきたら、海に相談して弁護士やら治療代やら工面してもらおうっと。
「……んぐっ!」
そんな事を考えていたら、本当に男の手の感触が口についた。早速来ちゃったよ!
「いっ……!」
復習していたので、すぐにガブリと指を噛んで手が離れた。ボキンと折れた音は気のせいだ、うん、そういう事にしておいて。
ダッシュで逃げようとしたら、前方に薄っすら男の影が2つ見えた。結構ピンチだけど、叩きのめすよりも逃げて無事なら問題ない。逃げるだけなら勝算は十分にある!
「このアマ!」
とりあえず最初の男が襲って来る前に、金的で怯ませて、動きが止まった所で逃げ出した。
「てめぇ待て!」
出来るだけ走り、反転して1人突出してきた暴漢にパンチを繰り出した。
「ぐおっ!」
そうして全力で走り、先ほどにいちゃん達がたむろっていた所まで来ると、白いワンボックスカーが停まっていた。
「千榎さんここに入って!」
「えっ、ちょ!」
そこから先ほどのにいちゃん達が現れて、車に押し込められた。
「千榎ちゃん、大丈夫?」
そこに居たのは燕姉様だった、燕姉様と呼ぶのは言わないと色々と怖いので、無駄な騒動を避けたいからだ。でも、『姉様』と言うには、そこら辺の男子よりかなりイケメンなのだけど。それ位は女子でありたいとの事だそう。
「どうしてここに!?」
「事情を説明するから、とりあえずジュースでも飲んで」
渡されたジュースを飲みながら、ウチは燕姉様の説明という名の事後報告を受けた。燕姉様の手伝っている組織のボスの姪っ子さんが、ウチを襲った奴らに危うくやられそうになったので、取っ捕まえるためにエサにしたと。……はぁ、そりゃ竜姫さんに鍛えられたし、護身術って謙遜を使えるくらいには強いけど、男性を複数相手に絶対に勝つ保証はないよ。
「──それで一応発信機を封筒に入れて、衝撃があった時にはすぐに駆けつける様にはしておいたけど、千榎ちゃんがここまで来れるに大福5個賭けてたから」
「ウチをなんだと思ってるんですか……!」
燕姉様の評価が気になって問いかけたが、笑ってはぐらかされた。
「まあ良いじゃないか、お礼は仕事の口利きと、何かあったらこっそり手を回す貸しって事で許してくれない?」
「ありがとうございます、けど、こんな事何度も頼まないでくださいね。海が監禁しそうで……」
「あり得ない話なのが怖い所だね……」
愛情が深すぎる孝志おじさんの子供だけあって、かなり愛されているのは自覚していて、ウチになにかあったら、相手に死ぬより辛い事をしそうな感じはあるし、その上でウチを閉じ込めるね。……あれ? 海ってサドだけでなく少しヤンデレもある気が……。
それでも海を愛しているウチも、相当なものだとこっそり苦笑いしながら、自宅に戻った。
☆☆☆☆☆☆
虎太郎おじさんと僕の関係は、一時親子関係があった養父というものだ。
これはメグ母さんの1回目の結婚が虎太郎さんで、仕事の関係上妊娠しても、結婚出来なかった孝志さんとの関係を悟られないためのカモフラージュとして、口が堅くて信用出来る人を孝志さんの知り合いに探してもらった結果、虎太郎おじさんに決まった経緯がある。
「海、久しぶりだな」
「虎太郎おじさん、どうしました?」
シーズン終了間際の消化試合、そんな虎太郎おじさんに仕事先の北海道で再会した。孝志さんや、椿おじさん・ひさぎおばさんが歳を取っても変わらない若々しさがあるなら、虎太郎おじさんやその奥さんの竜姫おばさんは素敵な歳の取り方をしている。年齢相応の綺麗さ、カッコよさは孝志さんや椿・ひさぎ夫妻にはない魅力だ。
そんな虎太郎おじさんと握手を交わすと、にっこり笑いながら寒いなと言いながら話をし始めた。
「真実を伝えられて初めて会うな、試合も上手く回してるし、順調そうで何よりだ」
「びっくりはしませんでしたけどね、大きくなってきて、孝志さんに似てきたなーって感じてはいましたから」
「まあ、その辺はレイさんも知ってただろうがな」
孝志さんの現役時代は、狡猾なリードで相手に恐れられていたから、大ガラスの意味もあるレイブンからレイと言われていた。今そのあだ名で呼ぶ人は若手の時を知ってる人位だ。
「……レイさんを父親とは言わないんだな」
「現役引退しても、審判をしている限りは──あっ! 会ったんで言っておきますけど、千榎を危険な目に遭わせないでください!」
「最適だったんだがな、倒せなくても駆けつけるまで持ってくれそうな、1番リスクが低い女子」
「だとしても、千榎になにかあったら千榎共々亀鑑君と隼人君を監禁しますからね!」
「頼む、そんな嘘をついてない目で恐ろしい事を言うな」
僕の宣言に、虎太郎おじさんがげんなりとしながらも僕の体調を気遣ってくれた。
「寝られているのか?」
「そうですね、ちょっとだけ寝られてないですけど、弱い睡眠薬で寝つけるので問題ないです」
「体重は増やせたか?」
「いつも通りにしてるんですけど、少し減っちゃったんですよね」
「……早く気がつかないと手遅れになるぞ」
「えっ?」
僕はなにを言われたのか良く聞き取れなかったが、とりあえず心配しないでと言って別れた。
その日も無事に試合を捌いて、千榎に電話をして少し長い夜を過ごして眠った。