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落ちこぼれ二世の逆襲  作者: 竜胆千歳
第一章 働く事は難しい
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合わせ鏡 2 海の場合

間違う事は誰にでもある、間違っていると言われる事もある、ただ今回は際どいけど判定に自信があった。

そんな試合があったのは、玄さんが所属しているマ・リーグの対になっているオ・リーグの、埼玉菖蒲ヴォルフ対千葉ロットセイラーズ戦。ペナントも佳境の9月で、3位争いをしているヴォルフと、クライマックスシリーズが望み薄になって来た、セイラーズの意地がぶつかる試合だった。

僕は二塁審として試合に出場し、長打も連打も出ない試合を捌いていた。

「頼むぞ世戸ー!」

3回表ヴォルフの攻撃、バッターは売り出し中の7番世戸勇平、普段はクールな印象を与えていて人気らしいけど、猫が大好きで、動物病院で、親身に見てくれた看護師さんが今の奥さんだそう。結婚の決め手が愛猫も大事にしてくれるからだったと、情報網から知ったけど……そんな理由で結婚って奥さん良いのだろうか?

そんな猫派の世戸は、選球眼が良い俊足巧打バッタータイプで、この打席ではフォアボールを選んで出塁した。こういった場合、盗塁のジャッジに注意を払わないといけないから、ボールから目を離してはいけないんだ。

「レッツゴーレッツゴーヴォルフ!」

ピッチャーの麻木は世戸を警戒していて、何度か牽制球を投げてきてはいるが、予想では走ってくると僕は見ていた。

そして、麻木が動いたのを見て世戸はスタートを切った。

麻木のクイックモーションは1.2秒以内で投げ切れと言われている中では決して速くはない。しかし、キャッチャーの長谷川は優秀で総合的にはかなり良い勝負になる。

そして今回も、長谷川のスローイングは抜群だった。麻木のクイックモーションもしっかり出来ていて、後はカバーに入るセカンド後藤がちゃんと動けたら世戸は完璧にアウトだった。

しかし、後藤の反応がほんのわずか遅れ、あまり良い体勢で捕球出来なかった。反対に世戸は上手くスライディングしてくる、これはギリギリだけど──。

「セーフ」

タイミングはアウト、だけど、スライディングの時にぶつかり落球していた──しかし、セイラーズ今井監督は抗議に出てきた。

「中上君、今のは守備妨害じゃないのかね?」

「いいえ、野球規約7.08には審判員によって判断すると書いてあるので。送球が逸れた事による交錯のため今のはセーフです」

「タイミングはアウトだろう?」

「そうですが……ボールは取らないとダメです」

「なんか言ったか? 年寄りは耳が遠くてな」

明らかにさっきまで聞こえてはいたはずだし、45歳の孝志さんと一回りしか離れていないのに年寄りとぬかすオッサ……いや、今井監督。

ここでイライラしても仕方ないので、とりあえず言葉を変えてみる。

「ちゃんと連携練習をお願いします」

「なんか言ったか?」

……いい加減、顔が引きつってきた。ここはエサでも撒こうか。

「……お孫さんのプレゼント、安くて良いお店知っているんで、今回はそれで帰ってください」

父さんの知り合いのお店を紹介すると、今井監督は一瞬嬉しそうな顔をして顔を引き締めた。

「……し、仕方ないなぁ。今回だけだぞ」

フゥ〜、現役時代子煩悩で知られていた今井監督には、このネタが有効だと思ったんだ。審判員のあると有利なスキルに、頭の回転がある。監督のいなし方を知っておくと、試合が円滑に進む。審判員の重要な任務に、試合を早く終わらせる事と書いてあるので、このスキルはかなり大事だ。

以前、機械化の導入話があったけど、審判の駆け引きや、カッコ良いバッターアウトのポーズで盛り上げようという事で機械はあくまでも補助という事になった。これが完全機械化だったら、僕は今頃イラストレーターか、ミュージシャンかな? 音楽はやっても楽しいし、絵は椿おじさんや柊という師匠も近くにいたから可能性は高かっただろうね。

何とかその後は滞りなく試合が終わったけど、連盟に報告書を提出するために、ちょっと帰宅が遅くなった。

「ただいまー」

「海おかえり」

「おかえり〜お客さんが来ているよ」

千榎とミーさんといういつもの人に加えて、読モでもやってそうなイケメンがうちに来ていた。

「燕姉、どうしたの?」

「澪、お姉様と言いなさい」

………この人は苦手だ、上島燕うえしまつばめ、この人は、メグ母さんの親友が母親という事もあって、家族間の交流があり、今では一流メイクアーティストの地位を確立している人だ。──その練習台に何度僕が女装した事か……思い出したくない黒歴史の1つである。

「どうしたんですか、こんな時間に」

「千榎がトラブルに巻き込まれていたから、送ってあげたのよ。──まあ、利用させてもらっただけなんだけどね」

「……どういう事ですか?」

燕姉は僕に近づいてこう囁いた。

「暴漢撃退の囮に千榎を使わせてもらったよ、もちろん相手に何もさせて無いけど」

僕は燕姉をジトリと見た、大切な千榎を勝手に危険な目に遭わせないで欲しい。万が一という時もあるし。

「虎太郎さんの指示でもあるのよ」

「えっ……!」

虎太郎おじさんがそんな……いや、虎太郎おじさんは考えなしにそんな暴挙はしない。けど、ちょっとムッとした。

「虎太郎さんの親戚が襲われそうになって、捕まえておきたいから知恵を貸してくれたのよ。千榎だと竜姫さんから武術の薫陶を受けている、リスクはかなり低いから実行した訳だし、もしもの時にちゃんとケアする用意は出来ていたから、そこまで怒らないで」

要は危険な人助けか……それなら事前に千榎だけでも言ってくれたら良かったのに。

「まあ、ボスの姪にツッコミをやろうとしたのが運の尽きか。知らなかったとはいえ、別荘にぶち込まれるだけで済んで、相手は良かったと思って欲しいけど」

「2回目は無いって事だけど、気づかないに3000点」

燕姉は合法とは言えない秘密組織の一員だが、暴力団とはまた違う組織らしく、警察すら一部しか存在を把握していないそうだ。正直、燕姉とあんまり関わらない方が良いのだが、情報のやり取りと、ボディガードを手伝ってくれる事もあって時々暗号にしたモールス信号を送っている。ちなみに、八百長話は1回も話した事はない。大事になって警察も気合入れて動くから、バレるリスクが高い。秘密裏に動く組織なので、露骨な稼ぎ方はしないそうだ。

そんなヒソヒソ話をしていたら、ミーさんがニヤニヤしながら僕の方を見ていた。

「海君も女性に囲まれて、ちょっとしたハーレム状態だねー」

「1人はちゃんと彼氏がいるし、もう1人は既婚者だよ。後の1人とラブラブなんで安心して」

「あっ……みんながいるからダメだって……!」

千榎にくっついて甘える時に、言葉では拒否しても離れないのがとっても嬉しい。もちろんミーさんのブーイングには笑顔で返す。

「ラブラブだよねー、秀章に甘えたいけど、どうせ向こうで新しい人作ってるしね……」

「無いですよ、恋愛に関してはそこら辺の乙女より乙女ですよ」

「筋金入りの硬派って言ってあげて、千榎……」

ミーさんが心配している秀章は僕の親友だ、アメフトの花形ポジションをやっていて、しかも、ドラフト上位指名候補と言われている。指名されたら日本人どころかアジア人初の快挙だ。そんな秀章をヒデちゃんと呼んでいる仲だから言えるけど、狡猾で純情、合理的だけど情に厚いのがヒデちゃんだ。どちらかというと、ミーさんがフラれるよりもヒデちゃんがフラれる可能性の方がまだ現実味がある。ミーさんはヒデちゃんにゾッコンなので、僕の見立てでは遠距離恋愛すら障害にならない程の愛がある。

「とにかく、後2、3年したら姓が変わってる様な気がするよ」

「……ちゃんと別れ話をするまでは待つよ、はあーリア充滅べば良いのに」

普段は飄々と人をからかうミーさんだが、自分の恋愛にはネガティブだ。それが遠洋漁業並みに半年は逢えないとはいえ、無事結ばれる事になるのは少し先の話だが、今は千榎が無事だった事の喜びを噛み締めさせてもらう。本当に良かった……。

「心配させてゴメン、お詫びとお礼を兼ねて、千榎の目標をお手伝いしてあげるから」

「当たり前だよ、こんな目に遭わせて本当だったら、千榎の犬としてなんでも言う事聞く位やらないと割に合わないんだからね」

「凄い事言うね海……」

燕姉のボヤきに千榎が大笑いしていると、ミーさんが立ち直って燕姉を攻撃する。

「そうですよ燕さん、女の子を危険な目に遭わせて卑怯じゃ無いですかー」

「ワタシだって女性よ!」

燕姉のツッコミに全員が笑った所で、燕姉の携帯が鳴った。

「もしもし、ああ……はい分かりました、それでは失礼します」

「どうしたの?」

「虎太郎さんから電話があって、口利きして知り合いに仕事の依頼しておいたと」

「ありがとうございます!」

「……当たり前だよ」

僕は不満タラタラだったけど、千榎が喜んでいたのでそれ以上は言えなかった。お人好しすぎるよ……。

「じゃあわたしはこの辺で帰るよ、またなにかあったら助けてもらうかもしれないし、助けてあげるから」

「しばらく会いたくないよ……」

もちろん聞こえない様に小声で言ったけど、本当にしばらく会いたくない。なにかあった時が結構厄介事だからね、お互いに平和に過ごしていたいのは同じみたいで、小声で言ったにもかかわらず、つれないなとグチをこぼしながら燕姉は帰って行った。

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