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時の扉  作者: 黒糖パン
7/30

戦い

京一は変態です。

 舞香の眼前には、遊園地があった。観覧車はゆっくりと周り、今まさに上から落ちたジェットコースターからは、悲鳴が聞こえる。周りは、大勢の人でごった返していた。現在廃業していることが嘘だと思うくらい、繁盛していた。

「しかし、こうも人の匂いが多いと穢れてしまうものだな」

「何が?」

 京一の呟きに、舞香は疑問符を浮かべるが、京一は「なんでもないよ」と本当になんでもないようにそう言う。一体、何だったのだろうか? まあ、京一が変なのは仕方がないか。

「侵入者の位置を、ミルクティーで割り出します」

 ヒトミカは懐から、ミルクティーを取り出し、真上に放り投げる。直後、ミルクティーの姿は掻き消えた。

「えっ……消えた?」

 舞香は戸惑う。

「俺も消して」

「うるさい。黙れ」

 もはやMかどうかわからない京一の発言だったが、創時は即座に反応していた。というか、やっぱりさっきの言葉は本当になんでもなかったらしい。いつもの(?)京一に戻っていた。

「あれがミルクティーの能力ですよ。探知能力。いわゆる、超能力ってやつです。その気になれば、体内に入って、その人物を永遠に追跡することだってできますよ」

 探知能力。……超能力。過去に戻れるということを信じている時点で超能力を疑うのはおかしいのだが、やはりすぐには信じられなかった。それに、さっきヒトミカは、舞香にも力があると言っていた。つまり、舞香にも超能力があるということだ。しかし、舞香にはそんなの心辺りがなかった。

「あっ、早速来ました。すぐそこです。行きましょう」

 どうやら、ヒトミカは何かを感じとったようだった。もし、この先に侵入者がいたのなら、超能力を信じるしかないだろう。というか、この状況でヒトミカが嘘を言う理由が見当たらない。

 ヒトミカの後を追って走ること数分。舞香たちはお化け屋敷の裏に来ていた。わざわざ人がいないところに来たのは、自分たちがこの時間には存在しないからだろう。

「侵入者はこの建物の上ですかね」

 舞香は目線を上にする。この日は晴れていて、太陽が舞香の邪魔をしていた。

「今から私の能力、空間(アルター)変更(ゾーン)でみなさんを上に運びます。絶対に動かないでください」

 ヒトミカの口調は、いつになく真剣だった。どうやら、動くと危険らしい。

 舞香は言われた通り身体を固まらせる。

 次の瞬間、舞香は屋根の上にいた。何が起こったのかまったくわからない。まるで、瞬間移動みたいだった。

「ヒトミカちゃんの能力は、空間と空間を入れ替える能力なんだ。だから、瞬間移動みたいだけど、単に空間が入れ替わっただけだよ」

 創時がヒトミカの能力を説明してくれる。どうやら、超能力の存在を信じるしかないらしい。まあ、元よりそこまで疑っていたわけではないのだが。

 そこで舞香はヒトミカの口調の真意を理解する。

 空間を入れ替えるのだから、その空間以外の場所に身体の一部があった場合、その部分が元の空間に取り残されてしまうのだろう。そうなれば、身体が切り取られたことと同じになり、大惨事になる。舞香は少し想像してしまい、すぐに後悔した。

「いましたね」

 ヒトミカの目線の先を見ると、そこにはスーツ姿の男性がいた。手には刀が持たれている。だけど、侵入者は二人のはずだった。あと一人はどこに行ったのだろうか?

「あと一人の場所が特定できました。走っては間に合いそうにないので私が向かいます」

 ヒトミカの言葉に、創時、京一が頷く。その直後、ヒトミカの姿は掻き消えた。

「待っていましたよ。守り人さん」

 その男性は、にやつきながら三人と対峙する。

「どうして俺たちのことを知って……ああ、そうか。お前、脱獄者の――」

 創時は何かを理解したようだった。

「そうだ。私は里奈の夫の正幸だ。少し、手合わせ願おうかな」

 明らかに、舞香たちを馬鹿にしている口調だった。

「舞香は見学しといて、俺たちが戦ってくるから」

 創時に言われた通り、舞香は少し下がる。今から行われることは、これから舞香が経験することだ。しっかり見ておかなければならない。しかし、正幸が持っているのはおそらく真剣だろう。舞香はやっと、この仕事の危険が危険であるということを理解した。

「まあ待て。ここは眼鏡同士やらせてくれや。……創時は舞香ちゃん守っとけ」

 眼鏡のブリッジを押し上げながら京一は一歩前へ出る。この姿だけ見れば、格好いいのだが……残念なことだった。

「おけ。わかった」

 創時は案外簡単に引き下がる。どうやら、かなり京一を信頼しているらしい。

「京一の能力ってなんなの?」

 見たところ、正幸が持っているような武器は見当たらない。つまり、素手で戦うということだ。勝とうと思えば、なんらかの能力が必要だろう。

「あいつの能力は、簡単に言えば、身体能力の向上かな。目立つ能力じゃないけど、所持者次第でかなり強くなるよ」

 創時が説明している間に、二人の間の均衡が崩れる。先に動いたのは、京一のほうだった。一瞬の内に、京一は正幸の背後に回っていた。そして、回し蹴りで正幸の頭を強打。何が起こったのかわからずに攻撃を受けた正幸だったが、返しは早かった。後ろ回し蹴りで脇腹を蹴り、京一を数メートル吹き飛ばす。両者、いったん距離を取る。

 正幸は嗤っていた。どうやら、純粋に戦いを楽しんでいるようだ。

 京一は笑っていた。どうやら、色々とうれしいようだ。

 変人二人の沈黙は、すぐに破れた。

 京一は一瞬で距離を詰めると、態勢を低くして顎を狙って掌打を入れる――しかし、間一髪のところで正幸は顎を引くと、態勢が後ろなのを利用して、膝で京一の顎を蹴り上げる。そして、そのまま一回転。その間に態勢を立て直していた京一の喉元に刀を突きつける。京一の敗北。誰もがそう思ったが、京一はあきらめていなかった。上に跳躍し、バック宙で距離を取って――と理解した瞬間には、すでに京一は正幸の懐にいた。そして、そのままみぞおちに掌底打を入れる。数メートル後方に吹き飛ばされた正幸は、口から血を吐き出していた。

 京一の動きは、もはや人の領域ではなかった。しかし、その動きについてきている正幸も相当なものだった。

「くくくっ。素晴らしい。素晴らしいよ、君は」

 正幸は嗤い出す。そして――目の色が変わっていた。

 刹那、正幸の姿が掻き消えたかと思うと、すでに正幸は京一の目の前にいた。そして、刀を振り上げる。しかし、どう見てもその動作は遅かった。その間に京一は回避することができるだろう。

 ――だが、京一は避けようとしていない――否、避けられないのか。

 そして、正幸は刀を振り下ろす。――しかし、果たして血が流れていたのは創時だった。瞬間に京一の前に立ちはだかった創時は、斬撃を腕で受け止めたのだ。創時の腕を伝って、屋根に血が落ちる。驚愕の表情を見せている正幸を蹴り飛ばすと、創時の腕から血が噴き出す。

「創時ッ」

 舞香は創時のところまで駆け寄っていきそうになるが、創時は、大丈夫だと言わんばかりに苦笑いを浮かべていた。

 そして、創時は血が出ている腕を片方の手で押さえる。――直後、創時が腕を放すと、深く抉れていた傷は、跡形もなく消えていた。治癒では、あそこまで綺麗にならないはずだ。あれではまるで、時間が戻ったみたいだ。

「油断するなよ、京一」

 数メートル先で立ち上がった正幸を見据えながら、創時は京一に声をかける。

「ああ、すまん。ただ、油断してたわけじゃないんだ。……身体が動かなかった」

 京一の身体は微かに震えていた。戦いのエキスパートが、怯えていた。それがどんなことを意味するのか、創時にもすぐに理解できただろう。

「硬直能力か。……やっかいだな」

 直後、創時の背中に悪寒が走る。しっかりと見ていたはずなのに、しかしそこに正幸の姿はなかった。そして、気付いたときにはもう、正幸は創時の目の前に立っていた。創時は身体を動かそうとするが、固まってしまったかのように動かない。正幸が再び刀を振り上げる。刹那、創時の横を京一が風の如き速さで通過。京一はタックルの要領で正幸に突進し、正幸の攻撃をまたしても封じる。

「くっくっくっ。二人相手だとどうしても分が悪いね」

 正幸は壊れたマリオネットの如く、くねくねと奇妙に立ち上がる。敗北寸前でも尚、嗤っていた。

 戦いに参加していない舞香にも、正幸が放つ威圧が感じられた。

 正幸は眼鏡を取り、屋根に捨てる。レンズが割れた音が空気を振動させた時、正幸の姿は掻き消えていた。気付けば、京一の真後ろにいる。京一は悪寒を感じて咄嗟に振り返ろうとするが、やはり身体を動かすことはできなかった。

だが、創時がいる。

創時は渾身の力を込めて、両手掌底打を正幸の背中に向かって入れる。しかし、正幸は地面を蹴ってそれを回避。そのまま宙返りしながら創時の後ろに着く。創時は即座に振り返るが、コンマ一秒正幸の蹴りのほうが速かった。京一を巻き込んで、創時は蹴り飛ばされる。強制的に肺から血が吐き出され、屋根に血だまりを作る。

「時の守り人もこんなものか」

 正幸は毒を吐く。しかし、口の血を拭いながら立ち上がった創時は、なぜか笑っていた。

「あんた、この前は妻を置いて逃げたじゃねえか。よくそんなことが言えるなあ」

 創時にそう言われた正幸からは笑みが消え、代わりに動揺が見えていた。

「うるさい! あの時はまだ、能力がなかったんだ。……でも、妻が捕まって、自分に失望した時、この能力――(アイ)(コンタ)(クト)が現れたんだ。神様が俺に与えてくれたんだと思ったよ。だから、俺は負けるわけにはいかない。……里奈のためにも、さとしのためにも……」

 さとし。

 舞香はその名前に心当たりがあった。舞香は周りを見回す。この遊園地――五年前……間違いない。五年前に起こった通り魔事件だ。

 舞香の脳裏に昨日観たニュースが蘇る。インタビューを受けていた女性が言っていた『さとし』。その名前をこの男も言っているということは――

 舞香はそこで全てを悟る。

 昨日の女性が、正幸の妻――里奈であるということ。正幸と里奈が以前にも過去に戻り息子を助けようとしたこと。その時、正幸は逃げだし、里奈だけが捕まったこと。創時たちが言っていた脱獄者とは、里奈だったこと。そして、また二人で過去を変えようとしたこと。

 突如、女性の悲鳴が響く。

 ――始まった。

 瞬間的に舞香はそう思った。歴史の通り、事件はしっかりと起こった。

 舞香は悲鳴が聞こえた方に目を向ける。

 大勢の人が逃げ惑っている。誰か転ぼうが、誰も構いはしない。みんな、自分のことしか考えていない。できるだけ、遠くへ逃げる。ただそれだけしか頭にないのだろう。それとも、傍観者効果でも現れているのだろうか? 皮肉だが。

「あんたは能力に頼らないと家族を守ることもできないのか? あんたにとって家族ってなんなんだ?」

「うるさい! それで時間を稼ごうとしても無駄だ。さとしは、まだ殺されない。あと五分だ。あと五分ある。その間に、里奈がさとしを助けてくれる」

 激しい動揺を無理矢理押さえつけるように、正幸は刀を構える。

「そっちには仲間が向かってる。もう、諦めろ」

「いやだ! 諦めない」

「まだ気付かないのか? あんたは、家族を危険にさらしてるんだぞ? 俺たち時の守り人の中には、平気で侵入者を殺すやつもいる。そんなやつがいるところに大事な人を連れてきて、どうなるのか考えたこともないのか?」

 創時の言葉が正幸に突き刺さる。刹那の戸惑い。逡巡。しかし、正幸の答えは変わらなかった。

 正幸は創時の目を捕えると、消失。すぐに創時の背後に現れる。そして、攻撃の邪魔をしようとしていた京一を蹴り飛ばす。

「死ね」

 残酷な言葉が創時に告げられる。刀が振り上げられるが、創時はやはり動けない。

 舞香の目に、創時の背中から夥しい量の血が噴き出す――という最悪な未来が映る。

(いや――ッ)

 その時、突如、創時の背中に細長く青白い光が現れる。その光と刀が重なった時、甲高い音と共に刀は後方に飛ばされる。

「なっ」

 正幸から驚愕の声が漏れる。

 何が起こったのか、この場にいる誰も理解できなかった。光が収まり、光の正体が露わになる。しかし、果たしてそれは正幸の刀だった。――いや、違う。数メートル後方の屋根に正幸の刀は突き刺さっているのだ。

 では、これは何か?

「これが……舞香の能力……?」

ふいに創時が呟く。

(私の能力……?)

 でも、舞香は今、何も意識していなかったのだ。ただ、創時を助けようと思っただけで……。まさか、その思いが舞香の能力を発現させたのだろうか? 正幸は、絶望を感じた時に能力が現れたと言った。なら、舞香のそれもありえるのではないか?

「これが……私の能力」

 まだ本質的にどんな能力なのかわかったわけではない。それでも、能力が発現したということは、大きな進歩だと思えた。舞香はなんだかうれしくなり、なんとなく手を開いたり閉じたりして、能力の余韻に浸る。

 創時は舞香が出現させた刀を拾い上げると、刃先を正幸の首元に突きつける。

「終わりだな」

 創時の声が正幸にゆっくりと伝わる。

「ああ……ああァ!」

 正幸は崩れ落ちる。正幸の慟哭は、女性の悲鳴に掻き消される。また、誰かが殺された。

 女の子の泣き声が聞こえる。

 舞香はもう一度広場に目を向ける。

 多くの人でにぎわっていた広場には、人でなくなった人がいくつも転がっていた。夥しい量の血が地面にこびり付いている。

 そんな中で、雄叫びを上げている若い男がいた。男は大量の返り血を浴びており、まるで血に飢えた狼みたいだった。

 ――あの男を殺せば、少しは報われるのだろうか?

 ふと、舞香はそんなことを考える。

 でも、それは許されないことだ。この男は、後に心神喪失で無罪になる。その過去を変えてはいけないのだ。

 無性にむなしい気分になる。

 過去を変えてはいけないということを舞香は重々承知している。それでも、こんなのはあまりに残酷すぎる。あまりにも悲しすぎる。

 希望を潰すのなら、最初から希望を与えなければいい。

 きっと、舞香のわだかまりの解決法はこれしかない。この島に蔓延る『鍵』というものを根絶するしか方法はないのだ。それで、全てが解決する……。

 結局、そう考えるのが、舞香だった。自分のことは後にして、他人のことを先に考える。それが舞香だった。前までの舞香は、きっと強がり過ぎていただけだ。

 まるで舞香を祭り上げるかのように、きらめく太陽が地面に光を下ろしていた。



 同時刻――

 ヒトミカは空間変更で女性――里奈の前に立ちはだかっていた。

「どいてください」

 里奈の願いもヒトミカは聞き入れない。

「貴女、これ以上罪を重ねたら、一生牢獄で過ごすことになりますよ?」

 ヒトミカは警告するが、里奈は聞き入れない。

「私は何としてでもさとしを助けないといけないの。だから、お願いだからそこをどいて」

 このままではらちが明かなかった。どうやら、強硬手段に出るしか方法はないようだ。

 ヒトミカは握りこぶしを作り、里奈の腹部にパンチを入れる。

 が、その直前――

「待って」

 里奈のその声がヒトミカに待ったをかける。

「なんですか?」

 ヒトミカは少しいらいらしていた。相手は脱獄犯だ。別に情けをかけたわけではない。ただ、里奈の声があまりにも切実で、ヒトミカの手は勝手に止まっていたのだ。だから、このいらいらは、敵に情けをかけた自分へのものだ。

「私、妊娠してるの。お腹に赤ちゃんがいるの。だから、お願い」

 確か、受刑者記録にもあったはずだった。嘘をついているわけではないらしい。つまり、流産を危惧しているのだろう。

 しかし、ヒトミカはいらいらしていた。もう、これ以上の情けを許すわけにはいかなかった。それに、自分以外の人が幸せなのを見ると、無性に腹が立った。自分にはできないからこそ、いらいらが増した。

「それは、創時さんの子ですか?」

 ぼそりとヒトミカは呟く。

「はあ? 創時って誰? そんなわけないでしょ」

 里奈はあまりに見当違いのことを言われたので、自分が今置かれている状況も忘れて呆れていた。

 わかっている。もちろんヒトミカにもそんなことわかっていた。それでも、もし創時の子だったのなら、情けをかけなければいけないと思ったのだ。つまりは、念のためだ。

 それほどまでに、ヒトミカは創時を愛していた。どんなことでも創時に繋げて考える。それが、ヒトミカだった。

「そうですか。残念ですね」

 ヒトミカは冷たくそう言い放つと、里奈の腹部に握りこぶしを押し込んだ。

 最初の被害者を知らせる悲鳴が響いたのは、里奈が気絶した後のことだ。


次回は、舞香と創時の能力の正体がわかります。

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