誕生日
「そういえば舞香に渡したいものがあるんだ」
「何?」
創時は懐から何やら長方形の箱を取り出す。
箱をぱかっと開け、創時は舞香に中身を見せる。
そこに入っていたのは、小さな赤い宝石のついたピアスだった。
「――誕生日、おめでとう」
少し恥ずかしそうに、しかし微笑みながら創時はそう言った。
――そうか。今日、十二月二十日は舞香の誕生日だったか。
その時、ふいに舞香の目尻が熱くなり、堪える暇もなく、まだ赤い目から涙が舞香の目から落ちる。
「ど、どうしたの?」
突然涙を流した舞香に創時は慌てふためくが、舞香自身もどうして自分が泣いているのかわからなかった。
ただ、変な話だが「ピアス」というものに何かの運命のようなものを感じたのだ。その「何か」が何なのかはやはりどうしてもわからなかった。
舞香は箱を受け取る。耳に穴を空けていないので今すぐに付けることはできないが、早い内に付けることにしよう。
舞香はカーディガンで涙を拭い、「ありがとう」と微笑む。
二人の視線が交じり合う。
どれだけそうしていただろうか。
もう夕日はあと少しだけになってしまっていた。
太陽の欠片が、舞香の頬をほの赤く染める。
「ちょっと、何二人でいい気分になってるんですか。このままだとキスでもしそうなので、この辺りで私が雰囲気を壊しておきます」
突然聞こえてきた声に、舞香と創時は同時に噴き出していた。頬を赤らめ、口を拭う。
声のした方に目を向けると、そこには患者衣姿で車椅子に乗ったヒトミカがいた。いつも白のワンピース姿しか見ていないので、どこか新鮮だった。
「き、き、き、キスなんてしないよッ」「き、き、き、キスなんてするわけないだろッ」
二人のよく似た言葉が、夕天に共鳴する。
「どうですかねえ。創時さんは舞香さんにぞっこ―――――」
「ああああああああッ」
突如、創時が叫び出し、ヒトミカの口を両手で塞ぐ。口を塞がれたヒトミカの頬には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「そんなに慌ててどうしたの?」
舞香がそう問うと、創時はすぐさまヒトミカの口から手を離し、何もなかったかのように両手を後ろに組みながらそこらへんをぐるぐる歩き回る。
「あ、慌ててなんかないけど?」
……一体、何をそんなに慌てているのだろうか? 舞香には、やはり理解できなかった。
ヒトミカが車椅子のタイヤを転がし、舞香の隣にやってくる。
「そういえばさっき、お母さんとお父さんに、会いたいって電話しました。……今度、この島に戻ってくるので、その時に会ってくれるそうです」
さっきまで悪戯っぽい口調だったヒトミカの口調は、いつの間にか真剣なものになっていた。
赤くなっているヒトミカの頬は、果たして夕日のせいだけなのだろうか?
舞香はなんだかうれしくなり、「そっか」と微笑んだ。
すると、急にヒトミカの表情がむっとしたものになる。
「べ、別に、舞香さんに影響を受けたわけじゃないですからッ。前から電話しようと思ってたんですからッ」
ツンツンするヒトミカは、あまりにも子供らしくて可愛かった。
舞香は、さらに頬を緩めながら、うんうんと頷く。
――夕日は、人を正直な気分にさせてくれる……
「もう! 今、舞香さん私のことを馬鹿にしてるでしょッ」
別にそんなつもりはなかったのだが、ヒトミカはさらに憤慨する。まったく、難しい年頃だった。
大人の舞香は、そんなヒトミカもさらに可愛く感じた。
「馬鹿にしてないよー。ただ、可愛いなあって思っただけ」
「もう! 馬鹿にしてるじゃないですかッ」
――だから、ヒトミカはもう少し自分の気持ちに正直になってもいいのではないのだろうか?
ぷんすかと怒りだしたヒトミカは、何かを思いついたのか「創時さんッ」と突然大声を出す。
呼ばれた創時はびくりと肩を震わせ、立ち止まる。どうやら、我に返ったようだった。
「私の服の襟のところに、何かついてませんか?」
突然何を言い出すのかと思ったが、二人の話を聞いていなかった創時は、ヒトミカの言葉を疑うことなく、ヒトミカの患者衣の襟の部分を見ようと顔を近づける。
次の瞬間、ヒトミカは創時の首に手を回し、創時の唇を無理矢理自分の唇と重ね合せる。
「~~~~~~~~ッ」
創時はヒトミカの手の中で悶絶していたが、ヒトミカが放すことはない。
まるでヒトミカの勝利を祝う賛歌のように、五時を知らせる音楽が街に流れ出す。
日が沈む。
創時とヒトミカがキスしている間、ずっと舞香の心はもやもやとしていた。
――夕日が人を正直な気分にさせるなら、夕日が沈んでしまった今、やはり舞香は正直になれないのだろう。
だから、舞香が創時への気持ちに気付くのは、もっとずっと先のことだった。
《終》
読了ありがとうございました! この「誕生日」しか読んでいない方は、はじめから読んでいただけると幸いです!
本当にありがとうございました!
続きは、いずれまた。




