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時の扉  作者: 黒糖パン
28/30

逮捕

舞香視点にするか京示視点にするか迷ったんですが、結局京示視点にしました。

 二〇三三年、十二月十九日。

 午後三時。

「『おいおい。ずいぶんふざけたこと言ってくれたじゃねえか』」

 放置されたゴミ。水路を汚染する生活排水。そんな腐った臭いのする空間に、男の怒鳴り声が響く。冬だというのに半袖のアロハシャツに身を包んだ眼つきの悪い男――浅賀京示は、目の前の若い男の顔面を殴り、壁に昏倒させる。手に若い男の血液が付いて快感を覚えるが、どうも腹の虫は収まらない。なぜ京示がここまで切れているかというと、この男に『日本語』を馬鹿にされたからだ。確かに、京示が日本に来てまだ一年しか経っておらず、日本語もそこまで達者ではなく、ようやく馴染んできた程度だ。だが、だからと言って、あそこまで馬鹿にするのはどうかと思った。

 京示は男の腹部を何度も蹴り、口から血を吐き出させる。

 人間を蹴った時の感触と返ってくる血は、何度味わってもやめられるものではなかった。

 サイレンの音が聞こえてくる。正義しか知らないような人間が通報したのだろう。

 最後に一発蹴り、京示が、警察が来る前にその場を去ろうとした時だった。

「まだそんなことやってるんですか」

 ふいに声が聞こえ、京示は「あんッ?」と振り返る。

 そこには、紺色のカーディガンに赤色チェックスカート姿の少女が立っていた。腰まである黒く長い髪が、ビル風に揺れ、宙を舞う。

 どこかの学生だろうか?

 一瞬そう思ったが、すぐに違うと首を振る。だって、今この少女は、『あの島』の言語で話していたのだ。つまり、ただの迷子ではない。

「お前、誰だ?」

 挑発的に睨みつける。大抵の人間はみな、京示が睨むだけで逃げていくのだが、この少女はいっさい怯まず、それどころか、京示に負けないくらいの威圧で京示を睨みつけていた。

 何者だ?

「私は、美剣舞香と言います」

 美剣……。

 どこかで聞いたような……。

 すると、記憶を探るまでもなく、京示の頭に一年前の事件のことが浮かび上がる。

 確か、殺した女の名字が、美剣だったか。

 そこまで思考して、目の前の少女の顔と殺した女の顔が重なり合う。

 それに、長い髪。

 間違いなかった。

 この少女は、殺した女の娘なのだろう。

 そこまでわかって、しかし少女がどうしてここにいるのかがわからなかった。

 まさか、仇だろうか?

 次の瞬間、京示の口元が緩み、思わず馬鹿笑いしてしまっていた。

 こんなか弱い少女が、格闘技の達人である京示に挑もうとしていることが、馬鹿馬鹿しくてしかたなかったのだ。

 わざわざこんなところまで来てご苦労なことだが、死んでもらうことにしよう。

 思考を終え、京示は目の前の少女――舞香を見据える。

 動こうとする様子はない。武器も持っていない。丸腰のようだ。

 京示は足を一歩踏み出す――そこで自分の身体が地面に向かって倒れていることに気付いた。

 呆気に取られて、手をつくこともできず、京示は顔から地面に叩き付けられる。地面を這うムカデが京示の顔を横切る。

 何が起こったのかわからず、とりあえず立ち上がろうとするが、足に力が入らなかった。

 足に目を向けると、両足首の辺りから血が溢れ、中の骨が丸見えになっていた。

「あぁ……あぁ……」

 遅れてくる激痛に、声にならない声が漏れる。

 いつの間に。

 京示は首だけを巡らせ、上目で舞香を見つめる。舞香は、京示を侮蔑するように文字通り、見下していた。

 京示は舞香をずっと見ていたはずだったが、まさかあの思考の一瞬に背後に回り、足首を切ったのだろうか? だとしたら、速すぎる。それに、足を切った刃物はどこへやったのだろうか。

「これでもう、人を蹴ることはできませんね」

 舞香はそう言いながら京示の近づき、京示の右手を踏みにじる。

「お……お前は……」

 何者だ。そう訊こうとして、続く言葉を口から吐き出すことはできなかった。

 バキッという音を立てて、京示の右手が折れたのだ。ゆっくりと目を向けると、右手の指がありえない方向に曲がっていた。

 鍛えた足も拳も、一瞬にして自分より下等である人間に潰された。

 もう、京示の心は、身と同じくらいぼろぼろだった。

 そして、京示にとどめを刺すかのように、閃光のように鋭い一喝が京示に突き刺さる。

「時の守り人として、あなたを逮捕します」

 気絶させられる前に京示が見た舞香の表情は、うれしそうで、どこか悲しそうだった。


次回、全ての事件が解決します。

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