天使
目を開けた先には、真っ白な空間が広がっていた。目の前に誰か立っている。小さな女の子だ。舞香ほど長い金髪にそれを映えさせる白いワンピースを着た少女。青く大きな瞳、綺麗な鼻立ち、桃色の小さな口、スカートからのぞく白く細い足から想像されるに、舞香と同じ人種でないことは明らかだった。背中から、大きな羽が生えていてもおかしくない。まるで、天使みたいな少女だった。
「何勝手に天国に行った気分になってるんですかッ」
天使からとんでもなく鋭利な言葉が発せられる。
「舞香さんが死んだら、創時さんが廃人になってしまうじゃないですか。だから、助けてあげたんですよ! 感謝してください」
天使は顔を逸らしてそう言う。
創時……。
そこで、舞香は目の前の天使がヒトミカだということに気付く。よく見てみれば、白い空間もコンクリートの壁で、この場所も階段の踊り場ではないか。一体、今まで何を見ていたのか。足元に視線を向けてみると、砂塵でぼろぼろになったスカートからしっかりと足が伸びている。どうやら、本当に死んでいないようだ。
その時舞香は、あれ? と思う。
ヒトミカは、京一に空間変更で足を切り取られなかったか?
もう一度ヒトミカに目を向け、視線を下にスライドさせる。
ヒトミカの細く白い足は、やはりしっかりとそこに存在していた。
「空間変更を使うために、一時的に創時さんに足の時間を戻してもらいました」
舞香の視線に気付いたのか、ヒトミカがそう言う。だけど、ヒトミカの口調がどこか暗くて、舞香は首を横に傾ける。
「どうしたの?」そう訊こうとして、舞香は創時がいないことに気付く。
しかし、すぐに見つかった。
ヒトミカの後ろ――上に続く階段の横壁に身をもたれかかるように、創時は倒れていた。創時の右手、右足はなく、今も止まることなく血が流れ続けている。
もう、創時の体力が限界に来ていることがわかった。
舞香は創時に駆け寄り、創時を平坦な地面に寝かせる。
他に何かできるわけではない。
だけど、こうしてそばにいないと気が済まなかった。
「まい……か。よか、た。さく……せ……が、せい、こう……した……んだね。あ、ぶない……めに、あわ、せ……て、ごめん……ね」
創時の口から発せられた言葉は、気をつけていないと聞き取れないほどにか弱かった。
「ううん。ヒトミカちゃんが助けてくれたから、私は大丈夫だよ……。創時が助けてくれたんだね……」
舞香はふいに目尻が熱くなるのを感じ、創時には見せまいと視線を逸らす。
踊り場の先の広い四角形の空間には、大きな穴が空いていた。その穴は空間の手前から奥まで広がっていた。そこでは今も砂塵が舞いあがっており、そこで崩落があったことを知らせていた。
創時が地面の時間軸を遅らせ、腐敗させて崩壊させた。つまりはそういうことだ。
舞香も巻き込まれる危険があったものの、創時がその作戦を実行したのは、一重にヒトミカへの信頼があったからだろう。
ヒトミカが舞香の目の前に――創時を二人で挟むようにして――座る。
ヒトミカは口を引き結び、何やら口角をうにゃうにゃと動かしていた。何かと戦っているような様子。ヒトミカの青い目はうっすらと赤く充血しており、「何か」が何なのかを示していた。
「私が泣いたら……救護班に誰が説明するんですか。……だから、今は――」
ヒトミカは創時の左手を両手で包むようにして握る。
舞香の右肩の付け根から流れ出ている血が創時の右肩から流れる血と混じり、繋がる。
泣いたらダメだとわかっていても、抑えられるわけがなかった。
そして、それはヒトミカも同じだった。
何かがこみ上げてきたかと思うと、二人同時に泣き出す。
後に残ったのは、傷と勝利と砂塵と二人の泣き声だけで、数分後にやってきた救護班の人は、困惑した表情を見せていた。
物語は終盤に向かいます。




