決戦
「決戦」は長すぎるので、何個かにわかれます。
舞香の頭に鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。
殺した……? 本当に……?
京一は久藤の死を快感にするかのように舌なめずりする。
苦しい。胸が締め付けられる。
久藤の妻の三波は、半年経った今でも久藤良の帰りを待っている。それなのに、もうそれは意味のない行動なのだ。
その時、ふつふつと舞香の中に怒りが現れる。人を殺しておいて喜んでいる京一を許すわけにはいかない。そしてそれは、創時にとっても同じだった。
「舞香ぁぁぁッ!」
創時の大声。舞香はすぐに言葉の意図を汲み取って、創時の手元に刀を創造していた。
創時はそれをすぐに熱棒に変換し、京一の頭部目がけて殴りかかる。
しかし、それを寸前でかわした京一は創時の懐に潜り込んで掌底打ちをかます。だが、創時の動きも早かった。まるで京一のそれを読んでいたかのように、創時は空中で横に身をかわし、京一との距離を取る。
「幻想時間を奪われたところで、戦闘は五分五分だな」
創時の言葉に、京一は肩を竦めて笑う。
「創時、君は何か勘違いしているようだ。……見せてあげよう。俺の本当の能力を」
――殺される。
直感でそう思ってしまうほどの殺気を京一はまとっていた。
舞香の第六感が逃げろと告げ、舞香はその場から後退する。
一方の創時は、京一にひるむことなく地面を蹴って加速し、京一に殴りかかる。
回避が一拍遅れた京一に熱棒が迫る。そして、京一の頭部を陥没させ、焼き焦がす――というビジョンが妄想だということに気付いたのは、創時の熱棒を持った手が舞香の目の前に落ちてきた時だった。
……えっ?
何が起こったのか理解できない。舞香はゆっくりと視線を下にする。カーディガンに包まれた右腕がそこにあった。そこに繋がっているはずの肩はなく、代わりにどくどくと鮮血が流れ出している。
「がああああああッ」
遅れて響くのは、創時の悲鳴だ。突然の激痛に、創時も何が起こったのかわからないだろう。
創時は流れ続ける血を抑えるように肩を押さえている。
しかし、創時は本能的に幻想時間で、腕の時間を巻き戻していた。舞香の目の前に転がる腕はまるで最初からなかったかのように消え、いつの間にか創時の腕に居場所を戻している。
「くそやろぉッ」
創時の口から暴言が吐き出される。その言葉は具現化され、創時の殺気へと変貌する。
だが、右足を踏み出そうとした時には、すでに創時はその足を失っていた。足の付け根から大量の血が噴き出す。
この能力は……。
直後、舞香の背後に何かが落ちた音。振り向く気になれなかった。足元に血が流れ込んでくる。
ふいに舞香は吐き気に襲われ、口元を押さえる。
気持ち悪い。
薄目で創時に目線を向けると、創時は地面に倒れ、失った片足を必死に手で押さえていた。
幻想時間。
再び創時の足が戻ってくる。しかし、まるで能力が代償を欲していたかのように、さっき失った創時の右手が再びなくなり、舞香の足元の床に転がる。もうすでに創時の体力が限界に来ているのは明白だった。
動けるのは、自分だけだ。
舞香はそう自分に言い聞かせ、吐き気を飲み干して桜斬を構える。
「京一、あなたの能力は何なの?」
呼吸を整えながら訊ねる。冷静になれるまで、時間を稼がなければならない。
京一は創時を壁に蹴飛ばす。地面に直撃した創時は、力が入らないのか、動く様子がない。「俺の能力は、確かにコピー能力だ。しかし、創時が考えているような軟なコピー能力じゃない。――つまり、俺がコピーできる能力は一つじゃない。俺がコピーしたいだけコピーすることができる」
したいだけ? そんなことありえるわけが……
「ただ、一つだけ欠点があってね。コピーするには、保持者の近くに一ヶ月いなければならないんだよ。……だから安心しな。まだ舞香ちゃんの能力は盗めてない」
舞香の背中に悪寒が走る。計画のためだけでなく、能力を盗むために舞香たちに近づいたと思うと、全てを裏切られた気分だった。今までの時間は全て演技だったのか……。
その直後、京一が目の前に迫る。
舞香は横にステップ、流れるような速さで跳躍アンド回転し、京一の視界から消える。京一はきょろきょろと辺りを見回しているが、もうすでに舞香は京一の頭上だ。
音もなく京一の背後に着地。舞うように身体を捻り、桜斬を突き刺す。その直前、舞香の頭にふと京一の顔が浮かぶ。敵ではなく、味方としての京一だ。桜斬は京一の背中に刺さる寸前で止まっていた。
「どうした? 何を躊躇している?」
こちらも見ずに京一が言う。
舞香は手を動かそうとするが、震えてしまって動かない。京一は敵だとわかっているのに、心のどこかがそれを拒絶していた。戦いたくない。斬りたくない。
振り向くと、京一は何かを呟く。
殺される。
そう思った。
だから舞香は、もう一方の手を添えて目を瞑り、押し込む。
しっかり肉に刺さった感触。
「おいおい……どこを……刺しているんだよ」
舞香は目を開ける。
桜斬は、京一のみぞおち横に深く突き刺さっていた。震えから、手元がぶれていたのだ。
「ごふっ」
京一の吐いた血だまりが地面に落ちてべちゃっと広がる。
京一は無理矢理身体を引き抜く。脇腹から血が噴き出し、舞香の頬とカーディガンを汚す。
口から血の糸を引いていた。京一はそれを拭うと、にやっと笑う。
舞香の全身が震え出す。目線が定まらない。京一の顔が歪む。
京一はもう仲間ではなく敵だ。しかし、舞香にはそう思えなかった。だって、数分前まで話していた人を舞香は刺し殺そうとしたのだ。敵だと思えるわけがない。あんなに悠々と謎解きして京一が犯人だと確信させたのは自分なのに、今はなぜかそう思えない。おかしな話だった。
京一は今も血が流れ続ける傷口を両手で押さえる。直後には、もうすでに幻想時間によって傷口と服は元通りになっていた。
創時は幻想時間を維持するのは大変だと言っていた。それなのに、能力保持の当人ではない京一がここまでまったく支障をきたしていない。しかも、ヒトミカの空間変更も操りながら、だ。
そう思考した途端、急に京一という人間が何か巨大なものに見え、舞香は足が竦んでいた。ほんの数メートル先に敵がいるのに、桜斬を持つ手に力が入らない。
怯えの目で見つめる舞香を京一は鼻で笑う。
「まだ観念してなかったんですか」
ふいに声が聞こえ、目線を横にスクロールさせると、そこには変わらず純白のワンピースを着たヒトミカの姿があった。ヒトミカの青く大きな目は鋭く細められ、京一に向けられている。
しかし、ヒトミカはまだこの状況を知らない。
きっと、ヒトミカは京一が加勢してくれたのだと思っている。
「あれ……あの包帯の男はどこに――ッ」
ヒトミカは周囲を見回し、壁にもたれるようにして倒れている創時を見つける。
「なっ、創時さんッ!」
ヒトミカが創時に駆け寄ろうとする。
「ヒトミカちゃん気を付け――」
舞香の忠告は虚しく途切れる。
ヒトミカは、すでに駆け寄るための両足を失っていた。
ヒトミカが地面に叩き付けられる。足の付け根から大量の血がほとばしり、白色のコンクリートを赤く染める。
「――――っ」
ヒトミカは何が起こったのかわからず、悲鳴をあげることさえ忘れていた。
遅れてくる、激痛。ヒトミカは顔を歪めて悶絶する。
「くくく。ヒトミカちゃんは苦しむ顔も可愛いね」
笑い声が聞こえ、舞香は、きっと鋭い目で京一を睨む。しかし、恨みはすぐに吐き気に変わることとなった。
ヒトミカが失った両足を京一は顔の位置まで持ち上げ、くるぶしの辺りを舐めているのだ。
「ぺろぺろ。幼女の生足うめえ……てか」
馬鹿らしそうに京一は笑い、ヒトミカの足を地面に投げ捨てる。所有者を失っている足は、地面で奇妙にはねてやがて落ち着く。
「残念ながら俺は幼女に興味ないのでね。……さあ、舞香ちゃんの足を舐めてみようかな」
京一の口が歪む。満面の笑みで京一は舞香を見つめていた。
その時、舞香はやっと受け入れることができた。京一が敵だということを。もう、味方なんて思わない。情けなんてかけない。
相手は計り知れない数の能力を操る能力者だ。模擬戦でヒトミカに勝てなかった舞香の勝率は、ゼロに近いだろう。
それでも、やらなければいけない。
だって、今京一を倒せるのは舞香だけだから。
深呼吸。そして、舞香は黒い刀身を持つ刀を創造する。
桜斬と黒刀を構え、心を無に。
二刀流。扱ったことはもちろんない。だけど、今の舞香にはなぜかやれる気がした。変な自信だが、不思議と頼れるだけの力を持っていた。
京一の口が動く。
それよりコンマ一秒早く、舞香は地面を蹴って跳躍し、後退。着地と同時に足を踏み込み、前に加速。一瞬で京一との距離を詰める。舞香の二刀による斬撃が京一に炸裂。しかし、京一は寸前のところで身を引いて全て回避している。なんという身体能力。やはり、人間業ではない。だが、舞香も諦めない。できるだけ動きが読まれないように、出鱈目と呼ばれても仕方がないほど乱雑に刀を振る。桜斬の横薙ぎが京一の腹部を擦過。服と身を少し斬って宙に散らす。
京一が何かを呟く。
第六感が危険を察知し、舞香は後退。直後、さきほどまで舞香がいた空間に太陽が反射し、きらりと輝く。やはり、空間が入れ替わった。
舞香は京一の頭上にありったけの剣を創造する。重力に従ったそれは京一に殺到する。京一は両手を上に突き上げ、刀を全てそれで受ける。手に触れた剣たちはたちまち腐敗し、錆びとなって地面にぼろぼろと落ちる。雨のように降り注ぎ、京一の姿を隠した直後、舞香は背中に悪寒を感じ、咄嗟に桜斬を後ろ手に持ち替え、後ろも見ずに差し込む。
感触がない。気のせいか。
舞香はステップを踏むように身体を反転させると、後ろを振り向く。
すぐに構えるが京一の姿がない。
ふいに視界が暗くなる。
――上
舞香は天井を仰ぐが、もう遅かった。
次回に続きます。




