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時の扉  作者: 黒糖パン
14/30

未来

「えっ……私……?」

 素っ頓狂な声が漏れる。それもそのはずだった。舞香の目線の先には、チェックの赤スカートに紺色カーディガンを羽織った、今の舞香とまったく同じ格好の舞香がいるのだ。

(どういうこと……?)

 目線の先の舞香の目の前には、包帯をぐるぐる巻きにした男がいた。久藤だ。

 西部劇でよく見かける回転草のように、二人の間に風に吹かれた紙が舞う。

 妙な静寂が漂っていた。どちらも、相手の出方を窺がっている。

 先に動いたのは舞香だった。

 地面を蹴って加速した舞香は久藤との距離を一瞬で縮め、久藤に斬撃。後退でかわした久藤に向かって続いて舞香はもう片方の刀を突き刺す。だが、久藤はそれを読んでいたようだった。黒い刀身を持った刀の刃で舞香の刀の刃先を捕えている。

 ――久藤は、総合召喚の能力者ではなかったか?

 二人の頭上で傍観していた舞香は瞬間的にそう思うが、そんなことを深く考える暇はなかった。二人の戦闘はものすごい速度で行われている。

 舞香は一度後退し、態勢を立て直す。

 しかし、次の瞬間には、目の前に久藤が迫っていた。久藤はしゃがみこみ、舞香の視界から消えると、舞香の腹部に掌底打ち。

「かはッ」

 強制的に肺から空気が吐き出される。唾液と混じった血が地面に飛び散る。

 久藤は間髪入れずに回し蹴り。舞香は壁にぶつかり、力が抜けたようにぐったりとする。宙に舞った粉塵が、久藤の勝利を讃える紙ふぶきのように見えた。

 久藤は舞香を跨ぐように立ち、刀を舞香の左肩に突きつける。そして――

「ぐああああああッ!」

 舞香の悲鳴が晴天の空に響き渡る。

 久藤は舞香の悲鳴を喜ぶように、刀をぐるりと回す。表情が見えないだけに、さらに恐怖が増していた。

 肉が斬りぬかれた肩から大量の血が流れ出す。

「痛い……痛い……の。……助けて……」

 時の守り人、舞香が選んだのは命乞いだった。少女のか細い声が久藤の耳にも流れる。

 だが、久藤はやめなかった。

 今度は、足に刀を突き刺す。

 ほとばしる血液と共に、舞香の身体が弓のようにしなる。

「あぁ……あぁ……」

 もうすでに舞香は言葉と言えない言葉しか言えなくなっていた。

 久藤は何度も舞香の足を突き刺す。神経が切れ、肉が抉り出される音が聞こえた気がした。

「君は弱い。それが敗因だよ」

 そう言って、舞香の頭部に刃先を照準した直後、久藤は足に違和感を覚えた。

 ゆっくりと目線を落とす。

 そこ――久藤の足首には、桜色の刀が突き刺さっていた。刀に沿って、目線を上げていく。

「おま……え」

 驚愕の声が漏れる。

 舞香は、笑っていた。極限状態になって尚、微笑んでいた。

 そして、次の瞬間、舞香は生存していた片方の足で久藤に足かけ。態勢を崩した瞬間に、立ち上がる。そして、片足で地面を上に蹴って久藤の頭上で捻転。久藤の後ろに回ると、桜斬で斬撃を振るう。舞香の今の動きは、まるで舞っているかのようだった。この状況にまったく似合わない言葉だが、優雅という言葉が一番当てはまったと思う。

 刹那、久藤が身を引いたため、斬撃は不発に終わる。だが、諦めない。

 舞香は足がどうなろうとかまわず、一歩踏み込む。直後、肌を焼くような激痛。それでも、桜斬が久藤に届くようにと必死で歩を進めた。

 視界が霞もうが、構いはしない。ただ、最後の一撃を決めるためだけに舞香の足は動いていた。

 しかし、久藤が遠ざかっていく。――比喩ではない。本当に遠ざかっているのだ。それも、舞香の歩の速度に合わせて。

 久藤が後退しながら忍び笑いを漏らす。

 舞香で遊んでいた。絶対に届かないとわかっていながら、あえてとどめを刺さず、舞香を娯楽として扱っていた。

 ――許せない。

 だけど、舞香にはどうすることもできなかった。

 どれだけ痛みを我慢しようと、久藤との距離が縮むことはなかった。

 そして――

 舞香の身体が傾く。もう、限界だった。

 久藤は足を止めると、ゆっくりと倒れていく舞香を傍観。そして、倒れた舞香を蹴り上げ、再び壁にぶつける。衝撃を受けた舞香は、しかしぴくりとも動くことはなかった。まるで、ゴミ捨て場に捨てられるゴミのような有様だった。

 申し訳なさそうに血が地面に血だまりを作っていた。

 赤いスカートが、さらに色濃く綺麗に染まっていく。

 紺色のカーディガンは、舞香を象徴するようにぼろぼろだった。

 純白の舞香の肌がさらに白くなっていく。

 天使を呼んでいるのか、鳥が鳴いていた。

 冷たい風が舞香を撫でる。

 温かい太陽が舞香を包む。

 最期――久藤は舞香の心臓に刀を突き刺した。

青く澄んだ空の下、舞香はこの世のものではなくなった。



「いや……いや……嘘……でしょ?」

傍観しかすることができなかった舞香は、顔を歪ませ、(すす)り泣いていた。

 何が起こっていたのかわからなかった。だけど、自分が死んだということは理解できた。

 今の舞香の肢体はしっかりと存在している。

 つまり、今死んだ舞香は、未来の舞香。

 いつかの久藤との戦闘で、舞香は死んでしまう。

「舞香ちゃん。大丈夫……?」

 京一が心配して舞香の背中を擦ってくれるが、それでも涙は消えてくれなかった。

 大丈夫なわけがない。だって、自分が死んだところを見てしまったのだ。

 これが逃れられようのない未来の事象なのだとしたら、もう舞香に希望はなかった。

 これからは、死ぬために生きることになる。

 死ぬのは怖いかもしれない。死ぬのは痛いかもしれない。

 でも、案外楽しいのかもしれない。本当に天国というものがあって、死後の世界で現世みたいに暮らせるのかもしれない。

(ねえ……未来の私、どうだった?)


少し、話が進みました。

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