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時の扉  作者: 黒糖パン
13/30

見たものは・・・・・・

 京一の蹴りが舞香の頬の真横を通過。舞香は瞬間的にその足首を掴み、捻る。バランスを崩した京一は地面に叩き付けられる――はずだったが、さすがの反射神経で手を地面につき、それをばねにして前方転回。舞香が手を蹴られた反動を受けている内に態勢を立て直し、懐に入り込んでくる。だが、舞香の反応も負けていない。獲物を待ち構える蜘蛛のように、創造した桜斬が京一の喉元に添えられている。寸でのところで止まった京一はバク転を繰り返し、距離を取る。すると、舞香は創造した刀を投擲。京一の腕を擦過し、壁に突き刺さる。さすがの京一も予想外だったらしく、目を丸くしていた。

「本気で殺す気じゃん!」

 修行で生命の危険を感じた京一がわめく。本当に危険すぎて、マゾヒズムも発動できないらしい。

「本気でしないと、修行になりませんから」

 熟練の人っぽい発言をした舞香は、桜斬を構える。桜色の刀身が証明に当てられて反射。次の瞬間、両者は駆け出していた。

 二人の距離が残り数メートルになった時、京一は地面を蹴って舞香の上を通過。舞香は咄嗟に振り返るが、もうすでに京一は目の前にいて、桜斬を持っている手が押さえられ、首元に手刀が用意されていた。

 身動きが取れない。舞香の負けだ。

 ――だが

 舞香はにやっと笑う。

 悪寒を感じた京一は拘束を解き、咄嗟に後退。直後、京一がさっきまでいた場所に銅剣が突き刺さる。舞香が京一の頭上に創造したのだ。

 二人の視線に火花が散る。

「はい! そこまでです!」

 再び駆け出そうとした時、ヒトミカの言葉が二人の動きを封じた。

「これ以上は危険と判断しました。なので、強制終了です」

 舞香と京一は子供のように唇を尖らせるが、考えてみればこれで大怪我をさせてしまえば本末転倒だった。少し熱くなりすぎていたかもしれない。

 舞香は壁に備え付けられた椅子に腰を下ろし、スポーツドリンクで喉を潤す。

「舞香さんかなり能力の使い方が上手くなりましたね。すごいです」

 ヒトミカは舞香を褒める。だが、舞香はまだ忘れていない。数時間前に、メイド喫茶でヒトミカに馬鹿にされたことを。

 そこで舞香は妙案を思いつく。

「ヒトミカちゃん、私と戦ってみる?」

 上から目線の発言だった。だが、そんなことはどうでもいい。とにかく、ヒトミカに仕返しができればいいのだ。

「いいですよ」

 挑発されたヒトミカは、しかし余裕の表情を見せていた。

 舞香とヒトミカの間に火花が散る。

 舞香とヒトミカは一定の距離を取る。

「よーい……」

 創時の合図が始まる。

 緊張感が高まる。

「あっ、俺トイレ行ってくるわ」

 京一の間抜けな声が、張りつめた空気に響く。

 こてっと三人とも見事に態勢を崩していた。

 みんなで京一を睨みつける。

 勝手に行って来い。そして、排水溝に流されてください。

 睨まれているにもかかわらず、にこっと笑った京一は、地下室の隅にあるトイレに入っていった。

 三人とも、嫌悪の目で閉まったトイレの扉を見る。

 この空気をどうしてくれるのか。

 そう訴えても、扉は何も返事してくれなかった。

「「「はあ……」」」

 三人同時に溜め息を吐く。

 舞香は深呼吸して、集中力を高める。

「さっ、気を取り直して……」

 やっと、創時が取り繕ってくれる。

「よーい……スタート」

 合図と共に、舞香は地面を駆けていた。桜斬を創造。目の前のヒトミカを斬りつける。しかし、すでにそこにはヒトミカはいなかった。背後に気配を感じ、振り返りながら後退。案の定、ヒトミカは空間(アルター)変更(ゾーン)で舞香の背後に移動していた。

――背後に充分注意しておかなければならない。

 そう思って舞香はヒトミカを見据える――が、すでにヒトミカは消えていた。

 ――来た。

 舞香は素早い動きで桜斬を逆手に持ち替え、後ろも見ずに突き刺す。

 だが、何も感触がしない。

ゆっくりと振り返ると、そこには誰もいなかった。

「えっ……」

 舞香が驚きの声を漏らした直後、舞香の耳に温かい空気が吹きかけられる。

 全身が総毛立つ。

 再び振り返ると、そこには不敵に笑うヒトミカがいた。

「私の勝ちですね」

 ヒトミカは勝ち誇ったようにそう言う。

 そこでやっと、ヒトミカに息を吹きかけられたのだと気付く。

 早すぎる。まったく動きについていけなかった。

 やはり、ヒトミカに戦いを挑むのは無謀だったか。もし、ヒトミカが敵で、今が実際の戦闘だったら、舞香は何もわからないまま首を切断されていただろう。そう考えて、寒気がした。

「ヒトミカちゃんには誰も勝てないって」

 創時の言う通りだ。ヒトミカには誰も勝てない。それこそ、同じ能力者がいない限り……。

 その時――

 タトゥーが疼く。

そして、脳に言葉が直接流れこんでくる。


 ――一年前、二〇三二年十二月十九日、二時

 ――佐倉町、佐倉駅付近にて、侵入者二人を感知。

 ――ただちに向かってください。繰り返します……


 この時間はッ!

 授業中やバイト中に何度か召集はあったが、その度に舞香は、この日付でないことを祈っていた。久藤に、もう諦めてほしかったのだ。

 それなのに――

「召集ですね。行きましょうか」

 ヒトミカは冷静だった。まあ、ヒトミカにはこの日付などただの休日でしかないのだ。いや、そもそもこの日のことを憶えていないか……。

 舞香の心臓が高鳴る。心なしか空気が薄くなった気がした。

「召集だ! みんな急げ!」

 トイレから出てきた京一が叫ぶ。

 すると、なぜか舞香とヒトミカの顔がみるみる内に赤くなっていく。

 それもそのはず。なぜなら、京一の下に視線を向けると、ボーダーのパンツが見えるのだ。

 つまり――

「ズボンを穿けぇ!」

 創時が激怒する。舞香とヒトミカの悲鳴が地下室に響く。

 でも、舞香の気持ちは、今ので少し誤魔化されたかもしれなかった。



 眼下の川は、太陽の光を反射し、きらきらと輝いていた。透き通る水の中に小魚が泳いでいるのがこの距離からでも見ることができた。

 目を移す。

 相変わらずの純白ワンピース姿の少女は何やら思考しているようだった。難しそうな顔をしている。

 舞香とほとんど体格が変わらない華奢な身体の少年は、ジャンプをしたり屈伸したりして、準備運動していた。

 眼鏡をかけたイケメンは、屋根の端に立ってゆらゆらと揺れ、落ちるか落ちないかという命の駆け引きをしていた。なんでも、落ちそうになった時が快感らしい。落ちればいいのに。

「二手にわかれましょう」

 ヒトミカはやっと難しい顔をやめる。どうやら、打開策を思いついたらしい。ヒトミカの心情を表すように風がヒトミカの金髪をはためかせていった。

「おっけ。……結構離れてるの?」

 準備運動を途中でとめて、創時が訊ねる。

「うーん。そこまで離れているわけではないんですが、最善を尽くしての二手作戦ですね。ペアはどうします?」

 ヒトミカの言葉に、命の駆け引きを途中で中断した京一が即座に反応する。

「俺と舞香ちゃんで」

「えっ……」

 嫌だった。だって、こんな変態と行動するなど、人生の汚点でしかない。

 舞香は否定するために口を開こうとするが、それよりコンマ一秒早く――

「了解です! いいですね! 創時さんとデートですね」

 ヒトミカが反応した。満面の笑みを讃えている。……デートではないと思うのだが。

「早く行こう! ちょっと時間かけすぎたね」

 創時は、ペアなんてどうでもよかったらしい。創時が批判してくれなかったことに少しショックを受けたが、創時は仕事に私情を挟まんとしているのだろう。守り人の鏡だった。創時の言う通り、急がなければならない。

 ……しかし、考えてみれば、侵入者が二人ということは久藤だけではないということだ。では、もう一人は……?

「じゃあ後で」

 創時はそう言い残して、ヒトミカの空間(アルター)変更(ゾーン)で消える。

「じゃあ行こうか」

 京一の言葉を聞いた直後、おかしな話だが、舞香は狂気を感じた。

 太陽が雲に隠れて京一の顔が暗くなる。その瞬間、京一が不敵に微笑んだ気がした。

 再び太陽が現れ、辺りが明るくなる。その時の京一の顔は、にやにやしているだけだった。やはり、気のせいだったのかもしれない。

 狂気の正体が何だったのかわからない。今舞香にわかっているのは、京一が舞香を舐め回すように見てくるので気持ち悪いということだけだった。

 舞香と京一は屋根を飛び越え――最初は家と家の間を飛び越えるのは怖かったが、だんだん慣れた――目的地に向かう。

 ヒトミカに教えてもらった目的地は、一年前の事件現場のすぐ近くだった。ついに久藤が過去改変を起こそうとしているのかもしれない。

 舞香は地面を蹴る足にいっそうの力を込める。

 ――そうなのであれば、絶対に阻止しなければならない。過去改変は、様々な矛盾をこの世に引き起こしてしまうのだから。

 横目で京一を見ると、案外真剣な表情をしていた。やはり、守り人なのだと改めて感じる。

 そこで、舞香は京一が自分の速度に合わせていることに気付いて、少しいらっとする。変態なら、最後まで変態を貫いてほしかった。妙に紳士ぶりを見せられても、困るだけだ。

 そうこうしている内に、目的地に着く。

 舞香は赤煉瓦の屋根の上から下を覗く。正面に大手のコーヒーショップが見えた。おそらくあれが、久藤が言っていたコーヒーショップだ。そして、この道のこの場所が――

 とにかく、久藤を捜さなければならない。舞香は周りを見回すが、屋根の上には自分と京一以外誰もいない。どうやら、久藤は地上にいるらしい。

 地上に降りるために建物の裏に行こうと踵を返した時だった。

「舞香に似合うピアス見つかるかな?」

 ふと自分の名前が聞こえ、舞香は足を止める。

 舞香は今の声に聞き覚えがあった。というより、忘れるわけがない。この声は、舞香の母親――菜穂の声だ。

 ……ピアス?

 舞香は驚きの余り首を動かすことができない。身体もなぜか硬直していた。

「うーん。……今日は見つかるといいですね」

 若い男の声だった。

 舞香の胸は苦しくなる。ぎゅっと締め付けてくる。その場に座りこんで耳を塞ぎたかった。だが、やはり身体は動かない。

 おそらく、今の男の声が、菜穂の恋人だろう。

 ふいに舞香は目尻が熱くなるのを感じる。温かい液体が頬を伝う。拭いたいのに、身体はそれを許さなかった。

「それより、最近、舞香ちゃんと口聞いてないらしいじゃないですか。お母さんから聞きましたよ。……何かあったんですか?」

 男の口調は、とても心配そうなものだった。……お母さん?

「うん。……まあ、舞香も年頃だしねえ。舞香の中でいろいろあるんじゃない?」

 ……ん? 何かがおかしい。まさか、自分が原因だとわかっていないのか?

 いや、違う。……何かが違う。

「そうですか。……まっ、帰ったら、プレゼント渡して、しっかり話ししてはどうですか?」

「うん。そうする!」

 会話が途切れる。

 舞香はごちゃごちゃになっている頭を整理しようと挑戦しては失敗する。

 まったくどういう意味なのか理解できない。口を聞いていない? それはもちろん、この二人が原因じゃないか。わからないはずはない。だって、勝手に子供をつくっているのだ。それに非を感じないわけはなかった。舞香の様子がおかしければ、まずそれを疑うはずだ。だが、この二人はそれを疑わない。ということは、これが意味するのは……。

「今日もわざわざおばちゃんのために予定空けてくれてあり――」

 菜穂の言葉が途切れる。

 直後、空に響く男の怒鳴り声。

 音が聞こえたわけではない。だが、舞香には確かに聞こえた。人が殴られる音。斬られる音。そして、死んだ音。

 悲しくない。辛くない。

 だけど、舞香の目からは未だに涙が流れ続けていた。

 女性の悲鳴が響く。

 舞香には、なぜかその声が舞香を呼ぶ声に聞こえた。

 硬直からやっと解放される。だけど、どうしても舞香は後ろを振り向く気にはなれなかった。

「舞香ちゃん。今ヒトミカちゃんから連絡あって、侵入者の場所が移動してるって。だから、移動するよ」

 ほんの数分前に聞いたばかりの京一の声がどこか懐かしく感じる。

 舞香が泣いていることに京一は触れなかった。もしかしたら、京一は気を遣ってくれているのかもしれない。本当に、変なところで紳士だ。

 舞香は、涙を拭い、頷く。

「いやあ、それにしても美人の涙はいいねえ」

 やっぱり取り消しだ。京一を紳士だと思った舞香が馬鹿だった。

 でも、京一のセクハラも今はなんだか笑える気がした。

 舞香は京一の後を追って、屋根を飛び越えていく。赤白青……。屋根の色が目まぐるしく変わっていく。どんどんと駅から離れていく。一体侵入者は何がしたいのだろうか?

 何分か経った後、六階建てのビルの前で京一は足を止める。

「飛び乗るよ」

 京一の目線に従って舞香も見上げるが、二階建ての民家から五階に飛び移るというのは、いささか無理があった。

「無理だよ」

 舞香は正直に言うが、京一は聞く耳を持たなかった。

 京一は突然舞香の腰と太ももに手を当て、舞香を持ち上げる。いわゆる、お姫様抱っこの態勢。女の子なら誰もが憧れるものだが、相手が相手だった。目を上げると、思いのほか近くの京一の顔がある。……やはりイケメンなので舞香は頬を染めそうになるが、すぐに目線を外し、思考を断ち切る。相手はあの変態ドマゾだ。何をときめいているのだろう。

 京一は地面を蹴り、ものすごいスピードで上昇する。さすがの能力向上。一般人と比べ物にならない運動神経だった。いや、そもそも今の状況を運動神経で片付けていいものなのかもわからない。

 すぐにビルの屋上より数メートル上空に着き、重力に従って落下。多少の浮遊感はあったものの、すぐに地面に着地する。

 京一はゆっくりと舞香を下ろす。今のお姫様抱っこについては、後で金を請求することにしよう。

「ねえ、舞香ちゃん。あれ……」

 間抜けな声が聞こえてくる。京一は、今着地したところと反対側から下を覗いていた。

 そこに行き、目を向ける。

 横にはここより一階低いだけのビルが建っていた。そして、京一が目を向けているのはその屋上だ。

 屋上にいたのは……


物語が動きます。まだ「承」の部分ですが。

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