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時の扉  作者: 黒糖パン
10/30

桜斬と召集

  *


 十二月六日。

(やめれなかった……)

 メイド喫茶の裏口から外に出た舞香は、冷たい外気に触れると同時に落胆していた。というのも、さきほどバイトが終わり、店長にバイトを辞めたいということを伝えたのだが、土下座までして止められたのだ。さすがに断わることができず、結局今月いっぱいは働くこととなった。そして、舞香が休みたい時に休んでいいそうだ(日曜日以外)。

 携帯端末で時刻を確認すると、午後十時。今日はまかないがあったためお腹は空いていないが、それでもこの飲食街は舞香の天敵だった。

「あれ? 舞香ちゃん? バイト終わったの?」

 その声に舞香は振り返る。いつかとデジャブしていたが、決定的な何かが違っていた。

 振り返った先にいたのは、理系イケメンの京一だった。

嫌な人と会ってしまった。

 舞香は、聞かなかった――見なかったことにして、前を向いて歩いて行こうとしたが、気付いた時にはもう、京一が横に歩いていた。周りの人から好意の目が向けられる。そのことが、とても遺憾で屈辱的だった。

「舞香ちゃんのその態度も嫌いじゃないね。ぺろぺろ」

 舞香は京一との距離を少し取るが、すぐに京一が詰めてくる。

「嫌な顔した舞香ちゃんも嫌いじゃないねえ。ぺろぺろ」

「死ね」

 舞香は笑顔でそう言う。おっと、本音が出てしまった。

 だが――

「もっと言って。ぺろぺろ」

 もう逃げたい。それと、さっきからぺろぺろうるさいから。気持ち悪いから。とりあえず、滅亡してください。

 舞香の願いを伝えても、きっと京一は喜ぶだけだろう。

「京一は? どうしてここに?」

「ああ、大学の帰り。ついでに何か食べたいなあって思って。お腹空いてないけど」

 京一と考えが近かったことに舞香は絶望する。もう、滅亡したい。

 ……ん? 大学? 今、大学と言ったか?

 それはつまり……

「えっ……京一って、大学生だったの?」

「そうだよ」

 何を今更、といった風に京一は言う。

 まさか、京一が年上だとは思っていなかった。創時が普通にため口で話していたから、舞香はてっきり同じ歳だと思っていたのだ。

 舞香の中に小さな衝撃が走っていた。……だが、よく見れば同じ歳とは思えないほどに背は高いし、顔立ちが整っていた。大人の男と言った感じだ。もちろん、見た目は、だが。

「何を学んでるの?」

 別に興味はないのだが、社交辞令として舞香は訊く。

「未来学」

 聞いたことのない学問だった。

 舞香の顔がきょとんとしていたからか、京一は詳しく説明してくれる。

「歴史を踏まえて、未来がどう変わっていくかを予測する学問だよ。簡単に言うとね。……まあ、教授には落ちこぼれって言われてるけど」

 珍しく、京一は自嘲気味に微笑む。こんな人間にも、普通の部分があるんだ。と思ってしまったのは、失礼だろうか。……まあいいか。京一だし。

「ふうん。そっか……」

 まさか、京一の話していてこんな気まずい雰囲気になるとは思わなかった。

 どうやら京一もそう感じているようだった。この雰囲気を壊すために、またセクハラが来るのだろうな。と予測していたが、全然違った。

「そういえば、舞香ちゃんってお母さんのことを恨んでるんだよね? どうして?」

 内心、舞香は驚いていた。まさか京一の口からそんな真面目な質問が出るとは思わなかったのだ。創時が話したのだろか。だとしたら、少しショックだった。だって、二人だけの秘密として留めておいてほしかったから。

 舞香は、話していいものか逡巡する。別に京一に話すことを嫌がっているのではなく、思い出すのが嫌なのだ。

「うん。まあね。……お母さんに裏切られたの」

「裏切られた?」

 うやむやにしようと思っていたが、思いのほか京一は深く切り込んでくる。

 舞香は、自分に支障が出ない程度に少しだけ話すことにした。

「浮気したお父さんを私とお母さんは恨んでたのに、お母さんも実は浮気してて、その間には子供までいた……」

 舞香はショッピングセンターで見た、母親と見ず知らずの男、そして二人の間にいた子供のことを思い出してしまう。瞬間、思考を支配しようとしていた怒りを舞香は押し付け、黙らせる。

「そっか。なんかごめん。辛い思いさせて」

 なんだか、京一に謝られるのは気持ち悪かった。今の京一は、普段の京一とは少し違う気がいした。

 飲食街を抜け、住宅街に入る。ところどころ街灯はあるが、やはり暗いところでは、背後に恐怖を覚えてしまう。……まあ今は、京一が隣にいるので安心(?)なのだが。

「でも……さ」

 夜空を見上げながら京一がそう言う。

「舞香ちゃんはそれでいいの? 本当は、助けたいって思ってないの?」

「何を言っているの?」

 京一は、時の守り人のはずだ。それなのに、こんなことを言うのはおかしい。今日の京一は、やはりどこかおかしかった。

「もちろん、俺がそんなことを言うのはおかしいってのはわかってるよ? でも、今はそんなことを言ってるんじゃない。時の守り人のことは置いておいて、舞香ちゃんが本当はどう思っているのか、だよ」

 眼鏡の奥の京一の目があまりに真剣で、舞香は真剣に考えざるをえなかった。

 確かに、自分を生んでくれた母親は大事だ。失ったら、取り戻したいだろう。

 だが、舞香はその思いを踏み潰されるほどの裏切りを味わった。きっと、この裏切りは、謝られようとも許すことができないだろう。それくらい、深く舞香は傷ついたのだ。

 だから――

「助けたいと思ってないよ。……もう死んじゃったしね。そっとしておいてあげようと思う」

 舞香は、自分で言ってから、酷く冷たい言葉だと思った。

「舞香ちゃんは、自分のことを疑わないんだね」

 京一が呟く。

 自分のことを疑う? 一体何を言っているのだろうか?

 訊こうと思ったが、先に京一が口を開く。

「さっ、今からヒトミカちゃんのところに行って、修行するよ」

 突然、いつものような陽気な口調に戻る。

「今から?」

「そう」

 本当は、帰った後銭湯に行ってリフレッシュしたいところだったが、修行となれば断るわけにはいかなかった。

「……もしかして、そのために私のところに来たの?」

 京一の言葉があまりにも脈絡がなかったため、そうとしか思えなかった。

 だが京一は、上を向いて「さあねえ」ととぼけるだけだった。

 舞香も上を向く。

 夜天の星は雲に隠れてしまっていて、あまりよく見えなかった。



 舞香は一心不乱に刀を振る。だが、その全てを創時は余裕でかわしていた。

 縦に切ろうと、横に薙ぎ払おうと、突き刺そうと、創時に数ミリ届かない。少しタイミングをずらしてみるが、創時は余裕の表情で避ける。

(もう! なんで当たらないのよぉ)

 豪邸、ヒトミカ家の広大な地下室の道場で創時と戦うこと三十分。もうすでに、舞香の体力に限界が近づいていた。

 だが、だんだん刀の使い方に慣れてきたのはわかった。刀も以外と軽いので、手がそこまで疲れることもない。もちろん、三十分も振っていたら、さすがに手が痛くなってきたのだが。

「舞香は武器を出すことしかできないんだから、ちゃんと剣術を覚えないとね」

 創時は斬撃を避けながらそう言う。

 全くその通りだった。能力が発現したことに喜んでいたが、考えてみれば、武器を出すことができるだけで、相手を倒せるわけではないのだ。つまり、相手と戦うためには、武器を扱えるようにならなければいけない。

 だが――

「うぅ。ちょっと休憩」

 舞香はついに音を上げた。刀への意識をやめると、刀は刀身のほうから消えていく。また出現を意識すれば、刀が出てくるというわけだ。

「おっけ」

 それに対して、創時はまったく息が上がっていない。

 舞香と創時は壁に備え付けられている椅子に腰を下ろす。冬だというのに、ここまで汗をかいたのは初めてだった。

 舞香は椅子に置いておいたスポーツドリンクを飲む。

「あっ、それさっき俺が飲んだやつだから」

 向かい側の壁の椅子に座る京一が言う。その口調は、まるで今思い出したかのようだった。

「えっ……」

 言葉の意味を理解するのに、なぜか数秒かかった。そして、理解した途端に口の中が痒くなってくる。アレルギーだ。これはきっと、アレルギーだ。吐き出そうとしても、もう液体は胃に到達していた。

(死にたい……)

 本気でそう思う。

「嘘だけど」

 だと思った。それでも舞香は騙されてしまう。騙されやすい性格なのだろうか?

「京一、お前の変態っぷりにはほとほと呆れるよ。ヒトミカちゃんに手を出して、御用になったりするなよ?」

 創時は心底呆れているようだった。

「大丈夫だよ。俺は変態だけど、創時みたいにロリコンじゃないから」

「えっ、創時さんロリコンなんですかッ」

 創時の横に座っているヒトミカの目が輝く。

「俺はロリコンじゃねえ!」

 創時は声を荒げる。

「じゃあ、舞コン?」

 京一が言う。

 マイコン……なんだろうそれは?

「ち、ちげえわ! ンなわけないだろ」

 なぜか創時は慌てていた。頬も幾分か赤く見える。どうやら、創時には『舞コン』の意味がわかっているようだ。

 創時は何かを誤魔化すようにペットボトルのスポーツドリンクを飲み干す。

「まあまあ、舞コン創時。そう慌てるなって」

 いつの間にか、新語が誕生していた。

「その呼び方やめろ。本気で怒るぞ」

 創時の声がマジだったので、京一がそれ以上何か言うことはなかった――というのが間違いだった。

「いいね。怒って。罵って」

 本気でやばい。

 もう、聞かなかったことにしよう。

「舞香さん。ちょっといいですか?」

 創時越しにヒトミカがそう言う。

「うん。……なに?」

 ヒトミカが取り出したのは、何かの本だった。創時を通して舞香に渡される。表紙には『武器図鑑』と書かれていた。目次を開いてみると、刀や剣だけでなく、銃やボウガンなど様々な武器が紹介されていた。中には、空想のものまである。

「それで勉強してください。役に立つ時がくるかもしれません」

 正直、目を背けたかった。だって、武器を見ていると、それで相手をどう傷つけるのか、とかを想像してしまうからだ。その度に痛ましい気分になる。

 ――だが、それを克服しなければならない。

 舞香はもう一度本に目を向ける。数ページめくっていくと、妙に舞香の目を惹くものがあった。桜色の刀身を持つ刀だ。その刀は、人を引き付ける美しさを持っていた。

桜斬(さくらきり)……」

 舞香はその刀の名前を呟く。

 一目惚れだった。

 もう心は決まっていた。

 舞香は立ち上がり、心の中で「桜斬」と呼びかける。

 直後、舞香の右掌に細長い青白い光が現れ、やがて収まる。光が消えると共に現れたのは、桜色の刀身を持つ刀――桜斬だ。

「私、これからこの、桜斬を使うね」

 舞香は、突如現れた刀に驚いていた三人にそう言う。何も言わなかったのは、まずかっただろうか?

 舞香は桜斬を数回振る。桜斬は舞香の手にしっかりと馴染んでいた。これは運命なのかもしれない。

「綺麗ですね。いいと思います」

 ヒトミカがそう言ってくれる。

「いいと思うよ」

 創時がそう言ってくれる。

「綺麗だよ。舞香ちゃん」

 京一がそう言ってくれる。……んん? これはセクハラか? セクハラなのか?

 まあ、気にしないことにする。気にしたら負けだ。

 舞香はもう一度桜色の刀身を見る。その美しさは、何度見ても見惚れるものだった。

 ――そうして、舞香は新たな仲間(武器)を手に入れた。



 舞香は帰路に着いていた。冷たい風が吹いているのに、服が汗ばんでいるのがわかる。今日は、お風呂に入らないといけないだろう。舞香は時刻を確認する。一時〇分。ジ・エンドだった。もう、舞香の人生は終わった。

 絶望感に駆られ、舞香は現実逃避するように上を向く。

 夜天には、ところどころに星が見られた。もう少し周りの明かりがなければ、もっと星が見えることだろう。……天体観測している場合ではない。とりあえず、今日のお風呂をどうするか考えるんだ。

 ――ッ。

 その時だった。

 左鎖骨のタトゥーが疼き、舞香の頭に言葉が流れる。


 ――一年前、二〇三二年十二月十九日、二時五十五分

 ――佐倉町、緑ヶ丘遊園地にて、侵入者一人を感知。

 ――ただちに向かってください。繰り返します……


 また遊園地……。

そんなことを考える間もなく、舞香は驚愕していた。自然と、足が止まる。

脳内で、今流れた言葉を反芻させる。二〇三二年十二月十九日……。

 間違いない。この日付は、舞香の母親が殺された事件の日付じゃないか。それに、時間もだいたいそのくらいの時間だったはずだ。

 しかし、舞香は行くことを躊躇していた。だって、裏切られたことを鮮明に思い出してしまうかもしれないのだ。

もちろん、絶対に召集に従わないといけないわけではない。このまま疼きが消えるまで待って、気楽に家に帰ればいいのだ。家に帰ったら、創時に連絡して、お風呂に入れてもらおう。……だけど、創時はきっといないだろう。連絡しても、きっと返信は来ない……。

 突然携帯端末が鳴る。基本的に突然鳴るものだが、今の舞香にそんな単純なことわからなかった。だって、創時からの電話だったのだ。

「もしもし……」

 舞香は電話に出る。

『もしもし、舞香。これ、舞香を捕まえた時の召集とまったく同じ時刻だ。もしかしたら、侵入者は久藤かもしれない』

 創時の言葉が舞香の耳に突き刺さる。

 創時の言葉は続く。

『今度は絶対に久藤を止めるぞ。俺の力があれば大丈夫。心配するな』

 言葉が、舞香の心に浸透して、広がっていく。

 ――心は、決まっていた。


次回、バトルが始まります。

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