声
『声がしたからついていっただけ。
こっちだよというから、声のする方へ走った。
それは悪魔の声だった。
遠い遠いところまで、辿り着いたのは、何もないところで。
「聴こえない声がした」
それは周りを困惑させた。
警察が母親に連絡をして、岐阜から東京へ戻った。
「幻の声」がここまで来させてしまった。
「この声はどこから聞こえますか」
道ゆく人にきいても、知らない顔をされる。
幻との追いかけっこが終わらない。
人混みの東京。
喫茶店にいると声がした。
もう、そいつの正体は、わかっている。
その声は自分の脳からきこえたものだった。
脳の中に潜むのは悪魔の声。ざわめきの中にいると、でてくる。
あいつらが俺を苦しめる。
悪口がきこえる。』
「薬を飲めば治るのだろうか」
俺は飲みたくなかった。
体が硬直し動かなくなる。
怠くもなる、何も出来なくなる。
病院なんか嫌いだ。
俺はただ疲れただけなんだ。
ふとよぎる。
舞の声だ。
舞は、どこへいったんだ。
もう何年もいない。
なのに、舞の声が俺を狂わせる。
「ヒロ、私のこと覚えてる?」
やめてくれ。舞は同級生のだれにきいても皆、どこにいるかわからないという。連絡がつかないと、いう。携帯は、鳴るのに。
初恋の人が、舞だった。
舞はおとなしく、白い肌に黒目がちな瞳。美人だった。クラスの男子とはほぼ話さず、幼馴染の俺とは学校の外で話した。
舞を、俺の中で、消そうとした。
連絡がつかなくなって、たまに夢にでてきて、学生時代の嫌な思い出を蒸し返す。うまくいかなかった学園祭や、友人関係。
俺の中から舞は消えた。
消そうとすればなんとかなる。
会えない、連絡もとれない、その状況で、時間はかかったものの、消すことは容易いものだと、思った。
舞の存在を消す。その方法は、いないものだと、思い込む。ただ、それだけだったが。
俺の思い出にこべりついて離れない。記憶が改ざんされることはない。綺麗なものにすり替わることはあっても、過去の出来事は変更がきくわけない。
舞の声だ。
布団の中で舞の声がした。
どこからするのかわからない。
周りを見渡しても見つからない。
探している。
声の方向。
右でも左でもない。
俺の頭が狂っただけだ、舞の声なんかしないはずだ。
それからずっと舞の声がしては心の中で会話をしようと試みた。
それでも会話はできなかった。一方的な言葉。非難の声や、悲しみの声。
それが毎日聞こえるものだから、本当に俺は狂ったんだと思った。
舞の好きなパン。
舞の好きな花。
一緒にいった航空公園。
桜をバックに舞を写真に撮ろうとしたら怒られたこともあった。
舞を好きだと思ったのは駅前にあった証明写真の小さな空間の中の出来事で。
とても狭かった。
俺は体が小さかったため座れた。
あのとき、打ち明けた話。
舞の、悲しかった、の言葉。
それからだった。
俺と舞が、幼馴染だった関係から、少し変わっていった。
舞を消したことを舞は怒ってるだろうか。
「ヒロはあのとき言った言葉に責任を持てない」
謝れば済む話だったらいいのに。
もう、終わらない、悪夢。
繰り返して繰り返してふりだしに戻る。終わりのない映画の中に入ったようだ。
これは嘘だ。舞はそう言ってくれない。
声が止まらない。
俺を非難する。
何度も舞を傷つけた。
俺が自分の弱さを吐き出して、それを受け入れてくれたのが舞。
どこにもいない舞が俺の妄想から現れて。
悪魔は舞だったのか。
違う。
悪夢を見ているのは誰だ。
ここから抜け出したくて、
ずるずるとひきずって、
リピートする電子音が
聞こえた
朝
朝を伝えたのは
そこに在った
目覚まし
朝なのに
夜が終わっても
舞が消えない
罪悪感なのか
なんだ
目を開けて
みえたのは灰皿と
缶コーヒーと
上をみたら
天井の白
舞
舞はどこにいきたい?
消してしまったことを
許してくれ
死んだのか生きてるのか知らないのに
暑い
真夏の朝が
寝苦しかったようだ
汗をかいた
リピートする電子音
ピー
ピー
ピー
とめないと
もう、いい
もう、いいよ、うるさい。
舞。舞。