殺したい少女と殺されたいおじいさん 第八走者
老人に一方的な約束を取り付けた後、足早にその場を去った。家に着くと、何も言わず自室にこもる。
少女はベッドの上で先ほど交わした約束と老人を思い返していた。少女の胸にはある不安あったからだ。自身が蒔いた種が芽を出さず、そのままであったら。自身は老人を殺してあげられるであろうかということだった。
老人が生きるという意思が生まれて殺されてくれるなら良し。
生きるという意思が生まれて、死を思いとどまり約束を反故にしても、別に構いはしない。
約束を取り付けた後の老人の瞳は僅かに変化したが、一週間という猶予の中で人の思考は移り変わる。一週間の中で老人が何の変化もないままであったなら。あの虚ろな目で殺す価値もない老人のままでいたのならどうしよう、という考えが一晩少女の中にひしめいた。それだけが少女の心を暗くさせていた。
朝日を迎え、少女はある考えをひらめいた。
割り切ってしまえばいい、これは予行演習だと。
自身が虫や動物などでは満足できないことを知っている。自身の欲望が周りの人や自身を飲み込み、いずれは人を殺す。
その時のための予行演習。
何を気負うことがあろうか。
老人が死にたいというなら殺せばいい。
自身が殺す人のための練習台として老人を踏み台にすればいい。
そう考えると、少女はひどく気分が楽になったのを感じた。
先刻までの不安は露と消え失せ、思考に余裕ができると、老人が自身の初めてとなるかもしれないことに気づく。だがそこに自身が人殺しになるという普通の人間であれば忌避すべき感情は微塵もない。このような機会はめったにないのだから、殺すのならしっかりと殺さねば、と心に誓った。
腹部にゆっくりと指先を這わせて撫ぜる。老人の次に殺す人を夢想し、少女の唇から言葉が漏れ出でた。
「……女に生まれてよかった」
一週間後を思い描きながらも頭に浮かぶのは老人ではなく、溢れる未来への妄想。
―― 一週間。
それは焦がれる者にとっては非常に長い。