暗い森の追走者
「はぁ……はぁ……」
私は走っている。
薄暗い森の中を、切り開くように駆け抜ける。
(逃げなきゃ!)
立ち止まったら、殺される。
私は目的も無く、ただ前へと足を動かし続けていた。
背後から、けだものの息づかいが聞こえている。
怖い、怖い! 怖い!
さっき目の当たりにした敵の姿が、はっきりと脳内に焼き付いている。
鋭い眼光、大きな体、手につけた凶器ーー
(いやだ! 死にたくない!)
私は転びそうになりながら、必死に走り続けた。
木々の間の広い道を選び、風を切って疾走する。
距離が狭まって来たのを感じ、私は一瞬だけ振り返った。
その途端、
「わっ!」
轍に躓いた私は、前のめりに転倒していた。
咄嗟に、背中を隠して敵に顔を向ける。
私は地面に後ろ手をつけたまま、……顔を上げた。
その姿が、私の目に映る。
全身に脂ぎった体毛の生えた、身の丈2メートル程の怪物……
獲物が動かなくなったのを見て、立ち止まっていた。
もう逃げられない。
私は絶望した。
牙が覗く口からは涎を垂らし、その手には鋭い鉤爪が伸びている。
影が私を覆い、怪物がゆっくりと踏み出してくる。
(嫌……私、死にたくない……)
ガタガタと震えながら、私の目が、涙を浮かべ始める。
泥だらけの体で尻餅をついたまま、私は後ずさっていた。
けだものが、片腕を伸ばしてくる。剛毛に覆われたその腕が、私に迫る。
(……やめて……殺さないで……)
怪物の荒い呼吸と、生臭い湿った吐息が顔にかかる。
私は死を覚悟して、ぎゅっと目を瞑った。
ーーそのとき、
怪物が何か言ったのを聞いた。
「お嬢さん……。これ、落とし物ですよ」
(え?)
目を開けて見ると、そこには怪物の手に、
白い貝殻で出来た、小さなイヤリングが載っていた。
森のくまさんでした