ミスラ 4
お腹の下に木の枝を挟んで、二つ折りのような格好でミスラは身体を干していた。人形の身体は不思議だった。人の身ならば乾いた熱風を耐え難く感じたことだろうが、今のミスラにとっては、腿の裏を通って吹き寄せてくる風が心地よくて仕方がないのだった。
(このまま眠ってしまっても幸せになれそうだけど)
人形の幸せについてミスラは考えた。豪華な椅子に座り続けて、肩と帽子に積もった埃はきっちり計った三日おきに清掃されて、同じ姿勢で同じものを見続ける。夢よりもずっと鮮やかな、人間の生活をかすめ見る生活。人形のガラスの眼は小さな女の子が半人前のレディに背伸びする姿を見届ける。豪華な部屋に似あわない金属管が壁から生えているのを目撃する。夜中に起きだした女の子が金属管の蓋を開けて耳を寄せている。夜の部屋は燭台に立つ三つの蝋燭が照らしている。隙間風が吹くたびに人形と第五王女と調度品の影がダンスを踊る。夜ごと震える金属管は誰かの声を伝えてきていたものだ。くぐもった声は一つ上の幹に暮らしていた第四王女の声にとてもよく似ていた。……今日は料理長を見つけました。昨日と同じ料理を作っています。……長い髪のシェリドルンがまた同じ絨毯のほつれに足を取られました。昨日と同じ場所のほつれです。……あなたはお元気ですか? 昨日もお元気でしたね。……でも今日は姉上のお部屋が石になってしまいました。…………。
もしもミスラが生まれながらの人形で、何事もなく、前後も忘れてしまえば、いつまでも木の枝に干されて火にあぶられていても幸せになれただろう。
(ねえ。だいぶ声も乾いてきたわ)
ミスラは前転して地面におりようとして、失敗して背中から落ちた。ドレスが草の汁で染まる。布におし包まれた心臓が嫌な揺れ方をした。
(外套も丁度良いんじゃないかしら)
枝に干していた外套を取り上げて、ミスラは自らの肩に巻きつけてみた。乾いた生地は想像していたよりも重たく、煙のいがらっぽい臭いがしていて、裾は地面に引きずる格好になる。その場で一回転しなくても十分に分かることだった。
(似あわない)
諦めてもう一度脱ぐ。たたまずに丸めて、花畑に寝そべる救いのもの、キキオンのもとまで運んで行く。花畑はもうほとんど神秘の名残を失い、遠く暁の空が白みはじめてからは、本当に目をこらさなければ花弁からこぼれる光の粒子をとらえることもできないくらいだった。
(起きて)
呼ぶとキキオンは眼を開けた。花の中にうずまったまま薄くまぶたを開けている。昨晩、燃える火の前に外套を干したあと、ほとんど倒れ込む体で眠りに就いた男を、わざわざ花畑まで引きずって行ったのはミスラだ。ミスラが両足を放り出した時の姿勢そのままで、しばらくまどろんでいた男は、ようやく体を起こすと、一度小さく身震いした。甘い花の香りが濃く香る。
(おはよう)
キキオンは呼びかけを無視した。転がっていた剣帯を引き寄せ、身につけると、決然とした所作で完全に立ち上がる。薄明の空を見、火勢の弱まった第五王女の館を見、踏み荒らされた花畑を一瞥し、最後にミスラの顔にたどり着いた。ややあって、男は短くつぶやいた。
「おまえは誰だ。ここはどこだ」