シェルドゥルファトム エンディング
大樹崩壊の時、シェルドゥルファトムは自分がどうやって生き延びたのか、ほとんど記憶していなかった。ミスラに石段から突き落とされ、墜落した先がどこだったのかも分からない。追い求めてきた似姿は、手に届くほど近くにいたというのに、またシェルドゥルファトムの腕からすり抜けるように逃げ去ってしまった。
シェルドゥルファトムは胸に手をやった。もうもうとたちこめていた城の残骸の粉塵がおさまって、既にかなりの時間が経過している。城が崩れ落ちたときには地平の低い所にいた太陽も、今やシェルドゥルファトムの頭よりも高い位置から、朝と呼ぶには少し遅い光を投げかけてきている。
「ミスラ……」
陽が昇って以後幾度となく繰り返してきたつぶやきを、もう一度口にする。崩れ落ちる大樹の中で、シェルドゥルファトムは、自分が生き延びることだけは確信していたのだ。似姿を手に入れ、あの御方に触れるその日まで、死ぬはずがない。床が崩落し、遙か下層まで滑落しながら、降りそそぐ瓦礫の只中で、シェルドゥルファトムは仮面の下で薄く笑う程度には余裕を持っていたのだ。
羅針盤が方向を見失う、その時までは。
「おお、ミスラ、ミスラよ。私を置いてどこへ行ってしまわれたのです……」
瓦礫と破砕した生木の破片が散らばり、堆積した廃墟をさ迷いながら、シェルドゥルファトムは心臓の羅針盤が方向を指し示してくれる時を待った。針は動かない。まるで、ミスラがこの世から失われてしまったかのように。
「ミスラ……私のミスラ」
どれくらい徘徊を続けた頃だろうか。シェルドゥルファトムは、瓦礫の中にあるものを見つけ、足を止めた。それまでに見つけてきた城の住人らしき者たちの躯や、得体の知れぬ化け物じみた獣や、巨大な虫の死骸とは違う……それは、生きた人の姿をしていた。最初、シェルドゥルファトムは自分の背中を見ているのかと思った。廃墟にたたずむそいつの背中が言い知れぬ虚無を背負っているように見えて、その錯覚がシェルドゥルファトムをしてそう思わしめたのだ。だが、すぐに気付くことになる。立ち尽くしているその人間が、シェルドゥルファトムが憎んで止まぬ、あの男であるということに。
ミスラを奪い去ったのがその男だと、シェルドゥルファトムは直覚した。最後の仕込み刃を、靴の踵から引き抜く。清算しなければならない。
躊躇いなく、シェルドゥルファトムは男の脾臓に刃を深々と刺しこんだ。男は抵抗らしい抵抗もせずに倒れ伏すと、腹から血を流しながら、不思議そうなまなざしで、シェルドゥルファトムを仰ぎ見た。シェルドゥルファトムはふいに気づいた。この男は違う。あの男ではない。見た目は同じに見えても、違う。
「申し訳ない。人違いだったようです」
男の頭を踏みつけていた足をどけて、シェルドゥルファトムがおざなりに謝ったそのとき、心臓が揺れた。羅針盤が、小さく息を吹き返した。その針は、うんと遠いところを指し示しているようである……次のミスラが降り立った場所を。
「北ですか」
希望とかすかな絶望が胸中に渦巻いた。いつまで追いかければいいのか?……だが本物を見つけるまで、シェルドゥルファトムは倒れるわけにはいかないのだ。
シェルドゥルファトムは、遠く北の地へ旅立った。




