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珪化の国  作者: しおなか
悪魔の爪
3/40

信徒 1

 朔月の晩がめぐりくるたびに、シェルドゥルファトムは今でもあと一歩まで迫った奇跡のことを思い出す。かの人の似姿を求めた旅路がついに終る、そう期待して眠りに就いた幸せな夜のことを。

 あの日、シェルドゥルファトムはかの人の似姿についに接触を果たしたのだった。辺境伯の土地のどこかで羅針盤が高なったのが幸運のはじまりで、慎重に慎重を重ねた結果、まだそれなりに活気が残っていた街道沿いの安宿で、シェルドゥルファトムはかの人の似姿をつかまえることができた。シェルドゥルファトムはほとんどすがりつかんばかりだった。シェルドゥルファトムの使命、長きにわたる旅路、かの人の似姿をどれほどの信徒が待ち望んでいたかということ……。虚飾を織り交ぜ、乞食のようにシェルドゥルファトムはただひたすらにこいねがった。

 かの人の似姿は、場末の安宿のテーブルの向かいで微笑みながら、それら全てに耳を傾け、願いを受け入れてくれた。シェルドゥルファトムの境遇に同情し、シェルドゥルファトムの仮面を優しく撫で、シェルドゥルファトムの眼を覗きこみ、繊細な見た目にそぐわぬ力強さで頷いてくれた。シェルドゥルファトムの力になると、そう言った。そして胸を駆けめぐる歓喜に気も狂わんばかりだったシェルドゥルファトムは似姿の真意を見落とした。

 探索の旅路はふりだしに戻る。

 心臓に埋め込まれた悪魔の羅針盤を頼りに、あてどなく黄昏の大地を行く日々は再開された。

「ああ、ミスラ、唯一のお方、愚かな私めをお許しください」

 シェルドゥルファトムは祈りのしるしを空に切る。ほとんど呼吸をするのと同じくらいの自然な動きは、そのままシェルドゥルファトムが繰り返してきた懺悔の回数を表すことにほかならない。夜を歩く足取りはいささかも崩れず、儀式が半ば作業と化していることにシェルドゥルファトムが思い至ったのはいつの日だったか。気付いたところで、祈りの仕草がまたすこしなめらかになっただけだったが。

「もう少し、もう少しだけお待ちください、ミスラよ。どうかお怒りを鎮めください。必ず。必ず私めがあの者の首を御前にお持ちしますゆえ……ええ、ええ、分かっております。もちろん、あなたの似姿を見出す使命も果たしてみせます」

 無人の闇に問い答えながら、シェルドゥルファトムはけして脱ぐことのできない仮面の表層を撫で、足を速めた。あの日から動くことのなかった心臓の羅針盤が、再び動きはじめたのは、ごく最近のことだ。街道の、人去りし古都ウラシルに向かう分岐路に立ったときだった。

 悪魔との取り引きの結果、シェルドゥルファトムは実にさまざまなものを差し出すことになった。しかし代償の先に見合った対価が得られると確信してさえいれば、信仰の喪失も、顔のない男も、どうということはない。月のない夜の中、シェルドゥルファトムは仮面の下の顔が涎を垂らしそうなくらいに笑みとろけていることを感じていた。

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