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珪化の国  作者: しおなか
悪魔の羅針盤
29/40

ミスラ 19

 虫は首を巡らせている。立ちふさがる男と、後ろに控えたミスラのことなど、鈍く輝く八つの瞳にはまるで映っていないようだ。虫はほかのなにかを探していた。さまよう複眼は第二王女シロラマロモッコの姿を求めているのかもしれない。

(これは、なに)

 ようやくミスラはそれだけを吐きだすことができた。珪化した挙句に得た姿が巨大な甲殻虫だとしても、唯一の何か以外を捨て去るまで、これは人間だったはずなのだ。それも、きっと美しい脚を持っていたであろう人間の女だ。これに比べると、五の幹にいた庭師や門番の兄弟らのほうが、まだ人間らしさを留めているように見える。それが外見上のものにすぎないとしてもだ。

 上層ほど珪化が進んでいる……かつてそう分析し、教えてくれたのは、シロラマロモッコだ。それを今になって目の当たりにしている。

 やがて虫は首を巡らすのをやめた。持ちあげていた上体を下ろし、草原に降り立つ巨体を、白い脚たちが優しく受け止める。そのまま、虫は前進を再開した。進路を阻むミスラたちを避ける様子はない。こちらが避けなければ、そのまま踏み潰して進む気なのかもしれない。

「やはり人形では駄目か」

 男が舌打ちし、下げていた剣の柄を両の手で握り直す。だが、たとえ全力で打ちかかろうとも、大の男五人をかけても胴回りを測ることがかなわないほどの巨大な虫だ。ものを知らないミスラでも、剣一本でどうこうできるとはとうてい思えなかった。

 男は虫のことを知っていた。戻ってきたと言った。朝、食べ残しをこの地に残した虫が、腹がくちくなり再び戻ってくるのだと。

 ならば、男は既に一度虫に敗れているのだ。

 負けて、奪われた。

 ――第二王女の半身を?

 考える時間は長くはなかった。虫が迫ってきている。このまま逃げなければ、押しつぶされ踏みにじられてしまう。ミスラが虫の進路から横に逸れようと動いたとき、ふいに男が言った。

「その脚だ」

 その場を離れる足は止めずに、ミスラは男の横顔だけを盗み見た。目を細めて一点を注視している。視線の先にあるのは、うごめく白い脚の対だった。

「渡せ!」

 気炎を吐いて男が虫に飛びかかる。虫は構わず歩みを止めない。邪魔くさそうに、牙の生えた大顎を開いてみせることはするが、それだけだ。だが男の狙いは最初から脚にだけあった。駆けだした勢いを虫の顔の前で翻し、巨体の右側面に転がりこむ。そのときミスラは白い脚に走る一本の赤い線を見たと思った。赤い線はみるみる太り、線の下側がすとんと草むらに落下した。裂け目から勢いよく血が滴る。骨かなにかが砕ける音は、不思議と後からついてきた。

 遅ればせながら、ミスラは虫の脚が斬り落とされたということに気がついた。見た目通りの柔らかさだった。落ちた脚は、膝丈まである草に隠れて、ミスラのいる位置からは見えない。

「違う……」

 ミスラが声も上げられない間も、男の腕は休まず働いていた。赤い線と、落ちる足、骨が折り取られる音。

「これでもない……」

 脚が何本も削がれているにもかかわらず、虫は悠々と進み、ついにはミスラの横を通り抜けて行った。横腹にはりついた男は、虫に並走しながら、剣をふるい続けては、否定の言葉を繰り返している。

「どこへやった! 貴様が隠した王女殿下のおみ足だ!」

 ついに聞こえた狂人の声に、ミスラは人形の耳を押さえた。

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