act.00剣客(ソードマスター)
「初めての転校なので・・まだ慣れませんが
よろしくお願いします」
人懐っこい笑顔で、「人殺し」はそう告げた。
「ねえ闇鈴君!」
授業後、何人かの女子が彼の前に群がってきた。
お約束の「転校生モテ」というやつだ。
そんな彼をずっと見ている生徒がいる。
千里晶。
(でも、こういうのに限ってクールとか無愛想なのよね・・)
ボンヤリ考える。
友達に「こいつ人殺しだよ」と授業中にメモを廻したが、全く相手にされなかった。
そのため、遠くで「百夜」を見ていれば何か問題を起こすだろうと踏んだ。
きっと、自分に寄る女子は全員クズだと思い切り捨てる筈。
今まで読んだ少女マンガやテレビだと、いつもそのパターンだ。
しかし、だ。
「闇鈴君、メアド教えて〜」
「いいよ。いつでも送ってくれていいから」
「誕生日とか、いつ?」
「11月22日」
「好きなアイドルとかいる?」
「アイドルよりタレントが好きかな」
・・・・ちゃんと律儀に答えてる。
これまたお約束の「好きな食べ物は?」というのにも。
まるで、昨日の態度が嘘のように。
「好みの子とか、いる?」
「!」
千里は顔を上げた。
転校生に向かって、いきなりその質問は無いだろう。
(最近の子はそこまで進んでんの!?)
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・自分も最近の子だけど。
という言葉を飲み込む。
「そうそう、付き合ってる子!」
とうとう百夜に視線が一気に注がれた。
女子だけでなく、男子にもだ。
「えー?好きな子?」
本人はあえて茶化している。
「だって百夜君カワイイし、絶対に付き合ってると思うもの」
・・そうは思えない。
晶は質問攻めされている白夜の目を見つめた。
あの目は鋭くもあるが、どこか他人をバカにしたような目だった。
自分が見た「人殺し」の顔は。
「・・・・・・。」
暫くしても、彼は答えなかった。
意外でも無かった。
当然だと、感じたのだから。
「こら!席に着く!!」
クラスの担任・高野が入ってきた。
暫く、風邪で休んでいた。
「ねえ千里さん」
「!?何」
百夜の声に僅かに身を引く。
そういえば席が前後だった。
「あの人誰?」
「担任の高野」
「今来たの?」
「風邪で休んでたのよ」
出来れば、これで会話を止めたい。
昨日の今日だし。
「ねえ」
「まだ何かあんの!?」
つい大声を出してしまい、高野の怒りの視線が飛ぶ。
(やばっ・・)
その原因でもある百夜を見た。
呑気にも何か書いてる。
何か書かれたメモが晶の机に廻された。
メモには
「授業の間、少し喋らない?」と書かれている。
いわゆる、中学生あたりが楽しむ「文通」だろうか。
まあ、高校になってもやっている事だが。
考えている間にもメモはどんどん廻されてきた。
「女子で喋って無いのは君だけだからどうしても話したくて」
フェミニストだろうか?
言葉を返す。
「君じゃない。千里晶」
「じゃ、晶」
「いきなり呼び捨て?」
「千里」
「何よ」
「俺に質問して。千里の質問に答えたい。」
「は?」
「いいから俺に質問して」
「何を」
・・コレだけでもメモが5枚減った。
新しいメモ帳を用意する。
「千里の知りたいこと」
・・・悟る。
彼は自分があの目撃者か確かめているのだ。
もし、気付かれたら、どうなるのだろう。
いや、その前に彼の正体を探らなくてはならない。
それとも、質問を放棄するか。
どうせ「無い」と答えてもメモを送り続けられるだろう。
「闇鈴の<本当>の誕生日は?」
「5月6日」
やはり、あの質問攻めの答えは全部嘘だったのだ。
なら、
「本当に<転校>してきたの?」
「それは本当」
「<百夜>は本当の名前?」
「うん」
あまりにも怪しく聞くので、もうバレているのかもしれない。
でも、それより彼の正体の解明の方が正しいと考えた。
「好きな子はいる?」
「好きかは分からないけど彼女ならいる。」
「気になっている人とか、大切な人は?」
「探してる」
・・・サガシテル?
「どんな人?」
メモは来ない。
「カワイイ?」
来ない。
「何で探してるの?」
こない。
さらに追求を求めようとした時、チャイムは鳴った。
授業はよりによってテスト範囲。
「ごめん飛鳥〜・・」
晶の級友で、中学も同じだった頼れる存在・須藤飛鳥はノートを見せながら
書き写しを手伝った。
「いいよ、別に。でも珍しいね・・晶が授業に身が入らないなんて」
シャーペンの芯をペンに詰めた。
だが途中で折れてしまう。
「闇鈴と文通してたのよ」
「闇鈴君?」
丁寧に線をなぞっていた飛鳥は動きを止めた。
「どうしたの?」
「晶・・こんな事言うの・・どうかしてるけど・・・あんまり
闇鈴君に近つ”かない方がいいよ」
「え?」
「何か分かんないけど・・私・・闇鈴君の目・・凄く怖いの。
あの人が来たとき・・一発で分かったもの」
飛鳥の指が心細く震えていた。
何故、怖いと思ったのだろう?
「あ」
「どうしたの晶」
「美術部・・もう終わっちゃう!!」
「ええっ」
急いで教科書をカバンに入れ、階段を駆け上った。
飛鳥は下階に下りる。
「じゃ!あたしバスケ部だから!!」
「またね!」
途中で先輩にすれ違った。
もう、部活も終わったのだろう。
早く、早くしないと。
ガラッ!!
ドアが勢い良く開いた。
そして目の前にいた童顔の知り合い。
さっきの今で会いたくない闇鈴百夜だ。
「・・・・さよなら」
声を掛けて美術室に入ろうとする。
普通ならそれで終わりだ。
普通なら。
「へー・・千里って美術部なんだー・・どの絵描いたの?」
「あんたには関係ない!!
大体なんで部外者がここにいるのよ!」
「部活見学」
・・・・・・・・
普段なら心地の良い絵の具の香りが、イラついているためか後味の悪い匂いに変わった。
「ねっ、どの絵描いたの?」
あえて、答えない。
「この絵?・・・違うな」
正解。
「この絵も違うでしょ」
正解。
「あ、この絵だ!」
・・・・正解。
「すごいな千里!タイトルは?」
「水底の虚像」
渋々と答える晶に百夜は嬉しそうだった。
その絵は、水に写った自分が水底を覗いている自分を嘲け笑っている絵だった。
色使いは白と水色の単純なものだが、そこには惹かれる「何か」がある。
「コンクール出したの?優勝でしょ」
「第1次にも通らなかった」
「じゃ、審査員の目がおかしいんだよ」百夜は絵に触れる。
「いいなー。俺も絵上手かったら美術部入りたいなー」
「描いた事ないの?」
「ない」
嬉しそうな態度。
考えてみれば、何故ここまで自分に話し掛けるのだろう?
理由は分かってはいるが。
「私が目撃者だから話し掛けるんでしょ。人殺し」
「まあね」
ほら。
「何で私に声を掛けるの?人殺しなんだから私を殺せば口封じになるじゃない」
「君を殺すつもりは無いしね。てゆーか、君みたいな強気な子・・気に入ってるんだ」
後ろを向いたまま、百夜は語る。
「普通ならポジティブ思考で只・・その「人殺し」と似ているだけだって思う筈なのに、
君は俺をちゃんと「人殺し」と認識してくれた・・たった1人なんだ。」
「意味が分からない。」
「君が見た殺された人・・アレ、君の知ってる、
こっちの世界の人じゃないよ」
「どういう意味?」
やっと振り返り、百夜は言った。
「世界は1つじゃ無いって事さ」
彼はそのまま歩き、教室を出た。
暫くその後姿を眺めていたが我に返り絵に視線を移す。
彼の見ていた絵に、メモが貼ってある。
「あんたの絵、結構好きだよ」
本心か偽心か・・どちらで言っているのだろう。
「晶ーーーーっ!!」
校庭から、大声で呼ばれた。
バスケ部メンバーの声だ。
窓から身を乗り出し、声を聞く。
「何!?」
「飛鳥・・飛鳥見なかった!?」
半分、涙声だった。
「飛鳥!?」
「部活に来ないの!!サボったのかと思って電話してみたら・・
家にも帰ってなくて・・飛鳥の家・・ここから、ちょっとなのに!!」
「・・寄り道とか?」
「飛鳥・・そんな事する子じゃないもの!!」
「でも・・」
「それに、道路に・・飛鳥の荷物が散らばってて・・」
なら・・・誘拐?
帰り際、その声を聞いた百夜だったが、校舎に戻る事も無かった。
家に着いた早々、晶は自転車に乗り込んだ。
親の声も聞こえなかった。
「飛鳥がいなくなった。」その事実が心配でたまらない。
(飛鳥・・どこ!?)
飛鳥が通る通学路・・まだ彼女が帰ってない家・・・
飛鳥が好き好んだ店・・図書館・・
どこにもいない。
猛スピードで走っていた自転車は信号でストップをくらった。
「・・・そんな・・・」
思わず、声が漏れる。
このまま・・飛鳥が見つからなかったら・・このまま・・・ずっと・・
恐ろしい疑問が湧き上がる・・。
何故か・・どうしてか・・
目を無意識に閉じた。
車の騒音が、煩かったから。
飛鳥を探す邪魔をするから。
只、本当に無意識に。
次の瞬間、目の前は砂漠と化していた。
崩れた建造物、まるで戦があったかのような熱で折曲がった銃。
そして・・死体。
「ヒッ・・!?」
圧死された死体。
切断された死体。
出血が大量の死体。
たくさんの死体が、自分の足元にあった。
「だ・・誰か・・・」
逃げたくて、走りだす。
そこも死体。
足元すべてに死体がある。
顔半分の人間が、晶の足を掴んだ。
「やだ!離して・・!」
少し蹴っただけなのに、その人間の手は骨が砕ける音と共に手首と切り離された。
「あああああああああああっつ!!!?」
もう、悲鳴にもならない。
走って、走れる所まで走った。
その時だ。
(誰かが・・こっちに歩いてくる?)
怪我でもしているのかよろけている。
しかし、肉眼でも「まだ」人間の形を保っている生きた人間だと確認できた。
「あ・・あの・・・っ」
「駄目だ!」
誰かに、手を握られた。
その声は・・どこかで聞いた・・・・・
「闇鈴?」
目を瞬きさせると、そこはもう交差点だった。
「大丈夫。幻覚師の幻術だから・・
直接干渉していない」
「な・・何よ干渉って!?」
「幻術に掛かったんだよ千里。ホラ」
道路側には、自転車が車と衝突した無残な姿があった。
「な・・何コレ・・」
「俺に関わった奴は全員殺される。なんの罪も無い君も」
多分・・したかった質問はこれだった。
けど、何故かできなかった。
もっと早く聞けば良かった・・・と思う。
「貴方・・・何者?」
「・・・俺は<晶>が見た幻の世界の人間。
この世界に干渉した事で「あっち」の世界を壊して、みんなを殺した罪人。
「世界」に殺される男だよ」
声が出なかった。
意味が分からない事もあるだろうし、半信半疑の思いもあるだろう。
でも、
それより・・・
「世界に・・・殺される?」
「そう。」
つまり、世界を敵に回したという意味だ。
という事なら・・
「あんたが・・人殺しをしたのは・・不可抗力なの?」
不可抗力で人を殺す。
今の世の中では、ある事だ。
・・・・しかし。
「・・ごめん晶。俺・・須藤さんの居場所知ってる。」
「え・・」
「多分幻術の世界の中だと思う。・・ごめん。」
「何で・・あんたが謝るの?」
「俺のせいだから」
世界の敵。
世界の殺す対象。
「ねえ<百夜>・・飛鳥の所に連れてって!」
「駄目だよ・・危険すぎる」
その声には、どこか痛々しさがあった。
悲しくて、切なくなる。
「・・・お願い・・」
しかし、彼だけに任せて置けなかった。
・・・・
・・・・・・・・
「じゃあ・・晶・・俺の願い・・聞いて」
「何?」
「須藤さんを助けたら・・俺の友達になって・・」
!
「君が・・あんたが・・俺の存在を認めてくれた「この世界」で、たった1人の
人間なんだ・・。だから・・・」
ああ、そうなのか・・・。
彼が人に律儀で愛想が良いのは・・誰かに相手にされたいからで・・・
「いいよ」
ずっと、寂しくて・・「孤独」だから・・・
百夜が、「本当の笑み」を見せた。
「じゃあ、行こうか・・」
「うん」
「これ・・持って・・」
カードを手渡された。
「かーど・・」
「刃物が仕込んである。」
・・・一瞬、走馬灯のように人殺しをした百夜が見えたが、
自己暗示で呟く。
「・・・怖くない」
隣には、百夜の寂しそうな顔があった。
目を閉じる。
そして、あの世界が広がる。
「よく、来ましたね?」
そこにいたのは、黒衣を纏った金髪の少女だった。
晶より小さい。
「嫌な幻覚を見せてくれるな」
「貴方がした事でしょう?」
両者とも譲らない。
「なんで俺だけを狙わない!?真に殺されるのは俺だけの筈だ!!」
「世界の敵に回った者の味方をする人は皆、同罪。・・当たり前です」
タロットカードを制服の上着から出し、少女に斬りかかった。
その、瞬間だ。
「百夜!?」
百夜の姿は、見る影も無く消えていた。
「彼には・・暫く幻と遊んでもらいます。」
砂漠の砂が目に入る。
幻の筈なのに・・目が痛い。
「貴方・・名前は?」
少女の言葉に、晶はカードを握る。
「千里晶」
「威勢が良いんですね。」
あどけなく笑う。
それは少女に釣り合う笑みだった。
「晶のお姉さん、貴方は百夜の味方?」
「・・そうよ!」
はっきりと言えた。
何故だか・・はっきりと。
「百夜は・・裏切り者なのに?」
「違う!」
孤独なのは「彼」だ。晶は自分に言い聞かせた。
「百夜は・・人殺しだよ?」
「違う!」
決心が揺るがぬよう、言い聞かせる。
だって・・約束した。
ひとりぼっちの「彼」に「友達」になると言ったのは。
・・・だから・・。
「・・・・わたしの・・パパとママも殺したのに?」
「え」
少女の目に涙が伝っていた。
彼女は語る。
「パパとママと一緒に・・ピクニック・・行くって・・約束・・してたのに・・」
声が、嗚咽に変った。
「あ・・・」
約束。
閃光が走った。
少女の肩を切り裂く刃。
紅い・・血。
そこには、もう一人の「人殺し」
帯刀し、袴を着た端正な顔の男・・・
少女は痛みに喘ぎながらも、その男を睨んだ。
「お前・・・・百夜の狗・・・!!」
鮮やかに剣を振る。
もう一本の剣を抜刀し、二刀流を構えた。
「・・あなた」
晶が声を掛けた。
振り向くと、彼は名乗る。
「百夜の絶対服従の狗であり、世界の敵である・・・
剣客
桜花 椿」
「そして・・」
百夜が後ろに立っていた。
飛鳥を抱えている。
それよりも、
「・・・・びゃく・・や・・?」
血にまみれた百夜。
パパとママを殺した人殺し。
「桜花は・・俺という死神に囚われた吊るされた男だよ」
犠牲。
少女が肩を抑えながら、百夜に近付く。
百夜は逃げなかった。
「あんた・・・最低よ・・」
10歳位の少女は小さい背で百夜の首襟に掴みかかった。
「パパとママを殺して・・!あんたばっかり幸せになって・・」
「俺には親がいないから、よく分かんないや」
明らかに、どっちが最低か分かる言葉。
「死神!死神めっ!!パパとママを返してよ!
そんなんだから・・「一さん」も・・・っ」
言葉が言い終わらないうちに、カードの刃は幼い少女の頚動脈をかき切った。
「・・・・そうだよ。俺は死神だ」
世界は消え、元の交差点だった。
「晶・・この子・・」
「・・!」
晶は身を引いた。
「晶」
「・・・・あ・・」
自分は何をしたのだろう・・。
拒絶を・・完全に拒絶をした。
「・・・・・」
百夜は黙ったまま、飛鳥を寝かせた。
「ごめん・・百夜・・」
何を言えばいいのかわからない。
いいたい事はたくさんあるのに。
「彼」が一番辛いって・・わかってるのに
「百夜・・!私・・これから、ずっとあんたの味方してあげるから!!」
「・・・・。」
「私達・・ずっと友達だか・・・・っ」
冷たい指が、晶の額に触れた。
「いいんだよ・・晶。俺がワガママ言ったんだから。
死神の俺は・・・あんたの重荷だから。
ただ・・俺を見ても・・俺と認めたあんたを・・・・・
・・・・・友達に・・なりたくて」
只、切なくて・・その声を聞きながら
晶は意識を失った。
「・・・桜花」
「はい」
「晶と須藤さん・・家に戻してきて」
「・・はい」
百夜の声は淡々としていた。
「それと・・俺と晶の文通メモ、処分して欲しい」
「・・・」
「次に晶の目が覚めた時・・みんなは俺の事を覚えてない。
・・・それでも・・」
「晶さんと1日だけでも友達でいれて良かったですね」
「・・うん」
それだけ言うと、百夜は夜の街に消えていった。