プロローグ・間抜けな話
なんかスゴそうな言葉を並べただけで、あんまり設定とか考えてない。
ですから「~となるのはおかしい。どうしてなんだ?」と聞かれても「さぁ?」としか答えれないことがあります。
なにせ自分、低学歴ですから。
生まれて初めて冒険者ギルドに入った。
んで、そこで知り合ったおっさん魔導師と、貧弱そうなメガネの地術士。二人とパーティーを組んで、世界最大の迷宮『インフィニティア』に挑戦した。
別名、無限回廊と呼ばれるこの迷宮はその名の通り底のない、永遠に続くダンジョンと言われている。数千年前から存在し、誰も攻略した事のない迷宮であった。
すごいね、本当に。
俺達のパーティーは冒険の初心者しかいない。魔導師と地術士も、迷宮に挑戦するのはこれが初めてらしい。
俺達みたいな初心者にとって、インフィニティアは恰好の迷宮だ。生息するモンスターの強さが十階、二十階と十の倍数事に変わる特性のおかげで、階数さえ注意すれば初心者でも十分に探索が可能なダンジョンなのである。
ただしインフィニティアは一度階層を下るとその階段は消える。まるで蜃気楼のように消えてしまうのだ。つまり、一度潜れば歩いて脱出することは不可能。「回帰の巻物」という地上帰還アイテムを使って転送されるしか外に出る方法はない。
おまけにダンジョン内では他の冒険者と出会うことはない。
理由は分からないけれど、一緒に潜った仲間以外とは決して人とめぐり合うことはないのだ。
だから他人の助けもありえない。
階層と「回帰の巻物」。
この二点にさえ気をつければ比較的安全に冒険が出来る。
冒険者にとって最初に潜り、そして生涯最後に潜る迷宮。それがインフィニティアだ。
数日かけて、少しづつ潜る階層を上げていこう。
三人で話し合いながら決めた今後の方針だ。
まさか……最初の一回目で、いきなり落とし穴に引っかかるとは思わなかった。
しかもそのはずみで、回帰の巻物を落としてしまうなんて……。
そんなこんなで俺達は、回帰の巻物を手に入れるためにひたすらインフィニティアを潜り続けている。
「んでも今の俺達ってインフィニティア踏破の人類アベレージ超えてるんじゃない?」
村を飛び出した幼なじみの女の子を追って都会まで来た俺。名前はロック。
なんでも彼女は冒険者になりたかったらしく、ある日突然旅立ってしまったのだ。
俺は彼女の事が昔から好きだったんだけど、度胸が無くて告白はしていない。だから追いかけてきた。
告白すら出来ずにもう会えなくなるんて嫌だ。
今はどこに居るのか分からない。同じ冒険者になれば、いつか巡り会う事があるかもしれない。そんな可能性にかけて、俺は彼女と同じ冒険者になった。
「帰り道が無くなって二年だからのぉ……酒が飲みたいわい」
一旗揚げるために田舎を飛び出してきた中年魔導師、ドンバ。
魔導師という割には太い腕と分厚い胸板、割れた腹筋を持つ男である。イメージ的には荒くれ者共が集う海の男、バイキングといった感じか。
なんでも故郷ではガキの頃から魔術を使った便利屋さんとして活躍していたそうだ。
しかし自分はこんな片田舎で終わる器ではないと常々思っていたらしく、もう女房子供を貰ってもおかしくない年でありながら一攫千金を求めて冒険者になったとか。
「せめて死ぬ前にもう一度、太陽の光を浴びたいですね」
魔術学院を退学させられた落ち零れ地術士、アスティ。
地術士は大地のエナジーを利用して傷を癒したり病を治す医者みたいな連中だ。アスティもそういった治療術を得意としている。
線の細い身体で切れ目の瞳とサラサラの長い銀髪をもつハンサム野郎だ。イケメンうらやましい。
以上三人。これが俺達のパーティーである。
俺達はかれこれ二年近くインフィニティアに潜り続けていた。その間、一度も地上には戻っていない。
回帰の巻物を手に入れるため、一つの階層をくまなく探索してから下に降りる。そんなことを延々と繰り返していた。
しかし、今だ回帰の巻物を見つけた事はない。単純に運が悪いのか、元々ダンジョンで手に入るアイテムでは無いのか。後者であった場合、俺達には絶望しか残らない。
食料も早々につき、今の俺達はモンスターを食って生き長らえている。
最初は腹を壊したり病気になったりしたけれど、食べ続けていくうちに耐性が出来たらしく、今では何の問題もなくモンスターを食えるようになっていた。
「俺は女が抱きてーよ」
「童貞のままで死ねんわなぁ」
「どどどどどど童貞ちゃうわ!!」
「お二人さん、下世話な話はそこまで。敵、来てます」
アスティの忠告で俺とドンバは周囲に知覚の網を広げる。
「この感じは……大物一に小物が五ってとこか」
「支配者かもしれんわ。気合い入れてくべ」
支配者とは、インフィニティアの各階層に潜んでいるボスのことだ。
その階に住む全てのモンスターを統率していて、支配者を倒さなければ次の階層に続く階段を見つける事はできない。
すでにこの階層のモンスターはほとんど刈り尽くしている。支配者が現れるとしたら頃合いだ。おそらく、今コチラに向かっているモンスターで間違いないだろう。
大人二人分の幅しかない通路で俺達は武器を取り出す。
ここはインフィニティア994階。
800階以降は宝石のような物質で構成されたダンジョンが続いていた。今俺達がいる階層は複雑なカットで彩られたダイヤモンドが折り重なって広がる構造をしていた。
基本的に光は一切指してこない真っ暗闇の迷宮を俺達は歩いているのだが、長年の戦いでみんなの可視波長が飛躍的に増大したらしい。
なにがどう凄くなったのか自分では分からないが、アスティが言うには赤外線とやらが目視できるそうだ。あと、温度も目で見えるようになった。熱いところはうっすらと赤く輝いているように見える。
他にも身体能力や魔力の増大。
運動神経や感覚の強化。
これらの原因は日常的に続く戦いと食料代わりに食っていた魔物の肉のせいらしい。アスティが言うには、魔物の肉は魔力をたっぷり含んでいて、喰らうだけで魂に大きな影響を与えていたそうだ。ここから無事に脱出できたらコイツは自分の身体を真っ先に研究するつもりらしい。ご苦労な事である。
この辺りの階になると、出てくる武器防具は神話に登場する伝説の武器を超えた、もはや名前すら不明な品ばかり。
モンスターも城に匹敵する大きさの狼やドラゴンなどが日常的に現れ、重力や慣性という法則そのものが命を持った万象生命体というふざけたモンスターとも戦ったりしている。
「ときにロックよ。おめえの剣は大丈夫なんかい?」
「駄目だな。刃こぼれが酷い。やっぱ特異点を斬ったのが不味かったか」
「仕方ありません。あのまんま敵を放置していたら僕達みんな事象の地平線に飲み込まれていましたから」
「頑丈で気に入ってたんだけどなぁ」
「物理的には刃こぼれなんてありえないんですけどね。単分子で出来た剣なんだから」
苦笑しながらそう言ったアスティは、腰に差していた四本の剣のうち一本を俺に投げてよこした。
受け取った剣を鞘から抜くと真っ白な刀身が顔を覗かせる。曇り一つない剣だが、真っ白すぎて周りの風景すら写らない。
それもそのはず。
この剣、金属で出来ていないのだ。アスティが言うには反物質とか言う物を固定して作られているらしい。無論、俺は反物質が何なのか知らないけどね。
「威力はあるけど扱いづらいんだよな、この剣」
「熱量制御はきっちりやって下さいね。仲間の攻撃で巻き添えなんてごめんですから」
「うっはっはっはっは! ここまで来ると一番やべぇのは仲間の攻撃だわな!!」
そう言ってドンバも杖を構える。
一見すると何の変哲もない杖だが、拳より一回りでかい宝石が先端にくっついていて、その中では漆黒の渦が二つ、それぞれ時計回りと反時計回りにゆっくりと回転している。
この杖にエナジーを込めると二つの渦の回転が速くなり、その狭間から時空間を超越した謎エネルギーが無限放出される。
それは従来の魔法に使う魔力とはまったく別の力であり、この世界の法則そのものをねじ曲げたり作り替えたりする力を持つ。
たとえば時間を逆向きにしたり、物質の速度を質量を持ったまま光速にまで引き上げたりなど。
もちろん、これらの説明は全てアスティの受け売りだ。俺はそれがどう凄いのか理解していない。
アスティも二本の剣を抜く。どちらも細身の刀身で、切るよりは突くことに特化したエストックだ。
ただし、当然のごとく材質は金属ではない。
一本は切断された空間の断片がいくつも折り重なって刀身を形作るカラフルなマーブル模様をした剣。
一本は星の進化における最終段階を封じ込めた超エネルギーで作られた白光の剣。
アスティはそれぞれ、断空剣・超星剣と呼んでいる。
パーティー全員が武器を構えたと同時に異変が起こる。
両手を広げれば壁に手が着くぐらい狭かった通路が突然広がり、天井もあっという間に見えなくなるぐらい高くなった。
ただの通路がいつの間にか巨大な広間に変貌し、俺達はその中央で三人一緒に固まっている。
慣れ親しんだ現象だ。
空間制御など、ここいらの敵ならばお手の物である。
随分と見晴らしは良くなった。けれど敵の姿は見えない。
気配は感じるのだ。しかし居場所を察知できない。すぐ目の前にいるような気もするし、随分と遠くからこちらの様子を窺っているような気もする。
そこに居るはずなのに、居ない気がする。矛盾した感覚が自分の六感を狂わせる。
姿を見せない敵を前にして、俺はその正体に検討を着けた。
「シャドウドラゴンか」
「気配や姿を隠すだけでなく、因果律すら閉じている。同じシャドウでも、前の階より少し強くなったようですね」
「んだ。未来が全く見えねぇわい……」
「やっちまえ、アスティ」
「では、お言葉に甘えて」
アスティは断空剣を水平に構え、ゆっくりと振り切る。剣の軌跡をなぞるように光の線が描かれて、ガラスの割れるような音が広間全体に響き渡る。
まるで絵を真っ二つに斬ってずらしていくように、光と空間が断たれて目の前の風景がずれる。。
空間が切り開かれると、次元の隙間に潜んでいた漆黒の巨大なドラゴンと暗黒物質で作られた四足歩行のブタが五匹、その姿を現した。
「ぬぅ、やはり見抜くか!」
見上げるほどに巨大なシャドウドラゴンの悔しげなセリフを耳に入れつつ、その言葉に返事を返さず俺は剣を振る。
切っ先から対消滅を起こしつつ産まれたエネルギーと真空のエネルギーが一直線にシャドウドラゴンへと食らいつく。胴体に直撃すれば致命傷だ。敵はエナジーを身体の周囲から垂直に吹き上げて障壁を作り出す。
大爆発が起こり、直視すれば失明するほどの極光を放つ真っ白な炎が広間を万遍なく行き渡った。
「時間よ戻れい!」
ドンバの掛け声と同時に杖の渦が激しく回り出し、炎の表層を虹色の輝きが包み込んだ。
広間を行き渡るはずだった炎が逆向きに走り出し、攻撃を防いだばかりのドラゴンに再び襲いかかる。
ドラゴンは迫り来る炎に向けてドラゴンブレスを吐き出す。真っ黒なそれは真っ白な炎を塗りつぶし、俺達に襲いかかる。
ドンバはそのブレスの時間も巻き戻してドラゴンに返そうとするが、虹色の光はブレスを包み込もうとしてもはじかれる。舌打ちするとその場を急いで飛び退いた。後を追うように俺とアスティもブレスを避ける。
「ワシの時間掌握が効かねってすげーな」
「我がブレスは正義の息吹! 死ねよ、侵略者!」
口から漆黒のブレスを零しつつ笑うドラゴン。インフィニティア500階を過ぎてからは、人と話を交わせるモンスターと出会うのは珍しくない。
俺達は空間に身体を固定させて空中に留まる。制御は難しいが、慣れれば風を使って身体を浮かせるよりずっと小回りが利く飛び方である。
「侵略者……ね。まぁ、否定しないけどさ」
「迷宮に突っ込んでお宝を頂くからのぉ。侵略者というより盗賊の方がらしいんでねぇか?」
「倒したモンスターからアイテムをはぎ取ることもありますよ。やはり侵略者のほうが正しい」
我ながら呑気な会話である。大抵の知能あるモンスターは、そんな俺達の態度を挑発と受け取って激昂してくる。けどこのドラゴンは感情の揺れが見えない。ドラゴンなんだから、もう少し舐めてかかって来てもいいのに。
「人の身で総体意識と根源情報子から抜け出した怪物どもを相手に、油断などありえんよ!!」
ドラゴンを足場に漆黒のブタもどきが飛びかかってきた。五匹はそれぞれ熱の壁を破るていどの速度で、衝撃波をまといながら突っ込んでくる。
その遅すぎる速度に嫌な予感を覚えた俺は用心してブタ共を回避する。アスティも同じようにかわす。
ドンバだけは杖を使ってブタを迎撃した。
杖を叩きつけた瞬間、暗黒物質で出来ていたブタの身体が砂のように崩れ落ち、中から真円を描いた小指の先ほどの大きさの球体が現れた。
その球体には見覚えがある。
「やばいぞ、ドンバ!」
叫ぶ。
間に合わなかった。
球体は圧縮されて目に見えなくなるほど小さくなり、次の瞬間そこに真っ黒な渦が出現。ドンバは時間を戻そうとするが時すでに遅く、時間そのものも吸い込むブラックホールがそこに産まれた。
身体の半身を飲み込まれて悲鳴を上げるドンバ。
「ロック!」
「分かっている!!」
俺は剣に術をかける。刀身が七色に輝き、全てを断つ確信を込めた光の剣が産まれる。
その剣でもって、渦を断つ。
理と法則を超えた一撃は断てぬを断つ斬撃となり、真っ二つにされた渦は溶けるように霧散した。同時に、持っていた剣も内包していたエネルギーごと灰となって消滅してしまう。
ドンバは下半身と右腕を失っていたが、体内の血流を操作することで出血を抑えて命を長らえる。
「うぬぅ、久しぶりにヘマをやったわ!」
「いいからさっさと治せよ。見ててグロイ」
「それがさっきから試してるんだが駄目だわ。時間操作じゃ治らんみたいじゃのぉ」
「因果律ごと持って行かれたんでしょう。僕が治します」
アスティの両目が虹色の輝きを放つ。
同じようにドンバの身体も虹色の光に包まれて、失われた身体が服と一緒に復元した。
体勢を立て直した俺達。
その周囲を四匹の黒ブタが囲う。
「このブタは一種のブラックホール爆弾です。体内に重力崩壊ぎりぎりの質量を持ち、敵と接触した瞬間に最後の圧縮を行うのでしょう」
「とりあえず爆弾ということだけは分かった」
「うぬぬぬ……よう分からんが厄介な敵じゃ」
「次にブラックホールを造られると厄介ですよ。手持ちの剣はコレが最後ですから」
そう言ってアスティは腰に差していた三本目の剣を俺に手渡す。
事象の地平線を斬ることが出来るのは俺の剣技だけだ。それも手持ちの剣を犠牲にして放つ奥義である。あまり多様できない。
前に持っていた剣は数度の使用に耐えれるほど頑丈だったのだ。だから気に入っていた。
とりあえず、渡された剣を見る。
今度の剣は先ほどまで使っていた剣に比べて随分とランクが低くなっている。
「太陽を斬ったと言われる剣なんですがね」
そんなこと言われてもしょぼく感じてしまうのは仕様がない。だって今まで使っていた剣が凄かったんだから。
「それにしても、このブタどもはなして一気に攻めてこんのかの」
「ロックがブラックホールを斬ったから警戒しているんだと思います。ほら、あれやられると、彼等は無駄死になりますから」
一気に攻めてこられるとかなりヤバイ状況なのだが、向こうが勝手に警戒してくれるのならありがたい。
この迷宮を探索していた中で会得した奥義、光の剣。持っている武器を代償に放つから、使える回数が極端に限られるのが欠点だ。矢と違い、剣はかさばるから沢山持ち歩けないからな。
黒ブタどもはグルグルと俺達の周囲を回りながら隙を窺っている。その更に向こうでは二発目のブレスを放とうと、シャドウドラゴンがエナジーを口内に溜め込んでいた。
「アレ撃たれる前に勝負を決めるぞ、いいな!」
「同感です。奴等の戦術はドラゴンブレスと黒ブタの挟撃だ。同時攻撃されれば防ぐ手立ては無い」
「しかしまいったのぉ。わしの魔法は万象生命体に対して無力やが、どうする?」
「決まっている。ピンチには奥の手だ。やるぞ、三位一体!」
俺は普段片手で握る剣を両手で握りしめた。
ドンバは杖を天高く掲げ、持てるエナジーの全てを杖に叩き込む。
アスティは持っている二振りの刃を重ね合わせ、穏やかな水面のように自らのエナジーを鎮める。
まず、ドンバが動く。
かかげた杖を振り下ろして魔法発動。
俺とアスティの時間情報を通常空間から切り離し、高速化する。
同時に敵の因果律情報を掌握し、あらゆる空間制御を封印する。
次にアスティが斬る。
こちらが時間操作したことに気づいた黒豚が、自分たちの時間も高速化しようとするのを妨害。
超星剣と断空剣をその場で振り回す。その軌跡がマーブル状の光を放出。
すると黒豚が引き起こそうとしていた情報操作と、初めから発動していた情報操作がピタリと停止した。
アスティが斬るのは敵の命ではない。情報そのものだ。
アスティはあらゆる情報に対して攻撃できる。二振りの剣はその補佐をする。彼と剣が揃えば、すでに発動した敵の情報強化を無効化できるのだ。
そして、最後に、俺が殺る。
剣にエナジーを放出。刀身から極大の光が放たれる。
光の剣、最大出力。
この輝きが放たれる間だけ、俺の剣は「剣一本分の質量をもって静止した光」となる。
その質量をもった輝きを、情報操作が封印された敵に向かって解き放つ。
文字通り、「光速の斬撃」
それは黒豚を残らず消滅させ、シャドウドラゴンの口から股間に向かってまっすぐな太刀筋をきざむ。
攻撃の余波が、地表に長大な爪あとを残す。地平の果てまで続く刀傷。
俺の攻撃で、発射寸前だったドラゴンブレスが口内でさく裂。黒い大爆発がドラゴンの顔面で起こり、口元がグチャグチャになった。
「ぎゅおおおおおおおおおぉぉぉーーーーーーーー!!!」
ボロボロの口元から響く咆哮。それは怒りか苦痛によるものなのか。
俺にはわからない。
本来のシャドウドラゴンならば、この程度のダメージは一瞬で復元するか、時間操作で最初からダメージを無かったことに出来る。
なのに苦しんでいるのは、ドンバがこの空間の因果律を支配して「原因の排除」を封じているからだ。
止めを刺すべく、俺は拳を握り締める。
もう、剣は手元にない。
あとは両の拳で死ぬまでぶん殴るだけだ。
復元と時間遡行を封じた現状、攻撃を続けるだけで相手の情報に確実にダメージを積み重ねる事ができる。
「俺は……死ぬのか……? 人間に……侵略者に……」
形成は決まった。
もう、シャドウドラゴンに逆転の目はない。
ドンバによって封じられた因果律操作は二度と元に戻らない。
このドラゴンには、今の傷を治す術はないのだ。
「だが、ただでは死なん! お前らを殺すことは出来なくとも……ここから追い出すことぐらいは――」
次の瞬間、ドラゴンは胃の中に隠し持っていた巻物を吐き出した。
それを見て、俺たち三人の目が点になる。
その巻物は、まさに、俺たちが、二年にわたって、探し求めていた――。
「地上に帰るがよい!! 侵略者ぁぁぁぁぁぁ」
巻物から光が零れ出し、俺たち三人を優しく包む。
そう。その巻物こそ俺達がずっと探し求めていた「回帰の巻物」
死に際のドラゴンは、最後に意表をつけたことが嬉しかったのか、ドヤ顔で俺たちを見ている。
そのドラゴンに向かって俺たちは。
「グッジョブ!! ドラゴン最高じゃないか!!」
あまり感情を表に出さないアスティですら最高の笑顔を浮かべている。
ドンバにいたっては涙目だ。
そして、俺は興奮のあまり勃起していた。
俺たち三人は、満面の笑みで親指を立ててやった。
唖然とするドラゴン。
どうやら奴は俺たちが、なにか目的を持って潜り続けていると考えていたようだ。
まったくの誤解である。
あくまで俺たちは、地上に帰る方法を求めて潜り続けていたのだ。
光に乗って、俺達の情報が指定の座標に向かって転送し始める。
まわりの風景がとろけるように光の中へ消えていく。
そして飛ぶ。
慣性も風も感じない。
だが、たしかに俺たちは飛んでいた。
空間を超え、地上へ。
もはや何もかもが懐かしい、地上へ。
俺たちは、二年の歳月を超えて、地上へと帰還した。