第一部 第九話
映画の共演者やスタッフの初顔合わせは沙希たちが京都についた次の日に
太秦の撮影所で行なわれた。
この後衣装合わせがおこなわれ、そして、皆揃っての写真撮影とスケジュールがつまっていた。
小野監督率いる小野組には日本でもトップのカメラマンなどのスタッフが一同、
日野あきあを見つめている。
この子が・・・・リハーサル時よりも幼く見えるこの子があんな凄い演技をみせるのか・・・・
背中がぞくぞくするような嬉しさがこみ上げてくる。
そして、共演者・・・あきあの子供時代を演じる天才といわれる天城ひづる、
宝塚のトップスターだった母と歌舞伎役者の父との間に生まれた小野監督の秘蔵ッ子。
日野あきあという年上だけど素人同然のこの女優には絶対負けないという根性が表情に表れている。
肩肘はっているので硬質な感じで女の子らしい柔らかさがないのだ。
もっと肩の力をぬいたらいいのに・・・・と沙希は思う。
映画の中で重要な役柄を占める安倍晴明役の飛龍高志、
彼には人気スターらしい輝きがあるが、
安倍晴明を良く知る沙希にとって異質な感じがしてならない。
話し方も声も・・・。
その他、母は勿論早乙女薫だが、すぐ殺されてしまう父には
ドラマでナレーターをしたりすることが多い癒し系のタレントが・・・。
沙希とは直接絡むことがないので感想といっても・・・・。
あきあを拾い育てる老夫婦には
往年の新劇の名優、幸田朱尾が・・・感想は何かいいおじいちゃんというだけだ
そして大女優大空圧絵はまだまだ眼に力があり沙希なんか吹き飛ばされそう・・・
他大勢の脇役陣・・・沙希を見つめる目は鋭い。
こうした雰囲気は初めてなのだが沙希は先々何か楽しみでわくわくしているのだ。
横でニコニコしている沙希をみて薫がこそっと
「沙希ちゃん、この雰囲気楽しんじゃってるみたいね」
「ええ、なぜか不思議・・・・私ってこんな雰囲気嫌いじゃないわ」
「でもみんな、沙希ちゃんを睨みつけているわよ」
「だからなの。あの人達とどうしてお友達になろうかって考えるとわくわくするわ」
「こらこら、沙希ちゃん。お仕事なのよ」
「だから、ここでお友達になろうと思ったら仕事で認めてもらうしかないでしょ。
あの人とあの人とどんな演技で体当たりしようかなって・・・」
「沙希ちゃんにはあきれてしまうわ」
薫もお手上げの沙希の・・・いや日野あきあの度胸の良さ。
昼食後、衣装合わせとなり本格メイクをしての写真撮影となる。
薫は雪夜叉、あきあは菅笠を被った娘の旅姿となった。
薫のメイクは里から連れてきた女性が担当、あきあは勿論杏奈が担当だ。
監督からああだこうだという支持に二人は的確に答えていく。
「薫くんとあきあくんが連れてきたメイク係りは優秀だねえ」
あきあの衣装もメイクもすんなり決まったが、
今回映画の中で追加になった男のあきあがなかなか決まらない。
あきあは安心して杏奈にまかせているが
今、杏奈のファッション・コーディネーターとしての才能が
映画人に認められるかどうかの瀬戸際だった。
杏奈は撮影所の衣装係の示す衣装をチェックするがどうもピンとくるものがない。
小野監督は小さなことでも決して妥協はしない。
だから杏奈自身も台本での男のイメージの沙希を頭に思い浮かべ
1着1着沙希に着せてみるのだがどうも納得が出来ない。
小野監督やスタッフ達もそんな杏奈をじっと見詰めていた。
全てのキャストの衣装合わせが終ってあとは男のあきあだけだが、
男のあきあがイメージ通りでなければ映画の出来が半減してしまう。
男のあきあというのは晴明からの修行の途中、
男の身体を嫌悪して消し去る呪文を唱えたことにより
あきあから分離した男のあきあ・・・さしづめあきあの弟になる。
闇を呼び、人間の欲望に付け込み鬼にかえてしまう悪の陰陽師。
この対決が映画中盤の呼び物となるのだ。姉と弟の争いには決して勝ち負けはない。
弟が死ねば姉も死ぬ・・・二人の対決の結果は死あるのみ。
だが判っていながらも姉への憎悪と怒りが弟を狂わせ、
弟に対する罪悪感が姉を哀しみの淵に追いやって闘いを鈍らせていた。
弟を消し去れない姉のあきあの苦しみ・・・この姉弟の対決が続編の製作を予測させるのだ。
杏奈は吊り下げられた衣装の中から黒のチャイナ服を引っ張り出してきた。
そして、引出しの中からなにやら黒いものを出してきて
チャイナ服の中に入れてみる。それは手先、足先まである黒い全身タイツだった
杏奈はチャイナドレスにハサミを入れだした。
膝下まであったスカート部を膝上15cmぐらいの所で切り取り、
両サイドに腰上までスリットを入れる。
切った所は仕付け針で止めていく。
両袖は切り取りノースリーブにし、両方の肩先に黒い紐で小さな蝶々をつくり針で止め、
お臍のあたりから襟まで鋭角なV字に切り取り、
さらにお臍から鳩尾ぐらいまで先ほどの黒い紐で編みこみを作った。
杏奈の作業はハサミを入れだしてから10分ぐらいで全てが終った。
「あきあ!ちょっと着てみてくれる?」
立ち上がって杏奈の近くにきたあきあに全身タイツを渡してカーテンを閉める。
「杏奈さん、着替えたわよ」
あきあの声が聞こえたのはしばらくしてからだ。
「じゃあ、入るわよ」
と自分が加工したチャイナドレスを持ってカーテン内に入る。
「う~ん・・・やっぱりあきあはスタイルがいいわ。胸も少し大きくなったし・・・」
「しっ・・・・杏姉・・・」
「恥ずかしい?・・・ふふふ、やっぱりあきあは女の子ね・・・
さあ・・・これ、頭から被ってね。仕付け針がたくさんあるから気をつけるのよ」
杏奈はもうすっかり沙希を妹扱いにしている。
沙希も杏姉と呼びなれたし、皆の前では杏奈さん・・・だ。
杏奈は衣装の形が崩れないよう、あきあをマネキンみたいに前・・後・・・
そして横と向かせながら形を整えていった。
「よし・・・これでいいわ。監督!出来ました」
とカーテン越しに大きな声をあげてからカーテンをあける。
「あきあ、針がいっぱいだからそろそろと歩くのよ。
それでないと身体のあちこちが傷だらけになるから・・・・」
と手を取って歩き出した。
小野監督やスタッフ・・・そして薫達が目をぱちくりしてあきあの姿を見る。
「おっ・・・いいねえ、怪しい雰囲気が良く出ているね」
「あきあ・・・それ、・・・凄くいい・・・」
薫の感嘆の声だ。
「だが、杏奈くん・・・」
「少し、物足りないでしょ。監督」
「ほう、そこまでわかっているのかい」
「はい、後は監督達の意見を取り入れながら最終調整をするつもりなんです」
「判った。じゃあ、ヘアースタイルからだな」
「はい、男のあきあは・・・」
と手早くブラシでヘアーをセットしながら
「男のあきあはあきあ自身、男の身体の部分を嫌悪して自ら術をほどこして生まれた登場人物でしょ。だから、”男”という感じではなく少し中性的にしてみました」
と手早く仕上げたヘアースタイル・・・若衆髷とポニーテールをあわせたような。
「メイクは直線的な少し太めの眉と目のふちには青いアイシャドウ・・・
そしてルージュは濃い青・・・・」
杏奈は話と共に手を動かしてメイクも完成する。
「ふ~む・・・イメージ通りだよ」
「後は衣装ですが、青い縁取りも考えましたけど、
それを黒にして目立たなくします。そのかわり右手の甲に小さな・・・
バストの少し上に大き目の蝶の刺繍を青く光る糸で取り付けようと思ったんです」
「ほう・・なぜ蝶かね」
「”闇の蝶”本を読んでいて男のあきあには私そんなイメージがあるんです」
「暗闇にユラユラ飛びまわる青く光る闇の蝶か・・・いいねえ」
「あとは足元ですが、全身タイツと靴を一体型にしようかなって考えました。
ヒール部はハイヒールとローヒールの間ぐらい、6~8cmぐらいですね・・・以上です」
「ふ~む、・・・杏奈くん、さすが千堂ミチルの娘だ。
あの本から全体像を読み取って、ここまで仕上げるとは・・・」
「ありがとうございます」
「それでいつまでに仕上がる?」
「はい、材料さえあれば明日にでも」
「それじゃあ、衣装係に手伝わせる。出来るだけ早く完成させてくれ」
「はい」
こうして新しい才能を発見して衣装合わせは終った。
薫には一言も口を挟むことが出来なかった。
初めて見た杏奈の才能、生まれてきてからその成長を見つづけてきた自分の姪が
こんなにりっぱになって・・・・という感慨が口を閉じさしたというのか・・・
いや、違う。・・・・・薫には判ったのだ・・・
杏奈に”男のあきあ”というイマジネーションを与えて、その才能を引き出したのはあきあだ。
ただマネキンのように立っているだけで杏奈にあった有り余る才能のはけ口を与えたのだ。
人の才能を引き出すのにこんな方法があったのか、改めて沙希の凄さを思い知る薫だ。
全てを終えてスタジオ内にあつまってきた共演者達。
皆が舞台にあがったころ、主演の二人、雪夜叉と陰陽師あきあが登場した。
さきほどの顔見世とは全然雰囲気が変わったことに出演者やスタッフが気がついた。
雪夜叉の早乙女薫はともかく、陰陽師あきあがめちゃくちゃ可愛いのだ。
可憐といってもいい。それでも、陰陽師らしい力強さも感じる。
衣装を着けただけでもこんなにかわるものなのか。
子役の天城ひづるは今まで自分が天才といわれてきただけに悔しさで唇を噛み締めている。
その姿をみただけでも小野監督はひづるを子役として採用して正解だったと思った。
今のひづるは箸にも棒にもかからない我儘娘だ。
父や母からもお手上げなのでどうにかして欲しいと相談を受けていたのだ。
あきあなら・・・日野あきあならひづるを立ち直らせてくれると思っていた。
あの不思議な少女なら・・・どうしてなのか若返ったあの子なら・・・
期待通りの筋書きが進行していく。
あきあは監督より先にひづるの状態を見抜いていた。
だから、舞台に上がったとき、ひづるの手をぐっと握り自分の横に座らせた。
握られた手の痛さに悲鳴をあげそうになる。
我慢をすることにより余計涙が溢れそうになった。
横目で日野あきあをにらみつけても、涼しい顔で前を向いている。
手を振り払おうとしても、この細い体のどこにそんな力があるのかびくともしない。
「放してください」
しかたがないからそういうと、
「駄目!」
という返事、声が可愛いだけに余計に腹が立ってきた。
「放して!」
強くいっても
「静かになさい」
と小声で注意される。
この二人の戦いを見ているのは小野監督とあきあの隣に座る薫だけだった。
薫にしても沙希が天城ひづるにしている行為の意味はわからない。
「お願い・・・・」
「その手痛いでしょ。その痛みはお母さんの心の痛み・・・」
「放して・・・・」
「その手痛いでしょ。その痛みはお父さんの心の痛み・・・」
呪文のようにあきあがひづるに言い聞かす。
場内ではマスコミがよばれ写真撮影が始まっていた。
フラッシュがたかれシャッター音がすさまじい。
しかし、その音に隠れてあきあとひづるの闘いがおこなわれていた。
「そんなの、あなたには関係ないでしょ」
「いいえ、貴女は私なの・・・子供時代の私・・・
そんな貴女がご両親を我儘で泣かせているなんて、私は許さない」
「そんなこと・・・私の勝手でしょ」
「いいえ、わたしはあなたの本質を知っている。あなたの優しさ・・・・
道端の花を踏まれないように植え替えるなんて普通の人には気がつかないし、出来ないわ」
「どうして・・・・?、どうしてそれを?」
「気付かない?」
「えっ、何を?」
「私は陰陽師あきあだってこと」
「そんなの、映画の役柄じゃない」
「じゃあ、これでどうお?」
といって素早く印をむすんで呪文を唱える。
とたんにひづるの身体が硬直して目の前がまっくらになった。
闇の中に声が聞こえてきた。自分の声だ
「ママ!どうしてあんなドラマに出したの」
「だってあなたのために・・・・」
「私、お母さん役のあの女優大嫌い!・・もう行かないからね」
自分がドラマを降りたときの出来事だ。
「すいません。ごめんなさい。ひづるが体調を壊してしまって・・」
「お母さん、あなたねえ・・・・。
もういいです。うちはもう二度とお嬢さんを使いませんから・・・」
「そんなこと言わずに次ぎの機会には必ず・・・・・」
「お母さん、あなたねえ。お嬢さんが元気に学校へ行ってるのは判ってるんですよ。
私あなたの大ファンだったんです。でも今は幻滅しています。
自分の子供に振り回される親なんて・・・・」
そんな場面がいくつも繰り返される。
父にしても歌舞伎の役者だというのに情けないほど局の人間にあやまっているのだ。
そんなこと少しも知らなかった。自分の才能でここまできたと思い込んでいた。
パパとママは自分に知らせず、駆けずり回ってあやまってきたのだ。
それで自分がここにいる。子供ながら情けなかった。
なんてことをしてたんだとパパやママに謝りたかった。
「もういい、・・・・ごめんなさい。・・・あきあさん・・・・ごめんなさい」
「わかった?・・・でも、私に謝るのはお門違いよ。あなたが謝るべき人は・・・・ほら・・・・」
と急に目の前が元に戻って・・あれは・・・・
と舞台から飛び降り、監督の横に立っている両親の懐に飛び込んでいった。
「ああ~、ママ~、パパ~、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・」
と泣きじゃくっている。
マスコミや共演者、スタッフは急に子役の天城ひづるが
両親の胸に飛び込み泣きじゃくりながらあやまっている場面に立会い面食らっていた。
・・・でも日頃の我儘ぶりを知ってるマスコミ各社はいい記事が書けると取材を開始した。
「そういうことだったの、あきあ」
と薫が囁いた。
「ええ、でもあの子はあの子なりに苦しんでいたの。
でもそれをどう表現していいのか判らなかったみたい」
「いい子役がね」
「だからだと思うの。こんな役がいやだと、だだをこねていた役だったから」
「なるほどね・・・・これからはいい役者になるでしょうね」
そこに小野監督が近づいてきて
「ありがとう、あきあ君。君ならやってくれると思っていたよ。
あの子、赤ん坊のころから知ってるけど、本当は優しい子だったんだ」
「ええ」
「あんな子にしてしまったのは私達、映画人かもしれない。
才能があるって、チヤホヤしてしまったからね」
「監督、私一度あの子とお芝居してみたい・・・お願いできます?」
「そうか・・・・うん、考えてみよう。成長したあきあと幼い頃のあきあの回想シーン・・・・
うん、これでいこう。
弟のあきあと幼い頃のあきあとの正邪の対決シーン・・・いいねえ・・・・よし、佐竹!谷は?」
「ホテルに帰ると言って、出て行ったところです」
「すまん、呼び戻してくれ」
「はい!」
と飛び出していく。
「よし、俺も行く」
と後を追った。
「沙希ちゃん、この映画いろいろありそうで楽しみだわ」
と『ポン』と薫の肩を叩いたのは大女優大空圧絵だった。
「薫、久しぶりね」
「圧絵さん、今度の映画のことよろしくお願いします」
「あなたが日野あきあさん・・・・うん、いい目をしてるわね。
それに不思議な力を感じるの・・・どうしてなのかわからないけど」
「日野あきあです。よろしくお願いします」
「あきあ・・・いえ、沙希ちゃん。圧絵さんは里の出身なの」
「えっ、そうなんですか」
「しばらく里には帰っていないけど、どうお?」
「はい、沙希ちゃんのおかげでいろいろ変化しています」
「変化?」
「すごくいいほうへですけれど・・・」
「大空圧絵さん!」
「圧絵でいいわよ」
「では圧絵さん、今度の映画が終わったら一度里に帰っていただけませんか」
「里に?・・・もう何十年も帰っていないけど」
「構いません、里へ帰ることは圧絵さんにとってとてもいいことがあります」
「いいこと?」
「はい、今は言えませんけれど・・・」
「何かしら?」
と首をかしげる。
とそこへ天城ひづると両親があきあの元にやってきた。
「日野あきあさん」
「この子があなたに謝りたいと・・・・」
ひづるがおずおずとあきあの前に進みでた。
「ごめんなさい」
といって頭をさげる。
それから頭をあげニコニコと笑っているあきあの顔をみると自分も固かった表情を和らげた。
「はい」
といってあきあが手を出すとゆっくりと手を握ってきた。
ひづるはあきあのことが大好きになっていたのだ。
あきあはひづるの手を握りしめたまま
「お父様、お母様、この子を許してくださってありがとう」
と自分の事のように言って頭をさげる。
「私、この子の優しさが大好きです」
ひづるがあきあの顔を見上げる。
その綺麗な顔に浮かんだ微笑がひづるも両親もそして圧絵さえも魅せられていく。
思わず歌舞伎役者の父親が
「あなたは人間なんですか、・・・・まるで菩薩様を見ているようだ」
と叫んでいた。
「私は普通の女の子ですよ、菩薩様だなんてとんでもない」
「でも、私にもそう見えます」
今度は宝塚のトップスターだった母親がいう。
あきあはひづるにむかって
「ねえ、ひづるちゃん。私って陰陽師のあきあだよねえ」
「うん、不思議な術を使うのよ」
「というわけですよ」
と話をはぐらかせてしまう。
「お父様、お母様、今度の映画楽しみにまっていてくださいね」
そう言ってひづるが両親とスタジオを去るのを手を振って送っていた。
「ふ~ん、そうだったの。何かあると思ってたけれど」
と圧絵がいう。
「そうでしょ、いつも沙希ちゃんには驚かされるの」
「これからが、楽しみだわ」
圧絵が離れていくと待ってましたとばかりマスコミが二人を囲む。
「あら、貴方達反則よ。それとも棄権するわけなの?」
「いえ、いまスタジオでおこったことどういうことか理解できなくて」
「我儘な天才子役が急に泣き出したかと思うと両親に謝りながら抱きつくし
そのあと天城ひづるが日野あきあさんと仲良く手をつないでいるのが、
どうもちんぷんかんぷんで・・・・」
「あっ、そのあとの言葉も・・・日野あきあさんは菩薩みたいだとか・・・」
「ふふふ、つまり天城ひづるという天才子役が復活して、いい役者が一人増えたということよ」
「それが・・・」
「却下します。それ以上のインタビューは反則とみなし棄権を宣告します」
「そんなあ・・・・」
「これ以上追いかけてきたら反則だからね」
と釘をさして着替えにかえっていく。
★
『妖・平安京 雪の章』の映画クランクイン記念式典の1時間前、約束の投票が締め切られた。
「ねえ、この答えが一番多いわ。車の中に日野あきあが隠れており車の中で入れ替わった」
「まあ、無難な答えね。・・・・でも、いないのかしらね」
「何が?」
「もっと人が考えつかないような答えを出す人・・・・」
「そうね」
「最近の記事ってどこも同じで全然面白みがないのが、これでよくわかるわね」
「あっ、あったわ。日野あきあは変装の名人で、一人二役を演じてた」
「パーフェクトじゃないけれど、どうお?沙希ちゃん。これを正解にする?」
「仕方ないでしょうね。術を使うなんて誰も信じないでしょうから」
「えーっと、どこのマスコミかしら、『女性の友 記者 鳴海京子』って書いてあるわ」
「どんな人かしら」
薫、沙希、まゆみ、律子、杏奈がドレスアップしてロビーまで降りていくと
マスコミ各社が玄関に詰め掛けていた。
公正を期すため、ホテルの支配人に保管していた封筒を持ってきてもらい
それをマスコミの目の前で開けて発表してもらった。
『日野あきあとあの少女は同一人物』とだけ書いてあった。
「正解は一社だけ、『女性の友 記者 鳴海京子』さん」
と薫が発表すると『キャー』と飛び上がっている女性記者がいた。
「鳴海京子さんですね。前にいらしてください」
とまゆみが誘う。
悔しそうな記者達の間を縫って京子が前に進んでくる。
そして
「あのう」
と言う声にあきあが優しく
「あの解答あなたが考えたのではないですね」
「はい、どうして判ったのですか?」
「あなたが正直な人だからですよ」
と禅問答のような答え方をする。
「どなたが考えたのですか?」
「はい、あの後ろにいる先輩記者の城田さんです」
と白髪の老記者を指し示す。
「では、あの方も連れていらっしゃい」
というと京子は嬉しそうにとんでいった。
老記者は若者に手柄をゆずるように辞退していたが、京子に引っ張られるように前に進んできた。
そこで前にいた悔しそうな顔をくずさない若手記者が
「日野あきあさん、我々はあなたがあの少女と同一人物なんて信じられない。
何か証明してください」
とひつこく食い下がる。
困った顔をしていたが薫が言い換えそうとするのを押しとどめ
「では」
と『妖・平安京 雪の章』映画クランクアップ記念式典と書かれた
立て看板の隙間をあきあが通れるぐらい空けてもらってまゆみと律子に持たせた。
「ではこの中で変装します」
といって立て看板の後ろに回ってすぐに出てくると
あきあがあのメガネをかけた少女に変っていた。衣装はそのままだから顔が変っただけだ。
「そんな馬鹿な・・・何か手品を使っているに違いない」
といって立て看板の後ろをみたが元よりなにもあるはずがない。
「もう一度お願いします。あっロビーに入って見ていてもいいですか」
とひつこく頼んでいた。
マスコミの見守る中、もう一度看板の後ろを通る。
今度はあきあの顔だ。ロビーの中で記者達も呆然とあきあの変身するのを見ていた。
もとよりこの騒ぎを見ていた共演者やスタッフも大勢いたのだ。
「俺はまだ信じない」
と同僚が止めるのを振り切って
「すいません。このナイロンに手形を押してくれませんか」
「あなたねえ」
とまゆみが怒り出したのを止めて
「いいですよ」
とナイロンに両手を押し付ける。
記者はそのナイロンを大事に半分に折って『あきあ』と書いた。
「すいません。もう一枚に少女の手形が欲しいのですが」
とっくに記者のやることを見通していたあきあはさっと
立て看板の後ろを通り少女に変身すると記者が用意したナイロンにすぐに手形を押した。
記者は再び二つ折りにすると『少女』と書いた。
記者は立ち上がるとにやっと笑って
「これを警察に持ち込んで指紋の照合をしてもよろしいね」
といった。これで化けの皮をはがすぞという風に聞こえる。
「どうぞ」
と簡単に答えたあきあに拍子抜けしていたが車に乗って飛び出していった。
「あきあ、ご苦労さん」
「いえ、では京子さん、城田さん行きましょう。記念式典にご招待いたしますわ」
ロビーを進んでいくが
「あきあ、その顔」
「あっそうか」
と言って、印を結ぶと『フー』と息を吐く。
一瞬の中に顔が元にもどった。
二人の記者はあきあの術に呆れ顔だ
「あきあさん、それって」
「ええ、陰陽道の術の一つよ」
「えっ、では噂は本当でしたの?」
「噂って?」
「あきあさんが本当に術が使えるって」
「そうよ。だって私、陰陽師あきあだもの」
「そんなこと記事にしてはいけないでしょう」
「いいわよ、でも誰も信じないでしょう。噂は噂でしょ」
「そうね、こんなこと書いたら馬鹿にされちゃう。城田さんはどう思う?」
「そうだな、噂は噂で終わらしたほうが無難だな」
「でもあきあさん、映画で術を使うのですか」
「そうせざるを得ないでしょうね。正邪二役をしなければならないから」
城田記者は感心するように
「あなたは恐ろしいほど頭のいい方だ。マスコミに対する扱いを心得ていらっしゃる。
こうなんでも正直に答えられると隠すべきものは我々の手で守り通さなくてはならなくなる」
こうして四人と二人の記者は会場内に入っていった。
招待客や映画関係者でごったがえしていた。
「さあ、京子さん、いろんな方にお話を聞いていらっしゃい」
「いいえ、私。あきあさんに張り付いていてもいいですか?」
「私に?」
「ええ、あなたのことをもっと知りたいから」
「京子さん、あなた一流の記者になれるわよ」
と早乙女薫が感心している。
「えっ、私がですか?・・・・いいえ、とんでもない。いつもどじばかりしてるから
支局長からも城田さんからも怒られてばかりなんです」
「あたりまえよ。あなたはまだ若いから鍛えられているのよ。ねえ、城田さん」
「はあ、京子はいつも人とは違う観点から見て記事を書くので
突拍子も無いことを書くときもあるけれど、やられたと思う記事を書くのですよ」
といってから
「よし、京子。今日はあきあさんの密着レポートだ。
おまえの思うように記事を書け。あとのフォローは俺がやる」
「はい」
と元気な声で返事をする。
「やあ、城田。やはりおまえさんか」
と小野監督が声をかけてきた。
「やあ、小野さん。お久しぶりです」
「薫くん、あきあくん。城田はね、以前一流新聞の敏腕事件記者だったのだよ
でも、映画が好きでね。芸能記者に転身した変わり者なんだ」
「小野さん、それ以は言わないでくれ。身の置き場がなくなってしまう」
「ははは、相変わらずだな。
どうだ、向こうにお前さんと同様記者から脚本家に転身した谷がいるんだ」
とひっぱっていった。
薫、あきあ、まゆみ、律子、杏奈、京子とおもいおもいの食事をしながら
談笑していると
「あきあお姉さん!」
とひづるが駆けてきた。
「おはよう、ひづるちゃん」
「おはようございます」
ときちっと礼をする。後からにこにこと笑顔の両親がついてきた。
「おはようございます」
「おはようございます」
昨日、その表情にあった黒い影が嘘のように消えている。
「この子ったら、早く行こう、早く行ってあきあさんに会いたいって
私達を追い立ててね。もう、しようがない子で・・・・」
といいながらも、あきあにくっつきまわるひづるを笑顔で眺めている。
「どうお?楽になったでしょ」
「うん、素直になるのがこんなに楽だなんて。つっぱっていたのが馬鹿みたい」
といいながらあきあの手をしっかり握っている。
「あきあお姉さん、いいこと教えてあげようか」
「なあに?いいことって」
「パパとママったらね、今日あきあさんに会えるからって朝からそわそわしてるの。
その上、何を着ていこうかってことから夫婦喧嘩をはじめてしまって、
こんなに遅くなってしまったの。私のせいじゃないのよ」
「これ!ひづる!」
と我が子を叱り付ける。我が子を人前で叱り付けるなんて昨日まで見られなかった。
「へへへ、叱られちゃった」
といいながらとても嬉しそうに笑っている。
「お父様、お母様」
といってからあきあはさっと手を出した。
「握手をさせてください。とてもいい子と共演させていただくお礼です」
そんなあ・・・・といいながら、嬉しそうにあきあの手を握っている。
後で両親はひづるに
「あなたのいったとおりね。とてもあったかで柔らかくて優しい手ね」
とうっとりとしていた。あきあの大ファンになった両親の感想だ。
「ねえ」
と、ひづるがあきあを不信そうな目で見上げる。
「さっき、あきあお姉さんがひづると共演と言ってたけど、
台本には絡むシーンは一つもないんだけど」
と残念そうにいったが
「昨日ね、急遽に台本を書き換えてもらったの、ほら新しい台本が配られているわ」
嬉しそうに
「ひづる、貰ってくるね」
といって走っていく。
「可愛い子ですね。あの子が天城ひづるですか?」
といってから首をひねる京子。
「全然、印象が違ってる」
「あの子いい子なのよ」
と横から薫が口を添える。
「はい、これ早乙女薫さんの分。はい、あきあお姉さん」
と台本を配ると、ぱらぱらと台本をめくって
「あっ、このシーンですね。闇を支配する弟のあきあ・・・・弟のあきあって男でしょ」
「ええ、陰陽師あきあは男と女両方の身体を持ってるの、男女両性有というの。
あきあは悩んだわ、そして呪文で男を消して完全な女性になろうとするのよ。
でも失敗しちゃったの。弟のあきあが姉のあきあの術で消えてしまうのがいやだって
反乱を起こすの。暗い闇の力を手に人々を陥れ、鬼をあやつり、怨霊を復活させるの
そんな闇の弟のあきあと、光である姉のあきあが戦って傷つき倒れたのは姉のあきあなの」
「死んじゃったのですか姉のあきあ・・」
と心配そうに尋ねる。あきあは首を振って
「いいえ、同じ身体なのだから姉のあきあが死んじゃうってことは、弟のあきあも
死んじゃうってことでしょ」
「よくわかんない」
「ふふふ、いいのよ。だから姉のあきあが弱ってしまうのをまって
弟のあきあが、姉のあきあの身体も心も乗っ取ろうとするのよ」
「何かわからないけど凄い!」
「そこに現れたのが、幼い頃のあきあなの。これがひづるちゃんね。
幼いあきあは弟のあきあを『そんなことしてはいけない』ってたしなめるんだけど
弟のあきあはきかないわけ、そこで対決するの。
幼いあきあは修行したわけじゃないから、術を使えなかったけど
倒れている姉のあきあから、ロールプレイングゲームでいえば
経験値を借りるのね。姉との凄い闘いで・・高い屋根に飛び移ったり
空を飛んだり、術で龍を呼んだり、雷、風、雨はもちろん怨霊、鬼、が
出てくるのよ。その結果、弟のあきあも疲れきっていて、
幼いあきあに倒されてしまうの。でも死んではいないの。
さっきもいったけど弟のあきあが死ぬってことは
姉のあきあも死ぬってことでしょ。体力を消耗した弟のあきあは再び
姉のあきあの身体の中に隠れてしまうのよ。これが対決シーンのあらすじね」
そばで聞いているものにとって台本を見もしないでスラスラと答えるあきあ、
そしてその内容の迫力には圧倒されていた。
「凄い!凄い!早くやっていたい」
ひづるがいうと
「そうね、私もとても楽しみにしているの。ひづるちゃん、負けないわよ」
「ええ、私だって」
とひづるの負けん気が顔を出す。
両親も追加されたシーンに驚きを隠せない。演技の経験が豊富なだけに
このシーンがどれだけのものかわかってしまうのだ。
ハリウッドにも負けない特撮なのか?今でいうCGを使うのか?
次に言ったあきあの言葉には仰天させられた。
「ひづるちゃん、このシーンの撮影はとても危ないシーンが出てくるから
絶対に自分勝手なことをしちゃあ駄目よ。私がひづるちゃんを守るから
安心していていいんだけど・・・・」
「危ないシーン?」
「ええ、術で鬼や龍を呼び出すから・・・・」
「じゃあ、本物を使うのですか・・・・凄い!」
両親には良くわからなかったが、本物といった我が子の言葉・・・・術?
何かこの映画の撮影はとんでもないことがおこりそうだ。
「あきあ、監督が呼んでいるわよ」
まゆみの声に振り向くと、舞台袖で小野監督が手招きしている。
「ちょっと待っててね」
ひづるとつないでいた手を放して監督のところに進んでいった。
薫が見ていると小野監督が熱心にあきあを、かき口説いているように見える。
あきあがうなづくとぽんぽん肩を叩き、監督は舞台にあがっていく。
あきあが薫のほうを向いてうなづいているので安心して椅子に腰掛けたが、監督とはいえ男だ。
男と話をするあきあが心配で仕方がない。
「あああ~、では、一応今後の予定を言っておきます。
今日はもう早く帰って、嫁さん孝行するなり彼女とホテルにしけこむなり
自由ししてくださっても結構です」
また監督のいつもの口調が始まったとニヤニヤするスタッフ。
「明日は追加されたシーン10の撮影をおこないます」
といった監督の言葉で会場が割れた。
「監督!いくら監督の言葉でも承服できません」
「そうですよ。シーン10といえば特撮かCGか決めてませんし
そんな大掛かりなセットすぐにはできません」
監督はニヤニヤ笑って皆の声を聞いている。
「いやだなあ、監督。笑ったりして、いつもの冗談でしょ」
「俺が映画の撮影に関して今まで冗談を言ったことがあるかね」
「えっ、では・・・・」
「出来るんだよ、彼女がいてくれれば」
と言って袖に待機していたあきあを呼んだ。
静かにドレスの裾を持ちながら舞台に上がるあきあ。会場では何がはじまるのか見当がつかない。
「薫、いよいよね」
「薫さん、私の目を通して沙希姫さまが見ていらっしゃるの。けらけら笑っていられるわ」
「沙希姫様もこういうお祭り騒ぎがお好きなのね」
三人のそばでひづるが両親に
「パパ、ママ、よく見ておいてね。あきあ姉さんの陰陽師としてのデビューを・・・・」
我が子の言葉ながら不信そうに舞台を見ている。
「監督、いくらなんでもこの衣装では我慢できません」
と情けなさそうに監督に訴えるあきあ。
「そうか、じゃあ。君の衣装を変えるところを最初にしよう」
「諸君、今からこのあきあくんがどうして大掛かりなセットが必要でないかを証明してくれる」
ではとスタンドマイクの前に立つあきあ。
「みなさん、これからお見せすることはこの会場内だけの人の秘密です。
マスコミの方にはお話されないよう頼みます。
一応皆さんには呪をかけておきますから、話したくても話せませんが。
あっ、そのマスコミのお二人は別ですので・・・・」
シュ?何のことだろうと首をひねる会場の人々。
「あっ、それからこの会場内に結界を張っていますので、しばらくは出入り出来なくなっています」
結界?また不思議な言葉が出てきて首を振りながら試しに
ドアを押したり引いたりしてみる。びくともするものではない。
「だめだ。開かない」
力自慢の男達の声だ。
「では」
と印を結び呪文を唱える。
するとどうしたものか、いきなりドレスがあの陰陽師あきあの旅姿の
衣装に変ってしまった。早代わり?そんな一秒もかかっていないのに・・・。
会場後方にいた人たちも舞台のほうに寄ってくる。
動かないのはまゆみ、薫、律子、杏奈の四人だけだ。
「すいません、そこのティッシュをとっていただけませんか」
箱入りのティッシュを渡されると一枚抜き取り、箱は足元に置いた。
丁寧に折り人型にちぎると
『ふっ』と息をかける。
するとたちまちあきあの横に黒い烏帽子をかぶった平安時代の衣装の公達がたっていた。
『ウオー』声無き声が響きわたる。
「これは式神です。安倍晴明様を写しとっています」
と説明する。
「どうぞ、晴明様ご挨拶を」
「我名は安倍晴明、ここにいる安部あきあの師である。
あきあは時空を越えて我元へきて、厳しい修行の末、我は安倍という字を与えたものである。
術は我と遜色ないものであるが、なにせ若い。時には失敗することもあろうがよしなに頼む」
といって一度消えかかったが
「今、京の守りが緩んでおる。北の玄武、東の青龍、南の朱雀、西の白虎
守りを固める四神相応の陣で結界をあらためて張ってほしい」
と言う言葉はあきあにとっても思わぬことであった。
「あっ」
と声をあげたのは会場にいたこのホテルの支配人だ。
その声を横目に落ち着いたあきあに
「今のが安倍晴明ですか、少しイメージが違ったけれど、よし本物にちかづけてみよう」
と舞台下から飛龍高志の声がかかる。
「飛龍さん、私の術を信じていただけるのですか」
「今のを見て、信じないわけにはいかないでしょう」
と笑っている。度胸のある方だ。
もう一枚ティッシュを取り息を吹きかけると
黒い全身タイツを基本にした・・・・
杏奈がデザインした衣装を着たあきあとそっくりの人物が現れた。
胸と右手の甲には青い蝶の刺繍が輝いている。でもどこか違っていた。
そう身体つきが女というより、どこか男っぽく中性的な体つきであり
チャイナドレスを加工した衣装で隠れてはいるが股間の膨らみが感じられる。
何故か暗い闇の底から浮かび上がってきたような雰囲気があった。
あきあが飛び上がり会場後方まで宙を飛び身を翻して薫達の傍に降り立ち
追いかけてくる男のあきあの鉄扇をくぐりぬけ、手刀で手首をうつ。
落とした鉄扇を会場反対までけりつけ、手刀での争いになる。
再びあきあが飛び上がり舞台の上にもどってきた。
会場は物音一つ、声もあげずにこの二人の闘いを見ている。
男のあきあも舞台に戻り、今度は宙で・・・そう舞を見ているような
術者とはこんな闘いをするのか、眼が覚める思いで殺陣師は見ていた。
監督は予想以上の術に心が躍っている。
争いは終わった。あきあの吹きかける息で男のあきあは消え
ただの紙もどり空中をふわりふわり舞い落ちる。
宙にいたあきあも静かに舞台上に降り立った。
シーンと静まりかえった会場・・・・突如『ワーオウ』という歓声が響き渡る。
会場の結界も解かれ、開け放たれたドアから何事かと覗き込むホテルの泊まり客や従業員。
「凄い!凄い!・・・・・凄い!の一言だ」
舞台上の小野監督が大声でいっている。
こんなこと慣れてはずの薫たち五人も呆然と立ち上がっていた。
いまさらながら術の凄さ、沙希の素晴らしさに感動さえ覚えている。
「あきあ姉さん・・・って」
と言葉にならないひづる。
父親はあきあの動きに眼を奪われっぱなしだった。
歌舞伎に通じる円の動き、舞に通じる・・・いや、舞の原点を見ていたのだ。
母親は娘に嫉妬していた。私がもっともっと若ければ・・・・
あきあと共演できる娘の幸運・・・・悔しいが嬉しい、複雑な想いが交差していた。
薫達の元に大空圧絵がかけてきた。
「薫・・・あの子って・・・・あの子って・・・」
「そうなの、伝説の子。私達一族を呪いから救ってくれる子なの」
「私帰る・・・・私、映画が終わったら里に帰る・・・・あの子の元で暮らしたい・・・・」
「待っています、私達みんな、貴女をまっています」
「律姉・・・私、沙希についてきて良かった・・・本当によかった・・・」
「そうねえ、杏奈!あんたは沙希についていればもっともっと大きな仕事が出来るわ・・・
私はそう感じる。だから、杏奈は決して沙希の手を離しちゃ駄目よ」
「わかった。絶対に手は離さない。だって、律姉のお墨付きだもん」
「こいつ・・・」
京子は近くにいた城田の背広の袖を掴んだまま震えていた。
「城田さん・・・城田さん・・・・これって一体・・・・」
言葉になっていない
城田にしても、平静を装っているだけで声の震えはどうにもならない。
「俺だって・・・・俺だって・・・・」
「よう、城田。どうだった?」
脚本家の谷が声をかけてくる。
「どうだった?だってえ・・・お前なあ、あんなの見てどうも思えないのか。
そこまでお前は鈍感になってしまったのか。そんなことじゃあ、いい台本なんて書けない。
やめっちまえ!」
おこった城田に
「アホっ、平気なことないじゃないか。この手の震え、この足の震えを見ろ」
なるほど、小刻みに震えている。
「この震えどうにか止め様としてるんだが全然止められない・・・あの人を見ろよ」
と舞台上の小野監督を指差す。
「あの人は日野あきあの術のこと知ってたんだ。
でも実際目の前でみたら、あのとおり、笑い顔が引きつってるよ」
「谷、おまえは事前になにも聞いてなかったのか」
「聞いていたとも、でも信じられるか?タイムスリップして
1000年も前の安倍晴明のもとで修行をしていたなんて・・・お前、日野あきあは何歳だと思う?」
「見た目は16~7か・・・でも、経歴で不肖なところがあるんだが・・・」
「25よ。修行の途中で若返ってしまったんだとよ」
「若返った?」
「そう、あきあと付き合ってると常識なんてくそ食らえだ」
とやけっぱちに言い放つ。
スタッフや共演者は輪になって話している。
「この映画って・・・・この映画って・・・」
「なにが言いたいんだよ」
「どうなるんだよ、この映画・・・・」
「そりゃあ、大スペタクルだよ、全て本物の鬼や怨霊を使って・・・・」
「俺やだよ、鬼に対して待機命令だしたり、怨霊にカチンコ鳴らしたりするの」
「あほ!そんなの。あの子がすべてやってくれるよ」
と舞台で監督と話をしているあきあを見る。
「あんな可愛い顔をしてさ」
「俺、あの子が怖くなったよ」
「二役だって、あきあにそっくりな沢口靖子を使うって思ってた」
「それが、式神だって・・・・ついていけないよ」
情けなそうに話すスタッフたち。
舞台上では小野監督があきあに
「さっそくだが、あきあくん。明日のロケする場所だが」
「ええ、広い場所さえあればいいですわ」
「広い場所ねえ、・・・そうだ、野球場はどうかな」
「それくらい広ければ」
「何も用意はいらないのだね」
「撮影機材だけで」
「よし、場所はこれから探させる」
あきあは薫のところに戻っていった。
「あきあ、何を話していたの?」
「明日のロケ場所のことなの」
「ロケ場所?・・・まだ決まってないの?」
「ええ、広い場所ならどこでもいいって言っといたわ」
「あきれた」
「明日はマスコミを招いて大々的にロケするんだって」
「そんなことしたら、あきあのこと日本中にばれてしまうじゃない」
「大丈夫よ、律姉。結界を出たらマスコミの人達の記憶を消しちゃうから」
「えー、私の記憶も消えちゃうんですか」
と京子。
「京子さん、あなたと城田さんはいいの。そのかわり私達のそばから離れたら駄目よ」
記念式典は終わりをつげ、三々五々にみんな帰っていったが
あきあの前で畏怖するかのように立ち止まり、礼をすると足早に帰っていく。
それでもあきあの可愛い笑顔を見るとなぜか強張っていた顔がホッとしたように変っていく。
そんなあきあの前にホテルの支配人がやってきた。
「日野あきあ様、折り入ってお話があります」
「なんでしょうか」
とマネージャー役の律子が答える。
「あきあは術を使うと疲労が激しいので」
と断りをいれるが
「申し訳ございません。
私めの弟が『晴明神社』の神主をしているといえばお分かりになるはずですが・・・」
「あっ、晴明様からの手紙」
「ほう、よくお判りで。封の表には『先の世に我つたえし術者現われしとき
この手紙託すものなり』と書かれており『何人もこの手紙あけるなかれ』となっております」
「どうして私に?」
と聞くと
「昨日よりの早代わりの術、そして本日の大変な術をみれば一目瞭然でございます」
「一度も封をあけてないんですね」
「はい、封を開けようとしても開けられなかったというのが真実です」
「わかりました。では着替えたらすぐに」
「あきあ、でも表にマスコミが張ってるわよ」
「そうねえ」
「あのう、今従業員の出入り口に従業員送迎用のバスが止まっていますが」
「ああ、それいいわ。それで出かけましょう」
「あら薫さんも行くの?」
「あきあ、この私を置いていく気?」
「わかりました、わかりました。薫さんを置いていくと、あとでどのような仕打ちが・・・・」
「こら、あきあ」
「うえ~ん、ごめんなさい」
薫とあきあの言葉にほっとする一同。
「あのう、私達も行っていいですか。ねえ城田さん」
「支配人さん、ご迷惑でなければ」
「ええいいですとも、送迎バスは大型ですので」
「じゃあ私も・・・・」
ということで、あきあ、薫、まゆみ、律子、杏奈は勿論、京子、城田のマスコミ組、
天城ひづると両親、そして
「わたし、晴明神社って行ってみたかったの」
ということで大空圧絵も加えられた。
支配人を入れ、計12人がバスに乗り込んだのはそれから1時間後となった。
バスはマスコミの車を横切って町の中に出て行く。
誰も気がついていない。
「ふふふ、やったね」
と屈みこんでいた体を伸ばすと
「やあだ~、薫さん。その変装まるでキャディさんみたい」
「誰がじゃい」
とあきあの頭を両手でぐりぐり押す。
薫とあきあの子供っぽさ、凄いギャップに京子はクスクス笑い出す。
「ねえ、あきあ。次のゲームソフト出来たんでしょ」
「ええ、『妖・平安京 風の章』はもう会社に渡したからバグがないか調べているはずよ」
「でも、まだ続くんでしょ」
「ええ、5部作にする予定なの」
「あきあさん、もう次のソフト出来ていたんですか」
「ええでも、発売されるのは半年ぐらい先ね」
「でも、たいしたものですね。いつ仕事をするのかしら」
「そうでしょ、私なんか。喰っちゃ寝、食っちゃ寝だから・・・」
「薫さん、もうすぐ狸になっちゃうもんね」
「こらあ、あきあ・・・・でも、早くなりたいな」
最後の言葉は沙希を見ながら熱っぽく語ったが小さな声だったので
聞こえていたのは沙希だけだった。
バスが晴明神社についたのはそれからしばらくだった。
ぞろぞろと大型バスから降りてくるのは
変装しているといっても人気者達ばかりだからすぐに観光客の目にとまり輪が出来てしまった。
薫の影に隠れていたのであきあは見つからず支配人と共に神社の中に急いで入っていった。
薫と大空圧絵だけが捕まっている。
しかし、すぐに追いついてくるだろうから皆、先に神社に入っていった。
支配人の弟は少し年が下だけでそっくりな神官であった。
支配人から電話で聞いていたらしく安倍晴明の手紙は用意されていた。
しかし、兄からの電話だといえ俄かには信じられない話であきあを不信の目で見ていた。
手紙を受け取っても封を開けることができない。
やはり・・・という顔になったが、あきあが印を結んで呪文をあげると驚いた顔になった。
封に『フッ』と息を吹きかけると、今まで開くことの無かった封がふわっと開いた。
「あっ」
という神官の声があがる。
封の中から巻き紙を出す。
「あきあ、声に出して読んでちょうだい」
閉められていた障子の向こうから声がかかり、薫と圧絵が入ってきて皆の隣に座る。
「はい」
と言ってから、巻き紙を読み出した。
師の手紙だと思うとホロリと涙がでる。
『安倍あきあ殿』
「あっ、私への手紙だわ」
神官が驚いてあきあの顔を見直している。
「この手紙の封を開けられてより、そなたに教えられた時に直すと1時間後
綻びかけていた結界が破れ、朱雀門が開くなり。
かねてより、そなたに教えておいた結界の術を施さねば、幽界より
悪鬼の数々が世に出でて京をいや日の本の国を滅ぼさん。
くれぐれも結界の術、忘れるものなかれ。
次代の第二のあきあにもこの術、継承されん 安倍晴明」
「大変だわ、朱雀門が開いてしまうなんて・・・・」
「どうするの?あきあ」
「神主様、封の切られていない新しい墨と清らかな水をすぐに用意できますか?」
「いえ、墨はともかく清流なんて」
「では、どこへいけば」
「たしか和歌山の熊野古道に流れる清流が・・・でも駄目です。
1時間の内なんてとてもとても」
「この懐紙をいただきます」
といって器用に折りだす。
そして、印を結び宙に五芒星を描いて折り紙に当てる。
すると、指先から光が出て折り紙を変化させた。
『カアッ』
と鳴く黒い鳥が出現した。
「ヤタカラスよ、そなたの故郷に帰りこのつぼに清流から生まれし清水を汲んできておくれ」
とあきあがいうと薫が開け放った障子から
『カア』と一声鳴いて凄いスピードで飛び去った。
この様子を見ていた神官とその弟子達、眼を白黒させながらあきあを見ているだけだった。
「ねえあきあ、何か手伝うことはないの?」
律子がいう。
「お姉さまたちはそこで私を見守っていてください」
あきあの言葉使いが変ってきている。
「お姉さまたちの後押しがなければ、この術最後まで出来る自信がありません。
じっと見守ってくださるだけでいいんです」
薫達は頷くしかなかった。ひづるにはそんなあきあが天女のように見えた。
「神主様、祭壇をここに用意していただけませんか。
術はもう始まっています。私はもうここから動くことはできません」
神主はあわてて弟子達を総動員してあきあの前に祭壇をつくった。
「ひづるちゃんいらっしゃい」
とあきあが手招きする。
ひづるが行くと
「お願い、この役目はあなたしか出来ないの。
私の手をもってそこのローソクに火をつけてくださいな」
ひづるはあきあの顔を覗くと眼に光が無く、一点を見つめたまま動かないのだ。
「あきあお姉さん、眼が」
「ええ、今私の眼はヤタガラスがもっていってるので見えないの」
「いやよ、あきあお姉さんの目が見えなくなるなんて」
「大丈夫よ、ヤタガラスが帰ってきたら眼は元通りになるから。ね、お願い」
あきあの頼みにひづるはあきあの手を添えてローソクに火をともした。
「ごめんね、ひづるちゃん」
どうしてあきあが謝ったのか、つぎの言葉で判明した。
「私の命をこのローソクに移しました。ローソクの火が消えてしまえば私の命も消えてしまいます」
「いやあ・・・・」
ひづるが叫んだ。
「ごめんね、ひづるちゃんこんなことあなたに頼んで、でもあきあは負けないわ。
約束する・・・生きてあなたの前に戻ってくることを・・・」
「だから、必死でこのローソクの火を見ていて」
見ているだけでは、どうにもならないが皆の願いを無碍にはできない。
そしてニッコリ笑う。
「戻ってきたわ」
『カア』
黒い烏が飛び込んできた。
とたんにあきあの眼に光がともる。
壷には満タンの清水が・・・・。
「ありがとう、あなたの役目はもう終わりよ」
ヤタガラスは嫌々をするがごとく首を振りつづける。
「困った子ねえ。いいわ、そこでおとなしくしていてね」
『カア』と鳴く
ひづるの好奇心はいっぱいになる。
「烏さん、こっちにいらっしゃい」
「これ、ひづる」
「いいのよ、本物ではないから」
ヤタガラスはちょこちょこと歩いてひづるの前に来てから肩の上にポンと乗る。
まるで手乗り文鳥のようだ。
時間の瀬戸際の中のホッとする場面だ。
こんな場面に遭遇するマスコミ代表の二人、声もでない。
見守っているしかしかたがないのだ。
一番はらはらしているのが薫、まゆみ、律子、杏奈だ。
沙希の身に何かあれば皆にどんな申し開きをすればよいのか。
墨を摺りながらあきあの祝詞がはじまった。
ときどきローソクの火がゆらめいてヒヤッとする。
薫達は風がはいらないように注意深く周囲を見守る。
「京子さん、半紙を4枚に切ってくださいな」
京子は言われたとおり注意深くペーパーナイフで4枚にきりわける。
それにすりあがった墨をたっぷり筆につけ
1枚1枚、さらさらと何事か書いていく。
達筆すぎて読み取ることが出来ない。
そして
「北の玄武、東の青龍、南の朱雀、西の白虎 これを四神相応の陣なり」
といって書いた半紙を火にくべる。
祝詞は続いている。神官たちもあきあに続いて一心に祝詞をあげる。
心がひとつになっているのだ。
するといきなり火が燃え盛り、それが鬼の顔となっていった。
「邪魔をするのはお前か・・・・結界を破らせろ!・・・邪魔をするな!・・」
「みんな返事をしてはいけません。返事をすることは呪をかけられるのと同じです
鬼に食べられてしまいますよ。姉上達、この半紙をちぎって耳に入れなさい。
そして、眼をとじていてください。
神官様のお弟子さん、怖ければ出て行ってもいいのですよ。誰も邪魔をしません」
皆に注意をすると再び力強く祝詞をあげていく。
「邪魔をするな。朱雀門をあけろ!久しぶりに人間を食べさせろ!」
鬼の顔が伸びてきて祝詞を上げる神官達の目の前にくる。
中年の神官がとうとう我慢が出来ず悲鳴を上げた。
そのとたんその鬼は悲鳴を上げた神官を襲った。
グイと飲み込みバリバリと骨の砕け散る音、
好奇心で耳栓をはずし、眼をあけていたひづるにとって我慢ができない
光景でおもわず悲鳴をあげてしまった。
鬼の首がぐいっとカーブするとひづるの前に顔をみせる。
「おお、女ではないか、しかも一番美味といわれる子供の女」
「わしに食わせろ!」
別の鬼が近寄ってくる。
(しまった)あきあはひづるの好奇心の強さを見逃していた自分に腹を立てた。
しかし、ひづるをすくったのはヤタガラスだった。
ヤタガラスは鬼の顔に飛び掛り、鋭い爪で鬼の顔をひっかく。
しかし、式神の身でかなうはずのない相手であった。
跳ね飛ばされ、一瞬のうちに元の懐紙にもどってしまった。
あきあはひづるを背にかばい、鬼の前に立ち尽くす。
「なんだお前」
「お前こそ・・・・お前の名は・・・」
「俺は青鬼」
「お前の名は・・・・」
「俺は黒鬼」
「では青鬼、では黒鬼」
「なんだ」
という声とともに
「しまった」
といって動かなくなってしまった。
「おのれ、呪をかけたな」
あきあは鬼の言葉に耳をかさず、
「神主様、その火に残っている壷の清水をかけてください」
といわれても、壷は鬼の顔の下だ。
恐る恐る手を伸ばして壷を取ろうとするが、動かないとはいえ恐ろしい鬼の顔、
かあっと睨まれて思わず手がすべり壷を倒してしまった。
零れ落ちる清流から汲んだ清水、これで鬼を倒すことができなくなった。
結界も張れない。窮地に陥ったあきあ・・・・・・。
ついに鬼があきあの命の火を見つけてしまった。
にやりと笑いながら、火に『フー』と息をかける。
たちまち苦しがって崩れ落ちるあきあ、薫も皆もどうすることもできない。
『フー』と鬼が息をかけるごとに脂汗を流しながらあきあが転げまわっている。
「あきあ姉さん、しっかりして・・・・大丈夫っていってたじゃない。
生きてひづるの前にいるんでしょ」
ローソクの命の火が消えようとしていた。
そのとき少女の眼から清らかな涙が流れ落ち、あきあの瞳に降りかかった。
涙は形を変え、あきあの上に公達姿の安倍晴明が現れた。
宙にある晴明は印を結ぶと零れ落ちたはずの清水が逆回転のビデオを
見ているように壷にもどり、壷が宙をとんで鬼が現れた火にかけられた。
すると『ギャア』といって鬼は消滅したのだ。
宙から降りた晴明はあきあを抱き起こして
消えかかった命の火を力強い炎にかえあきあにそそぎこんだ。
『パチっ』と目覚めるあきあ、そこに思わぬ師の顔をみて慌てて座りなおす。
「これは、晴明様。思わぬ失態を見せ申し訳ございませぬ」
「よいよい、そなたはそこな娘を助けるために命を犠牲にしようとしたのではないか」
「ほほほ・・・相変わらず安倍晴明様は幼いお子に甘うございますな」
と声がかかった。
見ると律子が横になって、その上に沙希姫が宙にいた。
「おおう、これは沙希姫殿。おひさしぶりでございまするなあ」
「これはのんき・・・京の結界はどうされるおつもりか」
「いかん、いかん、これあきあよ。わしは写し身、結界は張れぬ。おぬしがすべてするのじゃ」
「はい、晴明様。お願いがございます。そこの沙希姫様とそばにて見守っていてくださいませ」
「ほほほ、沙希。甘いのはわらわも同じじゃ。
わらわの生まれ変わりのそなた、充分に見守っておるぞえ」
信じられぬ情景だが神官としてこの神社を守る身、
安倍晴明から直接声をかけられ一段と感激が強くなる。
しかも、年に一度弟子の安倍あきあがここを訪れ結界の綻びを点検していくという。
結界を張りなおして、ここを去る際、沙希姫と晴明はともに天に帰っていったが
沙希姫のこの世を律子の眼を通して見る楽しさがもう止められず、ずっと続けていくという。
律子は困ってしまった。あんなことこんなことも沙希姫に見られるとおもうと・・・・・。
安倍晴明も沙希姫にあおられ、しばらく弟子のあきあの眼をとおしてこの世を見ていくという。
なんかこの世で無い人がこの世を楽しむ、変なことになったものだ。
ぐったりとバスの座席に座り込むあきあ。
そんな状態をみて単独インタビューが出来るかどうか心配な京子。
でもあきあは忘れていなかった。
「いろいろあったけど、薫さん。
京子さん達のために単独インタビューお食事しながらしましょうね」
「あきあ、大丈夫なの?あんなことあったので疲れているんじゃないの?」
「大丈夫ですよ、若いから・・・それに晴明様に強い命の炎を入れてもらいましたもの」
こうしてホテルに帰った沙希たち。
ゾロゾロと従業員送迎用のバスからあきあ達が降りてきたのをみて
マスコミの連中は慌てて皆を囲んで話を聞こうと必死だった。
あきあの前にあのひつこい記者が現れた。
そして、頭を下げると
「申し訳ありませんでした」
といった。
「どうしたの?」
「いえ、あの指紋警察で照合したら同一人物という結果がでました。疑ってすいませんでした」
とあやまった。
あきあがロビーに入っていく寸前、あの記者に耳打ちをした。
驚く記者に同僚が
「どうした、何かいわれたのか」
「いや、『くまさん、愛妻のしずちゃんのおいしい卵焼き食べてがんばってね』
だって・・・おい、お前が俺のこと話たのか」
「馬鹿いえ、なんでお前のこと話すことがあるんだ」
「そうだろうな・・・・う~ん、わからん」
ロビーではエレベーターを待つ間
「ねえ、あきあ。あの記者に何をいったの」
「へへへ、ちょっとしたいたずらしちゃった。こういったの。
『くまさん、愛妻のしずちゃんのおいしい卵焼き食べてがんばってね』って」
「へえ、あの記者、くまさんっていうんだ」
そこへエレベーターが下りてきた。
乗り込むと
「ねえ、みんな私の部屋で食事しない?このまま別れてしまうの寂しいもの」
「いいんですか?」
とひづる。
「私もいいのかしら」
と大空圧絵。
「ここにいる全員よ」
「じゃあ、みんな着替えてから薫さんのお部屋に集合ね」
とあきあがいった。
みんな着替えていくと驚いたことに食事の用意は全て終わっており
支配人がにこにことして待っていた。
「今日の食事はすべてこのホテルもちとさせていただきます。
京都のために大変な目にあわせてしまい申し訳なかったとおもいます。
おまけに絶対会うことのないあんな有名人に会わせていただいて身に余る光栄でございます」
といって頭をさげた。
その後の食事での単独インタビューの結果はここには書かない
ただ、マスコミに送られる大賞に選ばれ、
載った週刊誌は3倍増の版をかさねて単行本にまでなってしまった。
京子は結果フリーになってあきあのそばにいまでもいる。
天蓋孤独の彼女は里の住民になる資格が充分にあったのだ。
城田はまゆみにスカウトされ、早乙女薫事務所のメディア部、つまり沙希の
開発するソフトの宣伝等を担当するのだ。
悠々自適をしようと思っていたがそうは沙希がさせなかった。




