第一部 第七話
沙希は日野あきあとして一つの大きなハードルを越えたことにより緊張がとかれ、
いつのまにか眠りこんでしまっていた。
いつものように律子と薫はラベンダーの香りが漂う沙希の身体に密着させ、
その手を握って車の振動に身をまかせていた。
ときどき沙希の寝顔を見ながら
『クスっ』と笑う。
こうしていると何故か幸せな気持ちになってしまう。
「二人ともズルイ!」
運転しながらまゆみがバックミラーを見ながら言ったのは当然といえば当然なことであった。
助手席にいる杏奈も後部座席を見ていう。
「しかたないわねえ、じゃあ律ちゃん。あなた運転できるんでしょ。少しの間変わってあげて」
「そんなあ・・・・」
「あら、お姉さんの言うことがきけないの!」
「もう、薫姉さんって勝手なんだから・・・・・」
まゆみは喜んでハザードランプをつけてから路肩に車をとめた。
「わたし、行き先がわからないわ」
「大丈夫よ、ナビをセットしてあるから。案内通りにいけば行き着くわよ」
とさっさと後部座席に乗り込んでしまった。
律子はしかたなく運転席に座ったが、つい気になってバックミラーで後ろの様子を覗き込んでいた。
「あら、私は?」
「杏奈は一番年が若いいんだから我慢する」
「そうよ、誰があんたのオムツを代えたっけね・・・・」
ミチルが幼い長女の手を引き、産まれたばかりの杏奈を抱いて帰国した
ミチルをバックアップしたのはまゆみだったのだ。
まゆみもまだ子供もいなく、大手プロダクションに入っていた薫と
秘密裏に事務所の設立の相談をしている頃だった。
ミチルが美容室の開店を前に忙しかったとき、
請われてまゆみが幼い二人の面倒を見ていたのだ。
「もう・・・・いっつもそうやって子ども扱いばかり・・・」
とぷっと膨れる。
「ほらほら、律ちゃん。早く車をスタートさせて。皆、首を長くして待っているわよ」
薫の言葉に律子も『プー』と膨れながらもアクセルを踏み込んでいく。
なるほどカーナビは便利な機械だったが、
今の律子にとってそのデジタルな声は苛立ちのもとであった。
「もう、何なのこの声は!・・・頭にきちゃう・・・・」
「律っちゃん、機械にあたってもしょうがないじゃないの」
という薫の声に
「だって、この声にはイライラしちゃうもの。ねえ、杏奈!
これじゃあ、誰だって運転が荒くなって交通事故をおこしてしまうわよ。そう、思わない?」
「よかった。私だけじゃないのね。機械は便利だけどその案内の声には私もうんざりだったのよ」
まゆみも同調してくる。
「これ、沙希さんの声だったらいいのに・・・・」
「沙希ちゃんの声?」
「だって、沙希さんの声をきいているとなにかフルフルって空気が震えて心地いいんだもの。
ねえ、律子さん。薫叔母さんもまゆみ叔母さんもそう感じません?・・・私だけかなあ・・・」
「もう、杏奈!いつも姉さんと呼びなさいって言っているでしょ・・・・」
「そうそう、私たちまだまだ若いんだからね」
「だって、不自然だもん。2人共ママより年上なんだから・・・」
「いいの、いいの・・・そんなこと気にしないって・・・」
「もう勝手なんだから・・・わかったわ。薫姉さん、まゆみ姉さん・・・」
「そう、それでいいのよ。最初からそう言っておけば叱られなくて済んだのに」
杏奈はヤレヤレと身体を前に向けてから運転席の律子に向けて
欧米人のように両手を腰の所で広げ肩をあげて見せる。
「そうねえ・・・ねえ、まゆみ!杏奈の言うとおりかもしれない。
私の雪夜叉と沙希ちゃんのあきあが対決した最後の場面で
母とわかったときの『母様・・・・』というこの子の声・・・・
恐ろしい悪心に染まった妖かしの心が自然と消えていって人間らしい優しさが出てきてしまったの」
「だってそれは・・・・」
「まゆみの言いたいことわかってるわ。演技だからって言うんでしょ。
でもこの子恐ろしい子よ。この子と対峙していると見境がなくなってしまうの。
あのとき私は本当に雪夜叉になっていたわ。私にとってあんな経験初めてよ」
「それって、凄いことなの?薫姉さん」
と杏奈が聞く。
「それはそうよ。今回映画で共演する人達、沙希ちゃんに夢中になってしまうわ。
演技を追求している真摯な役者さんばかりですもの」
「困るわ・・・・そんなの困る!」
と律子。
「どうして?」
と杏奈が横を向いて聞く。
「だって、私はソフトを開発している沙希ちゃんが一番好き!
今開発中のゲームソフト『妖・平安京 風の章』ももうすぐ出来上がるのに・・・」
「そうね、私としてはずっと女優でありつづけてほしいけど
ソフト開発者としても、今では世界的にも有名なのよねえ・・・・」
「まかしてちょうだい。そのことはうまくマネージメントをするから。
そのかわり律ちゃんも私を全面的に手伝ってね」
「ええ、わかってます。今のは完全に私の我儘ですから」
「ねえ、まゆみ。これっていけるかも知れない」
「えっ、何が?」
「カーナビよ」
「あっ!私もそう思うわ。薫姉さん」
「杏奈も賛成ね」
「ええ・・・・」
不信そうに見つめるまゆみにむかって
「わからない?」
「あっ、もしかして・・・・」
大きな声をあげた運転中の律子。
「わかった?・・・・じゃあ、律ちゃんが言ってみて・・・」
「沙希の声が入ったカーナビのソフトを作ろう・・・ってことでしょ」
「そうよ。出来るわよね」
「はい、でもハードの会社とは提携する必要があると思います。
でも、発売されたら交通事故も減るかもしれない」
「まあ、そこまではどうかと思うけれど、売れることは確かね」
そんな四人の話にも沙希は眼をさまそうとはしない。
よほど疲れているのか、綺麗にメイクされた唇から微かな寝息が聞こえる。
相も変わらずカーナビのデジタルな声に導かれて車は国道から離れて山奥へと入っていく。
「ねえ、まゆみさん。この道で間違いないの?」
律子が舗装されていない曲がりくねった道を気をつけながら運転しながら聞くと
代わりに答えた薫の言葉には驚いてしまった。
「いいわよ。ここはもう早瀬一族の山だから・・・でも気をつけてね。
道は何も手入れしていないから、間違ったら谷底ってこともあるから・・・」
「ねえ、薫姉さん。私も2回ぐらいしか来た事がないの。それも夜ばっかりだったでしょ」
「それは仕方ないわよ、杏奈。だってお店が引けてからでしょ」
「ええ・・・」
「じゃあ、律ちゃんも杏奈も良く見ておくのよ。ほら、霞んでいるあの山」
とまゆみの指差す方向には山のまた山・・・・を越えてずっと奥に微かに見える一段と高い山。
「あの山までがうちの土地なの。そして、今から行くところが早瀬一族の隠れ里というわけ」
「隠れ里?」
「そう、いいところよ。温泉も沸いているし、季節の食べ物がまたおいしいの」
「いいわよ、私も仕事に疲れたらいつでもここにくるの。
そして、リフレッシュして都会に戻っていくのよ」
まゆみが沙希の寝汗をハンカチで拭きながらいう。
「さあ、もうすぐ着くわよ」
★
山あいに囲まれたところに早瀬一族の屋敷が転々と存在していた。
古い屋敷群の中で一際大きな屋敷・・・それが本家であった。
車は薫の指示で大きな門をくぐり玄関先に止められた。
ママの真理とレストランを経営している操、そして杏奈の母ミチルと
そこで働いている美容部員の女性達・・・年齢差はあるが、多くの女性達が出迎えていた。
薫とまゆみに起こされて『キョトン』とした表情でまゆみに続いて車から降りた沙希・・・
ぼんやりと周囲を見回している。
「どうしたの?沙希ちゃん」
とママの声に初めて気が付いたように
「あっ、ママ・・・ここはどこ?」
「ここは早瀬一族のルーツの隠れ里よ」
「隠れ里?」
といいながら
「う~ん」
と力いっぱい伸びをして思いっきり空気を吸い込んだ。
「ああ~、おいしい・・・何か気分がすっきりしたわ」
「どうしたの?沙希ちゃんも薫も映画の扮装のまま帰ってくるなんて」
「だって、ブンヤさん達に後をつけられないように慌てて記者会見から逃げ出してきたんだもの」
「じゃあ早く着替えなくちゃあね。
でも先に沙希ちゃんの禊の儀式があるから地下の黄金の湯にいきましょう。
澪もすぐに来るでしょうから」
「奥様、この方は沙希お嬢様の・・・」
「ええ、そうよ。お梅さん、あなたが手塩に育ててくれた沙希ちゃんの生まれ変わりよ」
「おおう・・・・おおう・・・・」
と沙希の身体を必死にさわっている。眼が見えないのであろう。
白く濁ったその眼。でもそこからながれる涙はきれいに澄んでいた。
「おう・・・これはどうしたことじゃ。沙希嬢様の身体から薫様の香りがするぞえ・・・・」
「どれ、お梅。薫様はワシがお育てしたのじゃ。ワシのほうが良く知っているわい・・・」
とこれまたお梅とそっくりな老婆が出てきた。
この老婆も同じく眼が不自由なのであろう。必死に沙希の身体にすがりつき体臭を匂っている。
「これは、薫様じゃ。薫様の小さな頃とおなじじゃ・・・」
「お篠さん、薫はここよ」
と手を伸ばして合図をするが
「嘘じゃ、薫様はここにおられる」
二人の老婆にすがりつかれて戸惑っていた沙希だったが
やがて二人の暖かい情愛に沙希のほうから二人に抱きついた。
「お梅さん、お篠さん・・・私、あなた達が大好きよ・・・・」
そして、どうしてそんなことをしたのか沙希にはどうしてもわからなかった。
自然と身体が動き、左手の人差指と中指のみを伸ばし二人の濁った眼に
交互に当てながら右手で印を結んでぶつぶつと唱えてから
『フィッ』と空気を裂く音を口から放つと
一瞬、空気が変わり庭の枯れたはずの桜の木から桜吹雪が舞い落ちてきた。
呆然とする女達・・・どんな不思議の術をつかったのか
くたくたと崩れ落ちる沙希の身体を慌てて律子と杏奈がささえた。
「おう・・・おう・・・どうしたことじゃ。ワシの眼が見えるわい・・・・」
「おう・・・・わしもじゃ・・・」
二人の眼から濁りがすっかり消え、黒い瞳に光がともっている。
「沙希ちゃん・・・・あなたは・・・・」
ママが沙希の手をとる。
「あっ、ママ。私どうしてしまったの?身体から力が抜けてしまったわ」
どうやら沙希は自分がおこなった不思議な術のことは覚えていないらしい。
ママは沙希に負担をかけまいとそこにいた女達に黙っているように無言の合図を送った。
あとで真理とその妹達に二人の老婆は
「奥様、あの沙希嬢様は古より伝えられている伝説のお人じゃ。間違いはない。
伝説のお人は不思議の術を使うことができ、そしてこの一族の呪いを解いてくれますのじゃ」
と交互に言っていた。
20畳という広すぎる大広間に分厚い布団にくるまれて横になっている沙希の傍には
ママの真理と操を除いて他の早瀬の面々が
心配そうに付き添っていたが軽い寝息をかき出したのでホッとしたところだ。
律子は横に座る薫・・・・映画の扮装をといてノーメイクにワンピース姿、
実年齢よりも若々しい・・・に
「ねえ、薫姉さん。沙希のあれ、どういうことなの?」
「判らないわ、でもどうしても理由をつけるとすれば・・・・」
「理由をつけるとすれば?」
「この子が演技をすれば、演技ではなくなるわ。
全て本物なのよ。だから陰陽師あきあは本当に術を使えるわけ」
「術が使える・・・・・」
「それでは納得できない?」
「誰がきいても、そんな馬鹿なっていうでしょうね」
「そうよね、私だって信じられないもの」
「沙希さんってとても不思議!どんどん心が引き付けられていくの」
律子はそういう杏奈の手を固く握った。・・・・と、廊下から
「あら、貴女達。そんなところに集まって・・・」
ボソボソと答える声がして
「いいから、お入んなさい」
と障子が開けられてママと操が入ってきた。
その後ろからお梅やお篠・・・そして、女達がゾロゾロと入ってきた。
薫が立ち上がって入ってきた女達を座らせる。
「あらあら、隠れ里の全員が揃っちゃったわね」
「沙希嬢様は大丈夫ですかのう・・・」
「大丈夫よ、お梅さんとお篠さんに使った術で体力を使ってしまっただけよ」
「それなら、ワシらのために沙希嬢様は・・・・」
「いいから、いいから。気にしないの。沙希が言っていたでしょ。
お梅さんもお篠さんも大好きだって」
「おう、ありがたいことじゃ・・・ありがたいことじゃ・・・」
二人して眠っている沙希をおがみ始めた。
「止めなさいよ、まるで沙希ちゃんが死んじゃったみたいじゃないの」
「へいへい・・・・」
といいながらも拝みつづける。
「いいから、薫ちゃん放っておきなさい。満足するまでやらせておきなさい。
眼が見えるようになって、本当に嬉しいだろうから・・・・」
そのとき、廊下のほうから
「お乳母さん達、眼が見えるようになったんだって?・・・・」
と大きな声が聞こえてきた。
「ようやく澪がきたわね」
「あら、皆揃っちゃってどうしたっていうの?」
と澪が二人の看護師を連れて大広間に入ってきた。
そして、目ざとく横になっている沙希をみつけて
「沙希ちゃんじゃないの・・・どうしたっていうの?」
「澪!あんた曲りなりにも医者でしょ。さっさと沙希ちゃんを診断しなさいよ」
とまた薫が澪を挑発する。
「あんた達、場所柄を考えなさい。今はそんなことしている場合ではないでしょ」
操のきつい言葉に、薫はぺロっと舌を出して
「怒られちゃった・・・」
と肩をすくめる。
澪が足を進めるとサーッ女達が道をつくった。
「どれどれ・・・」
と沙希の手をとり診断にかかるが、すぐにほっとした表情で
「大丈夫よ、良く寝ているだけ・・・あら姉さん、それは?」
「起きたら食べさせようとおもって、おかゆをつくったの」
「駄目よ!今から身体の検査をうける人間にそんなものたべさせちゃあ」
「えっ、今から検査?」
「そうよ、時間がないのよ。今下界じゃあ、あの記者会見以来、すごい騒ぎになってるんだから」
「そんなに?」
「ああ、偶然だとは思うけど沙希ちゃんが変な術を使ったように見えたでしょ。
あれが拍車をかけて、どの局も特別番組をやってるの。
自称オカルト評論家みたいのが出てきてカンカンガクガクやってるし、
ゲーマー達がゲームソフトの解説をやってるし、
芸能記者達は共演者やスタッフ、監督に張付いてコメントをとろうと必死だし・・・
ねえ、琴ちゃん。千佳ちゃんも必死でテレビを見ていたものね」
最後に、連れてきた二人の看護師に話をするよう促す。
「はい、何か勝手に話をつくったりしているので腹がたって・・・腹がたって・・・
沙希お嬢様がお可哀想で」
と涙ぐむ。そして
「祖母の眼までなおしていただいて・・・・・」
「私の祖母も・・・・私、沙希お嬢様のためならこの命を捧げるつもりです」
「おおげさなんだよ」
「いえ、大恩ある澪先生でも沙希お嬢様の悪口は言わせませんよ」
と二人の看護師が澪を睨む。
横でこっそりと薫が律子に教えている。
「あの看護師の琴乃ちゃんは乳母のお梅さんの孫だし、千佳ちゃんはお篠さんの孫なの。
そしてまゆみは琴乃ちゃんの姉なの」
まゆみ社長は連絡係として先ほど事務所に戻っていった。
「じゃあ、事務所の皆さんは・・・・」
「ううん、違うわ。皆、現地採用よ。あっ、でも順子だけはあなたと同じなの。
あの子も高校生のころレイプをうけてこの山の中で自殺しようとしていたの。
だから、律ちゃんと同じ境遇なのよ。仲良くしてあげてね」
常に冷静で冷たい雰囲気で何か近寄りがたかった山瀬順子がグンと身近に感じられてくる。
「もう、うちの看護師まで沙希ちゃんの親衛隊になっちゃって・・・どういう子なんだろうねえ」
としみじみと澪は穏やかな寝息を立てている沙希の顔を見つづけていたが
「駄目・・駄目!私まで魅入ってしまいそう・・・・
あんた達、このまま検査室まで沙希ちゃんを運んできてちょうだい」
準備のために大広間を出て行く澪。
二人の看護師は手早く沙希をストレッチャーにのせる。
ぐったりと力が抜けた沙希の身体・・・・静かに毛布をかける。
はじめての律子にとってこの隠れ里は驚くことばかりだった。
時代錯誤の家だと思っていたのが、地下のこの医療施設はどうだろうか
最先端の医療設備がズラリとならんでいる。
検査室に運びこまれた沙希は手早く術衣に着替えさせられ、
メイクも落とされてベットに横たえられた。
「さあ、皆出ていって・・・・」
と澪にいわれて検査室から追い出される。
「大丈夫かしら」
「あとは澪にまかせておけば安心してよ。さあ、お腹が空いたから食堂へいって何かたべようよ」
薫が律子の背を押していく。
「薫ちゃんも杏奈ちゃんも先にお湯に入ってきたら? その間にお食事の用意をしておくから」
操にいわれて
「じゃあ、そうする。操姉さん、少し精のつくものをお願いね」
「わかったわ。まかせておいて。二人で律ちゃんを案内して温泉に入ってらっしゃい」
「律ちゃん、行こう・・・・」
律子は薫と杏奈に手を引かれてこの地下の奥へと進んで行く。
するとゾロゾロと・・・10代だろうか溌剌とした12人の少女が付いて来る。
廊下のつきあたりにドアがあり、開けると広い脱衣所になっていた。
律子がスーツのボタンに手をかけようとすると、
いつのまにか4人の少女達が律子の周りにあつまっていて『ギョッ』としたが
「私たちに、お世話させてください」
といって律子のスーツに手をかけていく。
「律ちゃん、おとなしく彼女達にまかせておきなさい」
見ると薫にも杏奈にも4人の少女がついていて
甲斐甲斐しく世話をして服を脱がせていく。
素裸になると頭から白い布を被せられてウエストのところで結びつけられた。
薫も杏奈も同じ格好をしていたが、シースルーになっているので
くびれたウエストやその下側の黒い翳りがドキドキするほどエロティックで
カーッと顔が紅潮してしまうのがわかる。
「律子様・・・・きれい・・・・」
少女の手が律子の乳房をそーっと触れる。
『ビクン』とする快感が身体中をめぐりはじめた。
「やめて・・・・・」
と言おうとするが、声にならない。
「律ちゃん・・・快感を受け入れなさい・・・・」
薫も杏奈も感じているらしく甘い声を出しながら
律子は夢の世界に誘い込まれていった。
いつのまにか湯の中で横たえられて浮かんでいた。
気だるい夢に誘われて時間がたつのを忘れている。
フと気づくと少女達の姿が消え、ニッコリと笑った薫と杏奈がいるのに気づく。
「あっ薫さん・・・杏奈ちゃんも・・・」
「どう?日ごろの疲れなんて飛んじゃってるでしょ」
「私、里に帰ってくると温泉に入るのが楽しみなの」
「本当・・・いいわよねえ。肩の凝りもなにもなくなっているもの」
と首を振ってみせる。
「彼女達は?」
「そこの壁の隙間から覗いてごらんなさい」
大きな岩壁に20cmほどの隙間があり、律子が覗いてみると
10人の少女達がキラキラ光る広い砂浜で波にたわむれていた。
(えっ?波?・・・・光る砂浜?・・・・)
驚いている律子に
「凄いでしょ。光る砂浜に湧き上がる温泉でつくられる波・・・」
といってお尻の下の砂を一掴み握って律子の眼の前で静かに開いてみせる杏奈。
「これって・・・・・」
「わかった?・・・・これが早瀬一族が山持ちになった秘密よ。
砂金なの。混じりっけなしの100%の純金よ。
今も温泉とともに湧き上がってきてるの。そして・・・・・・」
といって壁を指し示す薫。
「白くキラキラ光ってるのがダイアモンドの原石だし、青いのはサファイア、
赤いのはルビー・・他にもいろんな宝石が混じっているらしいけれど
そんなのわからなくてもいいのよ」
「どうしてですか?」
「早瀬一族にとって、もっと大事な宝がみつかったんだもの」
「それって・・・」
「そうよ、沙希ちゃんよ」
「沙希は私にとって大事な人なんです」
「そうね。律ちゃんの可愛い旦那様ですものね。
でもわたし達、早瀬一族にとっても大事な人ってこと忘れないでね」
薫の笑顔で何もいえなくなってしまう。
「これ理沙から聞いたと思うけど重ねて言っておくね。
沙希ちゃんは律ちゃんと結婚してこの早瀬一族の長となるのよ。
そう運命づけられているのよ。だから、あなたの身体も大事にしてね」
こう聞くと律子にとって純金も宝石も色あせてみえる。
一刻も早く沙希の傍にいたい・・・いきなり立ち上がる。
「あらあら、・・・・でも、私も同じ想いなのよね」
といってから大声で
「貴女達、あがるわよーー」
と叫ぶと
「はーい・・・」
と元気な声が聞こえてきた。
壁からの自然の打たせ湯で身体にキラキラとついていた砂金を洗い流すと
少女達がシースルーの浴衣を脱がせ、乾いたタオルで湯を拭きとってくれる。
かいがいしく世話をされるのに慣れてしまうとこれほど気持ちいいものはない。
用意された真新しい下着をつけ、お揃いの浴衣を着せられると大きな鏡の前に座らされた。
「メイクされますか?」
「いいえ、ここは女性ばっかりでしょ。素顔を見られてもかまわないからメイクはいらないわ」
「では、化粧水と栄養クリームだけにしておきます」
少女の手際よい手さばきでクリームが塗られ、顔のマッサージが繰り返されていく。
「その子はメイクアップアーティストなの。今度の映画にも連れていくわ」
薫の言葉で納得がいく。
「どうお杏奈!立場が逆になって自分が顔や髪を触られる気持ちは?」
「う~ん・・・楽でいいけど、いつも仲間達で交代でやっているからその延長って感じかな。
やっぱり私は沙希さんにするほうがいい」
ヘアーもアップにされ浴衣の上に丹前を着せられ立ちあがった。
「さあ、食事をしてから沙希ちゃんの様子をみに行きましょうか」
薫に促されて食堂へと足を向けた。
★★
まるで一流レストランのような豪華な食堂に思いがけない女性達がいた。
まゆみ、順子、理沙そして律子の義姉の静香が美味しそうに食事をとっていたのだ。
「あら、義姉さん・・・・」
「律ちゃん、見違えちゃったわ」
「似合うかしら」
「ええとっても・・・・」
「で、下界のほうは?」
薫が順子に聞く。
「もう大変な騒ぎよ。事務所は電話がかかりっぱなしだし、仕事にならないから逃げてきちゃったわ」
「引越しのほうは?」
「それは、若い子ばかりで何とかうまくやってたみたい。
あとはうちの事務所となるフロアは静ちゃんが大急ぎで内装屋さんを頼んでくれたので、
明日までには打ち合わせ通りの部屋割になっていると思うわ。明日は出勤して皆の陣頭指揮よ」
「パソコン類は静ちゃんの会社が全て用意してくれるそうよ」
「静ちゃん・・・ありがとう」
薫に言われた言葉に照れたのか、顔を赤くしながら
「何いってるの、家族でしょ」
「そう家族よ家族・・・・みんな家族なのよ・・・」
といって澪が二人の看護師を従えて入ってきた。
「澪、沙希ちゃんどうだった?」
操が心配そうに尋ねたが
「検査の結果は1週間ほどかかるけど、男女とも正常よ。
でも、年齢差はあるはね。男性は成人だけど女性は中学1年ぐらいかな。
女性ホルモンが段々と活発になっていこうとしているってところよ」
「だったら、男性ホルモンは・・・」
「それが不思議なのよねえ、女性ホルモンになんの影響も受けていないの。
それに精子の数ったら男性の平均の2倍もあって元気もりもりってとこよ。
まあ、これから私が沙希ちゃんの主治医として見守っていくけどね」
「じゃあ、沙希ちゃんのバストをもうすこし大きくできるの?」
「ええ、できるわ。まあ私の処方箋で無理をしなければ
身体に何の影響も与えなくバストは大きくなるわ」
「本当ね」
「私を誰だと思っているの、天才と言われるこの澪さまよ」
と姉妹内だけでの、澪のこんな口癖だ。
「で、沙希ちゃんは?」
「よく寝てるわよ」
「じゃあ、私・・・・」
と律子が立ち上がると
「いいの、いいの。あんた、まだ食事をしていないじゃないの。
今、真理姉さんがついているから心配いらないわ。
はやく食事をしてしまいなさい。私たちも一緒に食事をお願いね」
と操に言う。
まゆみや順子、理沙、静香は立ち上がって
「じゃあ、私達温泉に入ってくるから・・・」
といって食堂から出て行った。
出された食事はコースのフランス料理になっていた。
こんなところで食べられるような美味さではなかった。
聞くと操のオーナーレストランで厨房を任されている女性の料理人を
連れてきているという。勿論、レストランは臨時休業だ。
彼女達も全員この隠れ里の出身者であった。
操がこれと眼をつけた女性達を海外や一流日本料理店に修行に出しているのだと聞いた。
「ああ~、美味しかった。久しぶりに美味しい料理を食べたわ」
律子の思わずもらした賛美の声に厨房から女性達が飛び出してきて頭をさげた。
料理長らしい女性が
「今のお言葉とてもうれしいです。励みになります。ありがとうございました」
といって厨房にもどっていった。
「律ちゃん、ありがとう。今の言葉で彼女達の苦労が報われるわ」
操にいわれて
「とんでもない、私何も特別なこといっていないのに・・・」
「いい子だわね、律ちゃんも沙希ちゃんも・・・・」
薫の言葉に澪たちも頷いていた。
「さあ、私達も温泉に行こうか・・・それから、私は一眠りさしてもらうわよ」
「澪先生、朝から大きな手術を2件もされていたんですよ」
琴乃の話に
「余計なこというんじゃないわよ。・・・・さあ、いくよ・・・」
と立ち上がった。
「クスッ」
と笑ってペロリと舌を出して澪のあとに続いた。
その後、病室でママと交代した律子は沙希の手を握りながら
いつしか自分もベットの片隅に顔をうずめて眠りについていた。
夜中に
「風邪をひくわよ」
という声を聞いた覚えがあるし
「あらあら、しっかり手を握っちゃって・・・これじゃあ沙希ちゃん痛いわよ」
というママの声にも起きられなかった。
沙希の手を握ることによって安心しきっていたのだ。
そっとかけられた毛布の暖かさがなぜか心地よかった。
夢見心地に
「律姉・・・律姉・・・」
という沙希の声が聞こえる。(あっ、沙希の声だ・・・・・)
夢の中で聞いていた。しかし、いやに現実感のある声だ・・・・・・。
(ハッ)として身体を起こした。
目の前にニコッと笑う沙希の笑顔・・・・でもまだ寝ぼけ眼だ。
でも次第に頭の中がはっきりとしてくる。
「沙希!・・・沙希なのね」
「何いってるの。律姉・・・・寝ぼけているの?」
沙希の声に霞が晴れるように頭の中がスッキリとしてきた。
沙希は身をおこしていた。
「あんた、大丈夫なの?ずっと寝ていたけれど」
「うん、寝だめしていたみたい」
沙希の元気な声・・・何より嬉しい。
「あら、もう起きたの?」
振り向くと澪と杏奈が入ってきた。
「どれどれ」
と澪が沙希の眼を調べる。
「うん、大丈夫。元気元気」
「ねえ、澪姉さん。沙希の身体って・・・」
「律ちゃん、心配しないでいいよ。
何か疲労というより沙希ちゃんの身体がエネルギーの蓄積をしていたみたいなの」
「ふ~ん・・・でもそれって・・・・」
「それ以上は聞かないで、理由はまだ不明よ」
澪は首を振りながらも、今から朝の検診だからと律子と杏奈を部屋から追い出した。
仕方なく朝食に向かう二人。
食堂にはすでに多くの女性達がバイキングの朝食を楽しんでいた。
「おはようございます」
大きな声が飛び交う。
年齢差はあるが皆自分の皿に好きな分を取り、毎日食事をしているのだという。
しかし、早瀬の本家に人間がこんなに大勢戻ってくるなんて年に何度もないらしい。
だから、里に住む若い女性達は都会から戻ってきた女性達から洗練された会話に耳をすませている。
現に今も律子のテーブルには少女達・・・高校生なのだろうか・・・が
ミチルと杏奈母子と律子の話をする内容に眼を輝かして聞いている。
周りにはミチルの美容室の美容部員達も取り囲んでおり
高校生達にとってこの先輩達は肉親であったり顔見知りばかりなので
判らないことや補足説明は彼女達にこっそりと聞いているのだ。
杏奈が見回すといつのまにか2重3重にも少女達が律子の周りを囲んでいる。
「じゃあ、律ちゃん。私これから姉さん達に話があるから、この子達のこと頼むね」
とミチルが行ってしまった。
まゆみも順子も義姉の静香もすでに姿はない。
ただ、いつのまにか律子と杏奈、そして美容部員達を取り囲むように、
高校生の女の子達が輪になっており、その傍で笑顔でたっている操がいるだけだ。
「律ちゃん、この子達の臨時教師をお願いね」
「律子さま、よろしくお願いいたします」
少女達が立ち上がって挨拶をする。
「ちょ・・・・ちょっと待ってよ。その律子さまってのやめてくれない?
何か背中がムズムズするのよ」
律子のざっくばらんな言い方に少女達は『うふふ』と笑った。
「では、どうお呼びすればいいんでしょうか」
利発そうな少女・・・『キュウチョウ』と呼ばれていたので
なんだろうなと思っていたが『級長』と気づき納得する。
「そうねえ・・・・私ね、高校のときから家庭教師をしていたの。
勿論、小学生のよ。そのとき”律ちゃん先生”って呼ばれていたの。
・・・そう・・・それがいい、そう呼んでちょうだい」
「はい、わかりました。では、律ちゃん先生!」
「はい、何かしら・・・・」
「あのう・・・・」
と声をひそめながら
「沙希お嬢様って、どういう御方でしょうか」
「うん、予想通りの質問ね。沙希って貴女達にとって謎だらけよねえ。
私にもわからないことばかり。でも、とても優しい子よ。沙希の身体のこと知ってるわね」
「はい、なんでも男と女の両方のお身体をされているらしいってことは・・・・」
「そう、それが神様が沙希に与えた試練だったのかもしれない。
小さい頃から『いじめ』『迫害』ばかりだったらしいわ。
でも神様はその苦しみの中から少しづつ沙希に贈り物をしていったの。
あの可愛い声もそうね。これからも辛い試練はきっとくると思うけど、
きっと、平気な顔で乗り越えていくわ。
それに、もう一人じゃないもの。私もいるし、皆もいるから・・何かあったら沙希を助けてあげてね」
杏奈にしても美容部員にしても、初めて聞く話だったので思わず聞きいっていた。
律子の言葉に一斉に頷く少女達、何だか微笑ましくてうれしい。
「では沙希お嬢様は・・・・」
「沙希は妖精なの。妖精って性別がないでしょ。
そして、皆に幸せを与えてくれるのよ。あの不思議な力をみたでしょ」
「はい、なんだか震えるほど沙希お嬢様が気高くみえました」
「その沙希にはもうすぐ会えるから楽しみにしていなさい」
「はーい」
少女達の溢れる元気が律子にも伝染してくる。若さっていいなあと思う。
「それはそうと、貴女達学校は?」
「はい、今日は臨時休校になっています」
「ここから町まで通ってるの?」
「いいえ、ほらあの窓から私達の学校が見えます」
といって指を差す。
窓から見えるのは少し高台にある学校の校舎と満開になった桜だった。
(えっ?桜・・・・・?満開の桜・・・・?)
季節はずれの満開の桜に思わず
「何よ、あれ?!・・・満開の桜だって?・・・季節はずれもいいところ」
と声が出てしまった。
「不思議よねえ、本当に」
と傍にいた操が口を出す。
「昨日までの寒さが嘘のように消えて、この里全体が四月の気候にかわってしまっているの」
「じゃあ、昨日の沙希がやったことが・・・・」
「ええ、里の気候をかえてしまった・・・・と考えれば・・・・」
「嘘みたい・・・」
「この里はね、冬は雪が積もってとても寒いのよ。特に年を取った人には暮らしにくいわ」
「では、沙希のせいね」
「そうとしか思えないもの」
「あの二人のお乳母さんのこと、とっても大好きだって・・・・」
「ええ、私も聞いたわ」
と杏奈の言葉に頷きながら操は
「外に出てみなさい。沙希ちゃんの優しさが漂っているのがよくわかるわ。なんだか凄いのよ」
操の言葉に立ち上がった皆が早足で外に飛び出していった。
「何?・・・これ!・・・・」
思わず両手を広げて空を見る杏奈。
「暖かいわ。これって・・・・」
と美容部員達。
「そう、これが沙希だわ。・・・・沙希の心の中なの・・・」
という律子の声に少女達が踊りだした。
いずれも暖かい沙希の心に触れて身体を動かさずにはいられないのであろう。
「これが沙希お嬢様なんですか・・・・何か嬉しい!」
「お心に触れて・・・あれ・・・いやだ私涙がでてる・・・」
「本当だわ。級長の眼から涙が溢れている・・・初めて見たわ・・・綺麗!」
「みんな、この気候は沙希からのみんなへの贈り物だって」
「えっ、沙希お嬢様・・・どこにいらっしゃるのですか・・・」
「私の心に聞こえてきたの。
どうしてそんなことが出来るのか判らないけれど今私の心に聞こえてきたのよ。
・・・・・信じられない?」
『えっ?』という顔をして律子を見つめる杏奈。
誰にも聞こえない沙希の声が律子だけに聞こえる。
その魂の結びつきは二人だけのものなのか。
嫉妬ではないが、仲間外れにされたようで少し癪に障る。
でもそんな杏奈の心に沙希の声が聞こえたときは飛び上がるほど驚いたし嬉しかった。
(杏奈ちゃん、これからあなたが私の傍を離れないつもりなら
あなたは律姉のことをしっかり見ていかなければならないわ)
(律子さんのことを?)
(ええ、そうよ。前に律姉は死ぬほど辛い目にあったのよ。そして慟哭の中で律姉は成長していった。
でもそれとともに律姉は小さく縮こまっってしまったわ。つまり臆病になっっていったの)
(それだったら律子さんは・・・・)
(駄目になったはずと言いたいんでしょ。・・・そう、普通の人だったらね。
律姉は違った。小さく縮こまったのは成長への前触れだった。あるきっかけで・・・)
(あるきっかけって?・・・)
(私と出会ったことよ。・・・律姉はこうして大きく羽ばたいて、
私が変わるのを待っていてくれた。だから私はプロポーズしたのよ)
(ふ~・・・なんだか羨ましいな)
(ふふふ・・・これだけは言っておいてあげるわ)
(えっ?・・・)
(あなたも早瀬一族ってことよ・・・・ふ~疲れちゃった。少し眠るわ。また後でね)
心の通信が切れた。
「杏奈!沙希と話をしていたでしょ」
「えっ?わかるんですか、律姉は」
「何故かしら?わかってしまうのよ」
「私と話していたのが沙希さんだからだわ。律姉ってほんと、いい奥さんね」
スーっと津姉て言えたし、なにか頑なだった杏奈の心も変わっていく。
「わたし・・・律ちゃん先生のこと信じます」
と級長・・・まゆみの子供、夕実だと聞き驚いてしまったのは後の話。
「私、沙希お嬢様と律ちゃん先生のおっしゃることは全て信じます」
「私も・・・」
「わたしも・・・」
と律子の周りに集まってくる。
「では、もう一つ沙希の言葉を伝えます。律姉・・・わたしのことよ。
わたしが貴女達を導きなさいって。・・・
でも、私が貴女達を教えることができるのは仕事で使っているパソコンしかないわ」
「あのう・・・」
と急に声が小さくなって
「私達パソコンってとても苦手なんです。教えてくれる先生もいなくて・・・」
「まあ、それではいけないわ。都会に出て仕事をしようとすると
パソコンができなくちゃあ就職もできないのよ」
「そうなんですか」
「そうなんです!・・・じゃあ、パソコンの設備は?」
「よくわかりませんけど一人一台は揃っています」
「それじゃあ、行こう・・・。杏奈達も行く?」
「あたりまえでしょ、私、沙希さんから律姉から目を離すなって言われているから」
「いやあねえ何か悪い事しているみたいな言われ方・・・まあいいわ、操叔母様行ってきますね」
「この子達のことよろしくね」
という言葉に送られて少女達に手を引かれ背中を押されながら坂道を登っていく。
外見は古びた木造の校舎だったが、いざ中に入ると驚いてしまった。近代的な設備がならんでいる。
最大2GBのCPUと256MBのメモリなど今の状態では宝の持ち腐れと
いわれても仕方が無いほど最新式のパソコンが広い教室の中で100台以上並んでいた。
律子が教壇に立つと、少女達がサッと自分の席に座りこんだ。
杏奈や美容部員達も空いた場所に座る。
すると後部のドアが開いて
「私達この学校の教師ですが、パソコンは全くの素人です。
すいませんが、私達も律子様に教えて頂きたいのです」
と十数人の教師達が入ってきた。
「いいですよ。でも、教える教えられると堅いことを言わずに一緒に勉強していきましょう」
律子の言葉に礼をしてから各々パソコンの前に座り込んだ。
「今、言ったように私はパソコンで仕事をしている関係上、人に教えるだけの知識はあります。
でも、私には沙希のように世界的に販売されて売れつづけるようなソフトを
開発する能力はありません。
でも私がおしえる基本の知識がなければ沙希のようには絶対になれないのです。
沙希も基本が大事だと言っています」
と言ってから
「パソコンはハードとソフトに分かれ・・・・・・・」
とパソコンの授業が始まった。
律子もまた、いつこの教壇に立てれるかわからないので、真剣に教える。
生徒達も律子の態度に答えるかのように懸命についてくる。
いつのまにか、昼食の時間になり操達が学校の食堂に食事を運んできた。
生徒達と楽しい昼食の時間・・・操がこそっと律子に伝える。
「沙希ちゃんがね。にこにこしながら・・・律姉、がんばれって・・・」
「沙希が?」
「ええ、その教え方でいいから。律ちゃんが知っていること全て伝えてあげてって」
「はい、わかりました」
沙希が見ていてくれると思うと、嬉しくて肩に入っていた力がスーッと抜けてきた。
昼からの授業も順調に進む。気が付くと陽がすっかり落ち暗くなっていた。
「以上がパソコンの基本です。
部門によっては端折って進んでしまいましたが、違う部門は必要以上に時間をとりました。
それはパソコン教本ではなく実社会で必要なものを優先させたからです。
いづれ又、この教壇にたてる日があると思いますが、
それまでみなさんはパソコンに触れること慣れることです。・・・以上、授業を終わります」
「規律!・・・礼!・・・・律ちゃん先生、ありがとうございました」
生徒達が律子の周りに寄ってくる。
握手攻めにされて、何か目頭がジンと熱くなってきた。
★★★
「律姉、ご苦労さん」
ベットに座り込んで、ニコニコ笑っている沙希ってとっても素敵!
「フー」
と息を吐いてベット横の椅子に座り込む。
何もしていなかったはずの杏奈も久しぶりの生徒だったので、やはり気疲れはあるのだ。
「はい、2人共手を貸して」
と律子と杏奈の手を取ると片方づつ『フー』と息をかける。
すると身体がポカポカと暖かくなり疲労が溶けるように消えていった。
「不思議でしょ。私にこんな力があるなんて。これって安部あきあの力だって、
安倍晴明様が夢に出てきて教えてくれたの。
でも、悪いことにつかってはいけないって言われたわ。
この里には力を強くする不思議な作用があるのですって」
「だから、里の気候を替えたり、遠くから私達を見ていてくれたのね」
「ええ、お梅さんもお篠さんも長生きしてほしいし、律姉や杏奈のことも心配だったし」
「ありがとう・・・・」
と沙希のパジャマの一番上のボタンが一つはずれていて、そこから少し谷間が見える。
「沙希、それって・・・」
「不思議でしょ。私が眠りにつくたびに少しづつ大きくなっているみたいなの」
「じゃあ、澪姉のお薬は?」
「飲んでいないわ。澪姉も少し様子をみるって・・・」
「ねえ沙希さん、みせてよ」
「ええ~、恥ずかしいな・・・」
「何言ってるの、お姉さんのいうことは聞くものよ」
と律子も口を挟む。
おずおずとパジャマのボタンを取ると、
「まあ、可愛い乳房!」
「本当?」
「本当よ、沙希の身体つきにはまだ少し小さめだけど・・・・」
「その大きさでいいのよ」
とドアが開き薫がはいってきた。ママと澪とミチルも続いている。
「それ以上大きかったら、陰陽師あきあのイメージではなくなっちゃうでしょ」
「あっそうか、あきあは10代だったんだわ」
律子が気が付いて薫に確認する。
「そうよ。今の沙希ちゃんの身体が処女のあきあにぴったしなのよ」
「沙希ちゃん、綺麗だわよ」
「ありがとう、ミチル叔母様・・・・」
「でも何だか不公平ね」
とミチル
「何が不公平なの?」
とママが聞く。
「だって、薫姉さん・・・澪姉さんって呼ばれることよ。
一番若い私がどうしてミチル叔母さんなのよ」
「ふふふ・・・ママって可愛い・・・」
と杏奈のちゃちゃが入る。
「だってあんたには長女の有紀や次女の杏奈という大きな子供がいるじゃない。
それに比べて私たち孤独な独り者だものね、澪」
といってヨヨと泣き崩れる薫。
プッと膨れるミチルだが、いわばこれは沙希の取り合いなのだ。
ニッコリ笑った沙希が
「いいわ、ミチル姉さん・・・・これでいいでしょ」
その言葉にニッコリ笑うミチル。まるで子供だと頭を抱える杏奈。
「あっ、まゆみさんの車が帰ってきたわ。理沙姉の車も続いている」
沙希が突然言い出した。
「沙希ちゃん!一体どうしたのよ」
「澪姉さん、この里が私の力を強くしたの」
「力?」
「ええ、安倍晴明様の陰陽道に通じる秘術よ。
でも本当の秘術を会得するには晴明様の元で修行しなければ駄目なの」
と沙希が真剣な顔をして澪の顔を見る。
「沙希ちゃん。じゃあ、まゆみ達どのへんにいるの?」
とミチルが沙希をじっとみながら聞く
「山の入り口よ。私、里の人達以外入って来れないように結界を張っておいたの。
えーっと・・・・今、結界の扉を開けるからといったら
まゆみさんきょろきょろしてるわ・・・・あっ車をスタートさせた」
ママが話しかけようとして澪が押しとどめた。そして、真剣な顔をして沙希を見つめる。
「沙希ちゃん、まゆみの車に誰か乗ってる?」
「えーっとね、静姉と順子さんと他、知らない女性が二人・・・・
あっ、二人共そっくり・・・きっと双子なのね。
え~~、二人ともバックの中に黒い手帳が・・・・警察手帳だって
名前は・・・・『警視庁捜査第1課 警部 飛鳥泉』
もう一人は・・・・『警察庁広域捜査課 警部 飛鳥京』ですって」
「そう、では理沙の車には?」
「理沙姉のほかは・・・助手席に一人・・・後部座席に二人・・・
皆ママにそっくり・・・あっ、この女性達ってきっとママの妹、私にとって叔母様達ね。
え~~っと・・・・助手席の女性は・・・あっとこの人も
バックに黒い手帳が・・・『警察庁長官付き秘書 警視正 飛鳥日和子』
さっきの双子の方のお母様ですね。後ろの女性は・・・この人、私知ってる。
検察庁の一番えらい人。え~っと確か検事総長の牧美香子さん。
もう一人の方は・・・・・わからないわ。バックには名刺もなにも持ってらっしゃらないのよ」
「それでいいの、最後の人は薫姉さんのすぐ上の姉、松島奈美っていうの。
仕事は今知らないほうがいいわ」
唖然としていた薫が澪に
「どうなの、沙希ちゃんの能力は・・・・・」
「私、精神科じゃないからわからない。
でも、もうすぐまゆみ達がつくとわかるんじゃないの。
でも私は信じてもいいと思ってる。不思議だけどもね」
「わたしは全面的に沙希のいうことなら信じます」
と律子がいうと
「わたしだって・・・」
と杏奈も横から口を添える。
「ママも信じてるわよ。だって桜が証明してるじゃないの」
「そうね。澪みたいなエリートさんには信じられないかも」
「あれ、薫姉さん。馬鹿にしてる。本当は私だって」
「澪姉さん、私も皆と一緒にいてもいい?」
「そうね。では昨日から寝てばかりいたからベットからおりて少し歩いてごらんなさい」
律子の手をかりてベットからおりた。
最初は少し足元がおぼつかなかったけれど、
ドアまで行って帰ってきたときには、しっかりした足取りになっていた。
「どう?ふら付かない?」
「ええ、大丈夫。ただ、なんだか胸が揺れる感覚がする」
「しかたないわね。それは、慣れるしかないし、ブラをつけるのは今はまだいいでしょ」
「ええ、我慢します」
みんなで沙希をかばいながらも、足取りがしっかり地に付いた歩き方に安心したが、
途中パジャマでは恥ずかしいからと
白いワンピースに着替えたので食堂に行くまで少し時間がかかってしまった。
食堂にはすでにまゆみ達が座っていた。
沙希があらわれると
「沙希ちゃん、ここに座りなさい」
と中央のテーブルのクッションをおいた真中の椅子に操が案内する。
「さあ、律ちゃんは沙希ちゃんの隣に座りなさい」
そして各自がテーブルにつくとそれを待っていたかのように
数人の女性ウエイトレスがスープを運んでくる。
豪華な夕食が始まった。沙希はまだ軽い食事だけだったが
楽しそうにニコニコしながら皆の話を聞いていた。
律子が見ていると、沙希とは初めてあった5人の女性達は
楽しそうに食事をしながらも双子の二人は沙希の存在が気になるらしく
ときおりチラチラと視線をおくっている。
ママの妹の3人はさすがに堂々と食事をとっていた。
食事が終わりコーヒータイムになると
オレンジジュースを飲んでいる沙希のほうに理沙が双子の二人を連れてきた。
どうやら理沙に仲介を頼んだらしい。
「沙希、ちょっと・・・」
「理沙姉、判ってるわ」
といって双子の一人に手をだして握手を求める。
「あなたが双子のお姉さん・・・『警察庁広域捜査課 警部 飛鳥京』さんですね。
始めまして、早瀬沙希です。・・・・」
といってからもう一人の方に手を出す。
「双子の妹さん・・・『警視庁捜査第1課 警部 飛鳥泉』さんですね」
驚いたように見つめあう二人・・・戸惑いと不信感が二人を襲う。
「京ちゃんに泉ちゃん、沙希ちゃんは誰にも貴女達のことは教えていないわよ。
それは、そこにいる律ちゃん、杏奈ちゃん、
薫ちゃん、澪ちゃん、ミチルちゃんも証明してくれるわ」
「じゃあどうしてわかったんですか?」
「私が張った結界を一度開けたとき調べさせてもらいました」
「結界?」
「あっ!あれは気のせいではなかったの?」
とまゆみが叫んだ。
「山に入ってくるとき車を一時止めたことがあったでしょ。
あのとき気のせいだと思っていたことがあったの。道がぼやけて見えなくなったのよ。
疲れ目かとおもって目をこすったとき、『まゆみさん、どうぞ』
って沙希ちゃんの声が聞こえた気がしたのよ。じゃああれって現実だったの?」
「私はまゆみ姉さんの車の後ろについていたから判らなかったわ」
「私にはあなたの声が聞こえましたよ」
と双子の母親が立って挨拶にきた。
母親は優しい笑顔で
「もう私のことなんて判っているんでしょ。沙希ちゃん・・・そう呼んでいいのかしら」
「もう、もう・・・嬉しいです。『警察庁長官付き秘書 警視正 飛鳥日和子』叔母様」
「やはりね・・・」
「では、私は?」
「検察庁の一番えらい人。検事総長の牧美香子叔母様」
「う~ん・・・・」
とうなっている検事総長である。
「じゃあ、私は判る?」
「いいえ、すいません。お名前だけは聞きました。松島奈美叔母様。お仕事はわかりません」
といってから、何事か小声で耳打ちする。
「まあ・・・・」
と驚いている奈美。沙希はにこにこ笑っているだけでそれ以上何も言わなかった。
「あのう・・・・」
と泉が沙希に声をかけた。
「はい」
といって泉の眼を見つめる。恐ろしいほど澄んだ瞳だった。
引き込まれそうになる。でも、警視庁捜査第1課で男達をあごで使っている身だ。
負けん気が顔を出す。母親も我娘のそんな様子を面白そうにみている。
沙希を観察する絶好の機会でもある。
「泉さん・・・悲しそうな目をしているわ。仕事のことで悩んでいるのね。
そうだ、いいお薬をあげます」
といって食堂の隅につれていって何事か話し込んでいる。
ときどき
「そんな・・・」
とか
「どうして・・・・」
とか
いっていたが
「わかったわ、部下に命じて確認してみる」
といって食堂を出て行った。
戻ってきた沙希に皆の視線があつまる。
「悲しい事件です。どうして人ってこんなに弱いんでしょう。間違いであってほしい・・・」
と唇をかむ。
「今度はわたしの番・・・」
といって京が沙希の前に座る。沙希の潤んだ眼・・・澄んだ瞳には京も引き付けられてしまった。
「京さん・・・・あなたの眼には怒りが見える。余程憎い犯罪だったのでしょう」
といってまた食堂の隅に連れていった。二人の声は聞こえてこない。
最後に
「ええ~~」
という京の声が聞こえ
「判った。調べてみる」
といって京も食堂から飛び出していった。
皆どうなっているのかわからないから余計に興味が引かれていた。
でも沙希はなにも話さない。
ただ、淡々とティッシュを一枚一枚とりだしては何かを折っている。
律子も理沙も杏奈も手持ちぶさたなので見様見真似で沙希と同じものを折りだした。
折り紙がテーブルに山盛りとなったころ、泉が食堂に入ってきて沙希の前に立った。
そして、どうしてか
「ごめん、間に合わなかった」
といって頭を下げた。
「そうですか、駄目でしたか。律姉、窓を開けてください」
律子が窓を開けるとテーブルの上の折り紙を一枚手の平にのせると
印をむすび『フッ』と息を吹きかける。するとたちまち白い鳩となって窓の外に飛び出していく。
「白い鳩は神様の使いです。幼い子供の魂をあの鳩が天国へ導いてくれるでしょう」
悲しげに話す。
「沙希ちゃん、今のは何だったの?」
薫が聞くと
「式です。私が呪をかけて白い鳩にかえました。私の式は結界を通りぬけます」
沙希に初めてあった女性達は沙希の術をみてあっけにとられている。
「沙希ちゃん・・・・そう呼んでもいいわね」
「はい、泉さん」
「駄目!・・・沙希ちゃんには泉姉って呼んでほしいの」
「わかったわ・・・では、えっへん泉姉・・・」
「何か、うれしい・・・私に妹ができたわ」
「泉さん、いいこと教えてあげる」
と静香が言い出した。
「あなた、疲れているわね」
「そうねえ、しばらく家にも帰っていなくて満足に睡眠もとっていなかったわ」
「じゃあ、元気をあげる。沙希ちゃんとキスしてごらんなさい」
「えっ、キス!」
「そうよ」
「だって・・・・」
「だってじゃないの・・・早く・・・」
見ると沙希が泉のほうを向いて目を閉じている。
ええい、ままよと沙希の可愛い唇を吸いだした。
そうしたら・・・何か心地良い気分になって急に腰くだけになってしまう。
椅子に座りこみ眼を閉じていたが急に身体に力が湧いてくるのがわかった。
「あれ?」
思わず声が出て顔をあげると、
静香や律子、理沙、杏奈などがニヤニヤ笑っているのが少ししゃくだったが
思わず立ち上がりさっきまでの疲労感が全くなくなっているのに気づく。
「何・・・これ!」
「でしょう。沙希ちゃんとキスすると元気がもらえるのよ」
「そうそう、これが常識!」
と理沙。
そこにまた京が飛び込んできて、沙希の前に立つ。
「ありがとう、時効だと思ってたのが明日の12時までに伸びたので犯人を逮捕できたわ。
犯人も12年前の一泊の香港旅行のこと等、すっかり忘れてたらしいの」
「でも、犯人がつかまっても犠牲になった4人の女性は帰ってきません」
といってからテーブルの上の4枚の折り紙を同じく白い鳩に変え
「お願い。お前達、犠牲になった4人の魂を慰めてきてちょうだい」
というと白い鳩達は窓から飛び出していった。
京以外はさきほど目撃しているのでもう驚かなくなっていたが
「何よ、あれ。手品?」
「式だって」
「式?」
「いいから、あとで教えてあげる」
「あのう、京さん・・・泉姉・・・」
「ちょっと待った!」
「えっ?」
「沙希ちゃん、泉のこと泉姉って呼ばなかった?」
「ええ、呼びました」
「じゃあ私のこと、京姉って呼んでくれなくちゃ不公平っていうもんよ」
「ごめんなさい。じゃあ、京姉に泉姉。前もっていっておきます。
今回のお二人の事件、運がよくて解決しましたが、私は神様ではありません。
普通の女の子なんです」
「わかりますよ、沙希ちゃん。あなたの言いたいことは。
京も泉も沙希ちゃんの力ことはもう忘れなさい」
「わかったわ、母さん。私も警察官よ。自分の能力で犯罪を解決してみせるわ」
「私も」
と泉。
「では、沙希。わたしからお願いが・・・」
とまゆみが言い出した。
「わかっています。結界のことですよね」
といってから印を結んで呪文を唱えると
テーブルの上の折り紙がたくさんの白い蝶に変化して窓の外に出て行くもの
食堂にいる全員に一匹一匹、そして厨房にも・・・・
耳の後ろに止まり姿が消え、小さな黒子となってやがて皮膚の中に溶けていった。
みんな最初は慌てて追い払おうとしていたがなぜか不思議な感覚に陥り、身体が動かなくなっていた。
「さあ、これで里の人達全員が自由に結界を行き来できるようになりました」
「何だったの?いまのは」
とママの真理が聞く。
「通行手形のようなものなの、ママ。結界は私がいなくてもこの先何百年と持続していくのよ」
「でも、今の蝶は・・・・」
「ええ、そうだわ。操叔母様、あの空になっている水槽使ってもよろしい?」
「いいわよ、でもどうするの?」
沙希はティッシュを細かく引きちぎり水槽にむかって息を吹きかけると
小さな蝶となって水槽の中を飛び回っている。
「えさもなにもいりません。通行手形をもっていない里の人が帰ってきたら
自動的にこの子達が里の人達に取り付いて通行できるようになります。
一匹が減っても一匹が生まれます。この水槽を割らないように大事に扱ってくださいね」
もうなにも驚きはしない。伝説の申し子沙希はここにいる。