第一部 第六話
「おはよう!」
静かにドアを開け三人が顔を覗かせ小さな声で挨拶すると
手が空いていたらしい女性達が小走りに寄ってきた。
「どんな様子?」
女性達も部屋の中を振り返りながら、これまた小さな声で
「今やっとピークが過ぎたところよ。でも、記者会見が終わったら今より凄いでしょうね」
「ごめんなさいね、こんなことになって」
「何言ってるの、沙希ちゃん。私今から、もうワクワクしちゃって
この会社の社員でよかったと思ってるわ」
「沙希ちゃん会社辞めるわけではないんでしょ。
それに3階が早乙女薫の事務所になるって本当なの?」
「ええ、もう契約を済ませたと社長がいってたわ」
女性達は小さな声ながら躍り上がってよろこんでいる。
沙希がフト気づくと手が空いた見知らぬ女性達が
こちらを見ている。
「あの人達は?」
「早乙女事務所の人達と知りあいの子たちよ。よくやってくれてるわ」
「あと何人かは上の階に行ってるのよ」
「あんた達、いらっしゃい」
初めての顔ばかりがやってきた。
その中の一番年嵩の女性が、
「貴女が早瀬沙希さんですか、私、早乙女薫事務所の営業担当の山瀬順子です。
これから沙希さんの担当になります。よろしくお願いします」
「みんなは知らないけれど、うちの会社の女性達は皆、沙希ちゃんの味方なのよ。
だから公認で沙希ちゃんにキスできるの」
「私、彼がいるけど沙希ちゃんとのキスだけは別よ。
沙希ちゃんのキスのあとは元気も出るしし、勇気もでてくるのよ」
「ねえ、沙希ちゃん。お願い今日一日のやる気をちょうだい」
「いいわよ」
女子社員が沙希を抱きしめ濃厚なキスを展開する。
女子社員達は我先に並ぶが初めてこの光景を見た女性は
少し引いていたが段々と沙希を見つめる眼が潤んできて一人また一人と並びだした。
二人目、三人目とキスが終わった女性が近くの椅子に
腰砕けのようにして腰を下ろす。
回復した一人目の女子社員が律子に言った。
「ねえ、律子さん。今日の沙希ちゃんどうしちゃったの?
何か私、すごいパワーをもらった気がする。
それに、そのラベンダーの香り香水じゃないわよね。
自然な香りだもの。昨日までは無臭だったのに・・・わからないわ」
「あっ、私もなんだか無性に力が湧いてきたわ」
「その香りは早乙女薫の若いときの香りよ」
「えっ?うちの薫の?」
「ええ、このことはまゆみ社長も知ってるわ。
この沙希はね、昨日のリハーサル中に『母を思い出し、子供を思い出す』
というシーンで同じ香りというキーワードだったの。
そのシーンで早乙女薫の昔の香りを再現してしまったのよ」
「そんなこと出来るはずないわ」
「私もそう思うわよ。でもそう考えないと理屈に合わないの。
何秒か前まで体臭が無臭の人がいきなりラベンダーの香りが身体から匂いだすと思う?」
「そんなことありえないわ」
「薫さんいわく、本当にその時に匂ってきたらしいわ。そしてこうも言っていたの。
沙希ちゃんの身体には”演技の神様”が宿ってるって」
「薫がそんなこと言ったんですか。あっ、駄目!次は私の番なのよ」
と沙希を抱きしめ激しいキスをする。
やがて、その山瀬順子もフラフラと椅子に倒れこんだ。
だが、しばらくすると
「ん?・・・・」
と顔をあげた。
「あれ?本当だ。さっきまでの疲れがなくなってるわ。
昨日いろいろと書類を作成するのに徹夜したけど
眠気もなくなってるし。なんか充分な睡眠のあとみたい」
「不思議だけど私、薫の香りの再現の話を信じるわ。だってこんな不思議な力をもっているんだもの」
「順子さん、よろしくね。皆さんもよろしくお願いします。
私、女優というお仕事、今やってるお仕事と同じくらい好きです。
だから、一生懸命がんばりますのでいつまでも見守っていてください」
そんな挨拶をする沙希を順子は一度に惚れ込んでしまった。
口先では何でもいえるが、この沙希という子の挨拶には実があった。
せちがない芸能界、鬼畜みたいな連中が多い中、
こんな清々しい女の子には生まれて初めて会った気がする。ここに来て本当に良かったと思う。
部屋のだれもが交代でキスを受けて、より以上のパワーを受けとったあと
清々しい仄かなラベンダーの香りを残して三人は階上へと消えていった。
このあと、交代で休憩しているとき、今退職の相談を受けている同じ事務所の玲子と
違う事務所だが玲子の友達の亜紀が順子の所にやってきて
「順子さん、あの話はもう忘れてください。私決心しました。
このお仕事続けます。あの方が同じ事務所に入られるなら私止めません。
あんな素敵な方に巡り合うチャンスなんてもう一生ないと思いますから」
亜紀がいった。
「順子さん、以前からお誘い受けて頂いていましたが今日決心しました。
この事務所で働かしてください。聞けばこのビルに越してくるとか」
「ええ、あとで社長が詳しく教えてくれるけど
契約が済んだことはきいたわ、3階のワンフロアだとか」
「順子さんは聞いてます?」
「なにを?」
「あの方が男だったということ」
「えっ、早瀬沙希が男?」
横で話を聞いていた女子社員達が口を挟んできた。
「そうなの、聞けば同じビルの住人になるそうじゃないの。
いづれ判ると思うから教えてあげる」
「あんた達、沙希ちゃんが男が好きだから女になったなんて思わないでね」
「あの子の恋愛相手は女性、しかもあの律子さんと婚約が成立しているんだから」
「律子さん良かったわね。先見の明があったというべきかしら」
「誰だって沙希ちゃんがあんなに変わってしまうって思わなかったもの」
「そうよね」
話が横道になりそうになったので慌てて順子が口を出した。
「沙希さんの男時代ってどんな人だったのですか?」
「うじうじして引っ込み思案でそして男の姿が何とも似合わなかったわ」
「だから私達社員旅行で計画していたの」
「何の計画?」
「沙希ちゃんの女性化計画よ」
「でも沙希ちゃん、アメリカに出張いっちゃって計画がパアよ」
「ではどうして?」
「私、自分の目が信じられなかったわ」
「信じられる?三日よ、たった三日。・・・・男から女になっちゃったのが。
姿、形はすぐに変えられるけれど、精神的なもの・女性らしさ・柔らかい動作
なんて出来っこないでしょ。それがどうお?今の沙希ちゃんを見て」
「昔から女性になりたかったのでは?」
「そんなこと全然なしよ。声はもともと少女の可愛い声だったけど、
そんな人だったら、勘の鋭い女性の目からみればどこかおかしいと判るものよ。
外見は女性だったけどその他は男性そのもの。それも下の下のクラスのね!」
「マキも酷いこと言うわねえ」
「だって、虫唾が走るくらい大っ嫌いだったもの」
「そうねえ私も律子さんに注意したことあったわ。あんな男止めなさいって」
「うじうじしたあの姿にはゾッとしたものね」
「不思議な話は聞いているんだけど・・・
今、ここでは言わないわ。いずれ判ると思うから・・・・」
順子は二人の話を聞きながら考えていた。
男が女の格好をするなんて見るに耐えられない。
世間ですごく綺麗なニューハーフといわれる人でもどこか男が感じられ、
順子は見ていて気持ち悪くなる。
だから、ニューハーフといわれる人口的な人種は大嫌いだった。
でも沙希は?気持ち悪い?否。沙希の男姿を見てみたい?それこそ否。
沙希の容姿は?女の私からみても抱きしめたいほど可愛い。
女としての沙希は?その心意気は?それこそ女の中の女。
そして清々しいほど気持ちいい性格だ。
沙希の可憐な姿を思い浮かべると、抱きしめたい欲求が強くなってくる。
早朝、契約書の作成のため完徹していた順子に
出勤してきたまゆみ社長から事務所の移転と業務の新展開のことを聞いて驚いていたが、
それより命令された担当変更には吃驚したし腹が立った。
自分が今まで早乙女薫のためにやってきたことがなんだったのか。
聞くと演技することが初めての女性で、
プロモーションビデオの元になったゲームソフトを製作した本人だという。凄い女性だとは思った。
でもこれはその会社のごり押しに違いない。
だって、その会社で相手女優を決められて薫が怒って断りにいったのは順子も良く知っていた。
順子はその女優が大嫌いだったし
薫が怒って役を降りてしまったとき順子自身が周囲に謝りまわったのだから。
薫がリハーサルを行なったと聞いて信じられなかった。
一度、こうと決めたら決して信念を曲げない薫が
本番の衣装までつけて行なったと聞いて、開いた口が塞がらなかった。
そして、まゆみ社長にリハーサルの内容を聞いたことで
沢口靖子に瓜二つな早瀬沙希という女性に俄然興味が湧いてきた。
「だってね。薫が『憎い!憎い!』って、早瀬沙希の背中から抱きつき泣くのよ」
「薫が泣いたの!?」
思わず大声をあげてしまった
「まあ、驚くわよね。他人に涙一つ見せたことがないあの天下の早乙女薫が
オイオイ泣いていたの」
倒れこむように椅子に腰を下ろした順子に
「確かに私がみても早瀬沙希の演技は背筋が寒くなるほどのものだったわ。
だから、沙希をいち早く契約しておきたいの。
なにしろ薫が”演技の神様”が宿っていると言い切っている子だから」
「演技の神様って、薫がいつも言ってる?」
「そうよ。あっ、それから早瀬沙希はもう世界的に有名な女性なのよ。
ビジネスソフトのワープスロウって知ってるでしょ」
「それならうちでも使ってるじゃない・・・えっまさか?」
「そのまさかよ。沙希をうちの事務所にレンタルでも契約することで
思わぬ福音が事業の新展開よ」
「事業の新展開?」
「そう、早瀬沙希が開発したソフトに関するメディア・・・
宣伝とかCM等の業務全てを委託されたの」
「凄いじゃない」
「そう、でもこのままでは人が足りないの。顔の広い順子しかできないこと。
ヘッドハンティングして人を集めて欲しいほしいのよ」
「ヘッドハンティング?いったいどういう人を何人ぐらい?」
「そうね。その業務を安心して任せられる人が2~3人に
その他一般社員として6~7人ね、そのうち若い子を育てていくから」
「今の人数より2倍も増やすの?」
「でもそれでも少ないと思う。
何しろこの事務所の5倍くらい広い事務所になるんだから・・・、あっ、一つ条件が・・・」
「全員女性ばっかりでしょ」
「そうよ、私も薫も男は嫌いですからね。
そうそう、今向うの会社えらいことになってるの。
今日はこの事務所を閉めていいから、順子も一緒に手伝いに行ってほしい」
「手伝いって?」
「昨日のことで電話とネットのメールがパンク状態なの。
うちの子4人と誰か手伝える子を5人と順子で10人くらい必要ね」
他の事務所や友人を探して車でここまできた順子達。
★
そして・・・・・・『コンコン!」と軽く叩くドアの音。
振り向くと、ドアから覗く見知らぬ女性の顔。
「おはよう」
言ってから入ってきた女性の後ろ・・・・何?・・・あの子・・?
隣で仕事をしていた同じ事務所の玲子が持っていたペンをポタンと落とした。
「うそ!・・・・なぜ沢口靖子が?・・・」
「違うわ。あの子が早瀬沙希よ」
何故か順子には一目で沙希が見分けられた。
持っている輝きが違った。無論、沢口靖子の輝きはうちの薫に匹敵する。
でも彼女は何かが違った。
「こっちへいらっしゃい」
と呼ばれて近づいて行こうとするとブラウスの背中を掴まれた。
「凄い!・・・あの子・・・」
掴んでいる玲子の手が震えている。
”姉御”と呼ばれている順子にしたって同じだ。ガクガクと足が自由にならない。
いつのまにか”スター”を前にした女子学生のように憧れの目で見つめていた。
そしていつのまにか始まった激しいキスの時間。
あれよあれよと腰砕けになって椅子に倒れこんでいく。
(何?・・・ちょっと何やってんのよ・・・)
と沙希の身体から匂いたつラベンダーの香りに気づく。
ちょうどタイミング良く元気を回復した女子社員が
ラベンダーの香りのことを聞いていた。
答えたのは律子と呼ばれた女性・・・・きっと沙希のマネージャとして契約した子に違いない。
(えっ、何だって?・・・・この香りは薫の若いときの体臭だって?
・・・それをあのリハーサルの中で再現したって?・・・そんな馬鹿な!!)
「えっ、うちの薫の?」
思わず口にしていた。沙希を見るとおとなしく女性に抱かれている。
その姿からは何のいやらしさも感じられないのだ。
女性の身体が離れた。その時、フラフラと玲子が順子の後ろから沙希に向かっていこうとした。
「駄目!・・・・次は私の番よ・・・」
何か一刻も早く沙希を抱きしめたい。
ぐっと抱きしめると、今にもポッキリと折れてしまいそうな身体だが
押し付けた柔らかい小さな口、舌を入れるとこちらの動きに合わせてくれる。
なんだかホワッとする暖かい空気に包まれる。
そのうち、沙希の身体・・・いや魂から不思議なパワーが順子に流れこんできた。
でも、最早身体の状態がもたない。
膝がガクガクして腰から落ちてしまいそうな・・・・
他の女性と同じ状態で近くの椅子に崩れ落ちた。
しかし、身体のうちに入った沙希からのパワーが順子の細胞の一つ一つに満ち溢れてくる。
昨夜からの眠気・疲労がいつのまにか消え去っている。消えていく状態が自覚できるのが凄い!
もう順子には迷いはなかった。もう担当を外れた薫の存在は頭にはない。
今の順子にとって沙希のことは絶対となった。
沙希のことなら何でも信じられる。そして、私の力で薫より大スターにしてみせる。
その時ドアが開いてまゆみ社長と早乙女薫が何人かの女性スタッフを連れて入ってきた。
「あっ、社長!」
順子が立ち上がった。
「順子、沙希ちゃん知らない?」
薫が言った。
「あっ、早乙女薫よ」
「本当だ」
と順子の背中から女性社員達の騒ぎが聞こえてくる。
「先ほど上の階へ上がられましたよ」
薫はそんな社員達にニッコリ笑って
「ありがとう」
というと女性スタッフを連れて出て行った。
女子社員達は
「キャーキャー」
と飛び上がって喜んでいる。
「そうだ、順子。あなたも来て会見の準備を手伝ってほしいの」
順子は玲子達に後を頼んで、まゆみのあとから部屋を出て行く。
5階は役員室と応接室のフロアだった。
『第一応接室』の下には白い紙で『記者会見場』と貼ってあり、
『第二応接室』『第三応接室』にはそれぞれ『早乙女薫控え室』
『日野あきあ控え室』と同じ白い紙で貼ってあった。
いづれもまゆみが専務の静香に依頼していったのだ。
薫が沙希の控え室のドアを少し開くと
「あら、ごめんね」
と小さな声でいって静かにドアを閉めた。
「ふふふ・・・」
「どうしたの?」
とまゆみが聞くと胸を少し押さえて
「着替え中よ」
といって自分の控え室へ入っていった。
まゆみと順子は記者会見場に入っていった。
「うん、これで充分でしょう」
「何人入れるんですか?」
「ちょうど50人よ。マスコミ全て入れてね」
なるほど簡易椅子が50脚ならんでいる。
ひな壇には3脚、薫の記者会見にしては寂しい数である。
順子の視線に
「もう一人は小野監督よ、今朝電話があって『記者会見には俺もでる』ってね」
「あの小野監督がですか?」
「そう、あの小野監督がね」
「よほど気にいったんですね」
誰を?とはいわないし、聞かなくても判ることだ。
「記者会見が終わったら、自らロケハンにいくそうよ」
驚くことばかりだが、何かワクワクしてくる。
記者会見でも何かが起こりそうな予感がしてきた。
「会見・・・何かおこりそう・・・」
「順子もそう思う?私もよ」
何かが起る、その第一弾がいきなりやってきた。
「社長!」と言う声に振り返れば
「あっ、静・・・・いえ、専務。どうしたんですか?」
専務が自分の秘書を従えて困った顔で立っていた。
「今、マスコミの代表と言う人たちが見えて、50人では少なすぎる。
もし、入れるスペースがないのなら屋上で会見をやってほしいって」
「もう、マスコミはこれだから嫌になっちゃう。
あれだけ人数制限を約束していたのに・・で専務、何人入れろっていうんです?」
「350人・・・」
「350!!」
まゆみは天井を見上げた。
その時、
「専務!」
と廊下を小走りで近寄ってくる女性が一人。
「あっ、大崎さん」
社長秘書の大崎恵だった。少し顔を紅潮させて
「社長からの伝言です。屋上よりも3階を使ったらどうかといっておられます」
「3階?」
「はい、3階です。社長はこういっておられます。
どうせ3階は早乙女薫事務所との賃貸契約が済んだことだし、
フロアの間仕切りもしていない状態だから500人だって
入れます。あとは荷物だけです」
「その荷物が・・・」
「こうもいっておられます。壁際に積み重ねてもいいのだが
この際、4階と2階に振り分ければなんとかなるだろう・・・と」
「でも時間が・・・」
「あと2時間あります。男性達が荷物の運び出しをしてくれます。
部屋の掃除は手の空いた女性達がします。椅子が足りなかったら近くの会社から借りてきます」
まゆみは静香をじっと見詰めていた。静香の眼のなかに決意の色がともる。
「やりましょう!手すきの社員を3階に集めてちょうだい。
男性社員は全員ね。勿論、社長もよ」
専務の声が力強く響いた。
「じゃあ、私も・・・」
とまゆみと順子も付いていこうとしたが
「いえ、社長さん達は記者会見のソフトの面をお願いします」
「ソフト?」
「ええ、記者会見のハードの面は私たちがやります」
と歩みさった。
「社長さん、沙希ちゃんのことお願いします」
と言って二人の秘書が専務のあとを追う。
「記者会見のソフトとハードか・・・・パソコンソフトの会社だけに言いえて妙だわ」
「何か凄いことになってきましたね」
「順子、絶対に記者会見もビデオ製作も成功させないとね」
といってから
「順子は沙希ちゃんのこともう知っているんでしょ?」
「男ってことですか?」
「ええ、大勢の人が知ってることなの。あの子も知られてもいいって思ってるわ。
でも世の中にはいろんな人がいるから律子さんと二人で守ってあげてね。
あっといけない。あきあにはもうファッションコーディネーターがついているの」
「それって・・・」
「ミチルさんの次女の杏奈ちゃんよ。順子と仲良しのね」
「ええ~~」
「あの子が買って出たらしいわ。しかもあのCM撮影の前日によ」
「それでは・・・・」
「そう、何か沙希・・・いいえあきあに感ずるものがあったのね。あの子って感が鋭いでしょ」
「そうなんです。時々ヒヤッとする直観力を働かせて・・・・」
と二人はため息をつく。この激しい展開に気持ちがついていけないのだ。
★★
戦場のような会場設営の時間があっというまに過ぎていった。
埃だらけのワイシャツ、ジーパン、ブラウス、スカート姿の社員達の横を
テレビクルーやラジオクルーが通り、会場内の各社マイクの設定など慌しい時間が過ぎ、
とうとう記者やレポーターが全員椅子に座った。
といっても数が増えたらしく立ったり壁によりかかったりの記者がかなりいて、
その数400近くに膨れ上がっていた。
時々新たに椅子が運び込まれており、椅子をかってに移動させるものもいた。
その頃、5階の控え室では
鏡の前の沙希の唇の赤いルージュをグロスで光らせ終った杏奈ガ
「ふ~」
と吐息をついた。我ながら素晴らしい出来だ。
ヘヤーをブラシでセットしながら心が浮き立ってくる。
沙希の身体からエネルギーがほとばしっているのを感じるのだ。
全て用意ができた沙希が律子の手をぐっと握りながら深呼吸を繰り返していた。
「律姉・・・・なんだか怖い・・・」
「何言ってるの、リハーサルのときあんなに度胸よく演技した人が・・・」
「そうですよ、それに沙希さん凄く輝いていますわ」
と
「は~い、沙希ちゃん。準備できた?」
雪夜叉姿の薫がまゆみやスタッフを従えて入ってきた。
「まあ、・・・・本当にきれい!」
スタッフ達も魅入られたように見つめている。
そこに小野監督が顔を出した。
「やあ、用意できたねえ・・・・・ほう・・・こりゃあ・・・二人そこに立って!」
と両手で四角の形をつくって二人姿を覗きこむ。
「うん、一段と映えるねえ。・・・よし!これで自信をもって発表できる」
「さあ、時間よ。行きましょうか」
まゆみに促されて部屋をでる。
と、そこには社長、専務をはじめとする社員達が待ち構えていた。
「キャアー・・・・綺麗!」
「すげえ!・・・早乙女薫をこんなに間近に見れるなんて・・・」
「沙希ちゃん・・・凄い!・・・・早乙女薫に負けてない!」
「輝いてるわねえ・・・・」
『ワーワー、キャーキャー』
という嬌声と拍手に見送られながらエレベーターに乗り込んだ。
3階で降りるとまゆみ社長が
「まず私が挨拶してから呼び込みをしますから
それから入場してください。監督、よろしいですね」
「ああ、頼む」
「順子は薫の付き添い、律子は沙希・・・・いいえ、日野あきあの付き添いをお願いね。
杏奈は二人の傍にいてメイクや衣装直し頼むわよ。
3人が着席したら両袖に分かれて立っていて頂戴ね」
といってドアを開けて入っていった。
「沙希ちゃん、しっかりしなさい。どうしたの?そんな不安そうに」
「だって・・・何か怖い・・・」
「沙希ちゃん!あなたは早瀬沙希ではなく、日野あきあという女優になのよ。
女優がこんなことで怯えていてはいい仕事が出来ないわよ。ねえ、監督」
「そうだよ、君と薫くんとで映画史に残る凄い映画を撮ることになるんだ。
期待を裏切ってもらったら困るよ」
(えっ?映画?・・・・)
薫も驚いて監督の顔を見ていたが、その答えを聞く暇もなくドアが開いて
「さあ、入って。・・・・あきあ、がんばってね」
まゆみの入場を促す声に小野監督がさっさとドアの奥に入っていった。
「さあ、行きましょ。あきあ、あなたから入るのよ」
順子に手を引かれた薫の声に
「判りました。さあ、あきあ、行きましょう」
律子に初めて”あきあ”と呼ばれ、
(ああ・・・私は日野あきあなんだ。・・・そして、今は若き陰陽師の”あきあ”)
そう言い聞かせて歩みを進める。
『チリーン・・・チリーン』
手に持つ細い杖につけた鈴の音があきあを女優の道へ導いていく。
なぜかシーンとした会場、400人近くの記者やレポーターが固唾を飲んで見守っているなか、
小野監督が着席し静々と女性マネージャーに手を引かれて入ってくる二人。
テレビカメラに映し出され全国で流れるこの場面、
雪夜叉の扮装で白塗りされて何か不気味さがあるが妖艶な美しさは相変わらずだが、
その前を歩く平安の壷衣装の娘の・・その顔は・・・・・。
思わず会場内から『ホー』という魅惑のざわめきが聞こえはじめた。
呆然と魅入るマスコミの前で静かに座る主役の二人、
二人のマネージャーは左右に別れて袖に立ち、二人を見守る。
「お待たせしました。『妖・平安京 雪の章』の記者会見をはじめさせていただきます。
不束ながら司会は私、早乙女薫事務所の浅香まゆみが務めさせていただきます。」
その挨拶に沙希は
(へえ、まゆみ社長の姓って”あさか”っていうんだ。
女優さんにそういう人いたっけ)
とまゆみの方を見てニッコリと笑った。
その笑顔をみてまたもや会場から『ホー』とため息が流れた。
「可・可愛い過ぎる・・・・・」
そんな声があちこちから聞こえてきた。
「それでは、二人の女優を紹介する前にみなさんご存知の小野監督から
重大発表をしていただきます。では小野監督どうぞ」
というまゆみの司会進行に薫も聞いていなかったらしく
何か聞いてた?と小声で沙希に問い掛けてきたが
勿論、沙希も知るはずはなく首を小さく横に振ると
立ち上がった小野監督を仰ぎ見た。
「では、発表します。まず私は『妖・平安京』というゲームソフト
のプロモーションビデオを依頼され、実際私がゲームをやってみて
その面白さに惚れ込んで、撮影を引き受けました。
そして、昨日のリハーサルとはいえ二人の天才女優の演技をみて
これは・・・・と思いました。
これは、日本映画史上稀に見る優秀な作品になり得ると判断したのです。
だから、この会社の社長に話をもちかけました」
といってから、二ヤッとして沙希をみた。
「あなたは、プロモーションビデオという小さな画像の製作より
もっと大きな枠の映画の製作をしてみませんか・・・・とね」
「ウオー」
と会場が揺れた。
もう二度とメガホンを握らないといっていた日本屈指の名監督の小野監督が
再び映画を撮るという大ニュース、昨日のリハーサルをみた記者達からの
報告による天才女優早乙女薫に勝るとも劣らない演技を発揮したという謎の美少女・・・・
この記者会見は久しぶりに芸能界を揺るがす大ニュースであった。
「結果はこの記者会見を今開いているということでお判りになるでしょう。
劇場公開はゲーム発売日と同じ日に大々的におこなわれます」
すかさず記者席から
「小野監督!昨日の今日でそんな大事なことを発表してもいいんですか?
まだ共演者とか何も決まっていないんでしょう」
司会をしているまゆみから
「すいません、質疑応答はこのあとたっぷりと時間をとってありますから・・・」
というのを小野監督が手を上げてさえぎってから
「詳しいことは後で話しますが、今の質問だけは先に答えておきます。
昨日からマスコミ各社は血眼になってこの二人の行方を追っていたでしょう。
その間に私はあらゆる手を各方面にうっておきました。
スポンサーの件もそうです。この会社に断られたときのためのスポンサー各社、
大手映画会社・・・、おかげで製作費は映画一本分としてはかってないほど集まりました。
わたしが選んだ共演者の俳優たちからは無報酬でもいいから
出演させてほしいという返事をいただいています。
・・・・・不思議でしょう?どうしてこんな短時間に色々と決められたのか・・・。
実は諸君たちが眼を放した隙・・・といっては言い方が悪いが
わたしは或る劇場に今言った人たちを集めて・・・・」
といいながら足元に置いていた大きなバックの中から何やら取り出して上に掲げた。
・・・・・それは映画の撮影フィルムだった。
「このフィルムを映写しました。・・・勘のいいマスコミの記者さん達だ。
このフィルムに何が写っているのかもうお判りのはずでしょう。
・・・・そう、この中には昨日のこの二人の演技が映っています。
このフィルムはわたしの宝です。今度の映画ではもっと凄い演技がみられるはずです。
でもこの中での・・・・」
とフィルムを振ってみせる。
「新鮮さと驚きはもうないでしょう・・・・」
記者席からのざわめきが一段と大きくなる。
或る記者が立ち上がって
「ぜひそのフィルムを見たいのですが・・・・」
と声を張り上げた。
小野監督は二ヤッと笑ってみせて
「そういう声は必ず上がると思って準備はしてあります。
しかし、上映することによって質疑応答の時間が少なくなりますが・・・」
記者達は顔を見合わせて各々相談しあっていたが、
目の前にぶら下がっている餌に耐え切れなかったのか
「ぜひ、フィルムのほうを・・・・・」
と言う声があちこちから聞こえてくる。
「では、小野監督に準備してもらうとして主演の二人を紹介しましょう」
まゆみがまずは薫を促した。
「皆さんご存知の雪夜叉役の早乙女薫。・・・・・さあ薫、挨拶を・・・」
雪夜叉の衣装で立ち上がった薫にテレビライトや『カシャッ・・カシャッ』という
多くのカメラのストロボの光の中の薫はさすがに天才女優早乙女薫だった。
その圧倒的な存在感に並み居るマスコミ各社の記者達もただ見つめるだけだ。
薫は役に対する思いを淡々と語り終えると、
平安期の女性がしていた旅姿の沙希を立たせてから
まるでマネージャーか恋人のように甲斐甲斐しく世話をする姿に
天下の早乙女薫の以外な一面と、その薫をここまでさせるこの少女・・・
一体どういう少女なのか・・・・。
海山千山といわれるマスコミの記者達があこがれのスターを間近でみる
少年少女のように固唾を飲んで見つめている。
「先輩!あの顔は・・・やはり沢口靖子じゃないですか」
「いや、違う!今、沢口靖子は京都の太秦で撮影中だ」
「だって・・・・」
という若手の記者に新聞に自分の名前でコラムを書き続けているこの記者は自分の携帯を渡して、
怪訝な顔の若手記者にむかって
「この電話の相手は京都の支局長だ。今彼は沢口靖子に張付いている。
自分で聞いてみるといい」
若手記者は慌てて携帯に向かって話しだした。
「どうだった?」
しばらくして携帯を返されるのに
「今、ちょうど本番中だそうです」
そんな様子があちこちでみられる。
少し落ち着いたのか、マイクを持つ沙希の手の震えがピタッと止まった。
「”陰陽師あきあ”役の日野あきあと申します。
生まれて初めて経験することなので、皆様にご迷惑をかけるかもしれません。
その時は御指導御鞭撻をよろしくお願い申しあげます」
と言って、ニッコリ笑った笑顔が記者達・・・
いや、この生中継を見ている人達の心を掴んでしまっていた。
「先輩!・・・もう俺、あの子に痺れた・・・」
「馬鹿!・・記者たるものもっと冷静になれ」
頭を小突かれながらも、うっとりと見つめる後輩の記者に
「うっふぉん・・・・確かに惹きつけられてしまうのも無理ないな。
久々の銀幕のスター誕生ということか・・・・」
とワクワクするように言い放っていた。
薫とまゆみは堂々とした沙希の様子に安心したのか
特に薫は誰はばかりなくうっとりと沙希を見つめていた。
そんな様子をいち早く見抜いたのは女性記者、女性レポーター達であった。
「はーい」
と手を上げてから
「早乙女薫さんに質問します」
と立ち上がった女性記者は早瀬理沙だった。
「あっ・・・理・・・いえ、ご質問は何でしょうか」
思わぬ相手からの質問に少ししどろもどろになりながらも流石にまゆみ、
素早く立ち直った。
「さっきから見てますと、日野あきあさんを見つめる早乙女薫さんの様子は
ただごとではありません」
「と、いいますと?」
「はい、まるで恋する乙女です」
ストレートで意地悪な質問にまゆみは困り果てた。
夕べから沙希を薫に独占された怒りが今のような質問になったのは
容易に納得できるまゆみであった。まゆみにしても同様である。
だから、男嫌いで通っている薫の巷での噂・・・レズでは?というのは
本当かも知れないと今の質問で納得するような空気が女性達の間で
流れ出しているのが女性であるまゆみにも充分感じとれた。
でもそこは大女優の早乙女薫である。
(やったわね)と理沙を少し睨んでから立ち上がった。
「質問にお答えします。恋する乙女・・・けっこうですね。
そのように見られたのなら女優としては少しは成長したかなと満足しています。
だって、演技するのではなく自然に我が子に対する愛情がみなさんに
判ってもらえたんですもの・・・・。
それに私は日野あきあのファン第一号ですのよ。
あきあのファンクラブをつくるのならこの早乙女薫が会長を務めますわ」
と堂々といいきって腰を下ろした。
テーブルクロスに隠れて薫は沙希の手を熱っぽく握っている。
それがわかっているだけに悔しさが溢れている理沙であった。
袖にいる律子したって順子も杏奈も同じだった。
しばらくは質疑応答が続き
「では、もう上映の準備も整いましたので最後の質問とします」
「はーい」
と手をあげたのは又、理沙であった。
意地悪な質問をしなければ・・・と困ったが
「日野あきあさんにお願いがあります。役柄が陰陽師と聞いていますが
ここで何か陰陽師の決めポーズをしていただけませんか」
あきあに対しては優しさが感じられる質問となった。
あきあが薫と小野監督にどうしましょうか・・と視線を向けると
二人共笑いながら頷いたので、あきあはゆっくりと立ち上がり
一歩後ろに下がると自然体になる。
そして両手を胸のところに構えると印を結びながら
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
と呪文を唱えると不思議なことがおこった。
それまで窓の外はカンカン晴れで日差しがきつくありあわせの布切れで
カーテン代わりにしていたが、一転にわかにかき曇り青白い稲光とともに
大粒の雨と風で大荒れの天候となった。
おまけに停電で周囲が暗くなる一方、青白い雷光の中で
若き陰陽師”あきあ”の姿がくっきりと浮かびあがり
腰を半分うかせていた記者達の身体を椅子に縛り付けていく。
「おいおい、本物かよ」
そんな声があちこちから聞こえてくるほど劇的な天候の変化となった。
そして、あきあが印を解くと暴風雨がピタッとおさまり
陽光が窓から差し込んでくる。
記者達は静かに礼をして椅子に座りこんだあきあから眼が放せなくなっていた。
偶然なのか天をも味方にするこの少女の演技を早く見てみたい。
・・・そんな欲求が強くなってくる。
昨日の現場にいた者も、現場での話を後で聞いた者もだ。
テレビ中継は終わっていたがテレビクルーも誰一人動こうとするものはいない。
これから始まる二人の天才女優の序章をいまかいまかと待ち受けている。
ひな壇の机と椅子が袖に移動し、二人の女優と監督が席につくと
スタッフによってひな壇後ろを覆っていた布切れがはずされる。
いつのまに用意されていたのか大スクリーンが壁にかけられていた。
「では、今から上映を開始します。なおこのフィルムは何の編集もしていませんが
これはこれで一つの作品になっていると自負しております。
上映が終わってからの皆さんの感想が楽しみです」
窓には暗幕がかけられ、照明が消されるとスクリーンに映し出される昨日の
リハーサル・・・・マスコミの記者達は完全に観客となって二人の女優に心を奪われていった。
あきあとなった沙希にとっても新鮮な驚きであった。
フィルムの中の若き陰陽師”あきあ”・・・まるで別人であった。
あんなこと・・・こんなこと・・・演技をしているとは思えない。
本当に平安時代にタイムスリップしてそれを現代から覗いている・・・・そんな錯覚に陥っていく。
小さな声で
「ねえ、薫さん」
「なあに?」
「わたし、あんな演技してたの全然覚えてないわ」
「そうね、沙希ちゃんのは演技という生易しいものではないわ」
「演技ではない・・・・?」
「そうよ。あなたは陰陽師”あきあ”そのもの・・・・。
あなたは役柄そのものになれる才能があるのよ。
だから、見て御覧なさい。ほら、話をするとき片側の頬にエクボを作っているわ。
・・・覚えているでしょ。リハーサルを始める前に監督が言っていた言葉・・・。
私がエクボがあることから、その子である”あきあ”にもエクボがあれば
完璧なのになあ・・・て、ポツンといってたのを」
「はい、でもそんなの無理だって思っていました。エクボなんてつくれっこない」
「でも、スクリーン上のあきあって子はエクボをつくってるじゃない。
沙希ちゃんのあきあは本編ではもっと変わってくると思うの。ねえ、監督・・・」
横で耳をすませて二人の会話を聞いていた小野監督は頷いてから
「そうとも、本編ではもっとぎりぎりの二人の対決を考えているし、
”あきあ”という陰陽師をもっと複雑な個性を持たせようとおもっているんだ。
日野あきあという女優はこちらの注文に全て答えてくれる可能性は大だからね」
期待をこめていう小野監督の言葉は沙希の肩にズシリと重く圧し掛かってくる。
リハーサルだけなのに、なるほど小野監督が言われるように一本の作品として完成されていた。
これが本編となるとどんな面白い作品に仕上がってくるのか
ワクワクするような期待が膨れ上がってくる。
上映が終わり、照明がつくと思わず会場から拍手が沸きあがってきた。
沙希が頬を紅潮させながら会場を見渡すと、いつのまに入っていたのか
社長をはじめ会社の同僚達、そして今日手伝いに来ていた事務所の人達が
会場の後ろで拍手を続けている。
女性達は記者もレポーターもそして、女子社員達もハンカチで涙を拭きながら拍手をしている。
思わず立ち上がって頭を下げると、
「きゃあ、可愛い・・・・・」
「あきあ・・・」
「あきあちゃん、こっち向いて!」
と女性達から黄色い声がかかり始めた。
「監督!・・・私からあきあのエピソードを話をしてから二人で消えるから。
あとは頼みます。連絡はまゆみの携帯にお願いしますね」
小野監督は薫の言葉に理由も聞かず頷いただけであった。
薫は立ち上がって
「さて、皆様」
と話始めた。
あっけにとられていた会場の記者達・・・・、早乙女薫が他人のエピソードを楽しく話すなんて、
天地がひっくり返ってもありっこはなかった。
よほど日野あきあという女優に入れ込んでいるのかよくわかる。
序々に話の内容に引き込まれていく会場の人々・・・・。
演技中、突如発現した早乙女薫の若き時の体臭『ラベンダーの香り』、
そして、映像の中の片エクボ・・・・不可能でありっこない現象・・・・
でも、この少女なら・・・・・と納得出来てしまうのが不思議であった。
そして最後に言った天才女優早乙女薫の言葉
「私は天才ではない。天才とは『演技の神様が宿っている』日野あきあのこと。
羨ましくて、悔しくて・・・そしてなぜか自分のことのように嬉しい・・・・」
複雑な心境を話してマネージャー達に手を引かれながら会場を出て行った。
「では、本編『妖・平安京』のスタッフと共演者を発表します」
という小野監督の言葉に後を追いかけようとした記者達が再び腰を下ろしてしまう。
薫と小野監督の共同作戦で記者達を会場内にくぎ付けにする。
ここの社員達の姿も会場内にはもうない。
小野監督が淡々と発表するスタッフ達、現在の日本映画の超のつく一流人ばかりであった。
そして、共演者はというと・・・
重要な役どころ”安倍晴明”には若手で実力も人気もナンバーワンの飛龍高志が選ばれた。
彼は最近人気女性歌手との間に女子が誕生したばかりで乗りに乗ってる男優である。
そして、新派の大御所や大女優が脇を固めており、これはこれで芸能界のビックニュースとなった。
一方、薫と沙希は律子と杏奈とまゆみに連れられて裏口に用意された車に乗り込んだ。
勿論、会社の同僚達にガードされてだが・・・・・。
運転席に乗り込んだまゆみが見送る順子に
「じゃあ、後を頼むわね。しばらくは出て来れないから」
「わかったわ。まかせてちょうだい。こちらの専務さんとうまくやっておくから」
何も聞いていないのは沙希だけで、薫も律子も杏奈も・・・
あと会場内に残っている理沙にしても今後の予定の打ち合わせは綿密に出来上がっていた。